何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年11月18日土曜日
大谷選手のこと
大谷選手のこと
春先のWBCにはじまり、公式戦では投げては10勝、打っては44本の本塁打で日本人初のホームラン王に輝いたアメリカ大リーグの大谷翔平選手が、どの球団とも契約できるフリーエージェント(FA)となりました。人気と実力を兼ね備えた当代一のスーパースターを全球団が狙っており、その契約金は一説によると750億円以上とも言われています。
ひとくちに750億円といいますが、これは2・5億円とされる日本の平均的サラリーマンの生涯年収の300倍です。大谷選手を平均的サラリーマンと比べるわけにはいかないとして、平均の倍を稼ぐ超エリートの5億円と比べても150倍です。すなわち超エリートサラリーマンが先祖代々150代続かなければ生み出せない金額を大谷選手はたった1人で稼ぐのです。
徳川・江戸時代は15代で260年ですから単純にそれに当てはめると2600年かかることになります。2600年の間に子孫150人が全員超エリートサラリーマンであり続けなければならないなんて、ああ、もうわけがわかりません。さらにそんなに1人の選手に大金を支払っても十分に元が取れるアメリカのスポーツビジネスにも驚きです。
とにかくすごいとしか言いようのない大谷選手が日本の子供たちのために日本国内にある約20000校の小学校に各3つのジュニア用グローブ合計60000個を寄贈するというニュースがありました。スタジアムの大谷選手は野球が好きでたまらないといった風情でいつも楽しそうです。そんな彼が「野球を通じて元気に楽しく日々を過ごしてもらえたら嬉しいです。このグローブを使っていた子供達と将来一緒に野球ができることを楽しみにしています!」とグローブをくれるのですから子供たちは大喜びでしょう。いや、子供たちだけでなく校長先生をはじめ学校職員の方たちもさぞかし嬉しいことだと思います。
そこでお願いしたいのは“貴重な”グローブだからといってガラスケースにしまいこんで見るだけにするのは絶対にやめてもらいたいものです。子供のことですから汚したり壊したりすることもあるでしょう。しかし、それも含めて子供たちが思う存分野球をすることこそが大谷選手への感謝になるのではと思います。それにしても大谷さん、あなたの放つホームラン同様スケールが大きすぎます。そんなにカッコいい姿を見せられたのではあこがれることをやめられません。
百田尚樹のニュースに一言(R051117号より)
2023年11月17日金曜日
エスカレーターと環境
まず、エスカレーターと環境という面から考えてみます。
エスカレーターを据えつけて運転するのに膨大な材料とエネルギーがいります。もともとエスカレーターのように、「高度な工業製品」はそれに使われている材料より、それを作るときに、それより多い材料を使用するものです。このことは、すでに、省エネ製品や太陽電池のところで説明をした通りです。この「生産工学の原理」とも言える特徴は、高度工業社会に顕著です。
つまり、原始的な時代には、例えば簡単な土器を造るとき、土を練ったり、せいぜい、轆轤(ろくろ)や窯(かま)があればよいのですが、エスカレーターともなると、原料を受け入れる自動倉庫、様々な加工機械、設計部隊、制御に使う電子機器の製作と組み込み、安全装置とその確認、そして最終的な出荷まで、多くの装置、建物、そして人手がかかります。さらにエスカレーターを販売したり、メインテナンスやサービスなどがいるので、全体として膨大な資源を使うのです。
日本は「環境の時代」と言い、リサイクルなどを進めていますが、同時に、日本の駅では毎年計画的にエレベーターとエスカレーターを備えつける計画が進んでいます。すでに七〇〇〇ほどの駅のうち、一五〇〇程度のエスカレーターが設置されていますが、さらに毎年、一五〇程度を設置する予算が、JRや他の鉄道会社、そして自治体で組まれているのです。
もし、エスカレーターの計画をやめ、少なくしていけば、それを製造する膨大な資源とエネルギーが節約でき、運転の時の電力や保守の残用も要らなくなります。そうなれば、日本に輸入する石油、石炭、鉄鉱石などの原料は減少し、その分だけ廃棄物も減ります。環境の時代を考えると、エスカレーターの設置を制限することは大切なことのように思われます。
次に、わたしたちの「財布」という点で考えます。
エスカレーターやエレベーターの購入費用や運転費用は、当然、電車の運賃に含まれます。もし、駅のエスカレーターを減らせば、運賃はそれだけ安くなり、その分、わたしたちの財布も潤います。公共の施設に取り付けられたエスカレーターなどはその設置費、運転費が結局のところわたしたちに税金などの形で支払いを求めてくるからです。あんなに立派なエレベーターやエスカレーターを自分の家に設置したら、買うだけでかなり高いものになり、電気代もバカにならないことは容易に想像がつきます。
環境を悪化させ、財布を軽くする、この二つのことだけで、エスカレーターをこれ以上、増やすのは考えものであることが判りますが、それより、この乗り物は「全体としての正しさ」を持っていないのです。
それは人間の体の仕組みとは相容れないということです。
人間の脚力や階段を転ばずに上り下りする能力は大したもので、それは人間の大切な機能の一つです。わたしはあまり駅のエスカレーターを利用しませんが、時々、やむを得ず利用することがあります。そんなとき、自分の脚をふと見て「この脚は何のためについているのだろう?」と不思議に思います。
すでに、人間が環境への素晴らしい適応能力を持っていることは、兵士と骨の話などで示しました。「座る」ということだけで、わたしたちの骨のカルシウムは無くなっていくのです。まして毎日、階段を上がらずにエスカレーターを利用していて脚が弱くならないはずはありません。著者の若い頃はまだエスカレーターはほとんどありませんでしたので、大いに脚を使いましたが、現代のように子供の頃からエスカレーターを使っていると、日本人の脚は徐々に弱くなり、歳をとったときにとても苦労するでしょう。そのことを、今の子供は何も知りません。大人がエスカレーターを設置すれば、それを利用するでしょう。そして、多分、子供たちが大きくなり、骨が弱いことに気づいた頃、石油の枯渇が予想されています。
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
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