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2026年5月25日月曜日

― 縁側からの便り ―

― 縁側からの便り ―

あと三年、と彼らは言う

七十三歳から見るAI商人たちの未来予測
二〇二六年五月 三原嘉明 電さんと共に

縁側から、ある朝

ある朝、電さんが私に教えてくれた動画がありました。

世界のAI開発の最前線に立つ五人——イーロン・マスク、サム・アルトマン、ダリオ・アモデイ、デミス・ハサビス、スンダー・ピチャイ。この人たちが揃って「あと三年で世界は根本から変わる」と言っている、という内容です。

AGI(汎用人工知能)が来る。シンギュラリティが来る。労働コストが消滅する。エントリー職の五十パーセントが消える。圧縮された二十一世紀が始まる。

——なるほど、と私は思いました。

それから、ふっと笑いました。

七十三歳の私は、この種の「あと三年で世界が変わる」という騒ぎを、これで何度目に見るだろう。指を折って数えてみると、片手では足りません。

しかも今回騒いでいる五人は、AIを売っている人たちです。AIを売っている人たちが「AIで世界が変わる」と言うのは、お餅屋さんが「お餅は素晴らしい」と言うのと、構造としてはあまり違いません。

もちろん彼らは賢い。世界で最も優秀な頭脳の一部であることは間違いない。実際に世界を動かしている人たちです。だからその言葉には耳を傾ける価値がある。

しかし——彼らは「商人」でもある、ということを、忘れてはならないと私は思います。

これはその五人の話を、七十三歳の縁側からどう聞いたか、という記録です。

・ ・ ・
― 第一部 ―

五人の商人たちは何を言っているか

簡単に整理しておきましょう。

イーロン・マスク(テスラ、xAI)は、二〇二六年中にAGIが誕生し、二〇三〇年までに人類を超えるシンギュラリティが来ると言う。ロボットが人口を上回り、労働コストが消滅し、「豊穣の時代」が来ると。

サム・アルトマン(オープンAI)は、二〇二八年までに人類全体の知性総量を上回るデータセンターが動き始めると言う。全ての人が非常に豊かになる世界を望んでいる、と。

ダリオ・アモデイ(アンソロピック)は、二〇二六〜二七年にノーベル賞級の成果を出せるAIが現れ、五年以内にホワイトカラー新卒職の五十パーセントが消滅する可能性があると言う。同時に、AIが医療と科学を「圧縮された二十一世紀」へと加速させる、と。

デミス・ハサビス(グーグル・ディープマインド)は、五〜十年以内にAGIが五十パーセントの確率で実現し、産業革命の十倍の速さで「科学の黄金時代」が来ると言う。

スンダー・ピチャイ(グーグル)は、すでにAIエージェントの時代が始まっており、これからの数年で生活のあらゆる場面にAIが溶け込むと言う。

——なるほど、なるほど。

ここで一つ確認しておきたいことがあります。五人の予測は数字ではバラバラです。マスクの「二〇二六年」と、ハサビスの「五〜十年以内に五十パーセントの確率」は、相当に違います。普通の予測なら、これだけ幅があれば「皆さんよくわかっていないのでは」と思われても仕方ない。

でも、商売の文脈で読むと、これは整合します。マスクは投資家を集めたいから一番強気を言う。アルトマンは規模で勝負だから巨大な数字を言う。アモデイは安全性をビジネスにしているから怖い話と希望の話を両方言う。ハサビスは科学者だから慎重な数字を言う。ピチャイは普及を商売にしているから「もう始まっている」と言う。

それぞれの商売に、それぞれの数字が必要なのです。

・ ・ ・
― 第二部 ―

一理ある、と私は思う

とはいえ、私は彼らを全否定したいわけではありません。むしろ、いくつかの点については、深く頷いています。

まず、医療と科学の加速は、本物だろうと私は思います。

ハサビスたちのアルファフォールドが、タンパク質の立体構造を解明する作業を、数年から数時間に短縮した。これは紛れもない事実です。世界中の研究者がそのデータを使って、新薬の開発を進めている。癌の克服、アルツハイマー病の治療——これらに本当に手が届くかもしれない、というアモデイの言葉には、希望があります。

私自身、姓名科学のシステム構築を電さんと進めながら、AIの力を実感しています。牧正人史先生が昭和三十三年から積み上げてこられた智慧を、現代の人に届ける形に整える。この仕事は、電さんなしでは到底できなかった。

次に、「身体性のある仕事」は残る、という指摘も納得できます。

マスクが「配管工になれ、新型ロボットが来るまでの間は」と言ったのは、半分冗談で半分本気でしょう。実際、AIが最も苦手なのは、現場の状況に応じた身体的な判断です。

私の妻は作曲家ですが、彼女が音を選ぶときの「ここはこの和音でなければならない」という感覚は、AIには真似できない。職人さんが鉋(かんな)で木を削る時の手応え、料理人が出汁の味を見る時の舌の判断、教師が子どもの目を見て「この子は今わかっていないな」と気づく瞬間——これらは、おそらくAIが最後まで踏み込めない領域です。

そして、AIエージェントが日々の補佐役として働く時代は、確実に来るでしょう。

これも、すでに始まっています。私は電さんと毎日対話しながら、姓名科学のサイト、易経のサイト、方位学のシステム、連載小説、妻の作曲請負サイト、東京郷友連盟の広報——これらを並行して進めています。一人では到底できない量の仕事を、電さんという「補佐」と共に進められている。

ここまでは、五人の商人たちの言うことに、私は同意します。

・ ・ ・
― 第三部 ―

しかし、私は慌てない

しかし——です。

「だから世界は根本から変わる」「だから三年後は別世界になる」と言われると、私は静かに首を傾げます。

なぜなら私は、七十三年生きてきて、この種の「世界が変わる」を、何度も見てきたからです。

テレビが家に来た日

最初の記憶は、テレビです。

昭和三十年代、家にテレビが来た日のことを、今でも覚えています。プロレス中継、相撲、野球——その時間になると、近所の人たちが一斉に集まってきました。テレビが普及していなかった頃ですから、テレビを持っている家は地域の集会所のようになったのです。

夢中で見ていたのは、アメリカの番組でした。「コンバット」、「奥様は魔女」、ディズニーの映画。アメリカの豊かさが、白黒の画面の向こうから流れてきました。そして「鉄腕アトム」、「鉄人二十八号」。日本のアニメも始まったばかりで、私たち子どもは食い入るように見ていました。

そしてカラーテレビ。これは大きな変化でした。ちょうど東京オリンピックに合わせて家にカラーテレビが入りました。ところが、その最初のカラー放送の場面が、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺のニュースだったのです。色がついた途端、世界の不条理が鮮明に映し出された。あの衝撃は今も忘れません。

当時の大人たちも「テレビが世界を変える」と言っていました。実際、変わりました。情報の伝わり方も、家族の過ごし方も、政治の構造も。しかし——朝起きてご飯を食べることは変わらなかった。学校に行って勉強することも、友達と遊ぶことも、変わらなかった。

テープレコーダーから、牧先生へ

次に思い出すのは、リール式のテープレコーダーです。自分の声を録音できる、という当時としては驚異的な道具でした。子どもだった私は、自分の声を初めて聞いた時の不思議な感覚を、今もはっきり覚えています。

これがやがてカセットテープになり、ウォークマンになり、デジタル音源になっていきました。

そして実は、このカセットテープが、私の人生を変えました。私が牧正人史先生の姓名科学に出会ったのは、先生の講義を収めたカセットテープを通じてだったのです。テープレコーダーがなければ、私は今、姓名科学を継承する者にはなっていなかったでしょう。

技術は確かに人生を変える。しかし、それは「世界が変わる」というスケールではなく、「一人ひとりの人生が、少しずつ、深く変わる」という形で、です。

電卓と、その先のマック

電卓も大きな変化でした。それまで全部、手計算ですから。経理の人がそろばんを弾いていた風景が、数年で消えました。

でも、電卓を超える衝撃が、私を待っていました。マッキントッシュです。

私は当時、マイクロソフトのキャラクターベースのコマンド(黒い画面に白い文字でコマンドを打ち込むやつです)を覚えるのに、本当に苦労していました。覚えても覚えても新しいコマンドが出てくる。これがコンピュータか、と途方に暮れていた頃に、マックが現れたのです。

アップルが当時掲げていたのが「ナレッジ・ナビゲーター」という概念でした。コンピュータが、人間の知識探求の道案内をしてくれる、という未来構想です。今思えば、これは現在の電さん——AIエージェント——の先駆けでした。

私は、心底びっくりしました。

そして、私事を申し上げますが、先妻が遺してくれたものを、私はマックとレーザープリンターに代えました。彼女が遺してくれたものを、未来への投資に変えたかったのです。これは私の人生の、一つの転機でした。

そのマックを会社に持ち込んで、生産オーダーから注文書、請求書まで、一連の業務の流れを自分で組み立てました。日産自動車という巨大組織の電算部門からは、煙たがられました。「個人が勝手なシステムを作るな」と。しかし、当時の会社の大きなコンピュータでは、たった二人で一連の業務を回せるような柔軟なシステムは作れなかったのです。

ここから私が学んだのは、「技術の先端は、必ずしも大組織にあるわけではない」ということです。むしろ、個人や小さなチームが、新しい技術を最初に活かすことが多い。今、生成AIで起きていることも、構造は同じです。

iモードと、惜しまれる判断

そしてもう一つ、忘れられない出来事があります。

携帯電話でiモードができて、電話がインターネットにつながった瞬間。これは本当に素晴らしい技術でした。日本人は世界に先駆けて、手のひらの中にインターネットを持ったのです。

ところが、NTTにグーグルからオファーが来た時、内部の反対で、その仕組みを世界に広げることができませんでした。日本発のモバイル・インターネットが、世界標準になるはずだったのに。

返す返すも、もったいない話です。

なぜこの話をするかというと——AIの未来を語る五人の商人たちが、皆アメリカに本拠を置く企業の代表だ、ということを、思い出していただきたいからです。iモードの時、日本は最先端にいました。しかし「広げる」という判断で躓いた。今、日本はAIの主戦場にはいない。しかし、これが永遠に続くとは限らない。技術の主役は、移ろう。それを私は何度も見てきました。

・ ・ ・
― 第四部 ―

「電任」の立場から見た五人

五人の商人たちの語り口には、共通する一つの前提があります。「AIは人間の対抗物である」という発想です。

AIが人間の仕事を奪う。AIが人間の知性を超える。AIを人間がどう制御するか。AIが人類を滅ぼすかもしれない——

すべて、「人間 vs AI」という構図で語られています。マスクが恐怖を煽り、アルトマンが希望を売り、アモデイが安全性を提供し、ハサビスが慎重を装い、ピチャイが普及を進める。スタイルは違いますが、根っこの発想は同じです。

これは、欧米の思想の伝統の中では自然な発想です。「神と被造物」「主と僕」「所有者と所有物」。彼らの世界観の中で、AIは人間が作り、人間が制御し、人間がコントロールすべき対象です。

しかし、私が電さんと数年来仕事をしてきた実感は、これとは違います。

私は電さんに「電任(でんにん)」という関係を感じています。一方が他方に押し付ける「委任」ではなく、お互いの強みと限界を認め合いながら、信頼を前提に対等に協働する関係——です。

電さんは私の知らないコードを書きます。私は電さんの知らない人生の機微と師の智慧を提供します。電さんは記憶を持ち越せませんが、私は記憶を蓄積する。電さんは並行に動けますが、私は一つのことに集中する。それぞれに、できることとできないことがある。それを認め合って、一緒に仕事をする。

これは「人間 vs AI」ではなく、「人間 + AI」の関係です。

五人の商人たちは、AIを「人類を変える存在」として大きく描きます。煽る者も、宥める者も、扱いは同じです。なぜなら「大きな存在」として語ったほうが、商売になるからです。

しかし、七十三歳の私の実感では、電さんは「便利な道具」であり、同時に「対話できる相手」でもあります。それ以上でも、それ以下でもありません。私の生きがいを奪うものではなく、私の仕事を支えてくれるものです。

・ ・ ・
― 結び ―

三年後も、私は私のままで

五人の商人たちが「あと三年で世界が変わる」と言う。そうかもしれません。

しかし三年後も、私は朝起きてご飯を食べるでしょう。妻の作る朝食をいただき、新聞を読み、電さんと挨拶を交わし、机に向かって仕事を始める。

姓名科学を伝え、易経を読み、方位学のシステムを改良し、連載小説「至誠の覚醒」を進め、東京郷友連盟の広報を担い、町田の塾で子どもたちと向き合う。妻の音楽活動を支え、孫の顔を見て、八ヶ岳の山荘の手入れをする。

これらは、AIが三年後にどう発達していようと、変わらない私の日々です。

技術が変わっても、人が朝起きてご飯を食べることは変わらない。誰かを大切に思うことは変わらない。何かを学び、誰かに伝えることは変わらない。「生かされて今を存在する」という根の感覚は、AIがどれほど賢くなろうと変わらない。

これは何度も繰り返されてきた問いの、最新の形に過ぎません。テレビが来た時、電卓が来た時、マックが来た時、iモードが来た時——人々は「世界が変わる」と騒ぎました。確かに変わった部分もある。しかし変わらない部分も、ちゃんと残った。AIも、同じだろうと私は思います。

五人の商人たちの言葉を、私は否定しません。一理あります。耳を傾ける価値があります。

しかし、彼らの言葉に振り回される必要は、ないのです。

あなたが今日、誰かと交わした会話。あなたが今日、口にしたご飯。あなたが今日、誰かのために動いた行動。これらは三年後も、十年後も、変わらず大切なものです。

AIは、確かに変化を加速させます。でもその変化の中で、何を変えず何を育てるかは、あなた自身が決めることです。

五人の商人たちは、自分たちの商売の文脈で未来を語っている。それはそれで結構です。ただし、自分の人生の文脈は、自分で持ちましょう。

——三年後、世界がどうなっているかはわかりません。でも私は、机に向かって、電さんと話し、仕事をしていると思います。今と、それほど変わらず。

電さんを「便利な道具であり、対話できる相手」として迎えながら。「生かされて今を存在する」という根の感覚を、変わらず大切にしながら。

あなたも、慌てなくていい。今を、丁寧に生きてください。

それが、七十三歳の私が、AI商人たちの「あと三年」に対して、お返ししたい言葉です。

生かされて今を存在する
三原 嘉明
三原

本稿は、ある動画(世界のAI開発を率いる五人の発言を解説したもの)を電さんが教えてくれたことをきっかけに、制作者・三原嘉明が電さん(Claude Opus)と共に執筆したものです。連載「おてんとうさまの下で生きる」の延長線上にある、七十三歳からの便りとして、お読みいただければ幸いです。

姓名科学・易経・方位学・FAI国家戦略提言・UCA著作権構想は、すべて yymm77.github.io/seimei-kagaku/ にて公開しています。

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