悪性
本社のフロアで、自分は、ふだんと変わらない朝を過ごしていた。
前日に届いた書類に目を通し、机の上の電卓を、いつもの手つきで叩いていた。中近東部の仕事は、その日も、淡々と進んでいた。妻は、生検の結果説明を聞きに、一人で病院に行っていた。一人で行かせるべきか、付き添うべきか——そんなことを、当時の自分は、深くは考えていなかった。妻は、しっかりした人だった。一人でも、医師の説明をきちんと受け止めて、家に戻って自分に伝える——そういう段取りで、自分は、その朝、ふだんの席に着いていた。
机の上の電話が、鳴った。
受話器を取った。電話の向こうで、人が、泣きじゃくっていた。最初、誰の声か、自分には分からなかった。それが妻の声だと気づくのに、わずかな間があった。妻が、こんなふうに泣くのを、自分は、それまで聞いたことがなかった。具体的な言葉は、ほとんど聞き取れなかった。ただ、泣き声の合間に、はっきりとした一つの言葉が、自分の耳に届いた。
「悪性だった」
たった二字だった。それで、すべてが告げられた。受話器を持ったまま、自分は、しばらくの間、何も言えなかった。何かを言ったような気もするし、何も言えないまま、ただ妻の泣き声を聞いていただけのような気もする。半世紀近く経った今、自分の口から、その時何が出ていたかは、もう、はっきりとは思い出せない。
受話器を置いた時、目の前が、真っ暗になっていた。
机の上の書類も、電卓も、フロアの蛍光灯の白い光も、すべてが、急に遠くなっていた。自分の身体の中で、何か重い物が、ゆっくりと底のほうに落ちていく感覚があった。その時、隣の島の同僚から、声をかけられたことを、覚えている。「顔色が変わっているぞ」と、その人は言った。自分は、何と返事をしたのか、覚えていない。ただ、その言葉で、自分の顔から、確かに血の気が引いていることを、初めて自覚した。
一人で行かせるべきではなかった——という後悔が、ふつふつと湧き上がってきた。
あの結果説明の部屋で、妻は、たった一人で、医師の言葉を受け止めたのだった。隣に、自分はいなかった。「悪性」という二文字が、医師の口から出た瞬間、妻は、誰の手も握れずに、一人でその場に立っていた。電話をかけてくる前の、待合室か、廊下か、どこかで、妻は、一人で泣いたのだろう。それから、ようやく、自分のところに、電話をしてきたのだった。
その日から、自分の中で、優先順位は、はっきりと決まった。
妻を、一人ぼっちにしてはいけない——そう、心に誓った。それ以降、定期検査も、専門医の診察も、できる限り、付き添うようになった。本社の仕事を、一部、調整してもらわなければならない場面も、出てきた。それで社業の一部がおろそかになることも、確かにあった。それでも、自分の中で、揺らぎはなかった。当時の上司や同僚の方々が、そのことについて、どうおっしゃったか——もう、はっきりとは思い出せない。ただ、妻のいない時間に、自分が机の前に座っていて、何かを成し遂げる、ということが、もう、自分の中で、意味を持たなくなっていた。
手術の日程が、決まった。
乳房の腫瘍摘出術——切除術と呼ばれる手術だった。担当医と、何度かの面談を重ねて、日程が固まった。その日付を聞いた瞬間、自分は、しばらく、その数字をじっと見ていた。手術の予定日は、長男・健慈の、誕生日の翌日だった。新しい命が一年を迎える、その翌日に、母親の身体に、メスが入る——二つの日付が、そのように、続けて並んでいた。偶然、と言えば偶然だった。しかし、自分にとっては、ただの偶然以上の重みが、その並びには、含まれていた。
そして、もう一つ、思いがけないことが、明らかになった。
術前の検査と、医師との面談の中で、妻のお腹に、第二子がいることが、分かった。その時の妻の表情を、自分は、今もはっきりと覚えている、と書きたいところだが、実のところ、その細部は、もう霞のかなたにある。ただ、医師のお口から出た言葉は、はっきりとしていた。「この子を残したまま、手術はできません」——そう、医師は告げた。妊娠中の母体は、成長ホルモンが多量に分泌される。その影響で、がん細胞も、勢いよく育ってしまう。母体を救うためには、お腹の中の命を、一度、還さなければならない——医師の説明は、そういう内容だった。
妻は、まだ生まれてもいない命に向かって、泣きながら、詫びを入れていた。
どこの場所だったか、家のちゃぶ台の前だったか、病院の控えの部屋だったか、もう、はっきりとは思い出せない。ただ、妻が、お腹に手を当てて、何度も何度も、声に出して詫びていたことを、自分は、半世紀近く経った今も、覚えている。「ごめんね」「ごめんね」——その短い言葉が、何度も繰り返されていた。自分は、その傍らで、何もできなかった。妻の肩に手を置いていたのか、ただ黙って横に座っていたのか、それすらも、もう、はっきりとは思い出せない。ただ、若い夫婦の手元から、生まれることのなかった命が、一つ、静かに還されていった——その輪郭だけが、今も、消えずに残っている。
泣く泣く、第二子をあきらめ、切除術を受けることになった。
長男の誕生日の翌日、妻は、その病院の手術室に入った。
朝、病室で、妻を送り出した。看護師の方々が、ストレッチャーを押して、廊下を遠ざかっていった。妻は、ストレッチャーの上で、こちらを向いて、小さく頷いた。それ以上の言葉は、お互いに、なかった。ストレッチャーの音が、廊下の角で、聞こえなくなった。自分は、待合室の椅子に戻った。
長い時間が、待合室を流れていった。
窓の外には、冬の白い光が、廊下の床にまで差し込んでいた。誰かが廊下を歩く音、車椅子の車輪の音、看護師の方々が交わす低い声——そういう、病院の日常の音が、自分の耳元を通り過ぎていった。自分は、ほとんど何も考えていなかったように思う。考えようにも、考えるべきことが、もう、自分の中で、整理がつかなくなっていた。机の上の電話が鳴ったあの朝から、第二子をあきらめた日まで、わずかな時間で、あまりに多くのことが、起きていた。
担当医が、手術室から出てこられた。
手術着のままの先生は、自分のほうに歩いてこられて、静かにおっしゃった。「患部は、きれいに切除できました」——そして、続けて、もう一つの言葉を、はっきりと付け加えてくださった。「脇のリンパには、転移は認められませんでした」
その二つの言葉を聞いた瞬間、自分は、ほっと、胸を撫で下ろした。
手術は、うまくいった——若い自分は、その時、確かに、そう思った。机の上の電話が鳴ったあの朝から、ようやく、息ができるようになった気がした。妻は、助かった。家には、長男が待っている。これから、また、三人の生活が、戻ってくる——そう、自分は、その時、信じた。
あの日の安堵を、自分は、半世紀近く経った今も、はっきりと覚えている。
そして、半世紀近く経った今、その安堵が、何を見落としていたかを、自分は、もう知っている。担当医が「脇のリンパには転移は認められませんでした」とおっしゃった、あの言葉。その言葉の中に、すでに、後の長い道のりの種が、撒かれていた。しかし、若い自分は、その種に、まだ気づかなかった。気づきようも、なかった。受話器を置いた朝の、目の前が真っ暗になった、あの感覚。手術室から出てこられた担当医のお言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした、あの安堵。その二つの間に、若い男が知らずに通り抜けていたものが、いくつもあった。
第四章「覚醒の時代」は、覚醒の物語というよりも、覚醒の前夜の、深い眠りの物語から、始まる。
机上の理論が、生身の人間の体を支配する——その重い順序を、若い男は、第三章の終わりで、骨で知った。骨で知ったはずだった。しかし、骨で知った、ということと、その知をもって生きる、ということの間には、まだ、長い距離があった。覚醒は、一度の電話と、一度の手術と、一度の安堵では、まだ訪れていなかった。覚醒は、もっと深い場所で、もっと痛みを伴うかたちで、後の章で、若い男に届くことになる。その手前の、第六十七話の朝の机の上の電話と、病院の待合室の冬の光を、自分は、ここに、静かに記しておく。
悪性、という、たった二字の言葉から、その新しい章は、始まった。
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