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2026年5月19日火曜日

第四章・覚醒の時代 連載第七十二話 二人の主治医 ― 赤ひげと、その弟子 ―

第四章・覚醒の時代 連載第七十二話 二人の主治医 ― 赤ひげと、その弟子 ―
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
第 七 十 二 話

二人の主治医

― 赤 ひ げ と 、 そ の 弟 子 ―
転院初日のことを、自分は、今でも、ぼんやりとは、覚えている。
妻と二人で、別の大きな病院に向かった朝の道は、第七十一話のとおり、はっきりとは思い出せない。けれども、病院の中に、改めて入っていった、その時の空気は、何か、自分の中に、印象として残っている。今度は、紹介状を提示するための訪問ではなく、妻が、入院するための訪問だった。重さが、違っていた。妻は、入院に必要な荷物の鞄を、手に提げていた。自分は、その鞄を、途中から、預かって、持っていた。
病棟への案内を受けて、妻の病室まで、二人で歩いた。
入院の手続きは、看護婦さんが、てきぱきと、進めてくださった。病室は、何人かが、ご一緒の部屋だった、と思う。窓際の方だったか、廊下側だったか、それも、もう、定かではない。妻は、ベッドの上で、荷物を整理しながら、姿勢を崩さずに、看護婦さんの説明を聞いていた。自分は、その傍らに立ったまま、これからの数日のことを、頭の中で、繰り返していた。
しばらくして、お二人の先生が、揃って、病室にお越しになった。
お一方は、第七十一話の診察室でお会いした、胸部外科の若い先生。もうお一方は、その時、初めて、お会いする先生だった。胸部外科の若い先生が、まず、その先生をご紹介された。「うちの院長です」というような、短いお言葉だったように記憶している。自分は、ベッドのそばで、姿勢を正した。妻も、ベッドの上で、礼をした。
◇ ◇ ◇
院長先生は、多くを、お話にならなかった。
挨拶は、短かった。お名前を名乗られ、これからお世話する旨を、簡潔におっしゃった。その時、自分の頭の中に、ふと、ひとつの言葉が、浮かんだ。「赤ひげ」——その言葉が、自分の中で、瞬時に、立ち上がっていた。山本周五郎の小説の中の、あの先生。あるいは、黒澤明の映画の中の、あの三船敏郎の佇まい。本物の「赤ひげ」というのは、髭の有無の話ではなく、佇まいの種類の話だった。院長先生の佇まいは、その時の自分には、紛れもなく、「赤ひげ」のそれ、と映った。
そして、その隣に、もうお一方の先生が、立っておられた。
胸部外科の若い先生は、診察室でお会いした時と、変わらず、目に強い光のある、清新な若さの方だった。お二人を、並べてお見上げした、その時に、自分の中に、もう一つの構造が、立ち上がった。院長先生が、診療所の主の「赤ひげ」だとすれば、胸部外科の若い先生は、その診療所に入りたての、若い見習医のように、見えた。「赤ひげ」のもとで、腕を磨いておられる、若いお弟子。年齢の差も、立ち位置の差も、それを、自然に、裏付けていた。
もちろん、本物の診療所と、現代の大きな病院とは、何もかも、違う。
けれども、お二人の佇まいの間にあるものは、確かに、あの物語の中の、お二人の医師の関係性と、どこか通じるものを、持っていた。年長の主が、多くを語らず、深く、患者を見ておられる。若い弟子が、技と熱意で、目の前の患部に、向き合っておられる。お二人が、ご一緒に、一人の患者を、診てくださる——その構図が、転院初日の妻のベッドの傍らで、自分の頭の中に、静かに、座を、定めていた。
◇ ◇ ◇
院長先生の目は、印象的だった。
短い挨拶の間、その目は、妻の方を、見ておられた。それから、自分の方も、一度、見られた。何かを、見抜くような、鋭い目ではなかった。むしろ、深いところから、静かに、こちらを受け止めてくださるような、そういう目だった。患者の側を、安心させるための演技でも、義務的な視線でもなかった。たぶん、その目は、生まれつき、深いところを持っておられる目だったのだろう。自分が、その時に、それを「赤ひげの目」と感じたのは、決して、的外れな感想ではなかったように、半世紀近く経った今、振り返って、思う。
けれども、その目の奥に、何があるかは、その時の自分には、分からなかった。
それを、自分が知ることになるのは、もっと、ずっと、後のことになる。その時の自分は、ただ、「深い目をしておられる先生だ」と感じ、お二人にお任せしようと、心を決めた。お二人の主治医に、骨で、すがった、と、後年、自分は、振り返って思うことになる。骨ですがった、というのは、決して、誇張ではない。あの時の若い夫には、骨を預ける場所が、お二人の先生のほか、もう、どこにもなかった。
◇ ◇ ◇
お二人の先生が、病室を出ていかれた後、妻と、しばらく、二人だけになった。
妻は、ベッドの上で、軽く、息をついた。「いい先生方ね」というような、短いお言葉だったように思う。自分は、頷いて、「お任せしよう」と、お返ししたはずだ。それ以上の言葉は、二人とも、続けなかった。これからの数日の日々の中で、お二人の主治医のもとで、何が起こるかは、誰にも、分からなかった。それでも、その時、自分たちは、お二人にお任せする、という一点だけは、お互いに、確かに、共有していた。
病院を出る前に、自分は、もう一度、廊下を歩いた。
病棟の廊下を、ゆっくりと、歩きながら、頭の中で、その日のお二人の先生のお姿を、もう一度、たどっていた。院長先生の、短い挨拶。胸部外科の若い先生の、清新な目の光。お二人が並んでお立ちになった、その構図。それらが、自分の中で、これからの日々の、骨組みのようなものに、なりつつあった。手術は、若い先生が、執刀してくださる。けれども、それ以外のすべての時間は、院長先生のもとに、預けられる。一方は、手術台の上で。もう一方は、それ以外のすべての時間の中で——という構造が、その時、自分の中で、初めて、はっきりと、形を取った。
◇ ◇ ◇
家に帰る電車の中で、自分は、不思議な落ち着きを、感じていた。
妻が、これから、また、手術を受けるのだという、その重さは、変わらず、自分の中に、あった。けれども、その重さの、置き場所が、変わっていた。お二人の先生のもとに、お預けすることができる——という感触が、その重さを、少し、軽くしてくれていた。電車の窓の外を、流れていく町並みを、第七十一話の時のような無言ではなく、少しだけ、口を開きながら、見ていた。健慈のことだったか、家のことだったか、何かのささやかな話を、妻と、交わしたように思う。
家の玄関の前で、自分は、また、深呼吸を、ひとつした。
けれども、その深呼吸は、第七十一話の玄関先の深呼吸とは、少し、種類が違っていた。家の中に入る前に、頭の中の書物を置いてくる、という種類の深呼吸ではなかった。お二人の先生にお預けした、という安堵を、家の中に持って入ってもよいかどうかを、確かめる、そういう深呼吸だった。健慈の笑い声を、家の中から聞いた時、自分は、その安堵を、家の中に、少しだけ、持ち込むことを、自分に、許した。
◇ ◇ ◇
夜、ノートを開いて、その日のことを、書き留めた。
院長先生のお名前。胸部外科の若い先生のお名前。お二人の所属。病棟の場所。看護婦さんの注意事項。明日からの、見舞いの段取り。それらを、一行ずつ、書き留めていった。一番下の余白に、自分は、ふと、もうひとつの言葉を、書き加えた——「赤ひげ」と。なぜ、その言葉を書き留めたのかは、自分でも、よく分からなかった。ただ、その日の院長先生のお姿を、自分の中の言葉で、一語に縮めるとすれば、それしかなかった。
赤ひげ先生は、多くを、お話にならなかった。
けれども、若い夫は、その目の奥に、深いものを感じた。その深さの正体を、自分が知るのは、ずっと後のことになる。その時の自分は、ただ、「お任せしよう」と決め、お二人の主治医のもとに、骨で、すがった。赤ひげと、その若い弟子のもとで、これから、長い日々が、始まろうとしていた。一方は、手術台の上で。もう一方は、それ以外のすべての時間の中で。お二人が、それぞれの場所で、妻を見守ってくださる——その構造の中に、自分たちは、これから、入っていくことになる。
(つづく) R080519

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