第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
第 七 十 三 話
紫根牡蛎湯
― 紀 伊 国 屋 漢 方 堂 の こ と ―
ある時、自分の手は、矢数道明先生のご著書『漢方処方』を、手にしていた。
書店で、偶然、目に留まったのだったか、誰かに教わったのだったか、それも、もう、はっきりとは思い出せない。書物との出会いの経緯は、半世紀近く経った今となっては、ぼんやりとした霧の向こうに、霞んでしまっている。けれども——書物は、意思があれば、見つかるものだ、と、今でも、自分は、思っている。あの時、自分の中に、妻の死地から、何としても、活路を見出したい、という、ひとつの強い意思があった。その意思が、結果として、自分の手を、その書物に、引き寄せたのだろう。
矢数道明先生は、当時、戦後の日本漢方の、中興の方であられた。
明治・大正・昭和を通じて、日本の漢方を、近代に橋渡しされた医家。書物の中のお名前は、漢方を学ぼうとする者にとって、最も信頼すべき典拠だった。書店通いの中で、いくつもの健康法や民間療法の本を手に取ってきた自分にとって、矢数先生のご著書は、それらとは、明らかに、重さが違っていた。医家としての、ご自身の臨床と、古典への深いご理解とが、ページの一行一行を、静かに支えている、そういう書物だった。
そのご著書のページの中に、紫根牡蛎湯、という処方が、目に留まった。
江戸時代から伝わる、古い処方。乳の腫物に用いられてきた、と書かれていた。それを、目に留めた瞬間、自分の手は、ノートを、開いていた。鉛筆を持って、ご著書のページから、その処方の中身を、一つずつ、書き写していった。
◇ ◇ ◇
紫 根 牡 蛎 湯
当帰 4.0g 升麻 1.6g
紫根 2.4g 芍薬 2.4g
牡蛎 3.2g 甘草 0.8g
川芎 2.4g 黄耆 1.6g
忍冬 1.2g 大黄 1.2g十味の生薬。
それぞれに、分量が、決められていた。当帰が、最も多く、四・〇グラム。次いで、牡蛎が、三・二グラム。紫根、芍薬、川芎が、それぞれ、二・四グラム。升麻と黄耆が、一・六グラム。忍冬と大黄が、一・二グラム。そして、甘草が、最も少なく、〇・八グラム。これだけの数の生薬が、これだけの分量の比率で、組み合わされて、ひとつの処方を、なしていた。書物の中の数字が、ノートの上に、一つずつ、降りてきた。自分は、それを、書き写しながら、書物の世界と、現実の世界とを、繋ぐ橋を、自分の手で、架けていた。
書き写しが終わると、自分は、しばらく、そのノートを、見つめていた。
これを、自分の手で、調合してみよう——という思いが、自分の中に、立ち上がっていた。漢方薬局で、出来合いの紫根牡蛎湯を、求めるのではなく、生薬を、一つずつ、買い集めて、自分の手で、煎じてみたい。書物の中の知識を、自分の手の上に、降ろしてみたい。それが、その時の自分の、強い願いだった。
◇ ◇ ◇
一般の人にも、生薬を分けてくださる店を、自分は、探し始めた。
どこで、どうやって、紀伊国屋漢方堂のことを、知ったのか——それも、もう、覚えていない。書物の脚注の中だったか、雑誌の記事だったか、書店の店員の方からだったか、知人からだったか。いくつもの手がかりが、自分の中で、ひとつに繋がっていって、ある日、自分は、秋葉原に、紀伊国屋漢方堂、という、一般の人にも生薬を分けてくださる古い問屋があることを、知っていた。
会社の昼休みか、退勤後だったか、ある日、自分は、秋葉原に向かった。
本社の銀座から、それほど遠くない場所だった。電車を乗り継いで、秋葉原の駅で降りた。当時の秋葉原は、今のような賑やかな街ではなく、もう少し、地味な、薬種問屋や、電気部品の問屋が、軒を連ねる、古い問屋街の佇まいを、まだ、残していた。書物の写しを、内ポケットに入れて、その問屋街の中を、歩いた。
紀伊国屋漢方堂は、その問屋街の、一画にあった。
店の佇まいは、もう、はっきりとは、思い出せない。古い木の看板だったか、もっと新しい看板だったか。店構えの細部は、霧の向こうに、霞んでしまっている。ただ、店の中に、一歩、入った瞬間に、自分を迎えた、独特の匂いだけは、今でも、自分の中に、はっきりと、残っている。生薬の匂い——いくつもの草の根や、樹皮や、貝殻が、混じり合って、店全体に、満ちている、あの匂い。書物の中で、ずっと文字として読んできたものが、一つの匂いとして、自分の鼻に、初めて、届いた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
店のご主人に、自分は、書物の写しを、お見せした。
「矢数先生の、紫根牡蛎湯を、お願いしたいのですが」——というような言葉を、申し上げたはずだ。ご主人が、どんなお顔をされたかも、何とおっしゃったかも、もう、覚えていない。ただ、ご主人の手は、書物の写しを一目見られると、迷いなく、店の奥の、いくつもの引き出しに向かわれた。当帰の引き出し。紫根の引き出し。牡蛎の引き出し。一つずつ、開けて、計りの上に、量を、合わせていかれた。
十味の生薬を、ご主人は、迷うことなく、量っていかれた。
計りの目盛りを、確かめながら、紙の上に、生薬を、置いていかれる。それを、白い紙で、丁寧に、包まれる。一つの生薬に、一つの紙包み。当帰の包み、升麻の包み、紫根の包み、芍薬の包み、牡蛎の包み、甘草の包み、川芎の包み、黄耆の包み、忍冬の包み、大黄の包み——十の紙包みが、店の机の上に、ひとつずつ、並んでいった。自分は、その手の動きを、ただ、息を詰めて、見ていた。書物の中の文字が、目の前の紙包みに、形を変えて、降りてきていた。
十の紙包みを、ご主人は、一つの大きな紙袋に、まとめてくださった。
代金を、お支払いした。いくらだったかは、もう、覚えていない。ご主人に、礼を述べて、店を出た。両手に、その紙袋を、抱えていた。袋の中には、十味の生薬が、それぞれの紙包みのまま、静かに、収まっていた。袋の口からは、店の中で嗅いだのと、同じ匂いが、立ち上っていた。秋葉原の街並みの中を、自分は、その袋を、宝物のように、抱えながら、駅へと、向かった。
◇ ◇ ◇
家に帰る電車の中でも、自分は、その袋を、膝の上から、降ろさなかった。
袋を抱えたまま、窓の外を、流れていく町並みを、見ていた。書物の中の知識が、紙の束となって、自分の手の中に、初めて、降りてきていた。これから、家に帰って、これを、調合し、煎じる。書物の世界が、家の台所の世界へと、もう一歩、近づこうとしていた。電車の振動の中で、袋の中の紙包みが、かすかに、互いに触れ合う音がした。その音が、自分の中で、何か、新しい一日の始まりを、告げているようだった。
家の玄関の前で、自分は、いつもの深呼吸を、ひとつした。
けれども、その深呼吸は、第七十一話の時とも、第七十二話の時とも、また、種類が違っていた。自分の手の中に、書物の中の知識が、紙の束として、降りてきている、という静かな確かさが、その深呼吸の中に、混じっていた。家の中に、健慈の笑い声が、聞こえた。自分は、その紙袋を、ふところに、しっかりと、抱えたまま、玄関の戸を、開けた。
◇ ◇ ◇
紀伊国屋漢方堂は、その後、閉店してしまわれた。
秋葉原の街並みも、今では、すっかり、様変わりしてしまった。あの古い問屋街の佇まいは、もう、どこにも、残っていない。電気街として、観光客で賑わう街並みの中に、薬種問屋の引き出しの匂いを、嗅ぎ取ることは、もう、できない。けれども——あの日の、生薬の匂いと、紙包みの重さは、自分の手の記憶として、半世紀近く経った今も、自分の中に、残っている。書物は、意思があれば、見つかるものだ。そして、書物の中で出会った処方は、意思があれば、紙の束となって、自分の手の中に、降りてくる。あの日、自分は、それを、初めて、知った。
紙袋を抱えて、家の中に入った、その夜から、自分の毎日は、もう一つの顔を、持ち始めることになる。
第七十話で、家の演技と、会社の昼休みの書店通いとを、二つの顔として書いた。第七十三話の、この夜から、自分の毎日には、三つ目の顔が、加わることになる。夜明け前の、台所の顔——それが、これから、長い日々の、自分のもう一つの仕事として、立ち上がっていく。けれども、その夜明けの台所のことは、また、別の話になる。
(つづく) R080520
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