このブログを検索

2022年12月31日土曜日

令和5年1月7日からは、武田邦彦先生の『反被爆宣言』を読んでいきます。

令和5年1月7日からは、武田邦彦先生の『反被爆宣言』を読んでいきます。 ここ何年か、私自身が本を読むのが苦手で、少しずつ読む代わりに文字起こしをして、武田邦彦先生をはじめ、私が尊敬する、あるいは数多くの勉強をさせていただいた方々の著作の中から、今を生き抜くのに必要と思われる項目に絞って、ブログにアップしてきました。 中には、私の趣味のレベルの記事もありますが、最近では、環境問題や脱炭素といった意味を掘り下げて、それらを標榜する方々が、一体何を狙っているのかを考える助けと考えています。 私の人生を変えてしまった故牧正人史先生が、CCPの日本侵略の話を以前伺っており、物理的にかその方法は不明ですが、朝鮮半島を巻き込んだ騒擾だと予言されていらっしゃいました。 現実は、牧先生の仰る通り、朝鮮を巻き込んだというか、何か一体化して日本を目の敵にして、様々な工作が行われているような気がします。 おりしも、昨年に始まったウクライナ紛争では、いつ核が使用されるかといった緊迫した場面が継続しており、核問題は喫緊の課題でもあります。そんな中で、武田邦彦先生のお考えを短く、まとめられた本書は、万が一に際にも、十分に役立つと考え、読みす住めるつもりです。 このような拙いブログに毎日お立ち寄りいただき、誠にありがたくお礼申し上げます。 来年が、皆様にとって、素晴らしい一年となりますよう、心から祈念申し上げます。

本来の意義

本来の意義 バイオ燃料の意義は、大気汚染の防止や緩和です。それ以上でも以下でもありません。 石炭も石油も生物由来だから、硫黄分を含んでいます(ウソ8)。燃料の脱硫がまだ十分ではなかった時代、エンジン内で燃えるガソリンは二酸化硫黄(亜硫酸ガス)を生じ、それが大気汚染を起こしました。そこでブラジルは一九七〇年代、サトウキビなどをアルコール発酵させて得た硫黄分ゼロのバイオエタノールをクルマに入れ、汚染のひどいサンパウロなどの空気をきれいにしています。ただし原料にサトウキビ(やトウモロコシ)など作物を使うのはもったいない。大切な作物は、食糧に回すべきでしょう。 むろん大気の浄化が眼目だから、コスト(CO2発生量)は度外視でした。大気汚染がまだひどい途上国では、CO2削減に効かないEVも、大気の浄化には役立つはず。 しかし最近バイオエタノールを論じる文章の大半は、汚染ではなく「気候変動対策」をキーワードにしているようです。それが審査担当者の目に触れる結果、研究費獲得の確率が上がったりするのでしょうが(ウソ9)、あさましい根性だと思います。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月30日金曜日

恥ずかしいバイオ燃料

恥ずかしいバイオ燃料 悪名高い「有料化」以前、店でもらったレジ袋に、こんな文章が印刷してありました。 CO2の削減、石油資源の節約のため「植物由来の原料」を使用したレジ袋です。 よくもこんなことが書けるなぁ……と、見るたびに気が滅入ります。どうみても石油資源の枯渇を早める製品なので(後述)。 願されるNHK NHKはバイオ燃料がお好みらしく、朝のニュース番組でしじゅうとり上げます。JALやANA、ユナイテッドなど大手や、特殊分野のアジア航測が、バイオ燃料を混ぜたジェット燃料で「脱炭素に貢献する」というような話です。 微生物の植物プランクトンを育て、油を抽出するやりかたが有名ですね。まず、真のカーボンニュートラル状況を、こんなふうに想像してください(おとぎ話の世界)。 天然に棲む微生物が、人の手をいっさい借りず、水から飛び出て地面を整地し、工場を建て、電線を引き、培養に必要な設備類のすべてを用意する。施設が完成したら、やはり人の手をいっさい借りず、光照射や水温・養分などの条件を整えた培養タンクに飛び込んだあと、光合成をして育つ。十分に育ったらタンクを出て、自分の体を切り刻み、適当な溶剤にまみれるなどして油分(バイオ燃料)を抽出・精製する。精製された油入りの容器が、ひとりでに飛行場へ移動し、航空機のエンジンに入って燃える……。 そのとき、大気中から吸収した分と同量のCO2が大気に戻るため、カーボンニュートラルの一丁上がりというわけです。でも現実には、以上の全部を人間が行い、途中で大量のCO2を排出するに決まっています。その排出分と、微生物が吸収していたCO2の量(=ジェットエンジン内で燃えたときのCO2発生量 )がトントンなら、バイオ燃料の値段はさほど高くもないでしょうけれど、それならそもそもバイオ燃料を使う意味はありませんね。ちなみにバイオ燃料の類は、格好よくSAF(持続可能航空燃料 )とか呼ぶそうです。 SAFの値段はどれくらい? 手を変え品を変えNHKが一〇回くらい流した番組では、「数倍」とか「三~四倍」とか口を濁すのが通例でした。しかし二〇二二年二月一八日の「二ュースウォッチ」では、JAL・ANAの幹部と一緒に登場したSAFメーカーの幹部が、 「いまは一リットル一万円だが、大量生産で安くなる予定」とご発言。気になって通常ジェッ卜燃料の値段を調べてみたら、一リットルが約一〇〇円とのこと。つまり幹部氏の言うとおりなら当面、同社のSAFは、ジェット燃料の一〇〇倍も高いわけです。 モノの値段が投入エネルギーにおよそ比例するとして、SAFが高いのは、製造に使ったエネルギー(CO2排出量)が多いからでしょう。大量生産の体制を整えても、現在の一〇〇倍が、意味のある「一倍未満」まで落ちるとは思えません。 本項の冒頭に紹介したレジ袋も、植物の栽培・収穫・処理などに大量の化石資源を使い、CO2を出しています(ペットボトルをリサイクルしない理由も同様。一〇二ページ)《ブログ20221128←27あたり》。 産経の経済面ご担当もSAFがお好みらしく、二〇二二年四月一二日に大きな記事を載せました。冒頭の見出し「CO2排出八割削減」が、一瞬「八倍増」に見えましたが。 真の「八割削減」ができるなら、二のエネルギー(化石資源)投入で一〇(バイオ燃料)が得られる。その一部を次回の「投入」分にし、同じ営みを続けていけば 、人類は化石資源の枯渇という悪夢から解放される(なお一リットルの価格は一万円ではなく二〇円のはず)。そんな気配がないからには、「八割削減」の計算があやしいのです。本文に「価格を従来燃料レベルまで抑えるのは困難」と正しく書いた記者氏も、そこを見抜けなかったのでしょうか? なお、同類の大きな記事が五月二一日の紙面にも載りました。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月29日木曜日

カーボンニュートラル幻想

カーボンニュートラル幻想 ニュートラルは「差し引きゼロ」のことだから、カーボンニュートラル(別名「脱炭素」)という語は本来、大気にCO2を増やさないこと、つまり「化石資源を使わない」ことを意味します。一九九七年のCOP3(京都会議)で決めた排出量取引のような、「札束で帳消しにする」話ではありません。しかし近ごろ流行のカーボンニュートラルは、どうやら排出量取引と似た「帳尻合わせ」にすぎないため、化石資源の寿命は延ばしてくれないでしょう。カーボンニュートラルにいちばん近いのは、薪の燃焼です。絶妙な光合成を通じてCO2からできた植物体を酸素と反応させ、原料だったCO2を大気に戻す。江戸時代までは(山陰の田舎なら昭和時代も)そうだったし、途上国の一部はいまなおそれをやっています。けれど現代の日本では、薪の収集や運搬に軽トラックを使い、ときにはチェーンソーで枝を払ったりする。直接間接に必ず化石資源を燃やし、その枯渇を早めるのです。 ユートピア(ありえない状況。ウソ11)でしかないカーボンニュートラルをもてはやす方の神経が、私にはさっぱり理解できません 。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041229版

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041229版  ​ニュースあさ8時!R041229 【ゲスト:飯山陽】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第29回● ●R041229 闇鍋ジャーナル(仮)第44回R041228【ゲスト:石平】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第28回 R041227【ゲスト:加藤康子】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第27回 R041226 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第26回 R041223 【ゲスト:石平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第25回 R04122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第24回 R041221 【ゲスト:居島一平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第23回 R041219 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第21回

R041218「あさ8」日曜増刊号!~朝10時スタートです。しゅうちゃんが出てまーーーすR041216百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第20回R041215 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第19回R041214【ゲスト:竹田恒泰】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第18回 R041213 【ゲスト:飯山陽】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第17回 R041212ニュース あさ8時!第16回 in台北R041209百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第14回R041209「あさ8」第15回~「岸田総理、日本の防衛を真剣に考えだした?!」「厚労省『生活保護の子供は大学へ進学するな』」など R041208「あさ8」第14回~「ウクライナがロシア本土を攻撃。戦争は新たな展開を迎えるのか」「政府いわく『日本を防衛したいなら、国民が金を R041207「あさ8」第13回~「今日は百田尚樹ひとりでやることになりました。事情は聞くな!」 R041206「あさ8」第12回〜「高市早苗議員、ついに中国との対決姿勢を明らかにした!?」など。 R041205「あさ8」第11回〜「何、国民民主党が自民党に入る!?」「加藤登紀子さん、ボケボケ発言!」など。 R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 百田尚樹チャンネル R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 有本香チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 百田尚樹チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 有本香チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 百田尚樹チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 有本香チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 百田尚樹チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 百田尚樹チャンネル R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第三部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第二部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第一部 R041125 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 R041124 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第4回 R041124 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 R041123 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第3回 R041123 闇鍋ジャーナル(仮)第 18 回 R041122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 R041121放送 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第1回 有本香チャンネル 百田尚樹チャンネル 闇鍋ジャーナル(仮)  【初回生放送】闇鍋ジャーナル CH 会員無料 2022/12/12(月) 8:00開始 ニコ生「闇鍋ジャーナル(仮)」へのお申込みはこちら R041228 闇鍋ジャーナル(仮)第43回 R041227【生配信】闇鍋ジャーナル(仮)第42回 R041226 【生配信】闇鍋ジャーナル(仮)第41回 R041223【生配信】夜ナマ闇鍋パーティー第1回 R041223 闇鍋ジャーナル(仮)第40回 R041222 闇鍋ジャーナル(仮)第39回 R041221 闇鍋ジャーナル(仮)第 38回 R041220 闇鍋ジャーナル(仮)第37回 R041219【生配信】闇鍋ジャーナル(仮)第36回 R041216闇鍋ジャーナル(仮)第35回 R041215闇鍋ジャーナル(仮)第34回 R041213闇鍋ジャーナル(仮)第33回 R041212闇鍋ジャーナル(仮)第32回 R041210闇鍋ジャーナル(仮)第31回【生配信】 R041209闇鍋ジャーナル(仮)第30回R041208闇鍋ジャーナル(仮)第29回R041207闇鍋ジャーナル(仮)第28回R041206闇鍋ジャーナル(仮)第27回R041205闇鍋ジャーナル(仮)第26回【生配信】R041202闇鍋ジャーナル(仮)第25回 R041201闇鍋ジャーナル(仮)第24回 R041130闇鍋ジャーナル(仮)第23回  R041129闇鍋ジャーナル(仮)第22回 R041128闇鍋ジャーナル(仮)第21回【生配信】 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 闇鍋ジャーナル(仮)第18回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 闇鍋ジャーナル(仮)第16回 闇鍋ジャーナル(仮)第15回 闇鍋ジャーナル(仮)第14回 闇鍋ジャーナル(仮)第13回 闇鍋ジャーナル(仮)第12回 闇鍋ジャーナル(仮)第11回 闇鍋ジャーナル(仮)第10回 闇鍋ジャーナル(仮)第9回 闇鍋ジャーナル(仮)第8回 闇鍋ジャーナル(仮)第7回 闇鍋ジャーナル(仮)第6回 闇鍋ジャーナル(仮)第5回 闇鍋ジャーナル(仮)第4回 闇鍋ジャーナル(仮)第3回 闇鍋ジャーナル(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第1回​​​​

2022年12月28日水曜日

ものづくり精神の軽視

ものづくり精神の軽視 日本のクルマ産業は、血のにじむような努力の結果、高性能エンジンを含め、優秀なクルマを続々と出してきました。EV化がどんどん進めば、エンジンがらみで蓄積した高度な技術がすたれるばかりか、関連分野も合わせほぼ五五〇万人にものぼる就労者の一部は、転職や配置転換を余儀なくされてしまいます。 クルマ用の素材をつくる化学産業も、ガソリン車がらみの部門は大きな打撃を受けるはず。 政治家や官僚は、そのへんをどうお考えなのでしょうか? 本項を書くにあたっては 、ほんの少し面識のある加藤康子(こうこ)さんと、自動車のプロ池田直渡(なおと)・岡崎五朗両氏の快著『EV推進の罠』(ワニブックス、二〇二一)を参考にさせていただきました。心よりお礼申し上げます。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月27日火曜日

疑問だらけのEV化

疑問だらけのEV化 現物を見たことはなく、見たいとも思いませんが、クルマ 全体の数%がEVになる程度ならかまいません。どうぞご自由に。けれど、いろんな面を調べてみれば、EV化は疑問だらけだとわかります。まずは電力の問題です。 大停電! やや極端な例ですけれど、東京の都心を考えます。ウソ2に書いたとおり、都心の一〇〇平方キロメートル圏内では、消費エネルギーの大きさが、電力もクルマもほぼ同じでした。すると、クルマの二割や三割がEVになった瞬間、電力がまるで足りない。強い地震や台風が来るたびに電力不足が騒がれる昨今、しじゅう停電することになりそうです。都民なら誰もがそうお感じでしょう。 EV化を推進したいなら、火力発電所の増設や原発の再稼働をセットにして語るのが筋なのに、そういう声はあまり聞いたことがありません。 大問題のバッテリー EVは、車体そのものも、価格面でも、ほぼ バッテリー(蓄電池)とみてよい製品です。普通サイズのEVでも、重さ二〇〇~三〇〇キログラム以上のバッテリーを積んでいます。 自分で計算したわけではありませんが、そのバッテリーは、莫大なエネルギーを使って(むろんCO2を排出して)つくる………という話を読んだことがあります。先ほど触れた産経の子ども向け解説も、そんなことを書いていました。製造時の消費エネルギーが少なければ化石資源の保全に役立つのですが(温暖化や気候変動はどうでもよい)、どうもそうではなさそうだから、環境にやさしいはずはありません。 しかもEVだと、モーター用の強い磁石をつくるのに、ネオジムやジスプロシ ウムなど、特殊な金属が欠かせない。国内では調達できず、中国やコンゴ民主共和国から買うことになります。国際情勢の成り行きしだいでは、調達がどうなるか読みにくい国々ですよ。そんなことでいいのでしょうか? なお、バッテリーが現行のリチウムイオン電池なら、電極用のニッケルやコ バルトも、同じ状況にあります。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月26日月曜日

ウソ13 電気自動車やバイオ燃料は、国のCO2排出を減らす

ウソ13 電気自動車やバイオ燃料は、国のCO2排出を減らす 【事実】 減らす要素は何もない。バイオ燃料やバイオ系素材は、確実にCO2排出を増やす。 冷静な論調が気に入って、産経新聞を購読してきました。でも最近は、とりわけ経済面に、おかしな記事が増殖中です。CO2の排出を環境負荷、排出削減(脱炭素)を親境対応や環境配慮(環境にやさしい)とみる、理系の身には理解不能な記事の類。二〇二〇年一〇月に菅(すが)総理(当時)が、「二〇五〇年のCO2排出ゼロ化」を所信表明で口にされ、一年後のCOP26で岸田総理がそんな「約束」をなさったせいでしょう(ウソ10)。 二〇二一年末~二二年春に出た記事の一部を紹介すると、 ① 木造家屋はCO2をためているので脱炭素の実践例だ、 ② 大麻(!)を建材などに使えば脱炭素が果たせる、 ③ 客室に竹製の歯ブラシを置くホテルは環境にやさしい、 ④ ベルトの素材や文字盤のインクを工夫した「環境配慮の腕時計」……… と爆笑モノのオンパレード。肉のかわりにコオロギを食べて「温暖化解決」、という二〇二一年一二月五日のコラムには鳥肌が立ちました。 大半はCO2排出を増やすでしょうが、排出量の増減より大事なことがあります。一〇〇兆円を使っても、二〇年間に 地球をほとんど冷やせない(ウソ11)。①~④も「コオロギ」も、琵琶湖の水をお猪口(ちょこ)に汲んで、「ほら水面を下げただろ」と胸を張るに等しい、小学生にも笑われる話ですよ。 経済オンチが想像するに、そういう記事が関連企業の株価を爆上げし、誰かが濡れ手に粟(あわ)の大儲けをする………という力学が本質なのかもしれません。 ときたま冷静な記事に出合えばホッとします。二〇二二年二月一三日科学欄の子ども向け解説「EV時代どうなるの?」は、「走行中はCO2を出さなくても、製造時のCO2排出量がエンジン車より多いかも」とか、「これからどんどん普及するかは疑問」など、慎重なトーンが光っていました(産経の社内も一枚岩ではないのでしょう)。なおEVの「走行中は………」を「発電中は………」に置き換えたものが、前章に述べた「再エネ」の素顔ですね。 というわけで、まずはEV(電気自動車)を考えましょう。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041226版 

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041226版  ​ニュースあさ8時!R041226 【生配信】闇鍋ジャーナR041226 ● ●R041226 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第26回R041223 【ゲスト:石平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第25回 R04122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第24回 R041221 【ゲスト:居島一平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第23回 R041219 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第21回

R041218「あさ8」日曜増刊号!~朝10時スタートです。しゅうちゃんが出てまーーーす●R041216百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第20回R041215 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第19回R041214【ゲスト:竹田恒泰】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第18回 R041213 【ゲスト:飯山陽】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第17回 R041212ニュース あさ8時!第16回 in台北R041209百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第14回R041209「あさ8」第15回~「岸田総理、日本の防衛を真剣に考えだした?!」「厚労省『生活保護の子供は大学へ進学するな』」など R041208「あさ8」第14回~「ウクライナがロシア本土を攻撃。戦争は新たな展開を迎えるのか」「政府いわく『日本を防衛したいなら、国民が金を R041207「あさ8」第13回~「今日は百田尚樹ひとりでやることになりました。事情は聞くな!」 R041206「あさ8」第12回〜「高市早苗議員、ついに中国との対決姿勢を明らかにした!?」など。 R041205「あさ8」第11回〜「何、国民民主党が自民党に入る!?」「加藤登紀子さん、ボケボケ発言!」など。 R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 百田尚樹チャンネル R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 有本香チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 百田尚樹チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 有本香チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 百田尚樹チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 有本香チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 百田尚樹チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 百田尚樹チャンネル R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第三部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第二部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第一部 R041125 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 R041124 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第4回 R041124 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 R041123 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第3回 R041123 闇鍋ジャーナル(仮)第 18 回 R041122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 R041121放送 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第1回 有本香チャンネル 百田尚樹チャンネル 闇鍋ジャーナル(仮)  【初回生放送】闇鍋ジャーナル CH 会員無料 2022/12/12(月) 8:00開始 ニコ生「闇鍋ジャーナル(仮)」へのお申込みはこちら R041223【生配信】夜ナマ闇鍋パーティー第1回 R041223 闇鍋ジャーナル(仮)第40回 R041222 闇鍋ジャーナル(仮)第39回 R041221 闇鍋ジャーナル(仮)第 38回 R041220 闇鍋ジャーナル(仮)第37回 R041219【生配信】闇鍋ジャーナル(仮)第36回 R041216闇鍋ジャーナル(仮)第35回 R041215闇鍋ジャーナル(仮)第34回 R041213闇鍋ジャーナル(仮)第33回 R041212闇鍋ジャーナル(仮)第32回 R041210闇鍋ジャーナル(仮)第31回【生配信】 R041209闇鍋ジャーナル(仮)第30回R041208闇鍋ジャーナル(仮)第29回R041207闇鍋ジャーナル(仮)第28回R041206闇鍋ジャーナル(仮)第27回R041205闇鍋ジャーナル(仮)第26回【生配信】R041202闇鍋ジャーナル(仮)第25回 R041201闇鍋ジャーナル(仮)第24回 R041130闇鍋ジャーナル(仮)第23回  R041129闇鍋ジャーナル(仮)第22回 R041128闇鍋ジャーナル(仮)第21回【生配信】 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 闇鍋ジャーナル(仮)第18回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 闇鍋ジャーナル(仮)第16回 闇鍋ジャーナル(仮)第15回 闇鍋ジャーナル(仮)第14回 闇鍋ジャーナル(仮)第13回 闇鍋ジャーナル(仮)第12回 闇鍋ジャーナル(仮)第11回 闇鍋ジャーナル(仮)第10回 闇鍋ジャーナル(仮)第9回 闇鍋ジャーナル(仮)第8回 闇鍋ジャーナル(仮)第7回 闇鍋ジャーナル(仮)第6回 闇鍋ジャーナル(仮)第5回 闇鍋ジャーナル(仮)第4回 闇鍋ジャーナル(仮)第3回 闇鍋ジャーナル(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第1回​​​​

2022年12月25日日曜日

12月25日「あさ8」ならぬ「よる8」~クリスマス・ライブ!!

12月25日「あさ8」ならぬ「よる8」~クリスマス・ライブ!!

今日の極めつけ マルゲリータ

今日の極めつけ マルゲリータ ピザ生地が残っていましたので、トマトソースを作って、マルゲリータに挑戦しました。 トマトソースは、三國シェフレシピ #436 お手本といたしました。 トマトは、旬ではないのですが、スーパーから買ってきたものを3個(レシピでは5,6個でしたが、冷蔵庫には4個しかなく)用いました。自宅の庭のタイムとローズマリーを煮込んで、おいしいソースになりました。チーズは、あるもので、安物ですが、素朴なマルゲリータは、最高です。 上の写真は、トッピングに、ルッコラを載せました。それしかないから仕方ないのです。 完成品はこちら、

今日のピアノでライプでサーブしたメニューです

今日のピアノでライプでサーブしたメニューです。 キャロットケーキ 三國シェフレシピ #947ただ、三國シェフレシピと全く同じでない部分は、ベーキングパウダを入れるのを忘れたこと。植物油をこめ油に換えたこと。フロスティングに、アーモンド、クルミ、クランベリーをトッピングしたことです。おいしくできました。 シュトーレン Emojoie えもじょわシュトーレンも、いろいろな作り方があるようです。今回初めて挑戦したのは、エモジョワさんのレシピで試しました。 甘いものだけでは、物足りないので、ピザを添えました。ピザ生地から作っています。 【プロが教える】イタリア本場のピザ生地の作り方いろいろ試しています。このレシピからは、水を半分ミルクに換えています。また、オリーブオイルではなく、これもこめ油を使ってみました。また、生地をしっかり二回ほど醗酵させたのち、一日冷蔵庫で休ませています。その結果、きめが細かく、しっかりと膨らむ生地が出来ました。 生地の上に載せる方は、ボロネーズと、キャロットケーキ 三國シェフレシピ #947で余ったフロスティングに更にナッツ類を砕いて、更にクランベリーをたっぷり載せ、上からコンデンスミルクを回しかけて、焼いています。焼き時間は、ミートピザよりは短くしました。250℃で15分で素晴らし大人の甘さのピザが出来ました。 甘くないほうは、三國シェフレシピ #567『基本のソースボロネーズ』合挽き肉で自家製ミートソース!を作りましたので、これをベースにしています。大人が多いので、近くのもつ煮屋さんで売っていた特性辣油を入れて、隠し味にバルサミコ酢とウスターソースを加えてみました。 三國シェフレシピ #567『基本のソースボロネーズ』合挽き肉で自家製ミートソース!を作ったので、パスタをゆでれば、結構レシピの幅が広がります。 昨日から今日にかけては、料理三昧の日でした。

環境破壊

環境破壊 大規模な「再エネ」発電だと、太陽光パネルを敷き、風車を建て、送電線を引くとき、森林や草原を更地にします。景観を壊すばかりか、保水力を落として水害を増やしたりもする。そんな暴挙に反対する住民運動が、全国で増えてきました。やや旧聞ですけれど、本質を突いたルポだと思うので、二〇一八年五月三〇日の毎日新聞・大阪版朝刊に載った記事の一部を紹介しましょう(『狂騒曲』5章から部分的に転載)。 岡山県北東部にあり、緑豊かな山が広がる美作(みまさか)市。東京のエネルギー会社が………二五七メガワットのメガソーラーを建設するため山を切り開いている。………「古里の水が汚されて悲しい」。地元で農業を営む男性は憤る。男性らは昨年二月、工事を許可しないよう約一二五〇人分の署名を県に提出した。だが許可は出され、三か月後に工事は始まった。雨が降ると土砂が川に流れ込み、畑の貯水タンクは泥で詰まるようになった。野菜は生育不良になり損害は数百万円に 上るという。……… これもおぞましい話です。お金のにおいをかぎつけた人たちが、「環境を守るため」と言いながら、自然環境を壊しているわけなので。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041225版 

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041225版  ​ニュースあさ8時! ●R041223 【ゲスト:石平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第25回●R041223 闇鍋ジャーナル(仮)第40回●R041223【生配信】夜ナマ闇鍋パーティー第1回● R04122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第24回 R041221 【ゲスト:居島一平】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第23回 R041219 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第21回

R041218「あさ8」日曜増刊号!~朝10時スタートです。しゅうちゃんが出てまーーーす●R041216百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第20回R041215 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第19回R041214【ゲスト:竹田恒泰】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第18回 R041213 【ゲスト:飯山陽】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第17回 R041212ニュース あさ8時!第16回 in台北R041209百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第14回R041209「あさ8」第15回~「岸田総理、日本の防衛を真剣に考えだした?!」「厚労省『生活保護の子供は大学へ進学するな』」など R041208「あさ8」第14回~「ウクライナがロシア本土を攻撃。戦争は新たな展開を迎えるのか」「政府いわく『日本を防衛したいなら、国民が金を R041207「あさ8」第13回~「今日は百田尚樹ひとりでやることになりました。事情は聞くな!」 R041206「あさ8」第12回〜「高市早苗議員、ついに中国との対決姿勢を明らかにした!?」など。 R041205「あさ8」第11回〜「何、国民民主党が自民党に入る!?」「加藤登紀子さん、ボケボケ発言!」など。 R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 百田尚樹チャンネル R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 有本香チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 百田尚樹チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 有本香チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 百田尚樹チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 有本香チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 百田尚樹チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 百田尚樹チャンネル R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第三部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第二部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第一部 R041125 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 R041124 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第4回 R041124 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 R041123 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第3回 R041123 闇鍋ジャーナル(仮)第 18 回 R041122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 R041121放送 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第1回 有本香チャンネル 百田尚樹チャンネル 闇鍋ジャーナル(仮)  【初回生放送】闇鍋ジャーナル CH 会員無料 2022/12/12(月) 8:00開始 ニコ生「闇鍋ジャーナル(仮)」へのお申込みはこちら R041222 闇鍋ジャーナル(仮)第39回 R041221 闇鍋ジャーナル(仮)第 38回 R041220 闇鍋ジャーナル(仮)第37回 R041219【生配信】闇鍋ジャーナル(仮)第36回 R041216闇鍋ジャーナル(仮)第35回 R041215闇鍋ジャーナル(仮)第34回 R041213闇鍋ジャーナル(仮)第33回 R041212闇鍋ジャーナル(仮)第32回 R041210闇鍋ジャーナル(仮)第31回【生配信】 R041209闇鍋ジャーナル(仮)第30回R041208闇鍋ジャーナル(仮)第29回R041207闇鍋ジャーナル(仮)第28回R041206闇鍋ジャーナル(仮)第27回R041205闇鍋ジャーナル(仮)第26回【生配信】R041202闇鍋ジャーナル(仮)第25回 R041201闇鍋ジャーナル(仮)第24回 R041130闇鍋ジャーナル(仮)第23回  R041129闇鍋ジャーナル(仮)第22回 R041128闇鍋ジャーナル(仮)第21回【生配信】 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 闇鍋ジャーナル(仮)第18回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 闇鍋ジャーナル(仮)第16回 闇鍋ジャーナル(仮)第15回 闇鍋ジャーナル(仮)第14回 闇鍋ジャーナル(仮)第13回 闇鍋ジャーナル(仮)第12回 闇鍋ジャーナル(仮)第11回 闇鍋ジャーナル(仮)第10回 闇鍋ジャーナル(仮)第9回 闇鍋ジャーナル(仮)第8回 闇鍋ジャーナル(仮)第7回 闇鍋ジャーナル(仮)第6回 闇鍋ジャーナル(仮)第5回 闇鍋ジャーナル(仮)第4回 闇鍋ジャーナル(仮)第3回 闇鍋ジャーナル(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第1回​​​​

ピアノでライブ 本日 R0412257 16時より、待ってます

ピアノでライブ 本日 R0412257 16時より、待ってます ピアノでライブ R041225

本日のメニュー ●『人魚のような恋』 ●『残されたライン』 ●クイズコーナー ●『大切な花』 ●本日のスイーツ 『キャロットケーキ』(三國シェフレシピ) ●『おしゃれなサンタ』(紙芝居) ●お知らせ

2022年12月24日土曜日

フラフラ電気

フラフラ電気 二〇二二年二月一六日には福島県沖で最大震度6強の地震が起き、同県にある火力発電所がいくつか停まりました。そのあげく東京電力管内の一都八県で、いっとき二一〇万軒も停電しています。一週間近くあとの二二日になっても東京電力の「電力使用率」が一〇〇%を超え(最高は一四時台の一〇七%)、私自身も含めた都民は停電を心配していました(幸い、ほかの電力会社からの融通もあって大規模な停電は発生せず)。 原因のひとつは、あやしい「再生可能エネルギー」をメディアがもてはやす昨今、稼働歴の長い火力発電所を次々に休止・廃止していることのようです。経産省の予想によると、来たる二〇二三年の冬(一~二月)は、東京電力のほか全国六電力の管内も、非常時といってもよい電力不足に見舞われる恐れが高いとのこと。 暮らしも企業活動も、安定な電気があればこそです。台風が襲った際の停電で高層マンションのエレベータが停まったり、トイレが使えなくなったりするようになりました。 無風の夜は太陽光も風力も出力がゼロだから、安定な発電(火力、水力、原子力)でバックアップするのが欠かせません。 一〇〇メガワットの太陽光発電なら、同じ一〇〇メガワット分の安定電源を必ず後ろに控えさせておく。そういう余計な仕事も「再エネ」の単価を上げる結果 、庶民の負担が増えるという寸法です。 先ほども書いたとおり太陽光なら、春夏の好天の日中だけは「定格」に近い発電をします。 それが「売電」を通じて送電網に入ると使いきれず、需給のバランスが崩れて大規模停電の恐れが生じる。だから二〇二二年四月には四国電力と東北電力が、受け入れの一時停止を決めました。はた迷惑な話です。自治体レベルの電力に応じる蓄電設備ができれば問題も解消するけれど、残念ながら、近い将来にそうなるメドはついていません。 太陽光発電も風力発電も、国のCO2排出量をほとんど減らしません。そのため、温暖化だの気候変動だのはどうでもよいのですが(本書前編)、化石資源の延命に役立ってくれない。そうなると、そもそも行う意味さえないことになりますね。( 政府の望む?)産業の活性化だけには役立つとしても。 火力発電の燃料を水素やアンモニアに変えよう………と叫ぶ人もいます。発電中にCO2が出ないところだけを見た発想です。水素をメタンの化学変化でつくるなら、天然ガス(メタン)火力発電と同量のCO2が出てしまう。水の電解でつくっても、電源が石炭火力だろうと再エネだろうと、根元で応分のCO2が出るのです。アンモニアも、化学合成の際に 大量のエネルギーを使ってCO2を出すから、ご期待どおりのことは起きません。 要するに、燃料費が安くて安定な石炭火力発電を続ければよいのです。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

偶々立ち寄った古本屋に三島由紀夫先生の『憂国』のビデオがあり、、、

偶々立ち寄った古本屋に三島由紀夫先生の『憂国』のビデオがあり、高価でしたがどうしても、欲しくて、買ってしまいました。三島由紀夫先生が、どんな思いでこの『憂国』を撮影したのか、付録についていた、三島由紀夫先生の製作話がございましたので、以下に書き起こしました。ちょっと長いですが、 以下引用 東宝ビデオ『憂国』から 短縫小説「憂国は昭和三十六年一月冬季号の「小説中央公論」のために書かれたものである。 この小説は私にとっては忘れがたい作品で、わづか五十枚足らずのものながら、その中に自分のいろんな要素が集約的に入ってゐる作品と思はれるので、もし私の小説を一編だけ読みたいといふ人があったらば、広く読まれた「潮騒」などよりも、むしろこの「憂国」一編を読んでもらへば、私といふ作家のいいところも悪いところもひつくるめて、わかつてもらへるやうに考へてゐる。それだけ受着の深い作品であるから、私はこの映画化の企画があることを知りながら、その企画に対してはいつも疑問を抱いてきた。 普通、長編小説を映画会社に売る場合に、私はむづかしい注文は出さない主義で、映画といふ別の表現手段で自由に解釈されるままにまかせてきたが「憂国」だけはどうしてもさうしたくない気持があった。もっとも、企画自体は二、三の映画会社で練つてゐるといふ話はあったが、上層部を通らないために、話はご破算になるのが常であった。多分その原因は、ストーリーが単純すぎることと、ラヴシーンの部分はよくても、後半の死の部分が陰惨すぎることが怖れられたためであると思ふ。これはあとの話になるが、昨年の暮になって某社から、私の演出でこの作品をやりたいといふ話があったが、すべてはあとの祭であった。 さうかうしてゐるうちに、私は自然にこの映画化のイメージを心の中にゑがくやうになってゐた。 かうまで自分のすべてを投げ込んだ作品であるから、やるならば、何もかも自分でやりたい気持がしてゐた。この何もかも、といふ裡には、自ら徘優として演じることも入ってゐる。現代では俳優といふ職業はいかにも特殊なものに思はれてゐるが、モリエールやディッケンズの例を引くまでもなく、私には自作自演といふことは、自然な一連の芸術行為のやうに思はれる。又、それは、ボオドレエルの言葉を借りれば、「死刑囚であると同時に、死刑執行人であることなのだ」。そのときはじめて私の中で一つの円環が閉ぢられるのだ。 そもそも映画化の場合には、言葉の表現による抽象作用を、抽象作用を経ない前の状態の混沌に引き戻すことが必要であると思はれた。それはいはば普通の文学作品の映画化と逆のいき方であって、普通の文学作品の映画化の場合には、監督が言葉の抽象作用を通じて、自分の中に生れたイメージをフィルムの映像として再現するところに主眼が置かれるけれども、私の場合は私自身がその作品の作者なのであるから、一見整理され、整頓されたストーリーとして成立してゐるものの、オリジナルな混沌は私の内部にあるのである。 私はその混沌を自分の手でほじくり起してみたかった。そこには、言葉の表面に現はれた一つの時代の一つのドラマばかりでなく、日本人の民族意識の中にある深い混沌と、複合と、錯綜が合まれてゐた。 この作品に対する批評のうらに私が最もおもしろいと思ったものは、俳優の森稚之氏がたまたまこの作品を読んで「この小説は、はじめに夫婦が最後の交はりを結んで、次に自刃するのだが、はじめの愛の行為と終りの自刃は同じことではないのですか。こいつは同じことが重複してゐるからやりきれないね」といったことがある。私はここに、普通の文芸批評と違った感覚的な作品の享受のしかたを発見して、非常に興味があった。私のねらったところもそれであって、日本人のエロースが死といかにして結びつくか、しかも一定の追ひ詰められた政治的状況において、正義に、あるひはその政治的状況に殉じるために、エロースがいかに最高度の形をとるか、そこに主眼があったので ある。 こんなことを心の中で思ってはゐながら、私は自分でこの作品を映画化するといふことについては、まったく自信がなかった。映画のつくり方については、映画に出演したただ一回の経験から、多少ののぞき見的な知識は得てゐたけれども、それと同時に、映画の費やす厖大な費用、映画撮影の一瞬一瞬ごとに流れ去つていく金のおびただしさにもよく目が開いてゐた。いづれにしろ、映画の一木分の費用を自費でつくり出すことは不可能に思はれた。しかし、日を経るにつれて、この映画作品をつくつてみたいといふ気持は私の中で徐々に強まつてゐたので、だれかに話をしてみたいと思はずにはゐられなかった。 たまたま頭に浮んだのは、能の研究家で、私の二、三の上演不可能と思はれた一幕物戯曲を奇抜な形式で演出してくれた堂本正樹氏であった。たまたま昭和四十年の一月に堂本氏と会ふ機会があったので、私はそれとなくこのプランを話して、「近ごろは学生のつくる短編映画がいろいろあるさうだが、学生のスタッフでごく安く、八ミリか十六ミリの映画がとれないものだらうか。そのとき君は演出してくれるかね」と相談をもらかけた。堂本氏はただちに話に乗ってくれた。これからも繰り返されることだが、私が実にふしぎに思ふのは、それから話をもらかけた人が、だれもかれも一言のもとに話に乗ってくれたことである。 堂本氏と私とのプランは、能形式でやることが一番経済的だといふことだった。私も堂本氏に頼んだそもそもの理由がそれであって、何らかの形で能の集約性と単純性をこの作品の製作の大きな要素にしたいと考へてゐた。もちろん第一の原因は費用の点が安くてすむといふことであるが、第二の理由は、もっと芸術的なもので、言葉と映像との差を考へると、この短編小説の中に出てくるさまざまな日常生活の小道具は、絵にする場合に、作品の純粋性を減らしこそすれ、決して増しはしないことが危ぶまれたからである。昭和十年代の貧乏な中尉の借りてゐる貸家であるから、当然その家内の造作も貧弱であるべきであり、そこで使はれてゐる日常の什器、家具の類も、一つ一つ時代の制約と経済的条件の制約をもつてをり、またその愛の場面にふとんが出たり、まくらが出たり、またその死の決心の場面にちやぶ台が出たり、火鉢が出たりすることは、害ばかりで一つも利がないやうに思はれた。私の観念によれば、人間の裸体よりも、布団や枕のはうがより猥褻なのである。 コデルロス・ド・ラクロが観念のはうがもっと猥褻だといふ信念に基づいて「危険な関係」を書いたのと反対に、われわれの日常経験の中から猥褻を与へる観念を払拭するには、それらの日常性を全部払拭しなければならなかった。そしてわれわれの脳裏にはだんだんに、この作品の一番本質的な、一番不可欠な要素だけが柾目のやうにくつきりと浮び出てきたのである。 一方、私はこの映画の製作について、もつと技術的な専門家のアドバイスを仰ぎたかったので、かねて親しかった大映の藤井浩明プロデューサーにも相談をもちかけた。堂本氏と藤井氏と三人で会った会合は、一月十三日のことであったが、藤井氏はその話を聞くと、言下に、それは三十五ミリでおやりなさい、といった。藤井氏は私の作品の映画化を最も多く担当したプロデューサーであり、市川昆氏の傑作「炎上」のプロデューサーでもあるが、私は長年の交遊で、氏の誠実さと熱意を信じてゐた。そして、これはその後一年間の経過にわたつていよいよはつきりすることであるが、藤井氏がプロデューサーとしていかに適任であるかは、第一の最も大きな要素として、氏ができあがった作品に対して絶対に信頼を揺がせないことであった。作品はできあがると作者の手を離れて、風船のやうに空にふはふはと浮んでいく。作者の中で確信はたちまち砕け、良し悪しの判断は第三者にまかせられる。プロデューサーこそはその風船の糸をしつかりと握つてゐることのできるただ一人の人なのである。彼がその糸から手を放したらおしまひである。藤井氏はいついかなる場合にも、この作品に対する完全な愛着と信頼を少しても失ふことがなかった。それがスタッフ全員をどれだけ力づけたかわからない。 藤井氏は、三十五ミリでとつておけば、一般にも上映ができ、外国の映画祭に出すこともできるといふことが大切であり、また三十五ミリでとつても、それほどの費用の差はないと説明した。問題はそれだけであったから、氏が保証してくれれば、私は安心して三十五ミリに計画を変更することができた。 その場でさつそくわれわれの能のプランが相談されたが、ひたすら費用のかかることを怖れてゐる私は、ただ能の舞台の形式を借りるだけで、スタジオの地面に白い一枚の能舞台と同じ大きさの板を敷いて、四木の柱を立てれば、それでいいのではないかとさへ考へてゐた。何はともあれ、私にとつてはまつ四角な、まつ白な限定空間が必要だったのである。そして、人間の生と死のすべてがそのまつ白な、まつ四角な限定空間の中でかげろふのやうにはかなく立ちのぼり、また消えていく形がほしかったのである。 しかし、話してゐるうちにイメージはだんだんにひろがり、少なくとも能舞台に近いものでなければならないといふふうに変つていった。白い四角な床は地面から何尺か高くなければならず、橋ガカリに類似したものもなければならず、一の松、二の松、三の松もなければならず、その松には、私の考へで、歌舞伎の雪の場面のやうな白い綿がかかつてゐなければならなかった。そして堂本氏は、橋ガカリのうしろに羽目板のかはりに白い襖があることを要求し、私はまた舞台の奥に、松羽目のかはりに巨大な「至誠」の軸がかかつてゐて、それがたえず登場人物の運命を支配してゐる必要があると考へた。そして、黒白の映画であるから、白の効果が最も大切で、能舞台とはいひながら、すべてが純白に装はれてゐなければならなかった。黒を代表するものは血だけであった。 一旦話がまとまると、仕事はトントン拍子に追んだ。私の中にプランはすでに成熟してゐて、セリフを一切使はないこと、物語の背景の状況はすべて字幕で説明すること、すべてのエモーションはワグナーの「トリスタンとイゾルデ」の「 愛の死(リーベストート) のテーマでもつて統一することなどが考へられてゐた。 私は異常な興奮をもつていきなり撮影台本を書き始め、僅々数日の間に、一月十六日には脱稿した。これはただのシナリオではなく、映画演出の分野であるこまかいコンチニュイティの立て方から、カメラの位置、ライトの位置までこまかく指定したものである。そして、一月二十日には藤井氏と堂本氏とともに自宅で、その台本を古ぼけたワグナーのレコードに合せて読み合せる会が開かれた。私はストップウォッチを買ひ入れて、各カットの何秒かの経過ごとにストップウォッチを動かし、それをワグナーのレコードに合せてみんなに聞かせた。その古レコードは歌のまったく入らない「トリスタン」の抜率曲であったが、両氏とも、あまりにも物語の経過と音の経過とがぴったりするので、驚いてゐた。あとやるべきことは、よい撮影者を得ることだが、私はなんとしてでも撮影者は一流のカメラマンであってほしかった。映画の芸術的効果を発揮するには、ほかのことはともあれ、撮影の効果が七、八〇%を占めると思はれるので、この仕事に乗気になってくれる一流のカメラマンの選定は藤井氏にまかせ、あと私は衣裳、小道具の手配から、さらに相手役の女優の選定に熱意を注ぐことになった。 一月末の寒い東京の町を、私はニ・ニ六事件当時の軍服を求めてさまよひ歩いた。あめや横丁に第二次世界大戦記念館といふふしぎな店のあることを私は知つてゐた。行ってみると、そこには回顧的なたくさんの軍用品が店先に置かれてはあるものの、店では意外に当時の軍事制度の変化の知識に乏しく、見せてくれたものは、すでに昭和十三年以降変更されたところの折襟の軍服であった。 昭和十一年当時の軍服はどうしても詰襟で なくてはならない。そして輜重(しちょうへい)兵の襟章の色も、いま刊行されてゐる資料はどこにもなく、私の少年時代の古い「われらの陸海軍」といふ木の色刷りの表からさがし出すほかはなかった。 そこに軍服がなかったので、話を聞いて、近くの大きな軍服問屋へ行ってみた。米軍の払ひおろし軍服や、映画演劇のための軍服の注文を受ける店であったが、店では剣もほろろの応対で、ちやうど出かけようとしてゐた店のおやぢは、たった一着の軍服の注文と聞くと、木で鼻をくくったやうな挨拶をし、ろくに人の話も聞かないで、フフンと冷笑しながら、店を出ていった。 まして軍帽に至っては、映画その他で使はれてゐる軍帽が、いかに当時の実際に反したいいかげんな製作品であるかがよくわかった。困り果てた私は、水道橋の駅ぎはの常見帽子店といふ製帽専門の帽子屋へ飛び込むほかはなかった。ここで念入りに説明すると、はじめて軍帽について正確な知識を持つてゐる人に出会ったといふことが感じられた。ここで調べたところによれば、ニ・ニ六事件当時の将校の軍帽をつくつてゐた生き残りの職人がをり、私が見せたニ・ニ六事件の将校の写真の中に、彼はたしかに自分のつくった軍帽を発見してゐた。 当時青年将校は軍のお仕着せの軍帽ばかりでなく、それぞれの趣味に従って、かなりこった形の軍帽をうるさく注文してつくつてゐたこともわかつてきた。私はその中の形のよい軍帽を指定して、その中気の職人が生涯の最後の情熱を燃やしてつくった軍帽をつひに手にすることができた。常見帽子店の話によると、長らく病床に伏してゐた老職人は、この製作が危ぶまれてゐたけれども、この注文を受けてたちまら病状が好転し、一つの軍帽をつくることによって強烈なノスタルジアが満たされると、いまは平気で起(た)ち居(ゐ)することができるほどに健康を回復したさうである。一方、軍服については既製品はないことがわかったので、かねて注文してゐた茅場町の細野洋服店に頼んで、特別に資料を集めてもらつて、当時の軍服をつくつてもらふことになった。 これて軍服の問題は解決したが、あとは、さまざまの小道具の端に至るまで、私のやるべき仕事がいつばい残ってゐた。字幕の部分は、巻紙に墨で私自身が自筆で書くことにきめてゐたので、鳩居堂に行って巻紙を買ひ、日本語の原文と、英訳、仏訳のそれぞれの訳文を丹念に墨で書いた。このやうなことができたの、ちゃうど六月ごろから「新潮」の大長編に取りかかる前の最後の精神的な休暇の中に私がゐたからである。 一方、相手役の女優の選定は困難をきはめた。写真家の友人細江英公氏の協力もあって、二、三の女性に会つてみたが、それぞれに長所はあっても、やはり私のイメージに合はなかった。この中尉夫人は妖艶でありすぎてもいけず、色気がなさすぎてもいけなかった。美しすぎてもいけず、もちろん醜くあってはならなかった。成熟しすぎてゐてもいけず、未成熟であってもいけなかった。あまりに悲劇を予感させすぎてもいけず、もちろん喜劇的であってはならなかった。彼女こそ、まさに昭和十年代の平凡な陸軍中尉が自分の妻こそは世界一の美人だと思ふやうな、素朴であり、女らしく、しかも情熱をうらに秘めた女性でなければならなかった。現にニ・ニ六事件の有志将校は二つの盟約を交してゐた。一つは、決して陸軍大学に進まないといふことであり、一つは妻帯しないといふことであった、この小説の悲劇は、それにもかかはらず妻帯した青年将校が、妻を愛するあまりに計画から疎外されるところに原因があるのであるから、中尉夫人にはそれだけのものが観客から感じられなければならない。 私はたまたま英国文化振興会の招きで、三月十日にロンドンヘ発つことになってゐた。その前になんとか女優の選定を急がなくては、四月中に撮影といふスケジュールが狂つてしまふのである。しかしこれも藤井氏のおかげで、二月十八日に山本典子といふ女性を紹介されたところで解決された。 山本嬢は元大映のニューフェースで、二、三のチョイ役で画面に姿を現はした程度の演技経験しかもたないままに、会社をやめて遊んでゐるところを藤井氏の目にとまったのである。たまたま家が改築中で、ホテル・ニュージャパンに泊つてゐた私は、藤井氏の連れてきた山本嬢にロビーではじめて会った。彼女はもらろん私の顔も知らず、われわれの無礼な質問にも実にてんたんに明るく答へた。 私はまづ彼女のナイーヴな外見や態度に、求めてゐたものが得られたと恩じた。彼女は私の職業がまったくわからなかったらしく、「あなた、もと大映にゐたの」などと聞くのであった。あとで彼女の母堂から聞いたところによると、最初の会見後うちへ帰った彼女は「今日はヤクザみたいな人に会つたわ。でもなんだか偉い人らしかったわ」といったさうである。演技経験については、私の撮影台本自体がそれほどむづかしい演技を要求せず、その点では安心してゐたし、セリフもないので、セリフのテストをする必要もなかった。 さうかうするうらに、藤井氏が、願つてもないことに渡辺公夫氏を紹介してくれた。氏は一流のカメラマンであるのみならず、演出にも興味をもら、最近「パラリンピック」を監督撮影して成功してゐた。氏も話を聞くなり、利害を度外視してこの企画に乗ってくれた人であった。私は渡辺氏にも山本嬢を引き合せ、氏の賛同を得た。そして山本嬢の要請によって、彼女に鶴岡淑子といふ新しい芸名を与へた。その鶴岡といふ名に、鶴岡八幡宮の古風で典雅なイメージを含め、淑子といふ名で彼女の性格を象徴したのである。 私の演出プランは、青年将校の役をまったく一個のロボットとして扱ふことであった。彼はただ軍人、ただ大義に殉ずるもの、ただモラルのために献身するもの、ただ純真無垢な軍人精神の権化でなければならなかった。私は、あらゆる有名俳優の顔や表情がそのイメージを阻害することを知つてゐた。そこで、武山中尉に能面と同じゃうに軍帽を目深にかぶらせ、彼の行動を軍帽と軍服で表現しようとした。彼の一挙一動は、生きてゐる人間が行動するといふよりも、軍帽と軍服が行動させなければならなかった。そして彼が愛の場面に臨むときは、まったく一個の男としての裸体でなければならなかった。一方、物語の中の、抑圧された情熱が解放されていく過程と、その情熱の極致で大義と結びつく過程はすべて相手役の女の顔からうかがひ知られねばならなかった。そこで撮影台本には中尉夫人の大写しが多用され、それは経験ある演技者の常識的な演技表現ではなしに、私がタイプと認めた女性のさまざまな角度からカメラがとらへた造形的効果をもつて滴足すべきで あった。堂本氏がこの脚木を一覧して、この中で 唯一の芝居のある場面は、良人の切腹の前に妻が静かに深いおじぎをするところだけである、といったのは正しい。私はむしろ、中尉夫人の演出の部分で堂本氏に恃むところが大きかった。物語の終りの部分で、彼女が死出の化粧をして、舞台の血の海を歩むところは、堂本氏の能や日本舞踊における造形が腕をふるふべき部分であった。 舞台のディテールに熟達してゐる氏は、さまざまなプランを私の台本に加へ、もっとも印象的な効果的な一例は、中尉が切腹息絶えて俯伏せに倒れると、軍帽が脱げて前へころがり、中尉夫人が死出の化粧で橋ガカリヘゆくとき、白い裾の端がその軍帽にさはつて、今までころがったまま立ってゐた軍帽がパタリと倒れる、といふ堂本案である。これは画面によく生かされてゐる。 一方、氏のプランで、撮影の都合で生かされなかったものもあった。中尉の屍体の項から突き出てゐる短刀の刃先を前景として、これをナメて、遠く橋ガカリで、良人の死をも忘れ去ったやうに化粧に集中してゐる中尉夫人を遠景に見せる構図など、編集の段階で、惜しくも割愛せればならなかった。撮影台本にあって映画にないカットも二、三あるが、いづれも技術上の難点あるひは失敗から来たもので、忙しい現場ではかういふことは仕方があるまい。 一つの映画作品として、私が究極的に狙ったものは、もともと一個のドラマではなかった。むしろドラマの前段階の宗教的なドローメノンの、農耕祭儀の犠牲の儀式、自然の中における人間の植物的運命の、昂揚と破滅と再生の呪術的な祭式に似たものだった。従ってそれは、何ら文学や文字を介さずに、狩猟の歓喜に似た人間のもっとも原始的な感動を呼びさますものでなければならず、目をおほふほどの恐怖と衝撃の中から、主人公と共に観客も亦再生する、反文明的なリテュアルの再現でなければならなかった。言葉よりも、却つて逆説的にも、近代機械技術の発明品であるカメラによる映像表現が、言葉以前の、力づよい、野蛮なイメージを復活させ、芸術作品からあらゆる近代的要素を払拭するのに、役立つてくれるであらう。……私はこの作品に、さういふ途方もない夢を賭けてゐたのである。 さて私は三月十日にロンドンに発ったが、三月末までの英国滞在のあひだ、心はいつも「憂国」の製作から離れなかった。第一に、中尉夫人が集めてゐる瀕戸物の小動物のコレクションが、日本では思はしいものが見つからず、ロンドンの町の暗いショーウインドウからショーウインドウヘさがしまはって、やっと気にいるものを得たのもそのころである。また「トリスタンとイゾルデ」の古レコードも新しい版がどうしても見つからず、ロンドン一のレコード屋へ行っても「コンプリートリー・フィニッシュト」と答へられるだけであった。私はロンドン滞在中、夜になると一人でいろいろと演出プランや撮影のこまかいプランを練るのを楽しみにした。そして映画は脳衷ではすでにくつきりとできあがつてゐた。 三月二十八日に帰国するとすぐ私は、私用の小さな不完全なリコピーの機械で、一生懸命台本を刷り始めた。原紙は次第にぼろぼろになり、手は現像液でよごれ、いかにも手でもつて映画をつくつてゐるといふ感じがだんだん鮮やかになつてきた。一方、鳩居堂で一番大きな紙を買つてきて、一番大きな筆で、あたかも当時の陸軍中将が若い士官のために書いてやったやうな形の揮毫のタッチで「至誠 」の二字を書き、これを銀座の養清堂へ持つていつて表装してもらった。その間われわれはたびたび会つては相談を重ね、七回、八回と会合は重ねられ、堂本氏は演出助手として今枝靖固氏を連れてきた。また私は、スチールマンとして、昔からよく知つてゐる写真家の神谷武和氏と助手の松永清寿君を連れてきた。四月下旬の撮影に向つてディスカッションが何度も重ねられ、私と渡辺氏との間では、一カット一カットの絵の構成について議論がたたかはされた。 まづスタジオを借りなければならなかった。藤井氏が、大蔵映画のスタジオがあいてゐて、ここならばかなりスタジオ・レンタルも安く借りられるといふ話だったので、四月九日にわれわれはスタジオ見学に出かけ、春の草の緑の増したがらんとした地所の中に建つてゐる古ぼけたスタジオの中を見てまはった。外はうららかな春の陽が照つてゐるのに、スタジオの中はほこりに包まれてひんやりしてゐた。 私は映画のセット撮影における殺伐な雰囲気を多少知つてゐる。それがたまらなく好きなのである。芝居の稽古場はがいして明るい場所で行はれるが、映画の仕事には、ことにセット撮影では、いふにいはれない殺伐陰惨な雰囲気がつきまとふのは、あのスタジオといふ建築の、しかも古ぼけたスタジオのあやしい雰囲気によるものだと思はれる。外部の日光に逆らつて、あの暗い中でカチンコがなり、カメラが近づくときの一種おどろおどろしい雰囲気はたとへるものがない。私はそれを思つて心のときめくのを感じた。 しかし私はすべてを世間の目から隠しておきたかった。これは私の前の映画出演の経験からいへることで あるが、映画が大きな会社の手によって営まれてゐると、それぞれのセクションは独立して、映画会社の宣伝部はことに自社の大事でないスターに対しては、どんなみつともない材料でも宣伝に使って恬(てん)として恥ぢない。のみならず、ジャーナリズムは珍奇な事柄にはすばらしい嗅覚を働かして、集まり群がつてきて、仕事の自然な、正常な進行を阻害してしまふ。私は、もしこのことが世間に知られれば、短い撮影期間が台なしにされることを信じてゐた。 幸ひ、同志はいづれも口が固く、世間には何も知られずに撮影に持ち込むことができさうに思はれた。あとの話になるが、撮影中も私はドレッシング・ルームからスタジオまで周囲に人がゐないことを見究めてから歩いていき、また撮影所の玄関にある撮影中の映画題名の礼も一切出さないやうに頼んでおいた。 一方メーキャップマンは、大映で私が世話になった工藤貞夫氏を連れてきた。氏はアメリカのマックスファクターで勉強しただけの成果があって、ことにこの作品では、女主人公の顔は、日常性の中から終りの死出の化粧でまったく次元を絶した女性に変るところが重要なので、メーキャップの芸術的効果が必要とされたからである。 かうしてすべてのスタッフがそろつて、四月十二日に堂木氏の顔で橋岡氏の能舞台が借りられて、その能舞台の上でリハーサルが行はれた。四月十三日にはカメラ・テストが行はれ、十五日にいよクランク・インとなったのである。予算の関係上、スタジオは二日間しかどってなかった。四月十五日と十六日の二日間で約百七、八十カットの映画をどうでもとってしまはなければならない。その忙しさは言語に絶した。そしてこの作品のラスト・シーンは、一旦血みどろになった二人の人物のその血が一瞬にしてぬぐひ去られ、情景も象徴的な、記念碑的な、別次元のものになる必要があったので、そのラスト・カットから撮影せねばならなかったが、俯瞰をそこ一ヶ所だけで使ふ必要上、クレーンと数人の技師がスタジオに連れてこられた。そのクレーンの到来の遅さがスタッフ一同の焦躁のたねになった。 やがて、のどかな春の陽の中を、古ぼけた撮影所の門からクレーンを乗せたトラックが入ってきた。そしてラスト・カットの撮影が始まったが、そのクレーンの操作と、セット初日のさまざまな準備とのために、最初の二、三カットですでに午前中の時間を費やしてしまった。われわれはかなり絶望的になった。どうしてこれであと二日間ですべてをやりおほせることができるだらうか。 われわれは急いでまた会議を開き、やりたくないことではあるが、いはゆる中抜きのプランを立てた。中抜きとは、同じゃうな照明の位置、同じゃうなカメラの位置、同じゃうな撮影のサイズのカットを先にとっておけば、それだけカメラを動かし、照明を動かし、役者を動かす手間が省けるので、時間の節約になるから用ひられる必要悪的技術である。そのためにスタジオの中には、大きな紙に撮影順のカット数が張り出され、その数字は一見混乱の極のやうで、にはかづくりのスタッフは一つ一つカットを仕上げていくことに追はれた。しかし寄せ集めの照明その他の技術者も実に献身的に楽しく働いてくれ、そこには私の望んだやうな静かな王国が実現されてゐた。なぜなら、映画の世界には一見集中的なセット撮影の間にも、外部にひしひしと映画資木の圧力が感じられるのが常だからである。一つの芸術創造が、こんなふうにいろいろな経済的条件や社会的圧力によって取り囲まれてゐると感じられる仕事は珍しい。フィルムの消費量にしろ、製作時間にしろ、外部では常に大資本が見張つてゐて、作者の芸術意欲を製肘(せいちう)してしまふ。もちろん私の場合でも、撮影時間については二日間といふ極端な制約があったかはりに、フィルムはかなり自由に使ってもらった。そしてカメラマンの芸術的意欲をなるたけ尊重して、渡辺氏も私の意図をよくくんでくれた。 暗い、ほこりだらけのスタジオの一隅で渡辺氏とたたかはしたディスカッションは忘れがたい。私は、新しい映画がカメラの技術的な新しい能力に頼りすぎて、機械的な技巧を作中の心理表現その他に使ふことを避けたかった。この作品では一カット一カットがカメラの明晰な対象としての「もの」でなければならなかった。そしてライトも、思はせぶりなエモーショナルな感情的なライトは避けて、いつも天の一角から来るやうな明晰な光線が支配し、その中であたかも能のやうな、亡霊も、現実の人間も、同じ現実の光りの中で相会ふことが何ら不自然でないやうな、そのやうな空間を設定したかったのである。したがつてカメラのオブジェも、よけいな神祇化や情緒化を避けて、一つ一つ明確な輪郭を持ら、明確なコンポジションを持ち、一カット一カットがあたかもカメラが現実からそのままに彫り出した彫刻的物体でなければならなかった。渡辺氏はよくそのことを了解してくれ、照明の人たちもよくその製作意図を理解してくれたと思ふ。そして舞台装置も真野氏の尽力によって、普通ならばいやがるやうな、ほんたうに純白のがっちりした能舞台ができあがつてゐた。普通映画のセットはこのやうな白の多用を忌避するもので、カメラの側から見ても、ハレーションを起しやすい技術的な悪条件に耐へなければならない。しかし、私の脳衷にあったイメージはあくまでもそのやうな白と黒の効果であったので、この作品の全部を通じて一度もハレーションを起さずに、白と黒の効果をかっちりとっくつてくれた渡辺氏の美しいカメラには驚嘆のほかはない。 撮影は、中尉の切腹まではすべて中抜き中抜きの濫用でいったので、場合によっては混乱を来たしたところもあるけれども、すべて一人一人がゆつくりものを考へるひまもないほどの超スピードで進められていった。 そして昼企や夕食の時間になると、藤井氏と私との間では弁当代についての議論がたたかはされた。私はせめて弁当は腹いつばいうまいものをたべたかったが、この厳格なプロデューサーは弁当代ですら節約しなければならないことを教へた。そして、藤井氏自身もプロデューサーとしていまだやったことがないことであるが、弁当の手配にまでかけずりまはらればならなかった。撮影現場ではたえず、あと何カットで晩飯になるかとか、今日中何カットいくかといふ予想がたたかはされた。いつでも映画のスタジオには不思議な人物がゐて、たとへば照明主任の一人が、今日は何カットしか進まない、といふとそのとほりになってしまふやうな、もの知りがゐるものである。それはセット初日その他の撮影の諸条件と演出家の個人的な習慣をのみこんでゐる人の玄人の判断であるが、今度の場合は、プロデューサーとカメラマンを除いて、すべて素人の一団であるから、予想はひとつもつかなかった。夜食の時間には、大映撮影所の演技研究所長の冬木映彦氏が、陣中見舞に来てくれて、みんながきつねうどんの湯気を吹き吹き喰べてゐるあひだ、いろいろと激励をしてくれた。 同氏は撮影所名物の、映画の鬼ともいふべき人で、私が大映映画に出演したときも、どれだけこの人に励まされ力づけられたかしれない。自分の出場が終つて、どてもダメだったとガッカリして、撮影所の庭を歩いてゐると、どこからともなく現はれて、肩を叩き、「大丈夫ですよ。いいですよ。自信を持つておやりなさい」と言ってくれたのはこの人だけだった。大映の俳優たちは、みな何らかの形で冬木氏の世話になつてゐる筈である。 今度の鶴岡嬢も、氏の教へを受けた生徒であるから、氏がおもしろい形の髭を備へた温容を、このスタジオヘ現はしてくれたことは有難かった。第一日はそれでも夜十一時に撮影がとれて、それぞれ帰つて、興奮のさめやらぬうちに眠りについた。結局第一日は朝の九時から夜の十一時まで働いて、かなりな超過勤務になったが、次に待ってゐた第二日はもつともつと働かねばならなかった。といふのは、朝の九時からあくる朝の四時までかかつてしまったのである。しかし不思議なもので、撮影第二日にかかると、撮影合間のセットの整備のあひだには、みんながうららかな日射しの下へ出て日なたぽつこをする余裕もあったし、冗談の一つも出るやうな気分になったにもかかはらず、撮影は順調に、驚くべきスピードでカットからカットヘと進んでいった。 そのやうな暖かい春の陽であるのに、スタジオの中は身をさすやうな寒さであった。私はいまでも、あの血の海に浸つてゐたときの恐ろしい寒さを忘れられない。そして撮影がスピードが増すにつれて、われわれはだれが独裁者であるといふことなしに、自由に議論をたたかはしながら撮影を進めたが、それが喧嘩腰のディスカッションになることさへあっても、根本的には何ら感情の衝突なしに和気あいあいと運ばれた撮影であった。 二日目の夜、やつと撮影がすんだあとで、字幕をとる段階になつて、手はくたびれ果て、目はくぼみ、みなものを考へてゐる能力はなくなつてしまった。 私はここで白状せねばならぬが、いま公開されてゐる字幕と別の字幕をそのときとってゐたのである。私はせめて帽子を深くかぶった自分を、ミスティフィケーションから自分と見せないことに楽しみを感じてゐた。私は牧健児といふ架空の名前をこしらへ、おそらく俳優としての私は人に見られないと信じてゐた。そこで字幕は、俳優の名前だけは私の名前でなく(それが原因で、あとまた字幕をつくり直さねばならぬ羽目になったが)英語版もフランス語版もそのやうな形で字幕を繰つていった。しかし何度かスタッフ内の試写の結果、人間はいくら顔を隠しても、日常動作のくせが現はれるものだとわかり、そのミスティフィケーションは無効に帰した。 全体の撮影経過を述べるど、前述したやうに、四月十五日の撮影第一日は、午前中ラスト・シーンの俯瞰がわづか二カットのみで、午後になつて六六カット進み、十一時に終了した。第二日は、午前八時にスタジオに入って、午後三時過ぎに第三章を終り、夕食前に血糊を使ふ前の切腹シーンをとった。夕食後切腹シーンだけが一時間半で終了し、第五章まで終ったのは夜中の十二時過ぎであったが、それから字幕の撮影だけで朝の四時まてかかったのである。午前六時半に私は一旦ホテルに帰った。そしてあくる日の十七日の夜六時半に総ラッシュを見にいつて、四月二十一日には再び大蔵映画で粗つなぎの試写を見た。編集の段階は専門の編集マンにまかせたので、私にはとても編集の段階まではタッチできなかった。現に映画界でも厳容に編集を自分でできる監督は、黒沢明氏のほか何人もゐないといはれてゐるくらゐの専門的技術なのである。撮影後最も感動し、興奮したのは、いよいよ録音の段階に入ってからであった。それは四月二十七日のことで、このときの興奮はいまだに忘れられない。四月二十七日は夕方から葵スタジオで、スタッフ全頁と音入れに立ら会った。ワグナーの古レコードは、そのまましっぽから計算して、映画の継続時間の長さに切っただけの分量を録音し、それをただ完成した絵に結びつけただけなのである。私はこの効果について漠然とながら自信があった。あのワグナーのどこまで続くかわからないやうな不思議な音楽は、どんな一小節にも任意の感情をはめ込むことができると感じられ、ことにトリスタンの「愛の死」(リーベストート)の音楽的効果は、どこをとつてみても、この作品と符合するはずであった。私は映画製作に当つて、それ以外はすべて計算づくでいきながら、音だけについては自分の計算をまったくはづしてみたかった。つまり前衛芸術のハップニングの効果をねらったのである。したがつてこの音入れの実験はスリルに満ちた実験であったが、いざ偶然の音を合せてみると、場面場面に異常に符合して、並みゐる人々を驚かせた。その偶然の効果は不気味なほどで、たとへば中尉夫人が良人の帰りを待ってゐるときに、トリスタンの牧笛の響きがあたかも連隊のラッパのやうに聞えてきて、二度目のラッパとともに中尉が帰宅の姿を現はすのである。また帰つてきた中尉の前で、中尉が沈思黙考てゐるときに、中尉夫人が自分の決意を示さうと形見の畳紙(たたう)をどりに立ら上がるときに、あたかも中尉夫人の決意を裏づけるやうな強い音の効果が入ってくる。すべてはどんなに注文しても得られないやうな音楽効果で、ただ一つ計算に類するものがあるとすれば、それはラスト・シーンの幻想場面 とトリスタン全曲の終りとの当然の符合であった。私は映画の音の中で、うめき声や、人間の生理的な音を好かない。このベッド・シーンや切腹場面でも、そのやうなものが物語の統一的な純粋な効果をどれだけ妨げるかを私は怖れてゐた。ワグナーの音楽はすべてそれを解決した。そして切腹の苦痛さへ、そこでは不思議な音楽のエロチックな陶酔の中に巻き込まれ、ましてベッド・シーンは音楽のおかげで最高度に浄化された。 もともとこの作品の構成は次のやうなものであった。まづ清浄な能舞台に女主人公が現はれ、女主人公の無言劇のうちに悲劇の予感が静かに用意され、そこへ良人が帰つてきて、良人との間の無言の対話も、礼儀正しい、緩慢な、単純化された静けさのうらに行はれ、次に一転してベッド・シーンに入ると、人間の肉体の各部分が映画の大写しの技巧によって一種の抽象主義を形づくり、いままでの能舞台の効果はまったく除外されて、画面いつばいに、人間の肉体と光りとの組み合せによる抽象主義的な連続画が展開され、次に切腹場面の前半は、儀式的なゆったりとしたサスペンスによって、ごくゆるやかに危機が盛り上げられ、つひに切腹場面に至ると、象敬的な能舞台では予想もされず、想像もされないやうな、あくまでも生理学的にリアルな切腹場面が現前、いままで決して血の流れるはずのないやうな舞台に、あたかも木もののやうな血が噴出して、そこに象徴主義とリアリズムとのショッキングな衝突が企てられ、その生理学的なリアリズムの極致に至って、再び画面が転調して、舞踊劇のやうな動きで、中尉夫人の死出の化粧が様式的に長々と写し出され、中尉夫人が良人の死骸にわかれを告げて、みづからも自害する瞬間に、すでに高められつつあった次元は一段と飛躍して、別次元の、死と美の結合した世界へ拉致されるといふのが全体のプランだったが、これをすべてワグナーの音楽が解決してくれたのである。 作品ができあがつて、われわれはこの公開についていろいろと話し合った。私はどうしても外国の評判を先に知りたかった。なぜならば、前にもジャーナリズムの評判を怖れたとほりに、この作品に限つて、作家の道楽とか、片手間仕事として、ふざけ半分に評価されることを好まなかった。何といつても作家である私がかういふ仕事をすれば、作家であるといふ先入主で見られることは免れがたいことであるし、私といふ人間自身が、世間の信用のはなはだ稀薄な、愚かしいことをやりかねない人間と思はれてゐるので、この作品の世界から人々はまづ弾き出されてから、笑ひ出すに違ひない。そこへいくと、外国人は私について何らの先入主ももたずに見てくれるから、さういふ人の客観的な批判を第一に聞きたいと思ってゐた。しかし外国に出すにつけても日本の映倫を通さなければならないし、その点で、映倫を通してから外国に出すといふ手続きについては異論はなかった。 しかしそのときたまたま不幸なことに「黒い雪」事件が起つてしまった。これは複雑な事件で、いろいろ映画界の病弊が集中して現はれたやうな事件であるが「黒い雪」といふ作品自体については、私には私の考へがあり、あそこに武智鉄二氏の一つの真摯な芸術的信念があることは疑はない。それはそれとして、世間の反応をこの作品にまで及ぼされることは、スタッフ一同が最も怖れるところであった。 そこでわれわれは、川喜多かしこ夫人と永田雅一氏を二人のアドバイザーとしてお願ひすることにした。永田雅一氏のところに私は会見を申し込み、氏に、私はかういふものをつくったが見てくれないかといふことを申し入れた。永田氏はさつそく快諾されて、大映の試写室でこの作品を見てくれることになった。 この試写会のとき、私ははじめて映画の専門家に自分の作品を見せることで緊張してゐた。私は永田氏一人に見せたいと思ったにもかかはらず、氏は社内の重役をすべて招集して、その人たらの前で「憂国」は上映された。私は永田氏の隣にすわってゐた。映画が終つて、画面が明るくなると、隣の永田氏は私のはうへ顔を向けてにやりとした。私は何をいはれるかと恐れをののいたが、氏の最初の一言は「三島君、恐れ入ったよ」といふ言葉であった。 それから氏の大演説が始まった。氏はかねて、映画といふものは金でもなく、何ものでもなく、つまり才能の所産だといふことを信じてきた人であるが、結局氏は最低の費用で、氏にいはせると「三十分間椅子にくぎづけにさせるやうなすごい迫力の映画」ができたことに感動したらしいのである。 私は、氏の率直な意見もさることながら、かういふ突拍子もない作品にすぐ正直な熱烈な反底を示してくれる氏の映画人としての率直さを最もうれしく思った。映画人に限らず、文壇人に限らず、毛色の変った作品を見せるときに、躊躇してあたりを見まはすやうな風潮があまりに濃いのに、氏はいきなり作品に飛び込んで、そこから氏自身の問題のさまざまの回答を見出して、それについて率直に喜んでくれたのである。私はこれが永田氏の映画人としての最大の美質であると考へた。 川喜多かしこ夫人はこの作品について、フランスのさまざまな小プロダクションによる芸術映画の経験から、いろいろな面倒をみてくださることになった。夫人のおかげでシネマテックヘ連絡がとれることになり、私はたまたま九月から外国旅行の予定があったので、パリのシネマテックでこれを上映するといふ準備が夫人によって整へられた。 すでに五月から秋までの間作品は世間に隠されてゐたけれども、ごく一部のスポーツ新聞社では、どこから漏れたのか、この作品についての評判を聞いてゐた。私は、このスポーツ新聞の二つの社に、どうか発表の時機まで待ってもらひたいと頼んだ。この二社はずつと信義を守つて発表を控へてくれたにもかかはらず、ことしの一月になって東京新聞のすつば抜きによって、はからずもこの二社の信義を破ることになったのは、返す返すも残念といはなければならない。 私は日本公開についてさまざまに逡巡するところがあったが、まづ外国で見せてといふことに頭がいつてゐたので、ひたすらシネマテックの公開を楽しみにしてゐた。私は九月の下旬にパリに到着したが、パリでは「宴のあと」の出版準備で 何かと忙しかった。その間を縫つて、パリ在住の黒田初子さんの尽力によって、シネマテックの試写の準備が進められてゐた。また東和映画の仕事を代行してゐる東宝のパリ駐在所員の南畝宏氏がこの仕事に協力してくれることになった。 私は黒田さんと南畝(なうね)宏氏の前で、私の作品がいきなりシネマテックの一般番組に組まれることは困るといふことを申し出た。私にとってはこの爆弾的な作品がめちゃくちゃにされることが怖ろしかったのである。そこで、一般番組といふよりも、シネマテック内のさらに試写といふ形で、映画関係者を呼んで公開されることになった。つひにその日が近づいてきて、私はたまたまボルドーから五時間の汽車で帰り、ホテルに落ちつくまもなく、シャイヨー宮のシネマテックに出かけた。 シネマテックは周知のとほり、このたび来朝したラングロア氏によって主宰された、世界最大のフィルムの宝庫であって、そこではフランス政府の援助もあり、次々と貴重なフィルムが公開され、一般公開に先立つて、映画愛好者のために会頁制度ないしは招待制度で毎日の番組が組まれて、日本映画も未公開のものもそこで試映されるのがならはしである。私は古いきたない試写室のやうなものを想像して行ったのであるが、巨大なシャイヨー宮の一端を占める、美しい緑の木立の中の入口を入っていくと、そこには思ひがけない近代的な設備の映画劇場があって、三、四百のりつばな椅子に、りつばなスクリーンに、最もモダンな映写設備が整へられた劇場であった。 たまたまパリヘ来てをられた川喜多夫人も、忙しい中をさいて、その試写会に参加された。フランス人が三分の二、日本人が三分の一ほどの観客であったが、私は試写が始まる前、心は落らっかず、画面を見てゐるのがこはかった。フランスの観客はらよっと気にいらないと足で床を踏み鳴らしたり、口笛を吹いたり、途中で出ていくことが普通なのであるが、三十分の映画の間、だれ一人出ていく者もなく、静粛に見終つて、自然に拍手が起った。廊下へ出てみると、川喜多夫人が大成功ですよといつてくだすった。私は何が大成功なのかわからなかったが、南畝氏がやつてきて、南畝氏自身が非常にこの映画に感動したこと、及びこの上映の直後ただらに配給業者の二つのオッファーがあったことを告げた。日本映画も再々ここで上映されたが、最初の試写のあとでいきなり二つのオッファーがあるといふのは珍しいといふことである。のみならず、そこには若い映画青年たちがゐて、カメンカとぃふある映画プロデューサーの息子の学生はこの映画に感激して、私の手を握つてくれた。 私ははじめてこの映画に対する客観的な評佃と、何ら先入主のない人たらの喜びを目の前にして、仕事が報いられたやうな気がした。私は、南畝氏を混へて、青年男女のフランス人を七、八人自分のホテルに連れてゆき、シャンパンを抜いて乾杯して、彼らの意見を聞いた。 カメンカ君がいふには「良人が切腹してゐる間、妻がいふにいはれない悲痛な表情でそれを見守りながら、しかも、その良人のはげしい苦痛を自分がわかつことができないといふ悲しみにひしがれてゐる姿が最も感動的であった」といつてくれたときに、原作の短編を読んでゐないにもかかはらず、物語のキーポイントがわかつてゐてくれることに感動した。そして鶴岡嬢はフランス青年たちの心を非常に魅惑したやうであった。 私は商談は南畝氏にまかせて、パリを発ち、やがてバンコックをまはつて、十月末に日本に帰つてきた。そして藤井氏とまた相談した上で、ツールの国際短編映画祭に出品することにきめた。 ツールの国際短編映画祭は短編映画の映画祭としては世界で最も高い水準のものといはれてをり、そこの予選委員会を通過することさへむづかしいといふことであるが、とにかく藤井氏がこの作品に非常に自信をもつてくれてゐたので、私も出品する決意がついた。これについてはユニフランスのジュグラリス氏も大いに協力してくれ、氏は能の研究家でもあったので「憂国」の能形式の演出をたいへんおもしろがつてくれた。しかし何分切腹場面のショックがはげしいところから、私は映画祭出品については切腹場面の一部分をカットしてもいいといったのであるが、氏は自分の思ふままにこの作品のほんたうの意図を出すことが大切だ、と、逆に説得するしまつであった。もらろんシネマテックに 出す以前に映倫は通過してゐた。但し国外用の審査といふことで、国内用とは違ふ審査基準で通してくれたものと思はれる。 ツールの国際映画祭には、日本からも本年度五本の短編が参加を申し込まれてゐたやうであるが、一月中旬の予選委頁会で、そのうちから一本だけ、すなはら「憂国」が選ばれた。そして競争場裡に入った作品としては、世界中から出品された三百三十三本のうらの四十本のコンペティション作品に入ったわけである。審査委員長のピエール・バルバン氏がこの作品を非常に好いてくれてゐるといふことも耳に入ってきた。後に入ったツールの新聞の記事を見ても、フェスティバルの開会を告げる新聞記事が、すべて「憂国」のスチール写真だけを掲載して、この日本の「憂国」(愛と死の儀式)がただショックを与へるだけでなく、また驚異を与へるものであるといふ評判である、と予告されてゐた。 開会日の「ヌーヴェル・レプブリック紙に、ベルナアル・アーメル氏が次のやうに書いてゐる。 「さて、最後に三島由紀夫の『愛と死の儀式』(憂国)による、電撃のごとき一打がある。率直に言って、この映画を見るには細心の注意を要する。これは悲劇、それも真実な、短い、兇暴な悲劇である。そしてこの作品は、近代化された『能』形式の下に、ギリシア悲劇の持つ或るものを、永遠の詩を、すなはち愛と死をその中にはらんでゐるのである。(梗概略)この作品は、われわれの心を思はぬ方へ連れ去つてゆくが、全く驚くべき法外の掘り出し物だ。この『能』は民俗的な琴の伴奏の代りに、正にワグナーの『トリスタンとイゾルデ』を伴奏にしてゐるのだ!驚くべきことに、ワグナーはこの日本の影像(イメージ)に最も深く調和してゐる。そしてこの日本の影像の持つ、肉感的であると同時に宗教的なリズムは、西洋のこれまでに創り得たもつとも美しい至福の歌の持つ旋律構成に、すこぶる容接に癒着してゐるのである」 いよいよフェスティバルの最終審査の日が近づいてきた。そのころUPIやAFPのニュース が入り、いよいよ「憂国」が映画祭で上映された日には、多くの観客が切腹場面に、ショックのために失神したり、気分が悪くなって中座したりするとぃふセンセーションを起したといふことが報ぜられた。そして傑作であるといふ評価もあり、受賞圏内に近づいてゐたかのやうに感じられるのであった。 しかし結果的に残念ながら「憂国」は受賞を逸した。賛否両論がはつきり五〇%、五〇%にわかれ、グラン・プリを次点で逸したのである。最も熱狂的な支持者としては、審査員の一人であって、英国の短編映画の草分けといはれるベイジル・ライト氏が絶賛したほか、フェスティバル側のバルバン氏の支持も強く、またフランス・シネクラブの一派が熱烈に迎へてくれたやうである。 一方では、南畝氏のおかげてフランスの商談も進められ「蜘蛛巣城」「生きる」などを買ったスチュディオ43社がこの作品に対して熱心な商談を申し込んできたほか、シテエル・フィルムか引合ひの電報も来た。 一方では 、東京新聞のすつば抜きによって、日本発表があたかもフェスティバルの審査の始まる前に行はなければならないはめになった。そしてそれはたちまち週刊誌の記事になり、グラビアになった。私はどうしても日本公開に踏み切らなければならない場所に立たされた。あとは運を天にまかせるばかりである。 たまたまツール映画祭の審査が報じられる日に、私は藤井氏と銀座で会った。藤井氏は私と会ふ間も方々の外国通信社へ電話をかけ、それがつひに受賞を逸したことを知らなければならなかった。 あれほど冷静沈着な藤井氏のこれほどがつかりした顔を私は見たことがない。私自身もツールに出品できただけでも仕合せであると思ひ、はじめは受賞の期待も一切もたなかったのに、途中の外電で受賞の可能性が生じてから、かなりあたふたした心境で日々を過したことも否めなかった。そしてこの一年、いや、これから先も映画「憂国」についての確信を維持し、自信を保ち、信頼の揺るがない唯一の人であるところの藤井プロデューサーに向つて、私は酒を欽みながら、こんなふうに話した。 「藤井さん、われわれは再び十七、八歳に戻った経験をしたんぢやないだらうか。つまり恋文を出して、相手の女がそれを破つて捨ててしまったかもしれないのに、ただひたすらその返事を待ち、彼女が読んでどう感動したかといふことに、毎日毎日をはらはらとして送ったあの時代だ。こればかりは金で買へない経験で、われわれの年齢になつてからこんなはらはらした経験をしただけでも、人生から何か大きな果実をもらったといふ気がするぢやないか」 そして私はこれからもまた、もし甘い果実ならよいが、すつばい果実やにがい果実を次々と好んで口に入れたいど望むであらう。 〈初出〉「憂国映画版」・新潮社・昭和41年4月  表記は新潮社「決定版 三島由紀夫全集」によりました。 映画『憂國』DVD化について 映画『憂國』は、一九七〇年に三島由紀夫が逝去後、ご遺族の強いご希望により上映が禁止となり、上映フィルムは全て回収、焼却されました。永らく、人の目に触れることのない、幻の作品と言われることとなりました。 ところが、状態の悪い海外版のフィルムから作成したと思われる劣悪な画質の海賊版映像が流失し、違法ビデオパッケージとなって、その希少価値から法外な高値で取引されているという事実があり、プロデューサーの藤井浩明氏は憂慮していました。 藤井氏は、ネガ原版だけは焼却せずに保存しておいて欲しいと三島夫人に頼み、夫人は三島家にあった茶箱にその一式を収めました。しかしその茶箱がその後どのように保管されているのか、はたまた既に処分されてしまったのか、その行方は、藤井氏にも杳として知れないままになっていました。 時を経て、三島夫人が亡くなった後、三島邸で整理をしている折に一つの茶箱が出てきました。三島夫人の旧姓である「杉山」と記されたその茶箱を開けてみると、中から、映画『憂國』にまつわるフィルム原版の全てが、大量の乾燥剤と 一緒に丁寧に保管されていました。フィルム原版は、各映画会社もその保管については神経を使い劣化を防ぐ努力をしておりますが、一般家庭で三十年以上も保管されていた『憂國』のフィルム原版は奇跡的に良好な状態で発見されたのでした。茶箱(中に錫と思われる金属板の層がある)に保管されていたのがよかったのではないかと言われています。 良好な状態のこの映画『憂國』を、いつの日にか世に出したいという想いを藤井氏は抱いていました。三島家の寛容なご理解のもと、平成十八年、DVDというかたちで、新潮社の「三島由紀夫全集」の補巻に、また東宝からもセルDVD発売することが決定されました。 DVD化の作業は、東京現像所にてテレシネののち、デジタル処理にてレストアすることで、傷、ゴミ、スプライス糊跡等を現在の技術を似てして可能な限り消し込み、劇場公開時のクリアな画質を目指しました。 音については、本篇では台詞が一切なく、ワグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」の音楽部分のみの箇所が劇中使用されていますが、これは三島由紀夫のこだわりで、ニ・ニ六事件の起こった年である一九三六年に発売されたレコードを捜し出して使われています。レコード盤特有のスクラッチノイズが映画の音原版にも多く入っており、これをデジタル処理にて除去することは可能でしたが、公開時も入っていたこのスクラッチ音は敢えて処理せずそのまま収録いたしました。 また、日本だけでなく海外で非常に評価が高い三島由紀夫が自ら製作・脚本・監督・主演をしている本作は、当時より海外で大きく注目されており、映画製作もそれを充分に意識して同時に海外公開版を作成していた経緯があるため、今回、特典映像として、巻物の字幕部分が異なるだけではありますが、状態のいい日本版の本編映像を付加して、米国公開版、仏蘭西公開版を完全復刻して収録しております。 本作映画『憂國』は、一九六五年に製作、翌六十六年四月に日本で公開されました。アート・シアター・チェーンの新宿文化と日劇文化、のちに大阪の北野シネマなどで公開。同時上映はルイス・ブニュエルの「小間使の日記」でした。当初日本アート・シアター・ギルドが配給し、のちに東宝と共同配給というかたちが取られた本作は、当時、短編映画として空前のヒットを記録することとなりました。 今回のDVD化にあたり、プロデューサーの藤井浩明氏から二つの要望が上がりました。一つは、三島由紀夫が本作について記した「製作意図及び経過」という原稿を必ずパッケージに入れて欲しいということ、もう一つが、その内実は特典映像の対談で触れられていますが、映画本篇では表記されていない全スタッフのクレジットを入れて欲しいというものでした。 「製作意図及び経過」は三島由紀夫が本作を製作するに至った想いが明瞭に綴られております。本篇と併せてご覧いただくことで、作品世界をより深くお愉しみいただけることと思います。 東宝株式会社映像事業部 以上引用終わり

令和5年神社暦ほか  皇紀2683年 西暦2023年

令和5年神社暦ほか  皇紀2683年 西暦2023年

2022年12月23日金曜日

おぞましい再エネ発電賦課金

おぞましい再エネ発電賦課金 先述のとおり、太陽光パネル一式を定価で買えば、投資の回収に一五年も二〇年もかかりそうでした。それなら誰も買わないので、CO2を環境負荷とみる人々が、補助金を出そうと思いつきます。原資には庶民の電気代を使おう。電気代の通知書に見える再エネ促進賦課金です。 民主党政権の二〇一二年、霞が関に集う識者たち(一部は知人)がそう決めました。 二〇一二年の約一〇〇〇億円から始まった再エネ促進賦課金は、二〇一五年に一兆円を超え、二〇二一年は二兆七〇〇〇億円です(それを合わせた年五兆円が、実効ゼロの温暖化対策費 )。最近まで電気代の九%程度だったところ、ついに一 二%を超えました。 賦課金は、庶民から吸い上げたあと、太陽光パネルを設置できる富裕層とか、メガソーラーや風力発電で稼ぐ企業に献上される。つまり、「気候変動対策」の力などない営みに巨費を回しつつ、社会格差を拡げているのです。それが為政者の望みなのでしょうか? 二〇二二年五月から、ウクライナ情勢の悪化による天然ガス輸入価格の高騰ばかりか、再工ネ賦課金の上昇もあり、大手の電力一〇社とガス四社が家庭の電気・ガス料金を上げました。輸入費の高騰は仕方なくても、賦課金の値上げは納得がいきません。 二〇二二年三月には東急電鉄が、運行する全路線で「実質的に再生可能エネルギーだけを使う」と発表しました。「高くつく電力分のお金を払い、CO2排出をゼロとみなしてもらう」話のようです。京都議定書時代に日本がやった「札束で排出削減したことにしてもらう」話(ウソ10)によく似ています。 おぞましい現状は、「EPTを過ぎた時点から、原料費ゼロでどんどん発電できる」というウソが生みました。太陽光発電も風力発電も、まだ独り立ちのはるか手前、手がかかってしかたない幼児期のままだというのに。 なお日本は太陽光パネルのほぼ全部を輸入し、その八〇%近くが中国製です(残りは緯国と東南アジア製)。中国製はウイグルで安く製造したもののようですが、国際情勢が安定とはいえない現在、今後に向けた不安材料のひとつでしょう。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月22日木曜日

「元をとる」ための歳月

「元をとる」ための歳月

ネット情報から一〇坪つまり三三(平方メートル)の太陽光パネルは、周辺機器と工事費も入れ、一五〇万円が相場のようです。まずは、そのパネルをイメージしてください。

三三㎡のパネルを五kw(キロワット)型と呼びます。ただし五kwは、快晴で太陽が真上にある瞬間の出力です(北緯三六度の東京にはない状況)。そのとき地面の一㎡に降る太陽エネルギーは、ほぼびったり一kw(毎秒一キロジュール)になります。

真上の太陽から三三㎡のパネルが受けるエネルギーは三三kwですね。すると、そのパネルの変換効率は、五kwを三三kwで割った答えの〇・一五(一五% )だとわかります。ネットにあふれる情報のうち、こういう基本を押さえた記事は見たことがありません。

ここからが少々ややこしい話です。太陽光の強さは、昼夜(夜はゼロ)・天候・季節で激変します。通年でならすと、日本の緯度なら、地面の一㎡に降るエネルギーは、最高値一kwの約七分の一(一四〇W)に落ちてしまう。つまり五KW型のパネルが「ほぼ五KWの発電」をするのは、夏至前後の日々に太陽が南中した瞬間だけ。通年の平均値なら、「定格出力」五KWの七分の一、およそ七〇〇Wと心得ましょう。

パネルは通常、南向きに、少し傾けて設置しますね。計算の都合上、水平に置くとします。ただし、どの方角にも地平線しか見えず、障害物がいっさいなく、晴れた日は日の出の瞬間から日没まで太陽が当たり続ける―――という仮想の状況です。屋根に設置したときは、大都会でも田舎でも必ず障害物があり、陽の当たらない時間もできる。そういうロスを考えれば、仮想の「水平置き」で受ける太陽光エネルギーも、現実のパネルと大差ないでしょう。

通年の平均で三三㎡のパネルは、五KWのほぼ七分の一(七〇〇W)を電力に変えるのでした。

七〇〇Wは「毎秒七〇〇ジュ―ル」だから、それに一年の秒数をかけたあとKWh(キロワット時)に換算すれば、六一〇〇KWh。一KWhの電気代を二〇円として、年間の発電量は一二万二〇〇〇円分(設置条件が悪いと、それ未満)です。初期投資一五〇万円を一二万二〇〇〇円で割った一二年三か月後に、元がとれる。ここまでに疑問の余地はありません。

話はまだ終わりません。パネルは汚れるから定期清掃が必須だし、周辺機器も定期点検や修理(壊れたら交換)をします。寿命が来て廃棄するときも、かなりの費用を払う(その問題をNHKが二〇二二年の一月一四日と二月四日に放映)。★追加分の合計が数十万円なら、元をとる期間は一二年どころではなく、二〇年とかそれ以上にもなるでしょう。

https://r.qrqrq.com/leHm8q1X ​

その続きは次項に回し、EPTを見積もります。モノの値段は投入エネルギーをおよそ反映する、とウソ11に書きました。一五〇万円のうち人件費を(多いめの)四割 = 六〇万円とみれば、投入エネルギーは九〇万円分。するとEPTは、九〇万円を一二万二〇〇〇円で割った答えの七・四年です(人件費の比率が二割なら約一〇年)。点検・修理や廃棄用のエネルギーも含めれば、もっと延びるはず。

七・四年は、「二~三年」とは大ちがいですね。EPTを二~三年とみる方々は、気温データの補正(ウソ2)に励む方々に似て、投入エネルギーをずいぶん過小評価している……と思えてなりません。

投入エネルギーをCO2排出量とみれば、設置から七・四年、条件が悪いと一〇~一五年は、太陽光パネルもCO2排出器だといえましょう。排出削減に少し寄与するケースもありそうですが、太陽光(や風力)発電の普及がCO2排出を減らした気配はありません。

 

「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月21日水曜日

ウソ12 太陽光発電や風力発電は、国のCO2排出を減らす

ウソ12 太陽光発電や風力発電は、国のCO2排出を減らす 【事実】 減る状況がありえたとしても、格差の拡大、電力の不安定化、環境破壊など、害があまりにも大きい。 太陽光発電のエネルギーペイバックタイム(EPT)は、ほぼ三年だよ―――と学科の先輩が言いました。PT部分は、日本語なら「回収期間」ですね。つまり、製造から廃棄までの投入エネルギーを、三年分の発電で取り返せる。投入エネルギーの大半は化石資源です。 先輩の言が正しいなら、「元がとれた」四年目から先、発電設備は独り立ちでき、タダの太陽光を電気に変え続ける。国家レベルで行えば、電気代も下がり、化石資源の使用量も減って寿命が延び、バラ色の社会になるか……と、少し遠い分野の私もワクワクしました。 その日から二五年が過ぎました。EPT値はどうなった? EPTは、太陽の光エネルギーを電気に変える変換効率(光吸収物質が一種類なら理論上の最大値は三二% )が高いほど、短くなります。変換効率が向上したのでしょう、ネット情報で、いまEPTは二~三年。大進歩でもないにせよ、少しは短くなった(よくなった)とみてよさそう。 ではバラ色も濃くなった? ちがいます 。CO2を悪者とみる風潮のもと、見た目だけCO2を出さない太陽光発電(や風力発電)を個人や事業者レベルで展開する結果、電気代はかえって上がり、化石資源の寿命が延びる気配もありません。 状況悪化の根源は、EPT値のあやしさでは? ……と思い、計算をしてみました。結果を紹介しましょう。途中が目障りな読者は、最初と最後あたりの数字だけ見てください。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月20日火曜日

実効ゼロの「温暖化対策費」

実効ゼロの「温暖化対策費」 ま日本は一年間におよそ五兆円( 防衛予算とほぼ同じ。単純平均で一日に一五〇億円)の「温暖化対策費」を使っています。グラスゴーのCOP26で岸田総理は、「二〇一三年比で二〇三〇年までにCO2排出を四六%減らす」と宣言しました。いったいどれほどの「温暖化対策」になるのか、つまり気温上昇をいくら抑えるのか、ざっと見積もってみましょう。小学校高学年ならわかってくれる計算です。 キリのいい数字にするため、「目標年」を二年だけ先に延ばした二〇三二年とし、二〇一三~三二年の二〇年間(「温暖化対策費」の総額およそ一〇〇兆円)。を考えます。また、二〇年間の気温上昇を、大きめの〇・二℃と考え、その全部がCO2排出のせいとみましょう。ほかの情報も合わせ、計算に使うデータは次のとおりです。 二〇年間の気温上昇:  〇・二℃ 日本のCO2    : 排出量 盆世界全体の一 %(ただの数にして〇・〇三 ) 二〇年間で実現するCO2排出削減率:  四六%(ただの数にして〇・四六) 以上をかけ合わせた結果の(温度計ではまず測れない)約〇・〇〇三℃にも及ぶ日本の排出削減で昇温が減る度合い、つまり成果の上限ですね。 京都議定書時代の「六%」さえ札束でごまかした国が(前章)、経済活動の半減に近い四六%削減など、できるはずはありません。また、昇温の大半が自然変動(ウソ6)なら、排出削減の効果はないに等しい。すると二〇年間の成果は、せいぜい〇・〇〇一℃でしょう。 実のところ、その〇・〇〇一℃も机上の空論にすぎません。年間国家予算に近い一〇〇兆円を使えば、相応のエネルギーが消費され、根元で必ずCO2が出る。そのCO2は気温を少し上げるだろうから、削減(したつもり)の成果もほぼゼロになってしまうのです。 四人家族のお宅なら、そんな空しい営みに、二〇一三年からの二〇年間で三〇〇万円以上も奪われるのですよ。気づかないまま奪われた百数十万円は泣き寝入りするしかないにせよ、今後一〇年余りの二〇〇万円近くも、あやしい方々に喜んで献上しますか? 一〇〇兆円・二〇年も使う国家事業の成果がほぼゼロなので、個人や企業、自治体がいくら気合を入れて何をしようと、気候にも化石資源の保全にも実効はありません。「環境にやさしい行動」は妄想の類、「環境配慮の製品」を宣伝するのは霊感商法の類でしょう。 「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月19日月曜日

「高コストでも脱炭素を」という妄想

「高コストでも脱炭素を」という妄想 コストはかかっても脱炭素を目指すべし―――という意見もよく目や耳にします。いわゆる再生可能エネルギー(ソーラー発電や風力発電)などを推進したい方々が吐く言葉です。はたしてまっとうな意見なのでしょうか? 電力なども含めたモノ(ただし新品 )の値段は、モネの絵や一〇〇カラットのダイヤモンドとか、税率がたいへん高い酒・タバコなど特殊なものは別にして、人件費の比率が過度に大きくない場合、「それをつくるのに使ったエネルギー」にだいたい比例するでしょう。いまの世の中、エネルギーの消費量はCO2排出量にほぼ比例するため、値段イコールCO2排出量だと思っても、さほど的外れではありません。 太陽光発電や風力発電の電力が高いせいで庶民から再エネ促進賦課金を徴収する暴挙も(ウソ12)、バイオ燃料の値段が途方もなく高いのも(ウソ13)、「誕生」の手前で莫大なエネルギーを使い、大量のCO2を排出したせいです。 先ほどのCCSについては経産省が二〇二二年四月二〇日、二〇五〇年の実質ゼロ化(ウソ10)に向けた計画を発表し、それを報じる新聞が、「課題は(二・四兆円の)コスト」と書きました。コスト分のCO2が根元で出てしまうことに、記者氏は気づかないのでしょうか? 気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

2022年12月18日日曜日

何もしないのがベスト

何もしないのがベスト 本気でCO2排出を減らしたいなら、経済・産業活動を縮小するしかありません。コロナ禍が全世界のCO2排出量を二〇一九 ⇒ 二〇年に六%も減らしたことは、ホントの章に紹介しました。 それ以前の例だと、不動産取引など縁のない身には意味不明な話でしたが、二〇〇八年にリーマンショックなるものが起き、国際エネルギー機関IEAの統計によれば、翌〇九年にかけ世界のCO2排出量が一・五%ほど減っています。★ 

https://r.qrqrq.com/ANsH1zWN 上記CO2 emissionsのページ 日本だと、二〇一一年の東日本大震災の威力は強く、二〇一三年までの二年間に、CO2排出量が一五%近くも減りました。 経済と環境の両立―――という言葉があります。経済(産業)活動を伸ばしながらも、邪悪な物質CO2の排出を減らそうという発想のようですが、そんな論あれこれを散見するかぎり、どれも「森を見ない」話です。二つの両立などありえません。脳内妄想でしかない「CO2の害」はすっぱりと忘れ、快適な暮らしにつながる経済・産業活動の活性化に努めていただくのが、国民を益する姿勢でしょう。 気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041218版 日曜版増刊号 箸休め

#あさ8 闇鍋ジャーナル(仮)R041218版 日曜版増刊号 箸休め 現在の邪悪な勢力に汚染された情報工作機関「朝日新聞」「NHK」「TBS」などに頼らない、より正確な情報ソースを皆で応援しませんか? 日本人を間違った方向に誘導し、彼らが占領しやすくする土壌を醸成している彼らから、間を取り、より真実に近いソースから情報を取りませんか? ​●12月18日「あさ8」日曜増刊号!~朝10時スタートです。しゅうちゃんが出てまーーーす●​​​明日月曜日からは、こちらのサイトを見れば、ニュースあさ8時!が見れるそうです。登録をお願いします。 明日からは、有本香チャンネル、百田尚樹チャンネルでは流しません。要注意。 👇 👇 👇 👇 ニュースあさ8時!R041216百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第20回R041215 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第19回​ ​ R041214【ゲスト:竹田恒泰】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第18回 R041213 【ゲスト:飯山陽】 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第17回 R041212ニュース あさ8時!第16回 in台北R041209百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第14回R041209「あさ8」第15回~「岸田総理、日本の防衛を真剣に考えだした?!」「厚労省『生活保護の子供は大学へ進学するな』」など R041208「あさ8」第14回~「ウクライナがロシア本土を攻撃。戦争は新たな展開を迎えるのか」「政府いわく『日本を防衛したいなら、国民が金を R041207「あさ8」第13回~「今日は百田尚樹ひとりでやることになりました。事情は聞くな!」 R041206「あさ8」第12回〜「高市早苗議員、ついに中国との対決姿勢を明らかにした!?」など。 R041205「あさ8」第11回〜「何、国民民主党が自民党に入る!?」「加藤登紀子さん、ボケボケ発言!」など。 R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 百田尚樹チャンネル R041202 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第10回 有本香チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 百田尚樹チャンネル R041201 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第9回 有本香チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 百田尚樹チャンネル R041130 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第8回 有本香チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 百田尚樹チャンネル R041129 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第7回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 有本香チャンネル R041128 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第6回 百田尚樹チャンネル R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第三部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第二部 R041125 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第5回 第一部 R041125 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 R041124 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第4回 R041124 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 R041123 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第3回 R041123 闇鍋ジャーナル(仮)第 18 回 R041122 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 R041121放送 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時!(仮)第1回 有本香チャンネル 百田尚樹チャンネル 闇鍋ジャーナル(仮)  令和4年12月12日月曜日から、ニコ生で「闇鍋ジャーナル(仮)」の放送が、山田晃氏をはじめとする、関係者の努力で開始されました。 現在の邪悪な勢力に汚染された情報工作機関「朝日新聞」「NHK」「TBS」などに頼らない、より正確な情報ソースを皆で応援しませんか? 日本人を間違った方向に誘導し、彼らが占領しやすくする土壌を醸成している彼らから、間を取り、より真実に近いソースから情報を取りませんか? 【初回生放送】闇鍋ジャーナル CH 会員無料 2022/12/12(月) 8:00開始 ニコ生「闇鍋ジャーナル(仮)」へのお申込みはこちら R041216闇鍋ジャーナル(仮)第35回 R041215闇鍋ジャーナル(仮)第34回 R041213闇鍋ジャーナル(仮)第33回 R041212闇鍋ジャーナル(仮)第32回 R041210闇鍋ジャーナル(仮)第31回【生配信】 R041209闇鍋ジャーナル(仮)第30回R041208闇鍋ジャーナル(仮)第29回R041207闇鍋ジャーナル(仮)第28回R041206闇鍋ジャーナル(仮)第27回R041205闇鍋ジャーナル(仮)第26回【生配信】R041202闇鍋ジャーナル(仮)第25回 R041201闇鍋ジャーナル(仮)第24回 R041130闇鍋ジャーナル(仮)第23回  R041129闇鍋ジャーナル(仮)第22回 R041128闇鍋ジャーナル(仮)第21回【生配信】 闇鍋ジャーナル(仮)第20回 闇鍋ジャーナル(仮)第19回 闇鍋ジャーナル(仮)第18回 闇鍋ジャーナル(仮)第17回 闇鍋ジャーナル(仮)第16回 闇鍋ジャーナル(仮)第15回 闇鍋ジャーナル(仮)第14回 闇鍋ジャーナル(仮)第13回 闇鍋ジャーナル(仮)第12回 闇鍋ジャーナル(仮)第11回 闇鍋ジャーナル(仮)第10回 闇鍋ジャーナル(仮)第9回 闇鍋ジャーナル(仮)第8回 闇鍋ジャーナル(仮)第7回 闇鍋ジャーナル(仮)第6回 闇鍋ジャーナル(仮)第5回 闇鍋ジャーナル(仮)第4回 闇鍋ジャーナル(仮)第3回 闇鍋ジャーナル(仮)第2回 闇鍋ジャーナル(仮)第1回​​​​

【元海自幹部が解説】ハイブリッド戦【超限戦】

【元海自幹部が解説】ハイブリッド戦【超限戦】【クリミア】【ウクライナ】【ドンバス】【ルガンスク】【ドネツク】

<iframe width="560" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/1HgvrCsoLok" title="YouTube video player" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; clipboard-write; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe> 既に日本は、かなり以前から超限戦を仕掛けられています。残念ながら、その魔の手は、自民党中枢にまで入り込んでいるように見えます。 先日、防衛力の抜本的強化を求める緊急集会(令和4年12月15日)に行ってきましたが、公明党はこの集会に出席していましたが、CCPに関しては、一切触れない状況でした。日本のEEZ内に初めてミサイルを撃ち込んだCCPを全く問題にしていないのです。 公明党は、私は、宗教の名を騙って、集金組織となり、統一教会を超える邪悪な存在だと思っています。