このブログを検索

2026年5月24日日曜日

◆ 「平等」を軸とする、日本人の国際意識 ◆『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より

◆ 「平等」を軸とする、日本人の国際意識 ◆ 幕末から明治以降、日本の国防の脅威であり続けたロシアは、ヨーロッパからアジアにわたって広大な領土を保有する大帝国でした。とはいえその広大な領土のほとんどは寒冷地であり、温暖な気候の領土、年間を通して凍結しない港の獲得を国家戦略の一つとしていました。 1867年に当時の額面720万ドルでアメリカに売却するまで、アラスカを領土としていたこともあります。広大な国土は当時世界一でしたが、アラスカは本国まであまりにも遠く、毛皮猟などで開発を試みたものの採算がとれずに撤退しました。 南方の黒海沿岸への進出を図った結果、1853年、トルコとの間に「クリミア戦争」が勃発します。戦闘地域の規模を含めてたいへんな激戦となり、イギリス、フランスの介入を招いた結果、ロシアは敗北して南下政策は失敗に終わりました。 ロシアはアジア方面に軸足を移し、大陸の東側に不凍港を求め、南下政策を展開します。シベリアを征服し、1860年にロシア軍の前哨基地として日本海に面したウラジオストクという街を建設しました。ウラジオストクとはロシア語で「東方征服」という意味です。 冬には凍り付くことも多いウラジオストクは不凍港とは言えず、ロシアは、南方の清の領土に触手を伸ばし始めます。満州の利権を獲得すべく、満州地域にシベリア鉄道敷設を計画します。 清からすれば外国の鉄道が通るわけですから国内の大問題となるのが常識ですが、この計画は実現します。当時の清は崩壊直前で内政は腐敗し、官僚たちは賄賂を渡され、ロシアのいいように扱われました。ロシアはさらなる南下を求め、満州鉄道の朝鮮半島への延長を計画します。 日清戦争における日本の勝利はロシアにとってたいへんな不都合でした。下関条約によって朝鮮は独立し、清の属国状態から主権国家の体裁となったからです。 『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080524

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【無料】牧正人史式 姓名科学 解析システム(マシレ予測) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ #牧正人史 #マシレ予測 #武田邦彦

0 件のコメント:

コメントを投稿