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2026年5月31日日曜日

第四章・覚醒の時代 連載第八十四話 通夜と葬儀

第四章・覚醒の時代 連載第八十四話 通夜と葬儀
至誠の覚醒
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
連載第八十四話
通夜と葬儀

通夜と葬儀は、家の、畳の客間で、続けて行った。

妻の亡骸は、畳の上に、横たえられていた。家に帰って、安心したのだろう、と若い夫が思ったあの笑顔の顔が、祭壇のそばに、あった。

通夜の夜、若い夫は、不眠で、お香を、焚き続けた。

一晩中、お香を、絶やさなかった。煙が、細く立ち上り、また消え、また立ち上った。その繰り返しを、若い夫は、ただ、見ていた。

どんな気持ちだったか、と、後年、振り返って、思う。多分、無心だった、と思う。何かを、考えていたわけではない。悲しんでいた、というのとも、少し、違う。ただ、お香を、焚き続けていた。煙を、見ていた。それが、その夜の、自分のすることだった。

一時間に一回くらい、若い夫は、般若心経を、唱えた。何回、唱えたかは、もう覚えていない。お経をあげる時刻を、決めていたわけでもない。ふっと、お経をあげようと思ったときに、あげた。それだけだった。

そのお経の傍らで、四歳の息子が、おりんと、木魚を、叩いた。

何かが、乗り移ったとしか、思えない叩き方だった。まるで、長く修行を積んだ仏教徒の合葬のように、見事だった。父のお経のリズムを、四歳の子供が、過たず、捉えていた。誰も、教えていない。誰も、見本を見せていない。それでも、息子の叩く、おりんと木魚は、見事だった。

若い夫は、その音を、聞きながら、般若心経を、唱えていた。

そして、庭に、一匹の、白い猫が、いた。

普段は、見ない猫だった。どこから来たのか、わからない。けれども、その夜、白い猫が、庭に、いた。開け放たれた葬儀の祭壇を、見守るように、じっと、していた。

妻は、猫が、好きだった。

近所のどこかの猫が、妻のことを、覚えていてくれたのだろうか。それとも、もっと、別の何かだったのだろうか。今となっては、もう、わからない。けれども、その夜、白い猫は、庭に、いた。

お香の煙と、おりんと木魚の音と、白い猫の沈黙の中で、夜が、明けていった。

翌日、同じ畳の客間で、葬儀を行った。

どなたが、いらしてくださったか、もう、はっきりとは、覚えていない。早稲田の田中喜助先生が、いらしてくださった。多磨塾の筒田芳博先生も、いらしてくださった。両先生とも、若い夫の人生の、根のところに、いてくださった方々である。今は、お二人とも、すでに、逝かれた。

日産の、中近東部の諸先輩も、いらしてくださった、と思う。妻が極東部にいた頃の、たくさんの友人たちも、いらしてくださった、ような気がする。あるいは、いらっしゃらなかったかもしれない。どなたが、来て、どなたが、来なかったか——その記憶は、もう、霞の中のように、茫洋としている。

告別の辞は、若い夫が、自分で、述べた。

原稿を、作ったような気がする。けれども、その原稿が、今、どこにあるかは、わからない。何を、述べたかも、もう、明確には、覚えていない。ただ、自分の言葉で、自分の妻に、告別を、述べた。それだけが、確かなことだった。

バックには、オフコースの曲が、流れていた。曲名は、もう、思い出せない。妻が、好きだった曲。妻との思い出に、必ず、絡んでいた曲。家のどこかに、そのカセットが、まだ、残っているかもしれない。

告別の辞を、述べ終えた。

出棺は、多摩境の、火葬場へ、向かった。

畳の客間を、出るとき、庭に、白い猫が、まだ、いただろうか。あるいは、もう、いなくなっていただろうか。それも、覚えていない。

四十年が経って、振り返って、思う。

あの通夜の夜、若い夫の傍らには、確かに、何か、いた。お香の煙の中に。おりんと木魚を叩いていた、四歳の息子の中に。庭で、じっと祭壇を見守っていた、白い猫の中に。流れていた、オフコースの曲の中に。妻の存在が、形を変えて、確かに、そこに、いた。

若い夫は、それを、当時、明確には、自覚していなかった。ただ、無心で、お香を焚き、お経を唱え、息子の叩く音を聞き、白い猫の沈黙を、感じていた。

それで、十分だった。

生かされて、今を、存在する。

あの通夜の夜と、葬儀の日の、畳の客間と、庭の白い猫と、自分で述べた告別の辞を、四十年経った今、自分は、確かに、覚えている。

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