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2023年11月10日金曜日

今が売り時、と思い、易を立て水雷屯 三爻を得た

今が売り時、と思い、易を立て水雷屯 三爻を得た。 曰く 以下引用 ●三6;夜明けは必ず訪れる。いまいるところにじっとしていよ。 即鹿无虞。惟入于林中。君子幾不如舎。往吝。(ろくにつきてぐなし。ただりんちゅうにいる。くんしほとんどすつるにしかず。ゆけばりん。) 「虞」とは案内人のこと。「鹿狩に行ったが、案内人がいない。林の中に迷い込んだ。君子たるもの、こんなことはやめたほうが良い。これ以上進んだら恥をかくことになる」。何事も深追いしないが一番の時です。 ◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。 以上引用終わり 正に、その通り。不純な動機で、動いても、神様は見ていてくださる。待ちましょう。 今が売り時、と思い、易を立て水雷屯 三爻を得た

2023年11月9日木曜日

シリーズ完結 「脱炭素の正体をトコトン語る」⑤日本のエネルギー政策

シリーズ完結 「脱炭素の正体をトコトン語る」⑤日本のエネルギー政策    シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」⑤日本のエネルギー政策  シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」①地球温暖化の科学  シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」 ②新冷戦の勢力図  シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」③脱炭素の現実  シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」④米国共和党と脱炭素  シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」⑤日本のエネルギー政策

【燃料高の救世主】日本人が開発成功!リッター14円の人工石油とは!?開発者にインタビュー

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シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」③脱炭素の現実

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【生配信】第318回 上念司&山田吉彦が最新ニュースを深掘り解説!

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R5 11/09【ゲスト:飯山 陽】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第243回

R5 11/09【ゲスト:飯山 陽】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第243回

飢餓状態が生命の生存本能の起源

飢餓状態が生命の生存本能の起源 栄養と動物の平均寿命、免疫力などの実験結果は生物というものの本質を教えてくれます。もともと栄養学がない動物には「満腹感」によって必要な食糧を採れるようになっています。 その点からは満腹になることが動物の命を保つのに一番良いと予想されるのです。ところがこの節で説明をしましたように、満腹になることはあまり動物の体に良いことではないのです。 地球上の自然と動物の有り様をじっくりと観察してみると、一番、住みやすい緑豊かな地上や海のなかばかりではなく、土のなかにも砂漠にも北極海の氷の下にも多くの生物が棲んでいます。鳥や昆虫は空間を棲処にして、生物は地上のあらゆるところで繁殖していることが判ります。 一方、生物は太陽の光だけを頼りにその生命を保っていますが、太陽の光は一定で生物が増えても変わることがありません。ところが生物の方は旺盛な繁殖力を持つのでできるだけ、その数を増やそうとします。そのようなバランスの上に成り立っているので、生物は常に「太陽の光で生きることができる最大限の命を保つ」という秩序を形成します。 太陽の光が食糧の限界を決めますから、その範囲で繁殖すると、どの生物も限界までお腹をすかせた生活を送ることになるのです。つまり、生命とは「常に食糧が不足し、それを充足するように頑張る」という宿命を負っているとも言えます。 動物としての一員である人間もこの原理に当然のように支配されます。人間も常に食糧不足の状態にあって、それを求めていくのが正常な姿のようです。もし、現在の日本のように四〇パーセントも食べ残している状態は正常な生物の生活ではないのは明らかでしょう。 自然、環境、食糧と様々な面を考えますと、現代の環境問題は互いに深いところでつながっていることを知ることができます。 二〇世紀に人間は巨大な科学を駆使して、欲しいものを何でも手に入れることができるようなりました。遠くに行こうと思えば自分の脚を使わずに自動車や飛行機が運んでくれます。暑い日に汗をかきたくなければクーラーのスイッチを入れればたちまちに涼しい高原です。遠い、南アフリカの珍しい食べ物も自宅からほんの少し歩いてデパートまで行けば手に入れることができます。 そのようにして、人間は「欲しいものは何時でも」という環境を作ったのです。それは「部分的には正しい」ことのように感じられます。遠いところに行くのに自分の脚を使うのと自動車とどっちが良いか?と聞くと、誰しもが自動車と答えるでしょう。暑くて苦しい日に涼しい高原に行こうと言ったら反対する人はいないでしょう。 そして、毎日の食事に飽きたので、美味しいものを食べに行こうということに抵抗できる人も少ないと思います。「どうせ、人生は一回だ。それなら美味しい物を食べよう」と言う人もいます。それぞれが、すべて正しく、問題がないように 感じられるのです。 ところが、生物は「常時、不足状態」を前提にあらゆる感覚が作られているので、現代のように「欲しいだけ作り、したいだけする」というような社会を作りだすと、動物としての人間はなじむことができなくなると考えられます。 それが正常な感性を失わせ、破滅につながる発展をめざすという変なことになり、際限ない科学技術の進歩を追うようになったのでしょう。 際限もないものを追うこと、それは人間に何を与えるでしょうか? 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231109   127