何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年10月21日土曜日
R5 10/20【ゲスト:平井 宏治】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第229回
R5 10/20【ゲスト:平井 宏治】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第229回
00:00:00 準備画面
00:01:21 番組開始
00:31:17 本日のニュース項目一覧
00:34:04 米、エヌビディアなどのAI半導体輸出規制拡大へ 中国は反発
01:04:04 外国人役員の規制解禁を議論 NTT法の見直し、総務省会議
02:05:34 大阪の自公、次期衆院選で合同選対設置へ 維新に対抗
02:14:54 締め挨拶
日本保守党(公式)Conservative Party of Japan X(旧Twitter)
【公式】武田邦彦の「ホントの話。」第146回 2023年10月20日放送 報道されないパレスチナ 発達障害の子ども急増 学校へ行くのは時間の無駄?
【公式】武田邦彦の「ホントの話。」第146回 2023年10月20日放送 報道されないパレスチナ 発達障害の子ども急増 学校へ行くのは時間の無駄?
<今回の話題>
パレスチナ情勢
各国で割れる見解
イランが介入を示唆し警告 米空母打撃群は東地中海へ
アジア版NATOは必要か
ロシア渡航の鈴木宗男氏を叩く日本人は「平和ボケ」?
小中の不登校過去最多
「学校へ行くのは時間のムダ」通信制高校の志願者増加
「埼玉の『虐待禁止』条例案、批判相次ぎ成立断念
発達障害の子どもが13年で10倍に急増
初の女性首相候補に浮上したのは
年収2億円超の役員報酬297人 1位は48億円超
「日高屋」売上が過去最高 配膳ロボ導入など奏功
減っていく「分断国道」
外国人観光客 日本の印象
ラグビーW杯 日本 強豪アルゼンチンに敗れる
男子バレー日本、パリ五輪予選通過
マラソン、夢の2時間切りは目前か
セ・リーグの打撃成績
藤井聡太氏、史上初の8冠
以下、番組から、その他のお知らせです。
2023年10月20日金曜日
フィンランドの人のような生活を実現するための一番大きな障害は人口密度
フィンランドの人のような生活を実現するための一番大きな障害は人口密度
次に、生活を自然から採れる木や紙を中心として組み立て、長く使える家具や居間と調和した頑丈な家庭電化製品を使い、近いところは車を使わずに歩き、暖炉を囲むことはあってもむやみにエアコンを使わないなどの工夫もいります。
そのくらいなら、なんとか日本でもできそうな感じがします。
しかし、フィンランドの人のような生活を実現するための一番大きな障害は人口密度でしょう。
もし、日本の人口をフィンランド並みの五六〇万人まで減らすためには、日本人同士、一人が二一人を殺せば人口は五六〇万人まで減ります。そして、生き残った運の良い人がフィンランドと同じ素晴らしい礫境で生活をすることができるということになります。
もちろん、こんなことは現実的でもないし、環境に良いはずもなく、また快適な人生でもありません。多くの家族や友人を失って、自分一人が森のなかに住んだところでどうにもならないからです。どうしてこんな奇妙な結論になるのか、ここで「森の生活」の意味をもう一度考えてみましょう。まず、「森の生活」や「地方での人生」を送ることが環境を改善することにつながるのかということです。
日本とフィンランドの人口密度を考えて、東京や大阪などの大都市と、人口密度が二〇分の一程度の県と比較してみます。

まず、自動車の保有台数では、東京は四人に一台の自動車を持っているのに対して、人口密度の低い県は平均して二人に一台の自動車を保有しています。 地方では、自動車は「楽しみのためのもの」ではなく「荷物を運ぶ道具」でもなく、むしろもっと基礎的なもの、「生活を守るための必需品」なのです。 次に、人間が移動するときに電車と自動車ではどちらが現境に良いかについてのデータを示します。運輸省(現在の国土交通省)の調査ですが、例えば、一人の人が一キロメートル移動するのに、電車なら一〇〇キロカロリーを要しますが、自動車の場合はそのおよそ六倍のエネルギーが必要です。電車より自動車の方が環境に悪いことは、多くの人が知っていますが、その差は六倍にもなるのです。 つまり、東京や大阪と人口密度が低い県では、自動車の保有台数で二倍、使用エネルギーで六倍違うので、人間一人あたりに換算すると、移動のエネルギーは、地方の方が実に一二倍も消費しているという計算になります。 さらに都会と地方では地方の方が平均移動距離が長いのでさらにこの差は広がります。その人の活動輩にもよりますが、地方の方が多くのエネルギーを使うことは間違いありません。 当然の結果です。広いところに住み、便利さは都会と同じ生活をしようとしたら、それだけエネルギーがかかるという結果が得られたに過ぎません。 地方に長く住んでいた人は、そんなものかもしれないという感想をもっています。地方の町では最近、「近くの商店街」がすっかり寂れ、郊外に大きな店ができる傾向にあります。買い物をするにもそこまで車を使わなければなりません。また、伝統的に家が田畑の近くにあるので町まで距離が遠いので、しよっちゅう車に乗っているのも事実です。 その代わり、地方では「もの」の使い方が東京とかなり違います。都会では生活に使う品物を使い捨てする傾向にあり、コンビニで買ったお弁当やジュースの容器もすぐ捨てなければ生活ができません。事実、都道府県別の「ゴミの鼠」を比較しますと、大都市が二倍程度多いことも知られています。 このように単純な比較はできませんが、人口が少ないとエネルギーが多くいると言えます。例えば、国民一人あたりの所得がほぼ同じである日本とカナダを比較すると、一人あたりのエネルギー使用量は、カナダが二倍程度です。 結局、大都市のようなぎっしりと詰まった生活をするのと地方の比較では、必ずしも「地方の生活だから環境に良い」と決まったわけではないことが判ります。 「森の生活」にあこがれるもう一つの理由は、森に囲まれて自然のなかで悠々と過ごそう、ということでしょう。たしかに、お金があれば東京からヒコーキで一時間、空港から車で一時間ほど。 豊かな木々に囲まれた自然の中で週末を過ごす……それは素晴らしい生活です。 しかし、もちろんこのような生活をすべての日本人ができることではなく、特別な人たち、例えば十分な遺産を持っていたり、特別な才能があって職場まで行かなくてもお金が入ってくる人や、たっぷりと退職金をもらい老後は静かな地方で暮らすことができるという人だけに許されることです。もちろん、そういう人たちが地方や森のなかに居を構え、悠々自適な生活を楽しみ、都会で仕事をしたり子供に会いに行くのにヒコーキを使うからといって、非難することはできません。しかし、そういう生活は膨大なエネルギーを使い、環境を汚していることは知っておく必要があります。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231020 60

まず、自動車の保有台数では、東京は四人に一台の自動車を持っているのに対して、人口密度の低い県は平均して二人に一台の自動車を保有しています。 地方では、自動車は「楽しみのためのもの」ではなく「荷物を運ぶ道具」でもなく、むしろもっと基礎的なもの、「生活を守るための必需品」なのです。 次に、人間が移動するときに電車と自動車ではどちらが現境に良いかについてのデータを示します。運輸省(現在の国土交通省)の調査ですが、例えば、一人の人が一キロメートル移動するのに、電車なら一〇〇キロカロリーを要しますが、自動車の場合はそのおよそ六倍のエネルギーが必要です。電車より自動車の方が環境に悪いことは、多くの人が知っていますが、その差は六倍にもなるのです。 つまり、東京や大阪と人口密度が低い県では、自動車の保有台数で二倍、使用エネルギーで六倍違うので、人間一人あたりに換算すると、移動のエネルギーは、地方の方が実に一二倍も消費しているという計算になります。 さらに都会と地方では地方の方が平均移動距離が長いのでさらにこの差は広がります。その人の活動輩にもよりますが、地方の方が多くのエネルギーを使うことは間違いありません。 当然の結果です。広いところに住み、便利さは都会と同じ生活をしようとしたら、それだけエネルギーがかかるという結果が得られたに過ぎません。 地方に長く住んでいた人は、そんなものかもしれないという感想をもっています。地方の町では最近、「近くの商店街」がすっかり寂れ、郊外に大きな店ができる傾向にあります。買い物をするにもそこまで車を使わなければなりません。また、伝統的に家が田畑の近くにあるので町まで距離が遠いので、しよっちゅう車に乗っているのも事実です。 その代わり、地方では「もの」の使い方が東京とかなり違います。都会では生活に使う品物を使い捨てする傾向にあり、コンビニで買ったお弁当やジュースの容器もすぐ捨てなければ生活ができません。事実、都道府県別の「ゴミの鼠」を比較しますと、大都市が二倍程度多いことも知られています。 このように単純な比較はできませんが、人口が少ないとエネルギーが多くいると言えます。例えば、国民一人あたりの所得がほぼ同じである日本とカナダを比較すると、一人あたりのエネルギー使用量は、カナダが二倍程度です。 結局、大都市のようなぎっしりと詰まった生活をするのと地方の比較では、必ずしも「地方の生活だから環境に良い」と決まったわけではないことが判ります。 「森の生活」にあこがれるもう一つの理由は、森に囲まれて自然のなかで悠々と過ごそう、ということでしょう。たしかに、お金があれば東京からヒコーキで一時間、空港から車で一時間ほど。 豊かな木々に囲まれた自然の中で週末を過ごす……それは素晴らしい生活です。 しかし、もちろんこのような生活をすべての日本人ができることではなく、特別な人たち、例えば十分な遺産を持っていたり、特別な才能があって職場まで行かなくてもお金が入ってくる人や、たっぷりと退職金をもらい老後は静かな地方で暮らすことができるという人だけに許されることです。もちろん、そういう人たちが地方や森のなかに居を構え、悠々自適な生活を楽しみ、都会で仕事をしたり子供に会いに行くのにヒコーキを使うからといって、非難することはできません。しかし、そういう生活は膨大なエネルギーを使い、環境を汚していることは知っておく必要があります。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231020 60
2023年10月19日木曜日
第2章 「環境にやさしい生活」の科学的な間違い 「田舎暮し」が環境を悪化させるこれだけの証拠
第2章 「環境にやさしい生活」の科学的な間違い
「田舎暮し」が環境を悪化させるこれだけの証拠
環境が架空になりつつあるなかで、本来は善意で行われている「環境運動」もそのあるべき姿を見失い、思わぬ方向に進みはじめています。
この章では何とかして「環境」を改善しようと願って行われている運動のうち、代表的な例として、森の生活、太陽電池、省エネ商品の購入、そして洗剤問題を取り上げて、このような環境改善の努力は本当に意味のあるものか、何が本物で、何が無意味なものかについて整理をしました。
空中で寝る東京の生活は幻想の世界のようにも見えます。
文字通り「足が地に着いていない」このような生活から離れ、静かで自然豊かな地方に住み、できれば森のなかで生活することを夢みます。そこでは、昔のように庭に家畜を飼い、朝は新鮮なニワトリの卵を取り上げて食卓をかこみ、自然の息吹を感じながら生きることができます。すでに、そういう生活を実践している人たちもいます。
このような「森の生活」や、そこまではいかなくても都会を離れて、地方で生活をしたいと願っている人は多いのですが、それは「環境に良いこと」なのでしょうか?
ヘンリー・ソローという作家が一五〇年ほど前に『森の生活』という本を書いています。アメリカの人ですが、単に文明を逃れて森に逃避したというのではなく、本当の人生とはどういうものか、森のなかで「実在」という難しい概念を追求した人です。彼は、こう考えました。
人間は自分が何を体験し、何を感じたかが、人間の思考の最も深いところにある。ひんばんに旅行したり、都会の喧騒の中に身をおくことではない、じっくりとひとところに居を構えて、そこで自然とともに「実在」をとらえることだ。もちろん、今から一五〇年ほども前のことで、日本ではまだ江戸時代。社会は今よりずっと素朴で、科学はほとんど発達していなかった頃のことです。ダーウィンの進化論もでていません。だから、人間は神に似せられて作られた特別の動物と信じられていましたし、原子力も知らなかったので、太陽がなぜ光っているのかと聞かれても答えられない時代でした。
そのような時代でも、すでに人間の社会がしだいに現実から離れ始めたことを、敏感な人は感じていたのでしょう。ソローはマサチューセッツ州コンフォードの南方に小屋を建てて生活を始めました。そこで、彼は自然と動物とともに生き、そしてその体験に基づいて「森の生活」を書いたのです。
現代の日本にも同じような考えの人がおられ、森の生活や地方での人生を楽しんでいます。確かに、都会は雑然たるビルに囲まれ、ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、間違って女性の体に手が触れることでもあれば、たちまち新聞沙汰になります。街角には子供の姿はなく、地面はコンクリートとアスファルトで覆われて、まるで荒野のようにも感じられます。
感受性の強い人がこのような環境に耐えられるとも思えません。都会の喧騒に疲れ、また真実の人生を求めて森の生活にあこがれ、あるいは定年後に地方に住みたいと思っている人が多いのも当然です。森のなかに入り込むほどの生活はイヤでも、せめて自然に恵まれた地方でのんびりと余生を送りたいと願い、実際にも地方にはそういう希望を持つ人のために特別な施設や環境を提供しているところもあるくらいです。
まず「自然のなかの生活」を実現している国、フィンランドの生活を簡単に見ることにします。著者は昨年、フィンランド大使館の人たちと環境の合同シンポジウムをしましたので、そのときの話題を中心にしました。
ヨーロッパ北方のフィンランドは森と湖に恵まれた風光明媚な国で、国民の多くが森に住み、森のなかで一生を送ると言われます。国土面積は日本とほぼ同じですが、人口は五〇〇万人強。日本の二〇分の一です。この程度の人口密度はどういう感じでしょうか?
長さが一キロメートル四方の土地を考えますと、フィンランドではそのなかに一五人で約四軒が住んでいる計算になりますが、日本では同じ面積に、一〇〇軒がすし詰めです。また、日本の江戸時代の人口は約三〇〇〇万人ですから、その四分の一。
そのような豊かな国土のなかで生活をしているフィンランドの人は、自然のなかに生き、自然とともに暮らしています。自然とともに生きているのですから自然を破壊しないように注意するのも当然です。特に、湖のほとりに家を建てるときなどは、下水で湖が汚れないように湖から離して建てるように気を配っています。
また、必要な木は多くの場合、自分の家で切り、大事に皮を剥ぎます。皮を剥ぐときに機械を使うより手で慎重に剥ぐと実に良い素材が得られるといいます。そして、「手で剥いだ木の皮」も大切な資源となり、木くずも燃料や加工品に徹底的に使われるのです。
生活に使うものの多くが自分の周りの自然から採れます。落ち着いた家具、食卓にはフィンランドのパンと赤ワイン、すべて生活とゆったりと流れる時間のなかで進みます。そして、生活そのものが自然のなかにしっかりと根づいているのです。
森を大切にする一方では、植林をし、木材を積極的に活用しています。「森を守る運動」と称して森の木を切らないことはかえって自然との共存を破るという意識なのです。
そんな風土のなかで、フィンランドに古く伝わる「カンテレ」という楽器があります。爪ではじく弦楽器で、形はハープに似ていますが、音色は日本のお琴にそっくりです。合同シンポジウムではカンテレの派奏がありました。そして大使館の人たちに、フィンランドの黒いパンとワインをご馳走になり、その日は幸福なタベを過ごし、カンテレのCDを買ってマンションに帰りました。
著者は「愛国的持続性社会論」などを唱え日本を大切にすることを主張していますが、それでも「ああ、フィンランドはいいな……わたしもこんなゴミゴミした日本で一生を終えたくない」としみじみと思った日でもありました。
ところで、日本人が森の生活をするには、いろいろな準備がいります。
まず、溢れるほどの工業製品に囲まれている生活のパターンを変えなければなりません。ゴミの問題にしても、ヨーロッパを学ぶなら、まずゴミの量を半分にしなければなりません。日本よりずっと先進国のイギリスですらゴミは半分です。
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
20231019 56
カレーうどん メモ
カレーうどん
リュウジ編
冷凍うどん 1玉
豚バラ肉 80g
玉葱 1/4個50g
にんにく 1/2片
小松菜 40g
塩胡椒 適量
(今回は味塩胡椒を使いました)
水 170cc
カレールー 1片
(ジャワカレーがオススメです) あともう一種
バター 5g
白だし 大さじ1 ヤマキ 割烹白だし
砂糖 小さじ1/2
サラダ油 小さじ1
★仕上げに七味唐辛子適量
油小さじ1で玉葱1/4個50gを炒め、
塩胡椒した豚バラ80gも炒める 豚バラは炒めすぎない 硬くならないように
水170cc、 弱火
カレールー1片、
バター5g、
白だし大さじ1、
砂糖小さじ1/2、
おろしにんにく1/2片、
小松菜40g入れ沸かし、
チンした冷凍うどん1玉入れ混ぜ完成
野永シェフ編
うどん 200g 冷凍
豚バラ 200g
長ネギ 1本
合せ調味料
カレールウ 中辛 2種以上 2欠け 大体80g
麺つゆ (参倍希釈) 160ml
水 800ml
かたくり粉 大2
1 フライパンに合わせ調味料を入れて混ぜる、カレールウ、水、かたくり粉、麺つゆ
2 長ネギは根元を切り落とし、白い部分と青い部分に分ける。白い部分は縦に4等分にして、5センチ幅に切る 短冊切り うどんとの辛味抜群 プライパンに入れる
3 2の青い部分は、縦4等分に切り、5センチ幅に切る 青い部分は投入時期が異なります
4 豚バラ肉は5センチ幅に切って、フライパンに入れていく ここで火をつける
5 2に4を入れて、混ぜながらカレールウを溶かす
カレールウは刻まなくてよい
6 一煮立ちして豚バラ肉に火が通り、トロミが付いたら3を入れて、中火で混ぜ合わせる。長ネギの青い部分が鮮やかな緑色になったところで、火からおろす
7 器に6を盛り付けて完成。
鶏肉の場合は、火が通りにくいので、薄く 薄く切る ももがおすすめ。
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