何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年10月1日日曜日
2023年9月30日土曜日
●根源的な意味での現代の環境破壊とは何か
●根源的な意味での現代の環境破壊とは何か
かつて私はそうした状態を漫画の上手い学生に描いてもらったことがある。
その絵に描かれた未来の人間の腕は、筋肉を使う必要がないために細く、足も歩行に耐えられない。思考や決定は全部頭に直結したコンピューターがやってくれるし、危険がないので心の勇気も失った。現代人がそういった存在になりつつあると思って描いてもらったが、それを見ていたら、将来の人間ではなく現在の自分をも暗示していることに気がついた。
自著に『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』(青春出版社)という本があるが、現代の人間が科学の働きで、次第に人間の機能を失い、感動する心を失っていく様を描いた。
例えば、戦争がなくなるということは良いことだが、危険や戦争がなくなると究極的な勇気を持って立ち向かう場面が少なくなり、むしろ身内で弱いものを苛める場面が増えることがある。
せっかくごみが少なくなり空気がきれいになっても人は満足な人生を送れなくなるだろう。だから、一人の人間としては歩いて移動する必要があったり、多少は苦労がつきまとうような環境の方がむしろ望ましい。
エアコンの性能が上がり温度が均ーになれば、人間の身体は次第に体温調節の機能を失っていく。急激な寒さや暑さは人間に打撃を与えるが、それに耐えられる力が危機的な状況でも自分を救う。
放射線は危険だが、通常巌の放射線で人間の細胞にガンをつくることは難しい。下等な動物では放射線で発ガンさせることは容易だが、人間の細胞はなかなか発ガンしない。それは人間の細胞の防御機能が発達し、優れているからである。それを大事にしなければならない。
鳥インフルエンザなどの新しいウィルスが出現しても人間の優れた抵抗力があれば乗り越えていける。しかし、毎日の生活があまりにも衛生的過ぎて抵抗力を失えば、ひとたまりもないだろう。
鳥インフルエンザにしても狂牛病にしても、なぜこれほど急激に奇妙な病気が流行るのかをよく考える必要がある。表面的な対症療法的な対策を考えるのではなく、もっと根本的な意味での現代の環境破壊に注目していくことが必要ではないか。
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年
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2023年9月29日金曜日
●人間から運動能力や感性を奪っていく「廃人工学」
●人間から運動能力や感性を奪っていく「廃人工学」
命の次に大切なのはそれを支える自分の体の健康であろう。その一つの解決策は食糧自給率を高くして国内で採れる食料を日本人が食べられるようにするということである。そして、もう一つは体をできるだけ動かすことである。
どんなに科学が発達しても人間の体は動物である。動かさないと鈍っていく。筋肉が衰えるだけではなく、細菌にも弱くなる。
しかし、現代の文明は私たちから運動能力を奪う。
例えば、アクチュエーターとモーターの組み合わせで腕の力を使わなくても生活できるようになってきた。自動車の窓がボタン一つで開くようになり、さらに最近ではドアにもモーターが付いていて、少し触れば自動的に開くという車も珍しくはなくなった。
このような生活では人間の腕の筋肉は不要になる。エレベーターやエスカレーターが発達し、階段を登る機会が少なくなった。本来は足が弱い人のために設置されているのだが、多くの人は階段を利用せずにエスカレーターやエレベーターを使う。そして、次第に足の筋肉も奪われていく。
人間は動物だから使わなければ機能が後退し、リストラされていく。筋肉が細くなり、骨も必要ないので尿からカルシウムが逃げる。現代の自動車やエスカレーターは人間の移動を容易にするが、同時に人間から運動を奪い、健康体ではなくしていく。
これを私は「廃人工学」と呼んでいる。
最近はパソコンやインターネットが発達してきた。それ自体は生活を便利にし、膨大な情報が得られるようになる。しかし、漢字は書かずとも全部パソコンが変換してくれるので漢字の書き方を正確に覚える必要はないし、計算もしてくれるので 2ケタのかけ算の暗算などは面倒になってくる。
このような状態が続くと人間の頭脳は活動が低下するので、感動したり深く考える喜びが徐々に得られなくなっていく。
実際、音楽を聞いた時に深く感激したり涙を流したりする場面がめっきり減ったように思う。コンサートの拍手も実に形式的である。寿命が長くなり、人は数量的には多くの時間を生きることができるようになった。しかし、その実、ノルマに追われるだけで中身がない時間を過ごすことになりつつある。
『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年
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