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2026年5月7日木曜日

第三章・世界の時代 至誠の覚醒 連載第六十話「仕様変更を頼む側」

第三章・世界の時代 至誠の覚醒 連載第六十話「仕様変更を頼む側」
第 三 章 ・ 世 界 の 時 代
第 六 十 話

仕様変更を頼む側

― 仕 様 書 の カ ラ ム は 、 砂 漠 に 続 い て い た ―

湾岸班の彼女が、自分の机の前に立っていた。

英文学を学んで大学を出て、社会人になってまだ二年目という、若い女性である。配属の理由は、単純にひとつだった。英語が堪能だから——それだけである。中近東の販売店との英文のコレポンを毎日捌くには、英語の力は欠かせない。会社は、その力をもって、彼女を湾岸班のバーレーン担当の席に座らせた。湾岸の小さな島国の販売店との折衝が、彼女の仕事になった。

その彼女が、青ざめた顔で、自分のところに相談に来た。

手にしているのは、一枚の仕様書のコピーだった。先月発信した、バーレーン向けの注文の仕様書である。発信から少し時間が経って、工場の生産直前のチェックの中で、ある一行のカラムにずれがあることが、いま発覚したらしい。中近東向けの仕様で出すべき箇所に、通常地域向けの指示が入っていた。彼女の指は、その一行を指していた。

水温計の仕様の、一行だった。

◇ ◇ ◇

中近東向けの水温計は、一般地域向けと、少しだけ仕様が違っていた。

違いの趣旨は、現地の事情から来ていた。中近東の砂漠の夏は、五十度近い熱になる。その中で車両のラジエーターは、常に高い水温で動き続ける。一般地域向けの水温計をそのまま装着すると、走行中、水温計の針が常に高めの位置で揺れる。針が少しでも上がると、現地の運転者は不安になる。砂漠で車が止まれば、命に関わる——その緊張が、彼らの神経の中に、いつもある。

だから、水温計の感度を、少しだけ下げてあった。

針の動きを、わずかに鈍らせる。実際の水温の変化に対して、針が反応するまでに、少しの遅れを置く。これによって、走行中の針の位置は、現地の運転者の感覚に合った安定した範囲に収まる。同じエンジンの、同じラジエーターの上で、計器の振る舞いだけを少し変える——そういう、現地仕様だった。

仕様書の上では、それは一行のカラムの中の、一つの記号で指示する。

通常地域向けの記号と、中近東向けの記号と、見た目はほとんど変わらない。記号の末尾に、わずかな違いがあるだけである。慣れた目で見ても、紙の上で見落とすことのある違いだった。慣れていない目で見れば、見分けるのは、もっと難しい。

湾岸班の彼女は、まだ、慣れていなかった。

◇ ◇ ◇

彼女が悪いのではないと、自分は、すぐに思った。

英文学を学んできた人に、車両の仕様書のカラムの一つ一つを、半年や一年で完全に読み取れというほうが、無理な話である。仕様書の記号の体系は、車を作っている側の言葉である。車を作ったことのない人間に、その言葉が一目で読めるはずがない。彼女の中には、その言葉がまだ十分に育っていなかった。それは、彼女の能力の問題ではない。会社が、彼女をその席に座らせた組み立て方の問題だった。

湾岸班のまとめ役も、同じ構造の中にいた。

彼は、アラビア語が堪能だった。中近東の販売店との交渉では、アラビア語の力が大きな武器になる。会社は、その力をもって、彼を湾岸班のまとめ役の席に座らせた。ただ、彼にも、工場の経験はなかった。仕様書の記号の体系は、彼にとっても、よくわからない言葉のままだった。彼に「カラムの最終確認をお願いします」と言っても、彼の目で見抜ける範囲には、限界があった。

湾岸班の机は、語学の力で支えられていた。

そして、車両の知識のところで、空白を抱えていた。彼女のミスは、そのまま、湾岸班の机の構造から自然と発生する種類のミスだった。一人の若い女性のうっかりではない。フロアの組み立て方が、必然的に生む、構造的な見落としだった。それを、こちらの中近東担当——工場経験のあるはずの自分のところでも、発信前に拾い切れなかった。複数の机を経て、それでも、この一行のカラムは、ずれたまま、工場まで流れた。

気づいたのは、工場の現場の人だった。

◇ ◇ ◇

彼女に、心配しなくていいと、自分は短く言った。

「これは、こちらから工場に電話を入れて、仕様変更でお願いする」——そう伝えた。彼女の顔から、少しだけ、青さが引いていった。彼女は、自分の机に戻り、それでも、しばらくはミスをした一行のことを、頭の中から離せないでいたと思う。あの年頃で、自分の手が出した一枚の紙の中の、一つのカラムのずれが、これほど大きな波を立てるという経験は、たぶん初めてだった。

受話器を、自分の机の上で持ち上げた。

電話帳の中から、村山工場の生産計画課の番号を探し当てて、ダイヤルを回した。回しながら、自分の中で、ある記憶が、ふっと立ち上がってきていた。村山時代に、本社の中近東部から電話を受けたあの朝の、自分の手の動きである。

「中近東部のかわいこちゃんが、仕様間違えっちゃったんだ」

受話器の向こうで、池田さんが、軽い声で笑っていた。あの軽い口調が、いま、自分の耳の奥に蘇っている。あの時、村山の机で電話を受けた自分は、戸惑い、忙しさに揉まれ、それでも最後には、何とか引き受けようとしていた。班長に相談し、ラインの変更可能性を確認し、生産技術と摺り合わせた。あの一連の動きを、自分は、村山の朝の空気の中で、確かに身につけた。

その電話を、いま、自分がかける側に回っている。

◇ ◇ ◇

呼び出し音が、何度か鳴った。

受話器の向こうで、誰かが受話器を取る音がした。「はい、生産計画課」——若い、聞いたことのない声だった。自分が異動して二年が経っている。村山の机の主は、一つ二つ、入れ替わっていた。電話に出たのは、自分のあとに、生産計画課に配属になった若い後輩だった。彼は、こちらの名乗りを聞きながら、机の上の紙に、何かをメモしているらしかった。

「中近東向けの、バーレーン仕様の件で、お願いしたい変更があります」

自分の口から出た言葉は、固かった。池田さんの軽さとは、まったく違う口調だった。軽くは言えなかった。受話器の向こうで、いま、若い後輩が、注文の山の中から、こちらの言うバーレーン仕様の一件を探そうとしている。彼の机の上にも、村山の朝の音の層がある。紙のすれる音、班長たちの低い相談の声、工場のラインから流れてくる遠い金属の音——あの音の層の中で、彼は、こちらの電話を受けている。

水温計の仕様の、カラムのずれを、自分は説明した。

通常地域向けの指示が入っているが、これを中近東向けの仕様に変更してほしい——その一点を、淡々と伝えた。後輩は、こちらの説明を、丁寧に復唱しながらメモを取っていた。「水温計の感度を、低い方の仕様に切り替えるということで、よろしいでしょうか」——彼は、確認の問いを返してきた。返ってきたその一言の中に、彼が、車両の仕様の言葉を、もうすでに身につけ始めていることが、はっきりと聞こえた。

二年前の自分が、村山の机で受話器を握っていた朝が、彼の机の上に、いま、引き継がれていた。

◇ ◇ ◇

後輩は、班長に相談しますと言って、一度、受話器を保留にした。

保留の音が、こちらの耳の中で続いた。あの保留の数十秒のあいだに、村山の生産計画課の机の周りで、班長への相談、ラインの確認、生産技術との摺り合わせが、急いで動いていることが、自分には目に見えていた。電話の向こうで動いている空気を、自分の身体が知っている。あの空気の中で、自分も、二年前、池田さんからの電話の対応を組み立てていた。

保留が解けて、後輩の声が、もう一度、受話器の向こうで響いた。

「変更で対応します。生産には、間に合います」——彼は、はっきりと、そう言った。「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」——自分は、低く頭を下げて、そう答えた。電話の向こうの後輩には、頭を下げるところは見えない。しかし、自分の体は、自然と頭を下げていた。受話器を握ったまま、机に向かって、深く一度、頭を下げた。

受話器を置いた。

机の上の音が、ふっと、戻ってきた。フロアの電話のベル、女性たちの声、コレポンの英文の打鍵、テレックスの遠い音——本社の音の層が、いつものように、自分の周りを流れていた。湾岸班の彼女のほうを見ると、彼女は、まだ自分の机で、紙の束に向かっていた。こちらに向かって、視線が一度上がり、頷くように軽く礼をした。それで、ひとつの小さな波は、おさまった。

◇ ◇ ◇

その日の夕方、机に向かいながら、ぼんやり考えていた。

湾岸班の彼女が、車両のことをわからないのは、当たり前である。英文学の人なのだから。アラビア語のまとめ役が、仕様書を読み切れないのも、当たり前である。アラビア語の人なのだから。では、その仕様書を受け取る側——バーレーンの現地販売店——は、どうなのだろうか。彼らは、車のことを、わかった上で売っているのだろうか。

その答えを、自分が骨で知るのは、もう少し後のことになる。

後年、現地に出張した時のことだった。バーレーンか、あるいは別の湾岸の小国だったか——記憶の中で、土地の名前は少しぼやけている。砂漠の夜、現地の販売店の主に、月見に招かれた。テントの中に通され、客人として最高の礼である羊の丸焼きを、共に膝でつついた。彼は、商人だった。先祖代々のベドウィンの血を引く、商売の人である。物を作ったことのない、商売だけの民族の長である。

食事のあいだ、彼はこう言った。

「石油がなくなったら——」彼は、テントの外の、広大な夜の砂漠を、ゆっくりと指さした。「あそこに戻るだけだよ」——そう、淡々と言った。砂漠を掘ったら、たまたま、お金が出てきた。それだけで、一夜のうちに、石油の上に乗る強大な王国が出現した。彼らは、その富の上に座っている。しかし、富がなくなれば、また、もとの砂漠に戻る——その覚悟を、彼は、自分の言葉として持っていた。

もうひとつ、思い出す場面がある。

ある現地販売店の営業部長は、アフリカから出稼ぎに来ていた人だった。新車の試乗のときに、自分は彼に、エンジンブレーキを使ってください、と指示した。彼は、こちらの顔を、不思議そうに見た。「エンジンブレーキは、どこについているのか」——彼は、そう尋ねた。冗談ではなく、本気で尋ねていた。彼にとって、車は、買って売るものだった。仕組みを知るものではなかった。

本社の中近東部の机から、現地販売店の営業の机まで、車を知らないで売っていた——というのは、少し言い過ぎだろうか。

少し言い過ぎだとしても、それくらいの感じであった。物を作ったことのない人たちのところに、突然、巨大な富が落ちてきた。教育や、現場の実態が追いつかないままに、車という機械が、彼らの市場の上を流れていた。それを、語学の力で支える本社のフロアと、商売の力で支える現地のフロアが、どうにか繋いでいた。仕様書のカラム一つの記号は、その繋ぎ目の上に、危うく乗っていた。

◆ ◆ ◆

湾岸班の彼女のミスは、彼女のミスではなかった。

本社のフロアと、砂漠の販売店と、その二つの世界の出会い方そのものが生んだ、構造的な揺らぎの一部だった。一行のカラムの記号のずれは、英文学の人と、アラビア語の人と、ベドウィンの商人と、アフリカ出稼ぎの営業部長と、灼熱の砂漠を走る一台の車と——それらの全部を、一枚の薄い紙の上で、無理に繋ごうとしていた、その無理の現れだった。

自分は、その日、電話を一本かけた。

受話器の向こうで、二年前の自分の場所に座っていた若い後輩が、丁寧に、変更を引き受けてくれた。電話のこちら側と、電話の向こう側と——自分は、両側に立ったことになる。両側に立ってみて、はじめて、仕事というものの輪郭が、自分の中で、ひとつ、深く結ばれた気がした。電話を受ける側の事情も、電話をかける側の事情も、両方とも、自分の身体が骨で知っている——その状態に、ようやく自分は到達していた。

仕様書のカラム一つの記号が、灼熱の砂漠の上で、誰かの命の重みを背負っている。

あの構造を骨で理解するまでに、自分には、もう少しの時間が必要だった。月見のテントの夜と、エンジンブレーキの位置を尋ねた営業部長の顔と——それらは、まだ、未来の地平の向こう側にあった。本社の机の上で、若い自分は、その日、ただ受話器を一度握り、頭を一度下げて、それで自分の一日を閉じた。

世界は、机の上の一行のカラムを通して、すでに自分のところまで届いていた。

(つづく) R080506
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◆ 欧州を震撼させたモンゴル軍の集団戦術 ◆ 『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より

◆ 欧州を震撼させたモンゴル軍の集団戦術 ◆ l241年、モンゴル帝国のヨーロッパ遠征軍とポーランド・ドイツ連合軍との間で、「ワールシュタットの戦い」と呼ばれる戦争が起こりました。モンゴル軍が連合軍側の大将ヘンリク2世を討ち取って勝利した戦いです。 当時のヨーロッパの軍隊の主力は甲冑を着た「騎士」です。報酬次第で働く傭兵であり、一人ひとりが敵を討つ「個人戦」で戦争を処理していく傾向にありました。 これに対しモンゴル軍には全体的な「戦術」というものがありました。 まず、機動力に富む軽装備の騎兵と戦闘力に富む重装備の騎兵に分けて配備します。 戦闘プランは状況によって違ってきますが、たとえば「軽装備の騎兵が突入して激戦を展開しておいて突然退却、退却に勢いを得た敵が追撃してきたところを伏兵が待ち受ける」といった戦術を採ります。 軽装備の騎兵が両面から挟み撃ちを仕掛けて追撃してきた敵を包み込み、背後に煙幕を張って戦場を見えなくし、パニックに陥れるといった心理作戦も得意でした。 兵士一人ひとりの能力もさることながら、戦術・作戦の巧みさ、集団の連携で敵を陥れる戦い方で世界各地に侵攻していったのがモンゴル軍でした。当時世界最大の帝国は、モンゴル軍の実力をもって築かれたのです。 『かけがえのない国 誇り高き日本文明』武田邦彦著 MdN出版(R05年)より R080507

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2026年5月6日水曜日

ベイカー監督の、大谷に二刀流をさせるべきだよ、という言葉に激しく同意します。

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「日本を支える公民」をどう育てるか ― 自由社版『新しい公民教科書』に学ぶ、教育の根幹

「日本を支える公民」をどう育てるか ― 自由社版『新しい公民教科書』に学ぶ、教育の根幹

はじめに ― 制作者より 府中市で小中学生のための自習室を運営している身として、子供たちがどんな教科書で何を学ぶかという問題は、他人事ではない。 先日、伊勢雅臣氏のメルマガ「国際派日本人養成講座」で、自由社が新たに編んだ中学公民教科書を取り上げた論考に出会った。読み終えてすぐに思ったのは、「公民」という教科は、本来こういう問いに答えるためにあったのではないか、ということだ。 子供たちは、いずれ社会の担い手となる。その彼らに、日本という国をどう捉えさせるか。先人から受け継いだものをどう手渡すか。教科書一冊の違いが、十年後、二十年後の日本人の姿を左右しうる――この重みを、改めて突きつけられた思いがした。 以下、伊勢氏の論考の要点を、私なりに整理してご紹介したい。 1. 二つの公民教科書 ― その冒頭が物語るもの 伊勢氏が比較しているのは二冊の中学公民教科書である。 一つは自由社版『新しい公民教科書』。市販されておらず、現在クラウドファンディングで一般公開を目指している。 もう一つは東京書籍版。日本の公立中学校の約六割で使われている、いわば標準教科書である。 両者の違いは、冒頭の「公民を学ぶ目的」を述べた数百字に、すでに如実に表れている。 自由社版は、日本の先人たちのたゆまぬ努力によって今日の社会が築かれたことに感謝し、現世代がそれを受け継ぎ、次の世代へ手渡すことを公民の役割として明示している。そしてその担い手として「日本を支える公民」という言葉を打ち出す。短い冒頭文の中に「日本」という語が五度登場する。 東京書籍版はどうか。現代社会の課題――環境、防災、人権、情報など――を解決する力を身につけよう、と説く。文章は理性的で行き届いている。ただし、ここに「日本」という言葉は一度も登場しない。 これは単なる用語の選択の問題ではない。「公民」をどういう存在として育てるのか、そもそもの設計思想が異なっているのである。 2. 「先人への感謝」と「子孫への手渡し」が抜け落ちる時 東京書籍版の記述には、もう一つ気になる点がある。それは、現代社会の課題が「解決されるどころか、むしろ次々と新しい課題が生まれているのが現状」という記述だ。 事実として間違ってはいない。しかし、この一文には、それまで先人がどれだけの課題を乗り越えてきたかという視点が欠けている。 戦後日本は焦土から立ち上がり、世界第二の経済大国となり、平和を保ち、国民皆保険を整え、識字率も寿命も世界トップクラスに押し上げた。これらは天から降ってきたものではない。先人たちの汗と知恵の結晶である。 その達成への感謝が抜け落ちると、現代の若者は「自分たちは未解決の課題ばかりを押しつけられた世代だ」という被害者意識を抱きかねない。これは公民教育として、健全とは言いがたい。 自由社版が「先輩のたゆまぬ努力」「次の世代の人たちに手渡していかなければなりません」と書くのは、過去への感謝と未来への責任という、共同体を維持していく上で不可欠な感覚を、最初に植えつけようとしているのだろう。 3. 国家の二つの顔 ― 「利益社会」と「共同社会」 伊勢氏が紹介する自由社版のもう一つの特徴は、国家を「共同社会」として捉える視点である。 自由社版は社会集団を二種類に分類する。 利益社会とは、特定の目的のために人為的につくられた集団である。企業やクラブがその典型で、契約とルールによって成立する。 共同社会とは、血縁や地縁によって自然に生まれた集団である。家族や郷土がそれにあたる。特定の目的のためではなく、生活そのものを共にする集団だ。 国家には、この両方の側面がある、と自由社版は説く。法律で国民の権利義務を定める部分は利益社会的だが、同じ国に生まれ育ち、言語と歴史と文化を共有する関係は、まぎれもなく共同社会である。 ここで興味深いのは、東京書籍版にこの**「共同社会」という概念そのものが出てこない**という指摘である。社会集団として家族と地域社会は扱われるが、国家は社会集団のリストに登場しない。国家の説明は、フランス革命の人権宣言と社会契約説の引用に集約されている。 社会契約説は、国家を「個人の契約によって成立する」と捉える。これは利益社会の説明としては成り立つが、国家が持つ共同社会の側面を捉えそこねる。 4. 「公」とは「大きな家」― 日本語が語ること 伊勢氏が指摘する一節で、最も印象に残ったのはここである。 「公民」の「公」とは日本語では「おおやけ」とも読むけど、それは「大きな家」を意味する。さらに日本語ではわざわざ「国」に「家」をつけて、「国家」と呼ぶ。 ([伊勢雅臣氏メルマガより要約]) 「おおやけ」は古くは「大宅(おおやけ)」と書き、文字通り大きな家、すなわち天皇の住まいを指した。そこから転じて、皇室、朝廷、公的なもの全般を意味するようになった。 そして「国家」――英語の state や nation を翻訳する際、明治の知識人たちは「国」だけでなく「家」をつけた。これは偶然ではない。日本人が伝統的に、国を「大きな家族」のように捉えてきた感覚が、この熟語に結晶している。 家族のためには損得を超えて尽くせる。同じ感覚を、もう少し広げて郷土に、さらに広げて国に向けるとき、人は単なる契約関係を超えた絆を持つことができる。これが共同社会としての国家の力の源である。 5. 「愛国心」とは何か ― オリンピックでの一体感 自由社版は「愛国心」を、特別な思想ではなく、ごく自然な感情として説明している。 オリンピックで日本選手が活躍した時、嬉しくなる――この感覚こそ愛国心の自然な表れである、と。 これは説得力がある。普段は政治信条も生活水準も違う人々が、その瞬間だけは同じ日本人として喜びを分かち合う。経済的・社会的・人種的な違いを超えて「同じ国家に属するという共通の意識」が一体感を生む――まさに共同社会の力である。 この一体感を経験した子供たちが、やがて「国家や社会の発展に努力していこうとする気持ち」を自然と養っていく。自由社版はそういう道筋を描いている。 6. 進化人類学が語る ― 共同社会こそ人類繁栄の基盤 伊勢氏は、共同社会の重要性は最新の学問でも裏付けられていると指摘する。 進化人類学によれば、人類が現在の繁栄を獲得できたのは、家族を超えた広い共同社会を作る能力を持ったからだという。 数万年前のネアンデルタール人は、ホモ・サピエンスより脳容積も身体も大きかった。しかし家族程度の集団しか作れず、氷河期を生き延びられなかった。 一方、ホモ・サピエンスは利他心を発達させ、血縁を超えた多くの家族が協力し合う大きな共同社会を作ることができた。だからこそ生き残った。 イスラエルの哲学者ヨラム・ハゾニーは、独立した国民国家こそが「集団的な健康と繁栄を追求する最大の自由」を人間に与える制度だと論じている。社会契約説が想定する個人の集合体ではなく、相互の忠誠と絆で結ばれた共同体としての国家――それが人類が知る限り最高の制度だ、というわけである。 むすび ― 「仕合わせ」の国を、子供たちへ ここまで伊勢氏の論考の要点を追ってきた。最後に私自身の感想を記しておきたい。 私は普段、府中の自習室で小学生から中学生までに勉強を教えている。彼らはまだ「公民」を習っていない学年も多いが、やがて受け取る教科書がどちらの設計思想に基づいているかで、彼らが大人になった時の日本への感じ方は確実に変わる。 「日本」という言葉が冒頭に五度登場する教科書と、一度も登場しない教科書。この差は、子供たちの心に二十年後、三十年後に静かに効いてくる。 私が連載している小説「至誠の覚醒」もまた、根底のテーマは同じである――先人の志をどう次代へ手渡すか。教科書を作る人々も、教える人々も、家庭で子供と向き合う親たちも、自習室で小学生に算数を教える私のような者も、結局のところ同じ問いの前に立っている。 家族を愛し、郷土を愛し、国を愛する。先人に感謝し、同胞を思いやり、子孫のために尽くす。そうした「日本を支える公民」が一人でも増えることが、互いのために尽くす「仕合わせの国」を作っていく。 伊勢氏の論考を読んで、改めてその思いを強くした次第である。本誌の読者にも、ぜひこの教科書の存在を知っていただきたい。 出典・参考 本稿は、伊勢雅臣氏のメルマガ「国際派日本人養成講座」掲載の論考を要約・再構成し、筆者の所感を加えたものである。原文の主張・構成は伊勢氏に帰属する。 【関連リンク】 自由社版『新しい公民教科書』クラウドファンディングhttps://readyfor.jp/projects/168971 (目標金額 1,200,000円・2026年6月30日まで) (文責 三原嘉明) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【無料】牧正人史式 姓名科学 解析システム(マシレ予測) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ #牧正人史 #マシレ予測 #新しい公民教科書 #クラウドファンディング

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