全四回連載記事 第2回 農薬なしで外虫が消えた畑
農薬なしで外虫が消えた畑――そして技術が「忘れられた」本当の理由
第1回では、18世紀のパリと19世紀のスコットランドで「金属と電気が虫を遠ざける」という観察が記録されていたことを見た。今回は、その観察がどのように農業の現場へ持ち込まれ、そしてなぜ歴史から消えていったのかを追う。
1844年、スコットランドの地主ノーバート・ホスターはベインのアース・バッテリーの話を聞きつけ、大麦畑に銅と亜鉛の板を広範囲にネットワーク状に設置した。翌1845年、農業専門誌「ブリティッシュ・カルティベーター」の報告によれば、作物への外虫被害はほぼゼロにまで減少したという。特に注目されたのは作業者の証言だった。「夕暮れ時、本来であれば刺すハエの群れが押し寄せる時間帯に、虫たちは畑の境界で止まり、そのまま引き返していった」。この報告は王立協会にも届いた。
1920年代にはフランスの技術者ジャスティン・クリストフローが「電磁場アンテナ」と称する装置を開発し、ヨーロッパ各地の農家に普及させたとされる。電気農業(エレクトロカルチャー)と呼ばれるこの考え方は、化学肥料や農薬を一切使わずに作物の生育を改善し外虫を遠ざけるというものだった。
では、なぜこれらの技術は今ほとんど知られていないのか。
答えはひとつの歴史的な転換点にある。1914年に第一次世界大戦が始まった。ヨーロッパの農地は戦場と化し、農業インフラは破壊された。だが同時に、別の産業が急速に力をつけていた。爆薬を製造していた化学工場だ。硝酸アンモニウム、塩素ガス、有機リン化合物――戦争が終わった瞬間、これらを大量生産してきた工場は「新たな市場」を必要とした。
解答は皮肉なほど合理的だった。爆薬の原料だった硝酸アンモニウムは窒素肥料へ。神経ガスの研究から生まれた有機化合物は殺虫剤へ。戦場のための化学が、農業のための化学へと衣替えしたのだ。第二次世界大戦後にはDDTが開発・普及し、やがて日本を含む世界中の家庭にまで浸透した。
こうして化学農薬産業が農業を飲み込んでいく一方で、アース・バッテリーは静かに忘れ去られた。否定されたわけではない。間違いが証明されたわけでもない。ただ、利益を生む仕組みではなかった。銅と亜鉛のワイヤーを数百円で土に埋めれば終わりの装置に、企業が研究資金を投じる理由はない。現在の世界の虫除け市場はおよそ8000億円規模とも言われるが、その産業の根幹は「繰り返し購入してもらうこと」にある。一度設置すれば長期間機能し、補充もブランドも不要なものは、市場の論理の外に置かれる。
ある記者がかつてこう書いた。「アース・バッテリーが捨てられたのは、効果がなかったからではない。あまりにも効果があり、あまりにも安く、あまりにも長く使えたからだ」と。
(第3回へつづく)

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