何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年9月2日火曜日
薩摩藩の武士だけで作った「蒸気機関」 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
薩摩藩の武士だけで作った「蒸気機関」
このように、江戸時代の終わりから明治の初めにかけての「科学技術の導入」の様子は日本特有のものでした。このことは「なぜ、日本だけがアジア、アフリカの国の中で一カ国だけ独立したのか」という謎を解く基礎的な知識になるので、もう少し具体的に整理してみましょう。
江戸時代の終わりの1851年のこと。薩摩藩の当主、島津斉彬(しまづなりあきら)はオランダ人フェルダムが書いた蒸気機関の技術書を翻訳させ、その本をもとにして江戸屋敷で蒸気機関の試作を命じます。
なにしろ、日本人が見たこともない蒸気機関ですから、試作するといっても見当もっきません。おまけに高い温度と圧力が必要な蒸気機関ですから、材料は鉄です。まだ日本には韮山(にらやま)の反射炉などわずかな製鉄設備しかなかったので、試作することすら容易ではありません。
しかし、薩摩藩の武士は苦心惨憺(さんたん)しながら解説書を独力で読み、実に薩摩藩の武士だけで「蒸気機関」というものを製作したのです。この蒸気機関はもともと12馬力のものでしたが、シリンダーや弁から蒸気が漏れて、現実には2馬力ほどしか出なかったと記録されています。
どうにか鉄を手に入れて本体ができても、潤滑油は必要ですし、圧力がかかるところではパッキングなども必要になります。ゴムや機械油などがない時代にそれを入手するのは大変なことだったのです。
しかも、近代科学は皆無で、侍が日本刀を腰に差していた時代にあって、海外渡来の簡単な図面だけを頼りに蒸気機関を作り上げる頭脳の柔軟性、非凡な才能に驚嘆せざるを得ません。もちろん、そんなことができるのはアジアの中でも日本しかありませんでした。
いや、むしろ世界でも稀な国だったとも言えます。ちょうどペリーが浦賀に来た頃、ヨーロッパ、トルコ、そしてロシアは}「クリミア戦争」という激しい戦争をしていました。この戦争の詳細は割愛しますが、最終的にはロシアがイギリス・フランス・トルコ連合軍に敗北します。その敗北のもっとも大きな原因は、産業革命が終わって蒸気機関などを持っているヨーロッパ軍と、相変わらず馬車などを使っていたロシアとの技術力の差でした。
先ほど紹介したように、薩摩藩が蒸気機関の試作を始めたのが1851年で、クリミア戦争が1853年に始まっています。当時のロシアはイギリスとはそれほど交流はありませんでしたが、フランスとは深い関係にありましたから、産業革命の嵐は十分にロシアにも達していました。それなのに、1853年のペリー来航の2年前にすでに日本では蒸気機関の試作が始まっていたのです。
このような「進取の気性を持つ日本人」が、その後の日本の命運を決めていったのです。小さな東洋の「遅れた国」日本が、世界一の陸軍を持つロシアに勝ったのも偶然でないこともわかります。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250902

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250902
2025年9月1日月曜日
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江戸末期「和算」が学問として成立していた 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
「和算」が学問として成立してた
ところで、幕末から維新にかけて、化学や物理などの自然科学に比べて、数学が著しく優位にあったのはそれなりの理由がありました。
物理化学や工学などの分野では、日本はもともと欧米に対抗できるものはほぼ皆無でしたので、すべてが欧米からの一方的な直訳だったのに対して、数学は日本国内にかなりのレベルで日本固有のものがあったからです。
俗に言う「読み書きそろばん」の一つとしての「商算」が根強く庶民の間に浸透していましたし、その基盤の上に確固とした「和算」が学問として成立していました。
算術関係では日本独自のものとして『塵劫記』のような名著もあり、和算の基盤の上にヨーロッパの数学を取り入れた『洋算発微』などのかなり高度な数学書も出版されていました。だから、数学は日本の得意分野だったのです。
続いて化学が導入され、遅れて少しずつ、工業技術も「電信」「鉄道」「造船」「造幣」などの知見が入ってきました。さらに、機械分野では1871年に『機械事始』が出版されます。四章立てのこの書物の最後の章で、後に薩摩藩が作る蒸気機関が水車の機械と並んで紹介されています。
また、数学や理学は書物だけでも発展していきますが、工学関連のものは現場の技術が必要ですからまずは官営工場で製作や実験がされて、それから徐々に民間の現場へと移って行きました。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250901

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