
何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年8月11日月曜日
R070811午前9時50分配信開始 【ニッポンジャーナル】多田将(素粒子物理学者)と井上和彦が最新ニュースを解説!
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2025年8月10日日曜日
ヨーロッパを支配していたハプスブルク家 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
ヨーロッパを支配していたハプスブルク家

この地図は、フランス革命以前のヨーロッパです。当時、ヨーロッパの多くの地域を支配した「ハプスブルク家」の領地を〔灰色〕で示しています。 現在のオーストリア、ハンガリー、スペイン、オランダがすべてハプスブルク家の領土で、そのほかにイタリア南部、クロアチア、チェコ、スロバキア、ポーランドの一部、ウクライナの西部、スイスなどが支配下にありました。 つまり、フランス革命以前のヨーロッパは「国」があったのではなく、「ある王族(家)に支配された地域」が点在していたという状態だったのです。 ヨーロッパの中心部からやや離れたイギリスやロシアなどはややまとまっていたので、「なんとなく国」という感じでしたが、それも王族の栄枯盛衰(えいこせいすい)で変化していました。 さらには、ハプスブルク家とブルボン家という二つの王族は異なる家ですが、頻繁に王族同士が結婚していましたので親戚関係にありました。だから、王族同士でいつも戦争をしていましたが、負けたほうの王族でも殺されることはありませんでした。 後に、王族ではないナポレオンが皇帝になりますが、彼は王族と結婚しました。ナポレオンが戦争に負けても処刑を免れたのは、ナポレオンが王族と結婚したからでもあります。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250810

この地図は、フランス革命以前のヨーロッパです。当時、ヨーロッパの多くの地域を支配した「ハプスブルク家」の領地を〔灰色〕で示しています。 現在のオーストリア、ハンガリー、スペイン、オランダがすべてハプスブルク家の領土で、そのほかにイタリア南部、クロアチア、チェコ、スロバキア、ポーランドの一部、ウクライナの西部、スイスなどが支配下にありました。 つまり、フランス革命以前のヨーロッパは「国」があったのではなく、「ある王族(家)に支配された地域」が点在していたという状態だったのです。 ヨーロッパの中心部からやや離れたイギリスやロシアなどはややまとまっていたので、「なんとなく国」という感じでしたが、それも王族の栄枯盛衰(えいこせいすい)で変化していました。 さらには、ハプスブルク家とブルボン家という二つの王族は異なる家ですが、頻繁に王族同士が結婚していましたので親戚関係にありました。だから、王族同士でいつも戦争をしていましたが、負けたほうの王族でも殺されることはありませんでした。 後に、王族ではないナポレオンが皇帝になりますが、彼は王族と結婚しました。ナポレオンが戦争に負けても処刑を免れたのは、ナポレオンが王族と結婚したからでもあります。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250810
2025年8月9日土曜日
イギリスの「王室」と日本の「皇室」は大違い! 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
イギリスの「王室」と日本の「皇室」は大違い!
もう―つは、イギリスの「王室」と日本の「皇室」の違いです。
もともとのイギリスの王室は、イングランド、スコットランド、アイルランドの王であったスチュアート朝です。スチュアート朝の最後の王様はアン女王です。彼女は子供をたくさん産んだのですが、すべて早世して跡継ぎがいませんでした。
イギリスに適当な王位継承者がいなくなったので、当時の神聖ローマ帝国、現在のドイツの有力な貴族だったハノーバー家のジョージ一世がイギリスに来て即位し、現在のハノーバー朝となりました(その後、イギリス流の名前が良いと言うことで「ウィンザー朝」と名前だけは変わっています)。
王様が絶対的な権限を持つのではなく、王権が制限される「立憲君主制」はイギリス発祥ですが、それはドイツから来たジョージ一世が英語をほとんど話せなかったことによると言われています。言葉が通じないので王としての統治ができず、その結果、議会が実権を握って、立憲君主制が始まったというわけです。
一方、日本で天皇の跡継ぎがいないときに、大陸(たとえば朝鮮や支那)から天皇がやって来るということは「日本の常識」で考えられるでしょうか。そんなことはあり得ません。日本語を話せない外国の王族が日本を統治するなど考えられないことでしょう。
天皇は「日本民族」を象徴する存在ですから、「日本の中の皇族」を天皇に立てること以外はとうてい受け入れられないのです。
この二つの例からわかるように、世界の島の中で古くから「国」があったのは日本とイギリスですが、実はイギリスは日本のように「―つの国」というよりも、西ヨーロッパという地域にある諸国の王室が支配する「―つの地域」でした。
現在、「EU」と呼ばれるヨーロッパ共同体が生まれるのも、このような歴史的背景があるからです。もともとヨーロッパ、特に西ヨーロッパの民族はアーリア人で、ドイツのゲルマン、イギリスのアングロ・サクソン、そしてスウェーデンやノルウェーなどのノルマン系の人たちはほとんど同じ民族です。フランス革命前のヨーロッパに、日本の常識で考えるハッキリとした―つの「国」というものがなかったことは、次頁の地図(図1) を見てもわかります。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250809
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250809
2025年8月8日金曜日
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