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2025年8月1日金曜日

拡散してください。とんでもない事態になっています。【北村晴男】

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国会で共同親権の闇を暴露され、左翼議員どもが発狂し青ざた瞬間…北村さんが完全論破!【北村晴男】

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2025年7月31日木曜日

R7 07/31【ゲスト:武田 邦彦】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第666回 午前9時配信開始

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アジアを欧米列強から解放した日本 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

アジアを欧米列強から解放した日本 彼らインド兵やマレー兵は、イギリスの植民地下で日々苦しんでいるのに、前線で同じ有色人種の日本軍と戦うわけですから、大きな矛盾を感じたことでしょう。「アジア解放」を目指す日本軍と対決したインド兵は、「占領されている私たちが、なぜアジアを解放しようとしている日本人と戦わなければいけないのだ。そもそもイギリス人はどこにいるんだ!」と疑問を持ったのです。この意識が、スバス・チャンドラ・ボースの インド独立臨時政府の礎(いしずえ)となりました。 さらに、島伝いに戦いが行われた太平洋方面でも同じでした。日本軍と激しい戦いをしたのは、真っ先に島に上陸するアメリカ海兵隊でしたが、その先頭は黒人兵だったのです。 日本軍と戦うアメリカ軍の先頭は人種差別をされている黒人、その相手は人種差別撤廃を目的としていた日本なのですから、誰もが「これはおかしい」と思うでしょう。 第一次世界大戦後の「パリ講和会議」で日本は「人種差別撤廃」を唱えますが、ほとんどの有力国は反対しました。そのとき、講和会議では日本の提案に拒否の態度を示したアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領に対して、同じアメリカの黒人団体は、「人種差別撤廃」に賛成のメッセージを出しています。 日露戦争でロシア、第一次世界大戦でドイツを破った日本は、大東亜戦争緒戦のフィリピンでアメリカを、シンガポールでイギリスを、インドネシアでオランダを駆逐し、ほぼすべての白人主要国に勝利しました。 日本人的感覚では、これがすごいこととはあまり思っていないのですが、ロシアに痛め続けられていたトルコ、モンゴル、フィンランド、ポーランド、ルーマニア、ウクライナなどは、日露戦争での日本の勝利を聞き、心の中で「やった!」と叫んだのです。 現在のトルコ人が親日であるという理由として、「日露戦争での日本の勝利」と「トルコの軍艦が和歌山沖で沈没したときの日本人の救助」(1890年の「エルトゥールル号遭難事件」)の二つが挙げられるのもそのことを示しています。 戦争に敗れるというのは大きなショックですから、日露戦争の後、ロシアは占領していた満洲とモンゴルから撤退して、それまで執拗に求めてきた「東洋での不凍港の確保」の野望を捨て、二度と回復はできなかったのです。また、第一次世界大戦で日本に敗北したドイツは、支那の遼東(りょうとう)半島や太平洋の島々の信託統治などの利権をすべて放棄し、それ以後、アジアヘの進出をあきらめました。 一方、第二次世界大戦で、少なくとも形のうえではアジアで戦勝国になったイギリスとオランダは、勝ったとは言えその打撃が大きく、アジアの利権をほとんど放棄しました。さらに、フランスなどを含むヨーロッパ諸国も第一次世界大戦の後、利権をむさぼっていた中東地域やアフリカの利権も、戦争から20年ほど経った1960年代には徐々に手放さざるを得なかったのです。 日本は第二次世界大戦で苦杯をなめたのですが、具体的に戦闘に敗れた相手はアメリ力だけでした。でも、そのアメリカですら緒戦では日本に敗れて、フィリピンを追い出され、その回復には日本に原爆を投下せざるを得ないところまで押し込まれたこともあって、その後の世界の大勢に従って、戦後にフィリピンの独立を認めざるを得ませんでした。 ナポレオンと東條英機 理系博士が整理する真・近現代史 (ベスト新書) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250731

「相手チームさえも翔平を気にかけている」レッズの選手たちは、大谷が足をつったと知り、試合終了後に彼を囲んだ。大谷翔平の反応にデーブ・ロバーツ監督が唖然!

「相手チームさえも翔平を気にかけている」レッズの選手たちは、大谷が足をつったと知り、試合終了後に彼を囲んだ。大谷翔平の反応にデーブ・ロバーツ監督が唖然!

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アジアを欧米列強から解放した日本 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

アジアを欧米列強から解放した日本 彼らインド兵やマレー兵は、イギリスの植民地下で日々苦しんでいるのに、前線で同じ有色人種の日本軍と戦うわけですから、大きな矛盾を感じたことでしょう。「アジア解放」を目指す日本軍と対決したインド兵は、「占領されている私たちが、なぜアジアを解放しようとしている日本人と戦わなければいけないのだ。そもそもイギリス人はどこにいるんだ!」と疑問を持ったのです。この意識が、スバス・チャンドラ・ボースの インド独立臨時政府の礎(いしずえ)となりました。 さらに、島伝いに戦いが行われた太平洋方面でも同じでした。日本軍と激しい戦いをしたのは、真っ先に島に上陸するアメリカ海兵隊でしたが、その先頭は黒人兵だったのです。 日本軍と戦うアメリカ軍の先頭は人種差別をされている黒人、その相手は人種差別撤廃を目的としていた日本なのですから、誰もが「これはおかしい」と思うでしょう。 第一次世界大戦後の「パリ講和会議」で日本は「人種差別撤廃」を唱えますが、ほとんどの有力国は反対しました。そのとき、講和会議では日本の提案に拒否の態度を示したアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領に対して、同じアメリカの黒人団体は、「人種差別撤廃」に賛成のメッセージを出しています。 日露戦争でロシア、第一次世界大戦でドイツを破った日本は、大東亜戦争緒戦のフィリピンでアメリカを、シンガポールでイギリスを、インドネシアでオランダを駆逐し、ほぼすべての白人主要国に勝利しました。 日本人的感覚では、これがすごいこととはあまり思っていないのですが、ロシアに痛め続けられていたトルコ、モンゴル、フィンランド、ポーランド、ルーマニア、ウクライナなどは、日露戦争での日本の勝利を聞き、心の中で「やった!」と叫んだのです。 現在のトルコ人が親日であるという理由として、「日露戦争での日本の勝利」と「トルコの軍艦が和歌山沖で沈没したときの日本人の救助」(1890年の「エルトゥールル号遭難事件」)の二つが挙げられるのもそのことを示しています。 戦争に敗れるというのは大きなショックですから、日露戦争の後、ロシアは占領していた満洲とモンゴルから撤退して、それまで執拗に求めてきた「東洋での不凍港の確保」の野望を捨て、二度と回復はできなかったのです。また、第一次世界大戦で日本に敗北したドイツは、支那の遼東(りょうとう)半島や太平洋の島々の信託統治などの利権をすべて放棄し、それ以後、アジアヘの進出をあきらめました。 一方、第二次世界大戦で、少なくとも形のうえではアジアで戦勝国になったイギリスとオランダは、勝ったとは言えその打撃が大きく、アジアの利権をほとんど放棄しました。さらに、フランスなどを含むヨーロッパ諸国も第一次世界大戦の後、利権をむさぼっていた中東地域やアフリカの利権も、戦争から20年ほど経った1960年代には徐々に手放さざるを得なかったのです。 日本は第二次世界大戦で苦杯をなめたのですが、具体的に戦闘に敗れた相手はアメリ力だけでした。でも、そのアメリカですら緒戦では日本に敗れて、フィリピンを追い出され、その回復には日本に原爆を投下せざるを得ないところまで押し込まれたこともあって、その後の世界の大勢に従って、戦後にフィリピンの独立を認めざるを得ませんでした。 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250731

R070731 レッズ戦 谷翔平、レッズ戦での登板後、痙攣により早期降板

R070731 レッズ戦 谷翔平、レッズ戦での登板後、痙攣により早期降板