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2025年5月24日土曜日

学生集会 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より

学生集会 与次郎は、今夜の会て、自分たちの大学の文科が不振てあること、その挽回策として適当な日本人教師を大学に一人入れること、皆が賛成して誰がよいかということになったら、その時に広田先生を持ち出すと言う。その時、三四郎は口添えをして極力広田先生を打賛しろということであった。集会で衆議一決の暁には総代を選んで、総長の所に行く。 そこまて今夜中に運ばないかも知れないが、それは構わないと言う。三四郎は大体において賛成の意を表したが、そのやリ方は少し細工が過ぎて面白くないと思った。 正門を入リ構内に入ると、満天の星空を眺めて与次郎は、 「つまらんなあ‘我々は。空を眺めているとこの運動がいやになった。...... 君は女に惚れたことがあるか。女は恐ろしいものだよ」 と突然、別のことを言い出した。 「明日もいい天気だ。運動会は仕合せだ。綺麗な女が沢山くる。ぜひ見に来るがいい」 学生集会所に入ると、もう学生は集まってあちこちで固まって話している。暫くして幹事の呼びかけで食事が始まった。 三四郎は、熊本で赤酒ばかリ飲んでいたことや、牛肉屋で牛肉か馬肉を見分けるために壁に叩きつけたことなどを思い出した。隣に座った大人しい男と話していると、三四郎は出身地のことを聞かれた。 「君はどこの高等学校ですか」 「熊本です」 「熊本は随分ひとい所だそうですね」 と言われた。 「ダーター・ファブラ‥‥‥」 (注2)などと言っている。向こうの方ては与次郎が、高い声で相手がこの言葉を聞く度に笑っていると、益々得意になって、 「ダーター・ファブラ、我々新時代の青年は‥‥‥」 とやっている。三四郎の筋向いで色白の品のいい学生が、笑いながら 「悪魔が乗リ移っている」 と冗談半分にフランス語を使って言った。しかし聞こえなかったと見えて、与次郎たちは、ヒールのジョッキを揚げて乾杯をしている。隣の学生は、 「以前、あの人に淀見軒でライスカレーをご馳走になった」 と言った。やがてコーヒーが出て、一人が立つと演説が始まった。今夜の会は単に懇親のためだけでなく、一種重要な影響を生じる。我々は、古き日本の圧迫、新しい西洋の圧迫にも耐え得ぬ青年である。我々は西洋の文芸を研究するものであるが、囚われたる心を解脱せしめんがための研究である。文芸は人生の根本義に触れた社会の原動力である。社会は激しく動きつつあるが、我々も団結して文芸を発展させる必要がある。さっとこのような大演説であるが、集まった学生たちは大喝采であった。すると与次郎が突然立って、 「ダーター・ファブラ、大学にとうしても新時代の青年を満足させる人間を引っ張ってこなくちゃ。―—西洋人じゃ駄目だ」 と叫んだ。すると与次郎の隣の者が 「ダーター・ファブラのために祝杯を挙げよう」 と言い出した。 「もう一つ! 今度は偉大なる暗闇のために―――」 と誰かが言った。三四郎はダーター・ファブラの意味がわからなかった。三四郎が 「ダーター・ファプラーとは何のことだ」 と聞くと、与次郎は「ギリシャ語だ」とだけ答えた。 (注2) ダーター・ファブラ(dete fabula)(ラテン語) 他人事ではないの意。ホラティウスの「風刺劇」の中の言葉。与次郎は、この言菜の意味を知らなかった。また、「ギリシャ語」というのは誤りで、本当はラテン語である。(岩波書店『漱石全集』第五巻『三四郎』)。ここでは、言葉の意味より、学生が新しい単語を習うと意味もなく使いたがるが、景気づけのために規制を上げる言葉ではないか。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250524

2025年5月23日金曜日

【快傑黒頭巾】居島一平・坂本頼光の暗黒迷画座 第195回【映画紹介】

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美禰子からの絵葉書 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より

美禰子からの絵葉書 三四郎が下宿に帰ると、机の上に絵葉書がある。小川を描いて、草を生やして、その縁に羊が二匹寝ている。向こう側には、大きな男がステッキを持って立っている。男は獰猛(どうもう)な顔をして、西洋の悪魔のようで傍にデヴィルと書いてある、表には三四郎の宛名の下に小さく「迷える子」と書いてある。三四郎は美禰子の意図がすぐわかった。裏の二匹の羊は、美禰子と三四郎のことで、迷える子を意味している。「ストレイシープ」の意味がこれでわかった。三四郎はしきリに眺めていたが嬉しくなった。 洒落ていて手際もよく敬服の至リである。 暫くして、三四郎はようやく「偉大なる暗闇」を読み出した。釣リ込まれるように長論文を一気に読んでしまった。三四郎はさかんに読んだ気がして与次郎の技倆に感服した。 論文は、現今の文学者の攻撃から始まリ、広田先生の賛辞で終っている。ことに今の大学文科の西洋人教師を手痛く罵倒して、ここに真の学者である広田先生を招聘(しょうへい)すべきであると書いている。読んでいるうちは、その気になったが、どうも政略的な感じもする書き方で少々不満足であった。 それに反して美禰子のハガキは万事が快感である。美禰子に返事を書こうと思ったが、絵が描けないので、そのままにしていたら、時間が来た。与次郎を誘いに行くと、与次郎が給仕をして‘広田先生が食事をしている。馬鹿貝の剥き身を干した硬いものを食べているが、 「こんな硬いものを味が出るまで噛んていちゃ疲れてしまう」 と言う。与次郎は、 「先生には駄目かもしれないが、美禰子さんならいいだろう。ああ落ち着いていリゃ味が出るまできっと噛んでいるに違いない」 と言った。広田先生は、 「あの女は落ち着いているが、芯は乱暴だ。尤も、普通の乱暴とは意味が違うが‥‥‥。野々宮の妹は、一寸見ると乱暴のようで、やっぱり女らしい。妙なものだね」 と言う。三四郎は美禰子がどうして乱暴なのか不思議であった。与次郎は、やがて袴を穿いて三四郎と一緒に出掛けた。道中、三四郎は何故、美禰子が乱暴なのかと聞いた。与次郎は、美禰子だけでなく今の女性は皆乱暴であるという。イプセン(注1) の影響で今は女性も男性も皆イプセンの人物に似たところがある。 ただイプセンのように自由行動を取らないだけで腹の中では大抵かぶれている。 三四郎は、広田先生が「里見さんは、落ち着いていて乱暴だ」と言ったが、それは周囲に調和していけるから落ち着いていられるので、どこか今の社会に不足があるから、底の方が乱暴だという意味じゃないのかと理解した。しかし、美禰子の性格についてもう少し議論を進めたかった。 (注1)H・イプセン〈Hendrik Ibsen〉(一八二八~一九〇六) ノルウエーの劇作家。明治四十年には柳田國男を中心とするイプセン会ができていた。新しい思想家と見倣されていた。『人形の家』が代表作。イプセンの女とは、『人形の家』の、主人公ノラのこと。弁護士の夫から人形のような妻として扱われていたことに気づいたノラが、一人の独立した人間として生きるために家出する経緯を描いた女性解放運動の近代社会劇。ノラは女刊解放運動の象徴的存在となった。その他、イプセンは、ほかに市民劇や礼会問題劇を描いた。『ペールギュント』『幽霊』『野鴨』『ヘッダカプラー』などの作品もある。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250523

米粒写経×松崎健夫 映画談話室2025.05.22 ~うおっしゅ/サブスタンス/金子差入店 ほか~

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R070523【ニッポンジャーナル】伊藤俊幸&新田哲史が最新ニュースを解説!

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R7 05/23 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第626回

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令和8(皇紀2686、西暦2026)年九星暦(暦日大鑑)

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