何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年3月17日月曜日
縄文時代の人もまた幸福だった
縄文時代の人もまた幸福だった
平安時代に当時の建物に住んでいる人は、やっばりそれで幸福だったわけですよ。それから縄文時代の人もまた幸
福だったわけですね。
では、
縄文時代は本当は不幸だった……
平安時代は本当は不幸だった……
というなら、我々もまた不幸なんですよ。
というのはたぶん、これから1万年も経ったら、私たちの生活は全く変わっているでしょうね。病気になるなんてことがまずないとか、少し体の調子が悪くなっても、病気になる前に治してしまえるとか、薬なんてもちろんないでしょう。全部免疫系で自分の体を治しているでしょうからね。それで寿命も非常に長くて200年ぐらいかもしれませんね。
そういう時代になって、例えばもちろん英語の勉強も必要なくなり同時翻訳が必ずできる、そんなもんじゃなくて、たぶん内部インスピレーションかなにかで意思疎通ができるという時代になっていて、そういうふうな生活から見たと「あの平成の時代の日本人って可哀想だったよね。雨が降ったら傘をささなきゃいけないとか、傘がお猪口になるとかあったんだって」なんて言っているでしょう・・。その頃はもうすべての空は天蓋が覆っているかもしれませんからねそんなような話になるわけですね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250317
2025年3月16日日曜日
時代時代の幸福感
時代時代の幸福感
現在では非常に当然なんですが、夏はクーラーが欲しいとか冬はストーブが欲しいとか ・・スマホが欲しい。食べるものも、まあまぁ充分なものを食べたい。それからパソコンも必要だ。友達も必要で、ちょっと行くと飲み屋があって、これも必要。夜のクラブも一応行ける。でもこれあんまリ言うといけない(笑)。あんまリ夜のクラブヘ行っているわけではないんですが、そういうことが幸福に感じられるわけですね。夏の暑いときにクーラーが効かないと「このやろう」と思うし、出かけるときに自動車が無いと不便だし。冬の寒さにはあまり耐えられない、スマホもあった方がいい...... というか、絶対必需品だ。
ところが、スマホなんか20~30年前にはないんですからね。それはそれでその状態で幸福というのはもちろんあるんですよ。
それからクーラーも、最近の地球温暖化だからどうだとか、そういうのではなくて、やはリ人間はクーラーを使い始めるとクーラーが手放せないんですよ。
だからクーラーがあって、自動車があってスマホがある・・なんていう人生は、私の若いサラリーマンの頃にはないんですからね。だから何というか・・。
しかし今はスマホがないと不満で、幸福じゃないんですよ。遠い駅まで歩かなきゃいけない。昔だったら自動車ももともとありませんので、一日中歩いてどこかに行く・・。しかし、それが幸福ではなかったかと言えば幸福なんですよね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250316
2025年3月15日土曜日
自分の経験したことから感じる『自分の幸福感』
自分の経験したことから感じる『自分の幸福感』
それはわたしが思うには、人間の知覚と言いますか、認識と言っても良いですし、哲学的にはこういった謡論はものすごくたくさんされていまして、いろんな実際に認識できるものは何か? か・・。まぁ、私に言わせるとやや架空的な話というのが多いんですけれども、人間というのは第一に、現在いる時点でなくては理解できないんですね。人間の大脳がそういう構造なんですよ。
つまり、生まれて経験したものしか大脳にはない。遺伝子にはもう少し利口で、いろんな情報が入っているんですが、私も含めて普通の人は、なかなか遺伝子に書いてあることをまだ読めないんでね。どちらかというと大脳に書いてあることだけを読んで、それで「自分の幸福感」というものを作るわけですね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250315
2025年3月14日金曜日
幸福 2018/11/2 幸福は相対的なもの
幸福 2018/11/2 幸福は相対的なもの
ある方が「幸福」というものについて書いておられるのをちょっと読みまして、もちろんこのプログでも幸福もしくはそれに類することを考えたリ整理したリしているんですが、またちょっと刺激されまして・・。
もちろん幸福というのは宗教にしても文学にしても、さまざまな分野で非常に深く考えられていることなんですが、私はやっばリ科学者なので、ちょっと宗教などとは違うんですね。
私は、幸福というのは、「どういう状態が幸福か」ということは全く決まってない、全く決められない。幸福とは完全に相対的なもので、現在、私が幸福だと思うのは2018年の日本の名古屋に住んでいるから幸福という概念がある枠が出てくるのであって、今から1000年前、今から1万年前、1万年後。それから、例えばアフリカ、ヨーロッパというと全く幸福の概念が違うわけですね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 20250314
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