何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年1月16日木曜日
2025年1月15日水曜日
第6章日本技術の原動力は家族主義と駅伝方式
第6章日本技術の原動力は家族主義と駅伝方式
◎アメリカは金のない貧乏な勤勉な国になる
武田: 公害については、公害を退治しなければならない必然性がもともとあった。そして、実際、一九六〇年前後から一九九〇年まで日本では公害対策をやって、非常な成功をおさめて、世の中に公害がなくなった。
そこでさきほど話した、「戦争の終わった将校さんの話」につながるわけです。一九九〇年代には、光化学スモッグもなく、空気はきれい、水はきれい、産業はきちんと公害技術をやるというように整った。繰り返しますが、そのときに、環境庁はいったん解散すればよかったのです。
そこで「あなたたち、今度は何をやるの」となったら、もう少しまともで発展性のあることもあったと思います。しかし、退役軍人に全部、俸給というか恩給をあげなければならないから、そのまま残して、環境庁はもう一回戦争を起こした。それが一九九〇年以降のリサイクルとかダイオキシンとか地球温暖化対策というものです。
結局、彼らは悪いことしかしない。変てこなものを次々とつくつてきていると思うんですね。
日下: 無理やり犯人をつくっていくわけだ。
武田: それから、もう―つはマスメディアの問題です。いつもそうなんですが、「なぜ、きちんと取材をしないのか」という疑問がわいてくるのです。
日下: それが不思議なところです。
武田: 学者もそうですが、「学問の自由」とか「取材の自由」というような自由を持っている人たちは絶対にきちんと調べる、取材しなければいけないと思うんですね。取材して事実を確認して発言するから、その発言の自由が確保されていると思う。それが社会全体としては、権力だとか、私欲だとか、そういうものに対抗する、社会を健全化する要因として近代国家の中で生まれてきた。
ところが、マスコミがきちんと取材しないで、人の顔色を見て書いたり、こう書けば、世間からもてはやされるだろうと書く。そんなことをしているのならば、「取材の自由」とか「表現の自由」を捨ててくれと言いたくなる。
私もずいぶん事実を見てきましたが、お役所は法律をつくるときには万遍なくつくる。しかし、それがすぐ悪用されて、利権とくつついていく。法律だから守らなければいけないので、弊害があっても、なかなかそれを打ち破れなくなってしまう。そのために、無駄なことを山ほどするようなシステムになってしまう。
それはそれでしようがないとあきらめる手もあるんですが、どうも、国民みんな、あきらめがよすぎるのではないかと。それは封建的雰囲気が残っていて、まだ「お上意識」が根強く残っているのかもしれません。
少しでも改善できれば改善した方がいいのではないか。だから、国民一人ひとりがきちんと文旬を言えるような社会システムができればいいのですが。マスコミはその材料を提供したり、いい方向に向けるような意見を出していくべきなのに、どうも実際はそうではない。
しかし、一部の人だけに都合がいいような社会システムは、そのままでは通じないので、変わっていくと思いますね。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
R070115 P178
2025年1月14日火曜日
◎目標とか目的とかに縛られすぎている大学生
◎目標とか目的とかに縛られすぎている大学生
武田学生に教えていて一番思うのは、学生は全員が「何か目標がなければいけない」と思っているんですよ。私が「今日を楽しく過ごせばいいんだよ」と言っても、「いや、目標が」と。
私は「目標があるとつらくなるよ。駅まで歩こうと思うと十五分かかるから大変だなと思うけど、散歩だと十五分は短い。散歩感覚ならば、歩いているうちに駅に着く。だから、あまり目標を持たずに、歩くことだけ楽しんだら、そのうち駅に着くから」と言うのです。
目標がなければいけないと思うから、つねに何かをするのに目的を聞きたがる。学生は、よく「この勉強はどう役に立つんですか」と聞いてくる。
「あなたは将来、社長になるの?プロ野球選手になるの?何になるにしても、そんなことは関係ないよ」と言います。目標とか目的とかに縛られすぎているから、役に立つものしか勉強したくないとなる。行為と目的に関する取り違えみたいなのがある。それが一つの大きな不満の原因になると思うんです。何をやっても満たされないし、何をやっても
つまらないし、何か、よくわからない状態になってしまう。
昔は目標はあって、「日々、努力すれば何とかなる」という概念があった。いまはそれがないから、なかなか大変ですよ。その意味で学生は大変。
彼らは「役に立つ研究」「役に立つ人生」「あなた、目標を持たなければ駄目よ」「あの大学に入らなければ駄目よ」と言われ続けてきたのでしょうね。私たちが若い時代も多少はそういうこともあったでしょうが、そういう押し付けが昔よりずっと強い。だから講義のときに、私は「単位をとったって意味ないよ。単位がほしければ、申し出れば、いつでもあげる」と言っています。
授業中に学生が寝ていると、「きみ、眠たかったら、早く下宿に帰れよ。ちゃんと優をつけとくから」と言う。しかし、それで帰った学生は一人もいない。「いや、私、聞きます」とか。
もちろん彼らにはぼんやりと自分たちが何をすべきかわかっているのでしょうが、それを実現するだけの力もないし、必要もない。この完成された社会で蓄積された不満のエネルギーは、いまはまだだめだけれど、あと二十年くらい先にドカーンといくのではないかなとは思っているのですがね。私は楽観的なので、これから新しい時代に入ってくると。
だから、私は「二0二0年には『環境を守る」などと言っていたら、みんなが『何、お発は、ばかなことを言っているんだ!』となるだろう」と言っています。しかし、みんなは「そんなことはないですよ」と言うけれど、私は必ずそうなると思って(笑)。
日下: 武田先生はもう教室へ来て座っている学生に「単位やるから、帰っていい」と言ったが、私は教室に来る前に言う。そうすると、誰一人教室に来ない(笑)
武田: ああ、そうか。もう、来ちゃっているから、いまさら帰りたくないと(笑)。
日下: そう。「私の授業は出席とりませんよ。みんな、合格にしますからね」と言ったら本当に来ない。
武田: すると強制力も必要である?
日下: それは相手を子供扱いすることになる。子供を半大人にして、それから一人前の大人にするのが教育だから、「僕の話よりももっといい勉強が世の中にあると思う人は世の中に行きなさい」と言っている。だから、「教室に来ないのは、みんな、世の中にみつけたんですね。けっこう、けっこう」と。その代わり「就職の世話などを頼みに来るなよ」と言っている。私の教え子じゃないのだから(笑)。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R070114 P172
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