何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年12月10日火曜日
【ニッポンジャーナル】「シリアのアサド独裁政権崩壊、世界はどうなる?」内藤陽介(国際情勢アナリスト)&織田邦男(元空将)が最新ニュースを解説!
【ニッポンジャーナル】「シリアのアサド独裁政権崩壊、世界はどうなる?」内藤陽介(国際情勢アナリスト)&織田邦男(元空将)が最新ニュースを解説!
2024年12月9日月曜日
◎(ダイオキシンが猛毒ならば)焼鳥屋のオヤジさんが真っ先に被害を受ける
◎(ダイオキシンが猛毒ならば)焼鳥屋のオヤジさんが真っ先に被害を受ける
日下: 『偽善エコロジー』では、もしダイオキシンが有害なら、何十年も焼鳥を焼いている焼鳥屋のオヤジさんなどは、まっさきに被害に遭うはずだと書いてあったが、あれは説得力があって面白い。
武田: そうです。焼烏をすると、ダイオキシンが出るのです。
焼鳥に使う鶏肉はポリアミドといって、分子量の大きい「高分子」に分類され、プラスチックと同じ高分子物質です。それに塩をかけて焼くと、温度がちょうど四百℃から五百℃になります。この温度はダイオキシンが出る温度です。
自治体が焼却炉を設置するときに、ダイオキシンの発生が心配されますが、ごみを普通に焼却炉で焼くときには、千℃になるので、ダイオキシンは出ない。問題は、冷やすときに四百~五百℃の温度を通過する。そのときにダイオキシンが出るので、「焼却炉は急激に冷やさなければならない」ということで、何億円もかけて急激に冷やす装置をつけるのです。
ですから、焼鳥はまさにダイオキシンの製造元といえます。すると、その煙の中で何年も場合によっては何十年も焼鳥をつくっているオヤジさんは、ダイオキシンが猛毒であるなら、すでに死んでいることになりますね。しかし、焼鳥屋のオヤジさんがダイオキシンで死んだという話は聞きません。ダイオキシンの煙の中で鋸日毎日やっているのになぜ死なないのか。
もう一つは煙草の話です。煙草を吸っている人は六本吸えばちょうど規制値です。だから十本吸う人はダイオキシンで死んでいなければならない。ところが、ヘビースモーカーがダイオキシンで死んだということも聞きません。
マスコミが「ダイオキシンは猛毒である」と大々的に報道してしまうと、いくら理屈で、ダイオキシンは毒性がない」と反論しても、一般の人たちには、まったく説得力がなくなってしまいます。それだったら、もっとインパクトのある別の角度から行こうと、ダイオキシンと焼鳥屋の話や煙草の話を考えたのです。
日下 そうなると家庭で魚を焼くことも、となる……。
武田: そうなんです。焼鳥屋や煙草の話を言うことで、はじめて、「それじゃあ、焼き魚も一緒だな」とみんなが気がつくわけです。さらに、「昔のいろりも一緒だな」と。
それで私は追い打ちをかけて、「実はアメリカ合衆国にあるダイオキシンの七五%が山火事などから発生するもので、工場など人工的に出てくるダイオキシンは実は一六%に過ぎない」だから「ダイオキシンというのは大昔からあったので、人間がつくったものではありませんよ」と言うと、私の話を聞いた人が、やっとそれで自分の頭で考えて連想して、理解するようになるんです。
日下: いやあ、実に面白い。
武田: みんな、もともと「環境問題が存在する」というトラウマの上にのっているから、非常に強固な思考基盤があるのです。だから、マスコミが「ダイオキシンは毒だ。焚き火をしたら危ない」と言ったら、みんな「そうか、焚き火はダイオキシンを出すからやってはいけないのか」とか「所沢の野菜から基準値の何千倍のダイオキシンが出た」と報道されたら、所沢の野菜を買わない、となる。
なにしろ人類が何万年もやってきた「たき火」を直ちに止めるのですから、報道されたことをそのまま信じてしまい、ものごとをきちんと自分の頭で考える習慣がないんですね。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
R061209 P60
2024年12月8日日曜日
◎九〇年代に、なぜダイオキシンの有害性が報道されたのか
◎九〇年代に、なぜダイオキシンの有害性が報道されたのか
日下: ということは、九〇年代になって出てきた論文には、ダイオキシンの有害性についてはどういうふうに?
武田: 私はダイオキシンについては専門家ではありませんが、当時、科学的なものを読んで調べていました。セベソの健康診断結果なども、英語でインターネットに出ていたので読んでいました。それらの論文を読むと、まず患者さんがでない。それで私は「おかしいな。なぜ患者さんがでないのかな」と不思議に思っていたのです。毒性があるのなら、患者が出ないはずはない。
当時は、科学者であっても、専門でない人間はみんな、「ダイオキシンに、果たして毒性があるのかないのか、はっきりとわからない」という状態だったと思います。
日下: それなら、なぜ九〇年代にダイオキシンの有害性が大きく報道されるようになったか、それが問題になりますね。
武田: 当時、ダイオキシンの本を書いた専門家がいるんです。その本を、最近になってあるきっかけで、読み直してみたのです。私の以前読んだ記憶では、その本{宮田秀明先生の『ダイオキシン』(岩波新書)です。当時、「ダイオキシンのバイブル」と言われていました。それを二〇〇七年に読み返してみました』には「ダイオキシンは毒物だ」と書いてあると思っていたんですね。
しかし、今回きちんと読んでみたら、第六章のタイトルに「人間に対するダイオキシンの影響」とある。しかし、そこには人間への影響のデータが―つもない。つまり、章タイトルはそうなっているけれど、著者は「人間にとって毒だ」と断言うしているわけではないんです。
私自身、科学的訓練を受けていて、ものを厳密に見る癖がついているにもかかわらず、社会の風潮に引きずられて、「人間に対する影響は書かれていない」という記憶を持っていないのです。先入観があって、ダイオキシンの毒性が書いてあると思い込んでいたので、人間についての悪影響も書いてあると何となく頭から思い込んでいたんですね。
考えてみたら、一九九〇年頃に書かれた本なので、まだ、そんなデータがないに決まっているんです。
日下: つまり、タイトルだけあったんですね。
武田: そう。タイトルをつけたのは編集者でしょうけれど、しかし、その著者である宮田先生も、やっぱり毒だと思っておられたのでしょう。それが行間に溢れていて、私たちもダイオキシンが毒だと、何となく思い込んでしまったんですね。
そして、九〇年代半ば以降、ダイオキシンの有害性の報道がどんどん出て来た。ダイオキシンの有害性については、一九九七年頃がもっとも盛んに報道されていました。「あそこの焼却炉の近くがダイオキシンに汚染されていた」といった報道です。その最たるものが先ほどお話ししたテレビ朝日の所沢の野菜からダイオキシンが出たという報道です。
ダイオキシンの患者さんが一人もいないというのに、ダイオキシンの患者さんの映像が撮れるはずがないんです。だから必ず違う映像を映す。
こういうことを、私は「創造型環境破壊」における「必然的に起こる誤報」と言っているんです。「創造型環境破壊」とは現実に存在しないものです。だから、それを映像化しようとすると必ず誤報になる。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
R061208 P58
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