何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年12月3日火曜日
◎日本がお金を出して開いた第一回の国連環境会議
◎日本がお金を出して開いた第一回の国連環境会議
日下: 産業公害が騒がれたとき、「外部不経済論」というのがありました。内部経済の向上ためにすることが、外部では不経済を招くという話です。会社の利益優先によるたれ流しは、社会の損失になるというわけで、これは「公害罰金」と「公害特別警察」をつくらねばならないと、私は書きました。実際は、マスコミと市民運動と警察の三位一体の圧力に企業は応えて、外部不経済はなくなりました。
今はむしろその反対に内部不経済の現象もあります。景観保全や自然保護のため事業が一千億円も割高になったりしていますが、自然保護が行き過ぎているかどうかを論ずる人はいません。話を「環境」にまで広げてしまったコストです。
ところで、当時の一九七〇(昭和四十五)年頃、私はある出版社が出していた「公害」という雑誌の巻頭言を書いていました。そこで公害問題の前途に触れて、「日本は環境問題解決の一番の先進国であるから、国連へ行って訴えるべきである。国連環境会議の開催を訴えるべきである」などと書きました。
外務省も通産省も、「金は日本が出すから、国連の環境会議を開こう」となって、その話に国連がのった。
その準備のために全省庁を上げて世界各国をPRして歩く視察団ができた。当時、私は公害問題について書いていたので 、民間人ながらその視察団の中に入れられた。各国の大臣などにも会って、「日本が金を出すのだから賛成してくれ」と言って回った。日本が金を出して、自分たちの負担がないのだから、みんな「大賛成」と言う。
当時、環境問題で威張りちらしていたオランダに対して、「あなたの国も少し金を出せ」と言ってみた。すると、みるみる顔色が変わって、「オランダは小さな国です。貧乏な国です。だから出せない」と言う。そんなものかねと思いました。
武田: そのツアーがあったのはいつ頃ですか。
日下: 一九七〇年頃ですかね。
武田: それじゃ日本が経済的にアメリカについで世界で二位の経済大国になった頃ですね。
日下: なったばかりの頃、躍進中のときです。まあ、ヨーロッパ人というのは、そんなに金にケチなのかと勉強しました。そして、一九七二年にストックホルムで国連環境会議(注6国際連合人間環境会議)を開くことになった。実際、国連環境会議を開いたらベトナム戦争で枯れ葉剤(注7)を撒いているアメリカが矢面に立たされるというので、アメリカは陰謀を企んだ。つまり、開催の前夜、クジラの大きな模型を作ってきて、会場周辺を「日本人はクジラを食う」と、ストックホルムの街中をクジラだらけにしてしまった。そんなことで会議がはじまったら、ベトナム戦争が吹っ飛んでしまった、ということがありました。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
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【国の失策!?】国民が知らない2026年マイナンバーカードというカードがなくなる問題【保険証廃止・マイナ運転免許証とは/資格確認書・方法/社会保険
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2024年12月2日月曜日
【武田邦彦 12月1日】虎ノ門で伊藤貫先生から恐ろしい話を聞きました!ディープステートの闇!そして参政党が支持される本当の理由!
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◎ CO2取り組みに対するトヨタ方式と本田方式の違い
◎ CO2取り組みに対するトヨタ方式と本田方式の違い
日下: 当時、三木(武夫)さんがたしか首相になったか、なる前だったか{ 参考・三木武夫は一九七四(昭和四十九)年十二月~七六(昭和五十一 )年十二月首相、それに先立つ一九七二(昭和四十七)年十二月~七四(昭和四十九)年十二月環境庁長官だった}、公害規制、排ガス規制をかけた。
昭和四十八年規制だったと思いますが、これはアメリカのマスキー法の予定している規制と同程度の規制をすべきだということで、昭和五十三年に設定された。
当時、通産省の局長を囲む懇談会があって、そういう問題をふまえて、たぶんトヨタの副社長だったと思いますが、豊田章一郎氏を呼んだことがあった。その場に、なぜ私がいたのか忘れましたけれど。
その当時トヨタは「触媒法」をやっていた。
武田: トヨタはそうですね。
日下: トヨタは触媒法で突き進んでいるが、まだ見込みが立たない。その当時は、「あれはマスキー規制ではなく、三木規制だ。マスキー法よりもきつい」などと言われていた。そのとき章一郎氏は、「どうしても『やれ』と言うのならばやりますけど、ものすごく値段の高い自動車になりますよ。トヨタに『つぶれろ』と言うのか、そうなれば、日本国民にはみんな『歩け』と言うんですか」と言った。つまり、「こんなものできませんよ」と脅している。
しかし、トヨタの中では、死にものぐるいで触媒法をやり、また燃焼の改善もやっていると聞いていました。
つまり、日本の技術者は投げなかったわけだ。どんなに規制が厳しくても、「それを突破してみせる」と、みんな頑張った。
「日本の技術者は凄いな」と思って尊敬していた。ところが、経営者の章一郎氏は、「そんなものできませんよ。いきなり規制をかけられたらトヨタは潰れますよ。トヨタは潰れてもいいけど、日本人はみんな歩くんですか」と官庁に対しては頑張っていた。
トヨタが進めていた触媒法とは、排気ガスが出てくるときに、一度白金とかプラチナとか高価な触媒の中を通すときれいになるという方法です。そして、「触媒法というのは、明日できるかもしれないし、十年かかるかもわからない。まったく未知のことをやっていたのだから、配慮を」と言っていた。
開発の経済学というか、開発の社会学というのがあって、あらゆる新商品と社会の関係は次のような三段階を経ます。第一段階は新機能をもって登場し、社会は驚愕してそれを採用する。第二段階はその性能向上を求める。第三段階は周辺との調和を求めるというもので、自動車はもう第三段階に入っているから、 歩けと言うのは話が古すぎて脅しにならない と思ったが、社内では努力しているのだからと思って黙って聞いていた。
武田: 日本の大気汚染とそれに対する技術的な関心、もしくは技術として環境というのを見たとき、たとえばマスキー法という規制がある。すると、こうした規制があったから、大気が改善されたという議論がありますね。
つまり、マスキー法があったから大気が改善されたのだから、CO2の規制をするとよくなるというのがある。
なぜマスキー法が成功したかというと、これは私の解釈ですが、エンジンの未燃焼という技術的問題があったので、それを技術的に解決することができたからと考えています。だから、排気ガスの問題が解決したという現象は、実は奥が深く、マスキー法の成功のあとの政策の失敗の原因にもなっています。
ところで、このエンジンの未燃焼について、二つのとらえ方がある。
トヨタの触媒法は、エンジンの未燃焼をそのまま認めて、後ろのところでもう一回燃やすという方法をとった。たとえばガソリンを一リットル入れたら、〇・六リットルはエンジンで燃える。残りの〇・ 四リットルは後ろで燃やす。これがトヨタ方式です。
たしかに、排気ガスはきれいにはなるのですが、これでは、根本的な解決策にはならず、社会の負荷を増やすだけ。ところがホンダの方式は、中の燃焼率を上げるというもので、直接にいける。
『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より
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