何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年11月22日金曜日
【ニッポンジャーナル】「ロシアがウクライナへICBM発射」多田将が緊急出演!飯田泰之&久野潤&グレンコ・アンドリーが最新ニュースを解説!
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【速報】ナ・リーグのMVPはドジャース・大谷翔平が2年連続3度目の満票受賞!両リーグでの受賞は史上2人目で指名打者では史上初の快挙!
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自然への感謝
自然への感謝
人間の脳は、誠にさまざまな部分からできています。
自覚できる知的な活動をつかさどる部分として、大脳皮質と前頭葉があります。人類の発生は700万年ほど前と言われており、アウストラロピテクスがアフリカ大陸で二足歩行を始めてから、手を使うことで大脳皮質が大きくなり始め、現代の私たちが持つような脳へと進化していくことになります。
人間としての「意識」がどの時期に宿ったのかということについては科学的には分析がまだ不十分ですが、大脳皮質が本能を抑制することができるようになったのは200万年前のことです。脳の情報が本能を上まわり、本来であれば反本能的である火の使用を開始し、また、性欲の減退ということも始まりました。その後、20万年くらい前から現代の私たちに近い感情が生まれたとも言われています。
新人と言われ、4万年くらい前まで存在したとされているネアンデルタール人は、私たちホモ・サピエンスよりも脳が大きかったと言います。ネアンデルタール人はホモ・サピエンスとはかなり近い関係にあり、一部では交配して、遺伝子 が今に受け継がれているようです。分類で言えば、ネアンデルタール人はホモ・エレクトス、私たちはホモ・サピエンスですが、親戚と言ってもいいような関係です。
このネアンデルタール人が、人間を埋葬する習慣を持ちました。膝を抱くような形で埋葬する、埋葬した人の横に花を手向ける、といったことも始めました。つまり、死ぬとはどういうことか、死んだらどうなるのか、といった疑問や、花を手向けて悼むという気持ちなど、現代の人間に近い心の動きを持つようになった、ということです。それは、人間以外の動物には見られない感情でした。
ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは同時代を生きていましたが、5万年くらい前からホモ・サピエンスが優位になりました。3万6000年くらい前に、旧石器時代を迎えます。この時代の石器はあまり石に細工を施さず、細長い石に直接木を結わえて獲物をとったり木を斬ったりする程度のものでしたが、原始的なものとはいえ、それは立派に道具と言えるレベルのものでした。
当時から人類は集団生活をしていました。道具の使用とともに、集団生活は脳の発 達を促します。
初期の人類は多くて10人くらいの集団だったと考えられます。これが1万年くらい前に1000人規模に膨れ上がります。この規模になると組織立った動きが出てきますし、人間同士の争いなども出てきます。宗教的なものや、心に安寧をもたらす、いわゆる芸術といったようなことが必要になってきます。

この頃から日本は温帯の島国でした。梅雨などの雨季もあり、周期的に雨が降ります。夏になると太陽光が強く降り注ぎ、光合成を促進して植物がよく育ちます。秋は台風がやってくるなどしますが、実りの多い季節です。生活は安定していました。 冬になると雪が降りますが、この頃の日本には豪雪地帯はなかったとされています大陸とは地続きで、対馬海峡がまだ閉ざされた状態でしたから、日本海に暖かな対 馬海流は流れ込んでいませんでした。日本海は今よりも冷たい海だったのです。海水温が低かったので水の蒸発量は少なく、現在の北陸から東北地方にたくさんの雪が降ることはありませんでした。 やがて対馬海峡が広がりました。南方の太平洋から流れ込んだ暖流は九州にぶつかり、その太平洋側が日本海流と呼ばれる暖流になります。それが日本海側に流れ込むようになったのが対馬海流です。対馬海流のおかげで日本海側の海水温が上がりました。温かくなった海水は大量の水分を蒸発させます。そこに大陸から冷たい西北風が吹き込みます。水蒸気をたっぷり含んだ冷たい風が日本列島の中央山嶺にぶつかるので、北陸から東北地方は世界でも有数の豪雪地帯になりました。豪雪の雪解け水が日本の農耕文化を育みました。 雪解けの頃、中国の奥地から偏西風に乗って黄砂がやってきます。昨今、黄砂は悪者扱いですが、本来はこれも日本への恵みの一つでした。黄砂は弱アルカリ性です。 耕作を続けると農地は少しずつ酸性になっていきます。土地がやせてくるわけです。 これを黄砂が防いでいました。日本の土地が安定的に粟や稗(ひえ)、コメなどの農作物を栽培しやすいものだった理由の一つです。 黄砂は海にも降り注ぎます。海も酸性になりがちなので、黄砂は酸性とアルカリ性を調整する役目を果たします。そのおかげで日本近海は漁獲量の多い豊かな海になっていました。 計り知れないほどの自然の恩恵に恵まれ、しかも周囲を海に囲まれていたのが日本でした。外敵の侵入も少なく、海洋性の穏やかな気候の日本で育まれた思想は、大陸で生まれたような自然と対決する思想ではなく、自然に感謝する思想です。山や川、野の恵みに感謝する宗教が自然と生まれたのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060220 193 R061122

この頃から日本は温帯の島国でした。梅雨などの雨季もあり、周期的に雨が降ります。夏になると太陽光が強く降り注ぎ、光合成を促進して植物がよく育ちます。秋は台風がやってくるなどしますが、実りの多い季節です。生活は安定していました。 冬になると雪が降りますが、この頃の日本には豪雪地帯はなかったとされています大陸とは地続きで、対馬海峡がまだ閉ざされた状態でしたから、日本海に暖かな対 馬海流は流れ込んでいませんでした。日本海は今よりも冷たい海だったのです。海水温が低かったので水の蒸発量は少なく、現在の北陸から東北地方にたくさんの雪が降ることはありませんでした。 やがて対馬海峡が広がりました。南方の太平洋から流れ込んだ暖流は九州にぶつかり、その太平洋側が日本海流と呼ばれる暖流になります。それが日本海側に流れ込むようになったのが対馬海流です。対馬海流のおかげで日本海側の海水温が上がりました。温かくなった海水は大量の水分を蒸発させます。そこに大陸から冷たい西北風が吹き込みます。水蒸気をたっぷり含んだ冷たい風が日本列島の中央山嶺にぶつかるので、北陸から東北地方は世界でも有数の豪雪地帯になりました。豪雪の雪解け水が日本の農耕文化を育みました。 雪解けの頃、中国の奥地から偏西風に乗って黄砂がやってきます。昨今、黄砂は悪者扱いですが、本来はこれも日本への恵みの一つでした。黄砂は弱アルカリ性です。 耕作を続けると農地は少しずつ酸性になっていきます。土地がやせてくるわけです。 これを黄砂が防いでいました。日本の土地が安定的に粟や稗(ひえ)、コメなどの農作物を栽培しやすいものだった理由の一つです。 黄砂は海にも降り注ぎます。海も酸性になりがちなので、黄砂は酸性とアルカリ性を調整する役目を果たします。そのおかげで日本近海は漁獲量の多い豊かな海になっていました。 計り知れないほどの自然の恩恵に恵まれ、しかも周囲を海に囲まれていたのが日本でした。外敵の侵入も少なく、海洋性の穏やかな気候の日本で育まれた思想は、大陸で生まれたような自然と対決する思想ではなく、自然に感謝する思想です。山や川、野の恵みに感謝する宗教が自然と生まれたのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060220 193 R061122
2024年11月21日木曜日
世界でも珍しい「温帯の島国」 日本
世界でも珍しい「温帯の島国」 日本
日本という国は、世界の国々と比べ、極めて独特です。独特の国民性を持っていることをしつかり理解し、他の国々と違うということを意識するのは大切なことです。日本においては正しいと思われていたことが世界共通ではないこともたくさんありますし、世界共通だから日本人もそれに従わなくてはいけないということでもありません。
すでに触れたように、日本は世界でも珍しい「温帯の島国」です。この地理的な違いが、国民性や文化、風俗などの点で独特なものを生む基盤になっています。
それに加えて、日本列島の面積は約37万平方キロメートルで、広くもない、狭くもないということがあります。あまり狭い島国だと人口も多くなりません。人口が少ないと文化も育たないのです。人口が1億人を超すくらいになると、それなりに独自性を持った文化が生まれるものです。
自然環境という点でも自立した生態系が形成されます。
クマや鹿など、ある程度の大きさの動物が棲むことができます。烏類でも翼長が1メートルくらいの鳥、トキや丹頂鶴などの大きさの鳥が生息できます。
ゾウやキリンほどの大型の動物は棲むことはできないのですが、ある程度の大きさの動物を育む生態系が維持できるだけの広さは、これもまた独特の文化を育む要素になります。
何より、海に囲まれていることに意味があります。海から蒸発した水が雲となって中央の山脈にぶつかり、雨が降って常に湿潤な状態となります。ある程度温暖であり、植物の育成にも適しています。海からは人間の生活に欠かせない塩がとれます。

温帯地域にある島国という点で、日本は極めて自然に恵まれています。自然に恵まれているということが日本人の宗教観にも大きな影響を与えています。 日本人は「自然」と「先祖」を大事にする宗教観を持っています。日本人が、お釈迦さまやイエス・キリスト、マホメットのような個別の宗教的開祖を必要としない理由です。 日本が安定した気候の島国で自然に恵まれ独立した生態系を持ち生活しやすい風土であるのに対して、大陸の生活はずいぶん異なります。 たとえばユーラシア大陸は、中国から中東、ヨーロッパにかかる地球上で最も大きな大陸であり、その広大さゆえに熱帯から温帯、冷帯、寒帯、砂漠のような乾燥帯と気候は多様です。中国の中原、メソポタミアなど肥沃な地域も多く存在します。 ヨーロッパも農業の盛んな地域です。しかし、豊かな地域ばかりではありません。北方は寒冷地で農業には適しません。 人間は摂氏26度程度ならば、着衣があれば不自由なく暮らせると言われていて、南方はその点で豊かな地域が多くあります。それらは、飢えに苦しむということのない一方、野獣や害虫も多い地域です。マラリアが発生したり疫病が流行ったりします。こうしたことを考えると、ユーラシア大陸において住みやすいところは意外に少ないのです。そのため、広大な大陸ではありますが、一部の住みやすいところに3億人くらいの人々が密集して生活する、といったことになります。 草原地に 遊牧民が生活しているという傾向も、住みやすさという点で問題がありました。遊牧民は、冷害などで作物の不作があると騎馬に乗って肥沃な地域に攻め込むことがあります。遊牧民の侵攻は歴史上、非常に頻繁に起こったことです。肥沃な土地に攻め入って殺戮、略奪を行います。侵入して、そのまま定着してしまうこともありました。 肥沃な地域の人々はその周辺の騎馬民族や貧しい地域の人々に攻められる危険を常に感じながら生活を送ることになります。肥沃な土地に暮らしているとは言っても、安定的で穏やかな生活とは言い難く、その精神状態はどうしても刹那的になってしまいます。 中国は度重なる北方からの侵入に手を焼いて万里の長城を築くなどしましたが、そんなものを建設する余裕のない地域もたくさんありました。 大陸での生活には荒々しい面が多かったのです。大きな城を築き、支配層と被支配層に分かれ、力のあるものが国を統 一するという歴史が繰り返されました。 日本はとても穏やかでのんびりとした平和な地域でした。世界でも例を見ない、特別な地域なのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060219 189 R061121

温帯地域にある島国という点で、日本は極めて自然に恵まれています。自然に恵まれているということが日本人の宗教観にも大きな影響を与えています。 日本人は「自然」と「先祖」を大事にする宗教観を持っています。日本人が、お釈迦さまやイエス・キリスト、マホメットのような個別の宗教的開祖を必要としない理由です。 日本が安定した気候の島国で自然に恵まれ独立した生態系を持ち生活しやすい風土であるのに対して、大陸の生活はずいぶん異なります。 たとえばユーラシア大陸は、中国から中東、ヨーロッパにかかる地球上で最も大きな大陸であり、その広大さゆえに熱帯から温帯、冷帯、寒帯、砂漠のような乾燥帯と気候は多様です。中国の中原、メソポタミアなど肥沃な地域も多く存在します。 ヨーロッパも農業の盛んな地域です。しかし、豊かな地域ばかりではありません。北方は寒冷地で農業には適しません。 人間は摂氏26度程度ならば、着衣があれば不自由なく暮らせると言われていて、南方はその点で豊かな地域が多くあります。それらは、飢えに苦しむということのない一方、野獣や害虫も多い地域です。マラリアが発生したり疫病が流行ったりします。こうしたことを考えると、ユーラシア大陸において住みやすいところは意外に少ないのです。そのため、広大な大陸ではありますが、一部の住みやすいところに3億人くらいの人々が密集して生活する、といったことになります。 草原地に 遊牧民が生活しているという傾向も、住みやすさという点で問題がありました。遊牧民は、冷害などで作物の不作があると騎馬に乗って肥沃な地域に攻め込むことがあります。遊牧民の侵攻は歴史上、非常に頻繁に起こったことです。肥沃な土地に攻め入って殺戮、略奪を行います。侵入して、そのまま定着してしまうこともありました。 肥沃な地域の人々はその周辺の騎馬民族や貧しい地域の人々に攻められる危険を常に感じながら生活を送ることになります。肥沃な土地に暮らしているとは言っても、安定的で穏やかな生活とは言い難く、その精神状態はどうしても刹那的になってしまいます。 中国は度重なる北方からの侵入に手を焼いて万里の長城を築くなどしましたが、そんなものを建設する余裕のない地域もたくさんありました。 大陸での生活には荒々しい面が多かったのです。大きな城を築き、支配層と被支配層に分かれ、力のあるものが国を統 一するという歴史が繰り返されました。 日本はとても穏やかでのんびりとした平和な地域でした。世界でも例を見ない、特別な地域なのです。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060219 189 R061121
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