何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年11月17日日曜日
日本人は3万8000年前すでに文明を築いていたことが判明…本当に実在する未解明の日本の謎と証拠、北海道で歴史的大発見、世界の歴史が変わる!?
日本人は3万8000年前すでに文明を築いていたことが判明…本当に実在する未解明の日本の謎と証拠、北海道で歴史的大発見、世界の歴史が変わる!?
2024年11月16日土曜日
通説より古くからあった「稲作文化」 問題は、「近隣諸国条項」による自国史の改竄だ
通説より古くからあった「稲作文化」 問題は、「近隣諸国条項」による自国史の改竄だ
「稲作」は、忘れてはならない日本を代表する文化、技術と言えるものの一つです。
学校の歴史教育などを通して、「稲作は中国から朝鮮半島を経由して日本に渡ってきた」と一般的には考えられています。稲の原産国は東南アジアのタイやベトナムあたりとされており、稲作は中国から朝鮮半島を経由して渡来したと考えてしまうのは不思議ではありません。
しかし、最近はDNAの解析が進んで、旧来有力とされていた朝鮮半島経由説ではなく、中国大陸の南方から、あるいは南方の島から直接渡来したのではないかという説が有力です。
日本の教科書検定基準の一つに、「近隣諸国条項」というものがあります。教科書として採用されるためには「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」が必要であるとする、1982年に規定された条項です。
稲作は中国発朝鮮半島経由であるという説がほぼ常識化してしまっているのは、この近隣諸国条項に大きく関係します。今でもそれは変わることはありませんが、一時期、教科書を検定する側が近隣諸国条項により、表記において中国や朝鮮の文化が優れているという前提を強要していた、という背景があるのです。
つまり、「日本は文化・文明の遅れた地域だった」という表現をしないといけない、と政治的に決められていました。
(近隣諸国条項とは直接の関係はありませんが、このような偏向した説明を掲載する歴史教科書が無数にあって、日本の子供たちの知識を曇らせています。楠木正成を悪人と呼び、本来の歴史的な働きを封殺しています。)
考古学者の江上波夫が「騎馬民族日本征服論」を提唱した1967年の『騎馬民族国家 日本古代史へのアプローチ』(中央公論社)が、近隣諸国条項が規定された直後の1984年に復刊して話題になったことがあります。
「日本は東北ユーラシア系の騎馬民族に征服されてできた国である」、という説ですが、これなどは、近隣諸国条項に従い、政府や他国に胡麻をすって名を売りたい反日学者ならではの説であると言えるでしょう。
そしてまた、日本の歴史学者や文部省は、日本の子供には日本の文化や技術や『古事記』『日本書紀』を教えないということを支持してきました。日本の素晴らしさには触れず、むしろ貶めることで相対的に中国や朝鮮の文化を高めるのが狙いです。世界のどこへ行っても、自分の国を事実より悪く言って喜ぶ国などありません、日本だけです。
よく言われる「すべての文物は朝鮮半島から渡ってきた」という説は、最近、むしろ逆であるとも考えられています。
1990年以降、朝鮮半島の南部で日本独特の「前方後円墳」が続々と発掘されています。時代考証によってその多くが日本から伝わったものであることがわかっていますが、現代の朝鮮の人や日本の文化人の多くは歴史的事実をそのまま認めようとはしません。
直近の研究によって、稲の渡来は中国南方、しかも縄文時代にはすでに渡来していた、と大幅に修正される可能性があります。縄文時代と弥生時代には土器の形態や文様など確かに文化的な違いはありますが、「縄文時代は狩猟生活」「弥生時代は稲作文化」という線引きはできないのです。
「稲作文化」というくくりで言えば、それはむしろ縄文時代のかなり古い頃から始まっていました。時期で言うなら縄文中期であり、つくられていた品種も独特です。
いずれにしても稲作文化は日本において、私たちが思っている以上に古くから始まっていました。そうした背景を持つ日本文明には、私たち日本人が自然を理解しながら育んできた自然への理解や愛情、そして技術と工夫があるのです。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
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「娘と離れてうつ病に...」日本留学を許可してくれた母に世界一のサプライズをしてみた【10年越しの親孝行】
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2024年11月15日金曜日
高度な技術力を「軍事」から「美術」へ
高度な技術力を「軍事」から「美術」へ
興味深いことに、日本の建築技術の歴史を考えてみると、法隆寺や東大寺の大仏殿のような巨大なものからスタートして徐々に 精密さを増し建築物が小さくなっていく傾向があることがわかります。
わかりやすく言うと、「東大寺の大仏殿が、千利休の茶室になっていく」ということです。
建築物ばかりではなく陶器のようなものまで、大掛かりなものから小さく精密なものになっていきます。実はこの伝統は、縄文時代の遺跡などからもうかがい知ることができます。

日本は戦後の高度経済成長期に、電化製品などをコンパクト化する技術が高く評価されました。真空管を使っていたラジオをトランジスタを導入して小型化し、テレビも、自動車も小型のも のをつくりました。 韓国の文学博士である李御寧(イオリヨン)が著書『「縮み」志向の日本人』(講談社、2007年)で分析し、「縮み志向」という言葉が注目されたことがありましたが、大きなものから小さくて細かなものへ技術を深めていくことは日本の得意分野なのです。 これもまた、日本では伝統的に自然に向き合う気持ちから文化が育まれることの好例として考えて間違いないでしょう。 いずれにせよ、日本の大工の棟梁は、図面もないところで巨大な建築物をつくり上げ、地震や台風にも耐えて1000年を超えてなお揺らぐこともなくそびえ続ける建物をつくり上げるだけの建築技術を持っていました。 パソコンの図面やコンピュータによる計算、設計と施工の分離体制などは、どちらかと言えばむしろヨーロッパの低い技術の焼き直しなのです。 日本の技術に対する関心と興味は古来、世界のトップレベルにありました。そして、大砲や軍艦をつくるといった軍事目的より、工芸品や美術品などの方面に研ぎ澄まされた完成度を見せてきました。 日本刀は武器としても世界的にレベル の高いものですが、鋼の製造過程といった技術的な面、鍔(つば)や掠(こしらえ)といった工芸的な面において評価が高く、武器と言うよりむしろ美術品としてのレベルで語られています。 日本人の科学や技術についての研鑽がどれだけ平和的で合理性に富んだものなのか、それは東大寺の大仏建立時の日本以外の国々の技術と比較してもよくわかります。 日本人は古代から技術を芸術化していくという経験をしてきています。 そんな日本人が、明治維新では文明開化と称して、技術を軍事目的に使うという、より未熟な文化を持つヨーロッパを称賛しました。 そしてまた、いわゆる平和主義を掲げる文化人が未だにヨーロッパの文化を尊敬しているのはいかがなものでしょうか。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060213 171 R061115

日本は戦後の高度経済成長期に、電化製品などをコンパクト化する技術が高く評価されました。真空管を使っていたラジオをトランジスタを導入して小型化し、テレビも、自動車も小型のも のをつくりました。 韓国の文学博士である李御寧(イオリヨン)が著書『「縮み」志向の日本人』(講談社、2007年)で分析し、「縮み志向」という言葉が注目されたことがありましたが、大きなものから小さくて細かなものへ技術を深めていくことは日本の得意分野なのです。 これもまた、日本では伝統的に自然に向き合う気持ちから文化が育まれることの好例として考えて間違いないでしょう。 いずれにせよ、日本の大工の棟梁は、図面もないところで巨大な建築物をつくり上げ、地震や台風にも耐えて1000年を超えてなお揺らぐこともなくそびえ続ける建物をつくり上げるだけの建築技術を持っていました。 パソコンの図面やコンピュータによる計算、設計と施工の分離体制などは、どちらかと言えばむしろヨーロッパの低い技術の焼き直しなのです。 日本の技術に対する関心と興味は古来、世界のトップレベルにありました。そして、大砲や軍艦をつくるといった軍事目的より、工芸品や美術品などの方面に研ぎ澄まされた完成度を見せてきました。 日本刀は武器としても世界的にレベル の高いものですが、鋼の製造過程といった技術的な面、鍔(つば)や掠(こしらえ)といった工芸的な面において評価が高く、武器と言うよりむしろ美術品としてのレベルで語られています。 日本人の科学や技術についての研鑽がどれだけ平和的で合理性に富んだものなのか、それは東大寺の大仏建立時の日本以外の国々の技術と比較してもよくわかります。 日本人は古代から技術を芸術化していくという経験をしてきています。 そんな日本人が、明治維新では文明開化と称して、技術を軍事目的に使うという、より未熟な文化を持つヨーロッパを称賛しました。 そしてまた、いわゆる平和主義を掲げる文化人が未だにヨーロッパの文化を尊敬しているのはいかがなものでしょうか。 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060213 171 R061115
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