何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年2月24日土曜日
『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊 まえがき ―――日本社会はどのくらいのウソにまで耐えられるのか
『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊
まえがき ―――日本社会はどのくらいのウソにまで耐えられるのか
この本で、私は「日本社会はどのくらいのウソにまで耐えられるのか」ということを論じていきます。
現在の日本社会においては、とても多くのウソが蔓延しています。それが端的に現れたのが、約2年にわたって続いている新型コロナウイルスの騒動です。
2020年1月に日本で最初の新型コロナ感染者が確認されてから、これにまつわるウソが流布され続けました。
新型コロナが、まるで人類を絶滅させるかもしれない怖ろしい病気であるかのようにメディア等で宣伝されると、マスクの着用やワクチン接種が実質〝強要〝されることになりました。

本当に、新型コロナは日本全国が一斉に自粛をしなければいけないようなウイルス感染症だったのでしょうか……。 そして、今なおテレビでは「変異株であるオミクロン株が再流行」などと恐怖を煽ろうとしています。 しかしオミクロン株はその発生当初から、感染時の症状が鼻水などの軽微なものだと報告されています。まさにただの風邪でしかありません。それでもテレビは「たとえ症状が軽くても、多くの人がかかればそのなかには重症化する人も出てくる」などと言います。 ですが、そんなことは当たり前の話です。昔から「風邪は万病のもと」と言われるように風邪をきっかけとして千人、万人の人が亡くなってきたのです。それとオミクロン株の何が違うというのでしょうか。 このような欺瞞の背景を一つひとつ明らかにしていく―――、それが「日本社会はどのくらいのウソにまで耐えられるのか」という本書のテーマの整理になるだろうと思います。 * 本論では、私が科学者として調べた事実、理系的思考に基づいた話を述べていきますが、こうした内容は現在のウソで固められた日本社会には邪魔者でしかないようで、なかなかマスメディアでは発言の機会が得られません。 そのため近年、私はYouTube(ユーチューブ)を発信の場としていたのですが、ここでも2021年9月から「新型コロナウイルス感染症とそのワクチンに関する誤情報を規制する」という方針がとられ、私の配信する動画のいくつかもこの規制にかかってしまいました。 だからといって私は「正しい情報」を伝えることを止めるつもりはありませんし、また現代社会ではもはや「言論の自由」を止めることは不可能でしょう。 今回こうして書籍にまとめたのは、私の科学者としての信念であり、生まれ育った日本が少しでもよくなればとの想いからなのです。 武田邦彦 『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊 20240224 P5

本当に、新型コロナは日本全国が一斉に自粛をしなければいけないようなウイルス感染症だったのでしょうか……。 そして、今なおテレビでは「変異株であるオミクロン株が再流行」などと恐怖を煽ろうとしています。 しかしオミクロン株はその発生当初から、感染時の症状が鼻水などの軽微なものだと報告されています。まさにただの風邪でしかありません。それでもテレビは「たとえ症状が軽くても、多くの人がかかればそのなかには重症化する人も出てくる」などと言います。 ですが、そんなことは当たり前の話です。昔から「風邪は万病のもと」と言われるように風邪をきっかけとして千人、万人の人が亡くなってきたのです。それとオミクロン株の何が違うというのでしょうか。 このような欺瞞の背景を一つひとつ明らかにしていく―――、それが「日本社会はどのくらいのウソにまで耐えられるのか」という本書のテーマの整理になるだろうと思います。 * 本論では、私が科学者として調べた事実、理系的思考に基づいた話を述べていきますが、こうした内容は現在のウソで固められた日本社会には邪魔者でしかないようで、なかなかマスメディアでは発言の機会が得られません。 そのため近年、私はYouTube(ユーチューブ)を発信の場としていたのですが、ここでも2021年9月から「新型コロナウイルス感染症とそのワクチンに関する誤情報を規制する」という方針がとられ、私の配信する動画のいくつかもこの規制にかかってしまいました。 だからといって私は「正しい情報」を伝えることを止めるつもりはありませんし、また現代社会ではもはや「言論の自由」を止めることは不可能でしょう。 今回こうして書籍にまとめたのは、私の科学者としての信念であり、生まれ育った日本が少しでもよくなればとの想いからなのです。 武田邦彦 『「新型コロナ」「EV脱炭素」「SDGs」の大ウソ』武田邦彦著 ビジネス社刊 20240224 P5
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2024年2月23日金曜日
あとがき 実はとても科学的な日本文明 科学とはどういうものか
あとがき 実はとても科学的な日本文明
科学とはどういうものか
科学で行われている作業は、実験や観測から生まれる実証的なデータ(事実)の集積です。一つひとつのデータを誰もが共有できるように 集積します。
そして誰もが確認できるデータに基づいてさらなる実験や観測をし、事実関係を実証的に次々と積み重ねて先に進んでいきます。
新しい計測器が発明され今まで困難だったデータを読み取ることができれば、それまで積み上げてきた事実が一挙に逆転されるかもしれません。それは仕方がないことなのです。
私たち科学者は、大きな木の根本でごそごそと動きながら少しでも上にあがろうとしている小さな虫のような存在です。試行錯誤しながら少しでも大木の上のほうに行きたいと懸命に模索しているのです。
科学とはどういうものか、もう少しわかりやすく説明してみましょう。
たとえば「天動説」。天動説というのは「地球が宇宙の中心にあり、太陽は地球の周りを回っている」という説です。古代ギリシアやローマ、中世ヨーロッパなどでは常識的な宇宙論でした。
天動説の面白いところは、単に自分の目だけで観測しているのであれば、「誰にでもそう見える」ということです。したがって、けっして間違いではありません。その時点では「科学的に正しい」と言えるのです。
自分が地上に立って空を見上げれば、どう見ても太陽は東から上がり、西に沈んでいきます。夜の星を観察しても、少し違う動きをするものもありますが、同じことです。事実として、地球の大地が動かずに太陽や月や星が動いているように見える。
しかし、観察データが積み重なって分析が細かくなると、さまざまな解釈が生まれてきます。
天動説が華やかなりし頃、ガリレオ・ガリレイがオランダで天体望遠鏡を手に入れ観測しました。すると、天動説に疑問を感じるようになりました。
「惑星の動きがどうもおかしい。なぜだろう? 観測データを整理して考えてみると本当は太陽が中心にあって地球がその周りを回っているのではないか?」。やがて、ニコラウス・コペルニクスが提唱してガリレオが支持した「地動説」こそが正しいという流れになってきます。
こうした検証の積み重ねが科学の進歩です。
しかし、キリスト教会の人々は「聖書に書かれていることとは違う」と言って信じませんでした。ガリレオは宗教裁判にかけられ、地動説を支持した修道士が火あぶりになることもありました。

科学に限らず学問は、人間が観察し、人間が考えて進むものですから、当然間違いがあります。 ですから、「ほとんどの学問は間違っているかもしれない。現時点ではこれが正しいとしているに過ぎない」と自覚する必要があります。人間は、自らが思うほど知恵があるわけではありません。 望遠鏡ができたのは16世紀末です。望遠鏡を発明していなければ人類はまだ天動説のままだった、ということも考えられるのです。 現代では計測機器の開発が多様に進み、ガリレオの時代よりもさまざまなことがわかるようになってきました。しかし、ありとあらゆるものがわかっているというわけではありません。 21世紀になっても、まだまだ科学的にわからないことはたくさんあります。 たとえば、「未確認飛行物体」や「死後の世界」は今のところは科学的に観測できていませんから「ない」ということになっています。ただし、将来それらを計測できる機器が発明され、データが蓄積されれば「ある」となる可能性はゼロではないのです * 本書で分析してきたように、日本文明は自然を観察し続け、自然から学び続けてきました。 縄文の時代から数万年をかけてこっこっとデータを積み上げ、日本人は試行錯誤しながら文明をアップデートしてきたのです。 箪者は科学者の一人として、これこそが日本文明の極めて尊敬すべき点だと考えています。 世界に類を見ない「かけがえのない国」がここにあるのです。 令和五年睦月 武田 邦彦 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060223 206

科学に限らず学問は、人間が観察し、人間が考えて進むものですから、当然間違いがあります。 ですから、「ほとんどの学問は間違っているかもしれない。現時点ではこれが正しいとしているに過ぎない」と自覚する必要があります。人間は、自らが思うほど知恵があるわけではありません。 望遠鏡ができたのは16世紀末です。望遠鏡を発明していなければ人類はまだ天動説のままだった、ということも考えられるのです。 現代では計測機器の開発が多様に進み、ガリレオの時代よりもさまざまなことがわかるようになってきました。しかし、ありとあらゆるものがわかっているというわけではありません。 21世紀になっても、まだまだ科学的にわからないことはたくさんあります。 たとえば、「未確認飛行物体」や「死後の世界」は今のところは科学的に観測できていませんから「ない」ということになっています。ただし、将来それらを計測できる機器が発明され、データが蓄積されれば「ある」となる可能性はゼロではないのです * 本書で分析してきたように、日本文明は自然を観察し続け、自然から学び続けてきました。 縄文の時代から数万年をかけてこっこっとデータを積み上げ、日本人は試行錯誤しながら文明をアップデートしてきたのです。 箪者は科学者の一人として、これこそが日本文明の極めて尊敬すべき点だと考えています。 世界に類を見ない「かけがえのない国」がここにあるのです。 令和五年睦月 武田 邦彦 『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R060223 206
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