何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年1月17日水曜日
R6 01/17【ゲスト:加藤 康子】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第288回
R6 01/17【ゲスト:加藤 康子】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第288回
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00:00:00 準備画面
00:00:26 番組開始
00:17:36 本日のニュース項目一覧
00:19:42 河村市長 能登半島地震災害義援金に500万円寄付
00:28:55 口止め暴露の宮沢博行氏「安倍派は解散すべき、私が介錯する」
00:50:16 米共和アイオワ州党員集会、トランプ氏勝利
01:10:11 頼清徳氏、訪日に意欲 台湾
01:19:58 日鉄のUSスチール買収審査、選挙イヤーの風圧強く
01:35:52 中国の23年自動車生産台数、3000万台突破
01:59:53 締め挨拶
2024年1月16日火曜日
外国人に対しても「家族」として接する、庶民の温かさ
外国人に対しても「家族」として接する、庶民の温かさ
スイス駐日領事を務めたリンダウは、長崎近郊の農家を訪れた時のことを次のように残しています。
「火を求めて農家の玄関先に立ち寄ると、直ちに、その家の男の子か女の子が慌てて火鉢を持ってきてくれるのであった。私が家の中に入るやいなや、父親は私に腰をかけるように勧め、母親は丁寧に挨拶をして、お茶を出してくれる。家族全員が私の周りに集まり、子供っぽい好奇心で私をジロジロ見るのだった。
いくつかのボタンを与えると、子供たちはすっかり喜ぶのだった。『大変ありがとう』とみな揃って何度も繰り返してお礼を言う。そして脆いて可愛い頭を下げて優しくほほえむのだったが、社会の下層階級の中でそんな態度に出会うのは、まったくの驚きだった。
私が遠ざかって行くと、道のはずれまで送ってくれて、ほとんど見えなくなってもまだ『さようなら、また明日』と私に叫んでいる。あの友情のこもった声が聞こえるのである」(前掲書『逝きし世の面影 』から引用 )
リンダウはじめ西洋人にとっては、この長崎の農家の人たちは「他人」です。
しかし、長崎の人にとっては、たとえ外国人であってもリンダウは自分たちの「家族」でした。客人に対しても、家族同様に接するのが日本人なのです。
エリザ・シドモアは、ナショナルジオグラフィック協会初の女性理事として活躍したアメリカの地理学者です。
彼女は1885年から1928年にかけて度々日本を訪れ、日本に関する複数の著作を残しました。
「日の輝く春の朝、大人の男も女も、子供らまで加わって海藻を採集し浜砂に拡げて干す。
……漁師のむすめ達が脛(すね)をまるだしにして浜辺を歩き回る。藍色の木綿の布切れをあねさんかぶりにし、背中にカゴを背負っている。子供らは泡立つ白波に立ち向かって利して戯れ、幼児は楽しそうに砂のうえで転げ回る。婦人達は海草の山を選別したり、ぬれねずみになったご亭主に時々、ご馳走を差し入れる。暖かいお茶とご飯。そしておかずは細かくむしった魚である。
こうした光景総てが陽気で美しい。だれも彼もこころ浮き浮きと嬉しそうだ」(前掲書『逝きし世の面影』から引用)
ほのぼのとした風景が目に浮かびます。
当時の日本人は、農村も漁村も、穏やかにみんな明るく生活していたのです。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
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本日のあさ8は、待ってました、武田邦彦先生の登場です 原発の話題、、、
R6 01/16【ゲスト:武田 邦彦】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第287回
本日のあさ8は、待ってました、武田邦彦先生の登場です 原発の話題、、、
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00:00:00 準備画面
00:01:32 番組開始
00:04:20 本日のニュース項目一覧
00:07:47 岸田首相、原発再稼働「変わらない」
00:42:59 台湾総統選トーク
00:54:39 太平洋の島嶼国ナウルが台湾と断交 中国と国交樹立を宣言
(57:18 百田尚樹 登場)
01:31:18 日本地震予知学会が予測 大きな地震が起こらない地域
01:51:04 トヨタ、エンジン開発で新プロジェクト 会長「未来に必要」(+ハチミツ生産国トーク)
02:30:33 締め挨拶
2024年1月15日月曜日
贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだ日本人
贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだ日本人
日本人が贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだことがよくわかる例として、1857年から2年間、長崎海軍伝習所で勝海舟や榎本武揚に近代海軍の教育を行ったオランダの海軍人・カッテンディーケの言葉を回想録『長崎海軍伝習所の日々』から紹介しましょう。
「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢修贅沢(しゃしぜいたく)執着心をもたないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない」(『逝きし世の面影』渡辺京二、平凡社から引用)カッテンディーケは、決して「貧しい」とはしていません。彼は、日本人の「余計なものを持たない合理性」に感心しているのです。
1863年、日瑞修好通商条約(瑞はスイス)の締結のために来日したスイスの使節団長アンベールは、見聞録『Le Japon Illustre(邦題・アンベール幕末日本図絵)』で、次のように日本の職人論を述べています。
「若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに更に金儲けに夢中になっているのを除けば、概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためにのみ生きているのを見た。労働それ自体が最も純粋で激しい情熱をかきたてる楽しみとなっていた。そこで、職人は自分の作るものに情熱を傾けた。彼らには、その仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、かなり満足できる程度に完成したときに、やっとその仕事から解放されるのである」(前掲書『逝きし世の面影 』から引用)
江戸の職人は現代で言えば会社の技術者に当たります。アンベールは、実にあっさりと人生そのものを楽しんでいる日本の職人たちに感心しています。
生活に十分なだけのものを稼いだら、あとは自分が満足するまで仕事をする、着ているものは粗末でもそんなことも気にしない、生きることの素晴らしさを本当に知っている人たちが私たちの祖先でした。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
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