何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年1月15日月曜日
贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだ日本人
贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだ日本人
日本人が贅沢を嫌い、質素倹約を尊んだことがよくわかる例として、1857年から2年間、長崎海軍伝習所で勝海舟や榎本武揚に近代海軍の教育を行ったオランダの海軍人・カッテンディーケの言葉を回想録『長崎海軍伝習所の日々』から紹介しましょう。
「日本人が他の東洋諸民族と異なる特性の一つは、奢修贅沢(しゃしぜいたく)執着心をもたないことであって、非常に高貴な人々の館ですら、簡素、単純きわまるものである。すなわち、大広間にも備え付けの椅子、机、書棚などの備品が一つもない」(『逝きし世の面影』渡辺京二、平凡社から引用)カッテンディーケは、決して「貧しい」とはしていません。彼は、日本人の「余計なものを持たない合理性」に感心しているのです。
1863年、日瑞修好通商条約(瑞はスイス)の締結のために来日したスイスの使節団長アンベールは、見聞録『Le Japon Illustre(邦題・アンベール幕末日本図絵)』で、次のように日本の職人論を述べています。
「若干の大商人だけが、莫大な富を持っているくせに更に金儲けに夢中になっているのを除けば、概して人々は生活のできる範囲で働き、生活を楽しむためにのみ生きているのを見た。労働それ自体が最も純粋で激しい情熱をかきたてる楽しみとなっていた。そこで、職人は自分の作るものに情熱を傾けた。彼らには、その仕事にどれくらいの日数を要したかは問題ではない。彼らがその作品に商品価値を与えたときではなく、かなり満足できる程度に完成したときに、やっとその仕事から解放されるのである」(前掲書『逝きし世の面影 』から引用)
江戸の職人は現代で言えば会社の技術者に当たります。アンベールは、実にあっさりと人生そのものを楽しんでいる日本の職人たちに感心しています。
生活に十分なだけのものを稼いだら、あとは自分が満足するまで仕事をする、着ているものは粗末でもそんなことも気にしない、生きることの素晴らしさを本当に知っている人たちが私たちの祖先でした。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
R060115 81
2024年1月14日日曜日
日本人の道徳心に驚いた、西洋の人々
日本人の道徳心に驚いた、西洋の人々
江戸時代の末期、日本を新たなマーケットあるいは研究対象として考える西洋人が大勢来日しました。それぞれに手記や研究記録を残していますが、その多くに共通するのは、「日本人の道徳心の高さに驚いている」、ということです。
たとえば、外国人に対して川の渡し賃を吹っ掛けることがない日本人の正直さに驚くなどしています。
江戸時代、幕府の本拠地・江戸を防衛するために意図的に、国境を形成する川には橋をかけない政策がとられていました。川は渡し船を使って渡る以外にありません。中国(当時は清王朝)では、何事も外国人は桁が違うほどの料金を吹っ掛けられるのが普通でした。西洋人はそれを覚悟して渡し船に乗るわけですが、日本では相場の料金しか請求されないのです。礼のつもりで余計に渡そうとしても、船頭はそれを受け取りません。
日本人はむやみに金銭を要求しません 。ここぞとばかりにごまかしたり、嘘をついたりするのが嫌なのです。
イザベラ・バードという1831年生まれのイギリスの女性探検家が1878年に来日し、東京や東北、北海道を旅したことがあります。この時の探検記は、彼女の著書『Unbeaten Tracks in Japan』にまとめられ、邦題『日本奥地紀行』として翻訳もされています。
イザベラ・バードが東北を旅行し、宿泊した宿で女中さんにとても良くしてもらったため、翌朝の出発時に心付けとしてお金を包んで渡そうとしました。ところが女中さんはこれを受け取らず、「私は女中として自分のすべきことをしただけのことですから、お金をいただくわけにいきません」と言うのです。
日本にはチップという制度がないので受け取らなかっただけのことかもしれませんが、「仕事を誠心誠意、心を込めてやる」というのが日本人です。お金が先にあって仕事をしているわけではない、ということがこの女中さんの態度からわかります。
また、この女中さんのエピソードは、日本人の「自己の確立の高さ」も物語っています。
女中さんは、自らの考えでチップを断りました。西洋では、「自己は高い教育によって確立する。一般大衆というものには自己は確立しない」と考えられ、キリスト教聖職者をはじめとするエリート層による大衆支配の根拠とされていました。
ですが日本のこの女中さんは、おそらくは学校になど行っておらず、貧乏で、勉強もしていないはずですが、自己(自分)というものを確かに持っているのです。
エドワード・S・モースという、1877年に大森貝塚を発見したことで知られるアメリカの動物学者がいます。発見は発掘調査をともない、日本の考古学の先鞭となりましたが、ダーウィンの進化論を紹介して生物学を定着させた人物としても知られています。
モースは日本を気に入り、3度にわたって来日しています。研究の傍ら、関東だけでなく、北海道、関西、九州と日本中の風土を見て回りました。モースは日本での体験を1917年に、『Japan Day by Day(邦題/日本その日その日)』という著書にまとめています。
モースが来日中、最も感心したことは、「日本人は他人のものは盗まない。日本人はしてはいけないことはしない」ということでした。
「私は襖を開けたままにして出かけるが、召使いやその子供たちは、私の部屋に出入りこそするけれど、お金がなくなったことがない」と、たいへん驚いています。
また、モースがある女性医師と東京の街を人力車で移動をしている時のこと。道路の傍らで盟(たらい)に湯を張って裸で行水をしている若い女性に出くわしました。
モースは「オイオイ、あんなところで行水をしているぞ」と言って思わず見入ってしまいましたが、彼と女性医師を乗せた人力車を引いている車夫はまったくそちらを見なかったのです。
モースは「我が国では、特に車夫のような肉体労働に就いている男はたしなみがなく、裸の女とくればまずはじろじろと見てしまう。ところが日本人の若い車夫は一切、そんなことはしなかった」として、これもまた大いに感心しています。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
R060114 79
2024年1月13日土曜日
台湾総統選 民進党頼清徳・蕭美琴ペアが勝利
台湾総統選 民進党頼清徳・蕭美琴ペアが勝利 中共に対する強行路線
13日に行われた台湾総統選で、中国共産党に対して強硬な立場を示す民進党の頼清徳・蕭美琴ペアが540万票以上を獲得し、当選した。最大与党・国民党の侯友宜・新北市長が現地時間午後8時頃、支持者らの前で敗北宣言をした。総統選とともに、台湾の113人の立法委員(議員に相当)も選出される。
第3政党の台湾民衆党の柯文哲氏は、支持者に感謝の意を示すとともに、「明日からまた日常生活が始まる。台湾をよりよくするために力を合わせていこう」と訴えた。
家族のような「日本的経営」が、高度経済成長を可能にした
家族のような「日本的経営」が、高度経済成長を可能にした
経済復興の要因は、日本の会社の在り方にもありました。
『ジャパン・アズ・ナンバーワン アメリカヘの教訓』でも分析され、「日本的経営」と称されて評価されていますが、日本の会社は、社長以下従業員に至るまで家族のような関係性の中、共に一生懸命に働くことで運営されてきました。
日本人はそもそも働き者です。
働き者である従業員の一人ひとりの役割がつながって会社全体がうまくいく、というのが日本の会社でした。ここにも前章でお話しした「絡合力」があります。
古来、日本人の仕事観は「皆のために仕事をする」ということが基本となっています。なんでもかんでもカネで割り切ることなどできない、というのが日本人の美徳なのです。
昨今、日本の会社の運営は、株主総会が中心です。権力は株主総会に集中し、総会は取締役会によって取り仕切られます。
事項の決定は株主総会の多数決ないし、全会一致が原則であり、「現場主義」ではなく、「数字主義」による効率的・合理的判断がとられます。つまり、すべてカネで割り切られてしまうということです。
これは組織の構造上、仕方のないことでしょうが、伝統的な日本人の仕事観とは大きく異なります。
株式会社においては株主総会と取締役を設置しなければならないとする現行の会社法には、そもそもの日本人とは相入れない部分があるのかもしれません。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
R060113 75
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