何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2024年1月6日土曜日
紫式部や清少納言など、女流作家が活躍した平安時代
紫式部や清少納言など、女流作家が活躍した平安時代
男女の関係は、国や地域それぞれの気候によっても変わってくるものです。
南洋の実り農かで漁場にも恵まれたような地域では、男がだらしなくてあまり働かないという光景もよく目にします。生活物資があふれているので、男の手を借りなくても女たちだけで日常生活が営めるのです。
食事の世話から家族の世話などすべて女たちだけでできるので男の出る幕がありません。女性は女性だけで社会をつくり、男性が添え物のようになっている地域もあります。
その点、日本の気候風土はちょうどいいと言えるのかもしれません。基本的に、男は外で働き、女は内(家)を守る。自然を相手に男性と女性が協力しながら、非常に穏やかな男女関係を育んできたのです。
平安時代頃までの日本文化の歴史を見ても、この傾向が残されていることがわかります。日本は西洋のような男性が優位な社会ではありませんでした。
男性の仕事は軍事、農耕など限定的なもので、文字の使用についても漢字に限定されていました。
対して、女性はかなり自由でした――。
軍事とは戦争に行くことですが、当時「防人」という労役がありました(九州沿岸の防衛のため設置)。これは男性のみに課された義務です。戦争に行くということは、命を落とす場合があるということを意味します。
農耕も男子の仕事でした。当時はもちろんトラクターや稲刈り機などはなく、農業技術も未成熟な時代です。農具に鉄器が登場する以前、田起こしは特別たいへんな仕事であり、効率も悪くて手間もかかる重労働でした。「男」の字そのままで、「田」で「力」をふるうのは男性の仕事だったのです。
出征や田仕事に労力を使う男性は、長生きできませんでした。体力を消耗して早く亡くなるのが一般的で、女性の寿命のほうが長いのは昔から変わらないことだと言えます。
日本は古来、公文書の記録においては漢字が義務付けられていました。そのため、漢字を使うのは男性という文化となったのです。漢字は「真名」と呼ばれ、これに対して「仮名」である平仮名や片仮名は女性文字とされました。
仮名は日本人が発明した日本独特の文字です。仮名文字の発明でプライベートな文書が活発につくられるようになり、日本では文学が盛んになっていきます。
元々和歌は盛んにつくられていましたが、物語文学や日記文学が平安時代の貴族社会で全盛期を迎えます。西暦1000年前後に成立した紫式部の『源氏物語』は、世界最古の小説と言われています。
『源氏物語』をはじめ、日本の物語作家は女性が中心でした。イギリス初の女流小説家といわれるアフラ・ベーンの登場に先立つこと約700年です。しかしアフラ・ベーンが小説を書くのは夫が亡くなってから22年後であり、当時のヨーロッパは女性の地位がある程度上がってきたとはいうものの、離婚したり死別したりして男性の支配から解かれない限り小説が書けないという状況でした。
つまり、日本の女性は世界のどこよりも自由だったのです。日本の社会は紫式部や清少納言の活躍を容認する、女性の権利があった社会でした。
また、源平合戦の木曽義仲(きそよしなか)に仕えた巴御前(ともえごぜん)は、後の歴史物語などで、美貌の女武者として有名です。武勇に秀でた女性として描かれていますが、巴御前はけっして「女だてらに」という扱いをされることはありません。
鎌倉期の板額(はんがく)御前や 、小田原征伐で豊臣軍と戦った忍城(おしじょう)の甲斐姫など 、歴史上で女武者として名の知られた人物はたくさんいます。
嫡子のみによる家督相続制度が江戸時代に定められるまでは女性にも相続権がありましたから、戦国時代の井伊直虎のように大名になった女領主もいました。
前述したように農耕は力作業ですから男性の仕事でした。ですが、農作業は女性も手伝っていました。仕事ということに ついて、女性はオールマイティーな立場にいたのです。
日本では、ヨーロッパや中国のように女性が差別的な扱いをされず、どちらかと言えば男性のほうに制限があった社会でした。
『かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より
R060106 56
R6 01/05 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第280回
「○○のために」という利他の精神と「わたしがやらないで誰がやるの」という矜持 それが日本

写真:時事通信 元日に発生した大地震の救援物資を運ぶ海上保安庁の輸送機と日本航空の旅客機が羽田空港で衝突するという事故が発生しました。これは着陸態勢にはいった日航機の前に海保機が離陸のために割り込んだことで起きた事故で、379人の乗員乗客が乗った日航機から火が上がり機体は丸焼けになってしまいました。 テレビでは着陸後すぐにエンジンから出火し炎に包まれながら滑走路をすべる様子が映し出されていましたが、なんとこの機にのっていた379人すべてが助かったと聞いて驚きました。機内には着陸後すぐに煙が入ってきたそうで、パニック状態になる人もいたようです。それを客室乗務員は落ち着かせ、自身のすぐ後ろに迫り来る煙をものともせず1人ずつ避難用スライドに誘導したのですから天晴れです。 CAさんの中には若い女性もいたことでしょう。彼女らは逃げ遅れたら命が危ないことを誰よりも分かっていたでしょうに、それをおくびにも出さずいつものサービス業務での笑顔を封印し保安業務をやり遂げたのです。警察官、消防団員、自衛隊隊員、そして日航機の乗務員、彼らに共通しているのは、それが「仕事だから」だけやっているのではないことです。そこには「○○のために」という利他の精神と「わたしがやらないで誰がやるの」という矜持がみえます。 羽田空港は滑走路が使えなくなったため数百便が欠航となりました。お正月のUターン客の中には帰りの足がなくなり途方に暮れている人もいたようですが、航空会社や鉄道会社はそんな人たちを救おうと代替便や増発などできる限りの手を尽くしています。また被災地では積荷の食品を被災者に提供するトラックドライバーもいます。そうです。表の目立つ部分だけでなく、どんな職業にも両方を持ち合わせている人はいるのです。その割合が大きいか小さいかが国力、民度の差となります。そして普段はわからないそれが非常時にはあぶりだされるものです。 百田尚樹のニュースに一言 令和6年1月5日号より 「○○のために」という利他の精神と「わたしがやらないで誰がやるの」という矜持
2024年1月5日金曜日
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