何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2023年11月9日木曜日
シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」③脱炭素の現実
シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」③脱炭素の現実
シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」①地球温暖化の科学
シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」 ②新冷戦の勢力図
シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」④米国共和党と脱炭素
飢餓状態が生命の生存本能の起源
飢餓状態が生命の生存本能の起源
栄養と動物の平均寿命、免疫力などの実験結果は生物というものの本質を教えてくれます。もともと栄養学がない動物には「満腹感」によって必要な食糧を採れるようになっています。
その点からは満腹になることが動物の命を保つのに一番良いと予想されるのです。ところがこの節で説明をしましたように、満腹になることはあまり動物の体に良いことではないのです。
地球上の自然と動物の有り様をじっくりと観察してみると、一番、住みやすい緑豊かな地上や海のなかばかりではなく、土のなかにも砂漠にも北極海の氷の下にも多くの生物が棲んでいます。鳥や昆虫は空間を棲処にして、生物は地上のあらゆるところで繁殖していることが判ります。
一方、生物は太陽の光だけを頼りにその生命を保っていますが、太陽の光は一定で生物が増えても変わることがありません。ところが生物の方は旺盛な繁殖力を持つのでできるだけ、その数を増やそうとします。そのようなバランスの上に成り立っているので、生物は常に「太陽の光で生きることができる最大限の命を保つ」という秩序を形成します。
太陽の光が食糧の限界を決めますから、その範囲で繁殖すると、どの生物も限界までお腹をすかせた生活を送ることになるのです。つまり、生命とは「常に食糧が不足し、それを充足するように頑張る」という宿命を負っているとも言えます。
動物としての一員である人間もこの原理に当然のように支配されます。人間も常に食糧不足の状態にあって、それを求めていくのが正常な姿のようです。もし、現在の日本のように四〇パーセントも食べ残している状態は正常な生物の生活ではないのは明らかでしょう。
自然、環境、食糧と様々な面を考えますと、現代の環境問題は互いに深いところでつながっていることを知ることができます。
二〇世紀に人間は巨大な科学を駆使して、欲しいものを何でも手に入れることができるようなりました。遠くに行こうと思えば自分の脚を使わずに自動車や飛行機が運んでくれます。暑い日に汗をかきたくなければクーラーのスイッチを入れればたちまちに涼しい高原です。遠い、南アフリカの珍しい食べ物も自宅からほんの少し歩いてデパートまで行けば手に入れることができます。
そのようにして、人間は「欲しいものは何時でも」という環境を作ったのです。それは「部分的には正しい」ことのように感じられます。遠いところに行くのに自分の脚を使うのと自動車とどっちが良いか?と聞くと、誰しもが自動車と答えるでしょう。暑くて苦しい日に涼しい高原に行こうと言ったら反対する人はいないでしょう。
そして、毎日の食事に飽きたので、美味しいものを食べに行こうということに抵抗できる人も少ないと思います。「どうせ、人生は一回だ。それなら美味しい物を食べよう」と言う人もいます。それぞれが、すべて正しく、問題がないように 感じられるのです。
ところが、生物は「常時、不足状態」を前提にあらゆる感覚が作られているので、現代のように「欲しいだけ作り、したいだけする」というような社会を作りだすと、動物としての人間はなじむことができなくなると考えられます。
それが正常な感性を失わせ、破滅につながる発展をめざすという変なことになり、際限ない科学技術の進歩を追うようになったのでしょう。
際限もないものを追うこと、それは人間に何を与えるでしょうか?
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
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2023年11月8日水曜日
飽食と腹八分目の科学
飽食と腹八分目の科学
さらに哺乳動物のラットの場合では、栄養を特に制限しない「自由食」のときの平均寿命が二三カ月なのに対して、「制限食」のもとで飼育した場合には、平均寿命は三三カ月のび、その中でも一番長く生きたラットは実に二倍と報告されています。

左図下にはマウスの栄養と生存曲線を示しましたが、栄養を普通に与えているマウスに対して、カロリーを制限したマウスの生存率は明らかに長いことがよく判ります。人間でいえば普通の人が八〇歳の寿命なら一二〇歳も生きることができるということになるのですから、本当にすごい差があるものだと駕きます。 実は、栄養を制限するとマ ウスの寿命がのびることが発見されたのはかなり前のことで、アメリカ人のマッケイ博士が今から六五年前に見いだしました。その後、多くの実験が行われて、今では様々な動物に対する「制限食」の効果がはっきりと認められています。ところで、一口に「制限食」といっても餌のやり方は難しいようです。人間と違ってマウスやラットは口をききませんし、体が小さく活動が活発、代謝も盛んであることもあって、あまり食事を制限すると弱ってしまいます。毎食、キチンと食事の量を制限するのはとても大変です。そこで、制限食の実験のなかでは単に餌をやる頻度を減らしたりするような相当、乱暴な実験も目につきます。 そのような難しさはありますが、かなり精密な制限食の実験では、自由食の約八〇パーセント程度の食事を与えているときが一番良い成績を収めています。まさに、「腹八分目」ということでしょうか。 この研究では平均寿命の他に重要な研究テーマがあります。それは、制限食の動物が単に平均寿命がのびるだけなのか、体の機能や頭も老化しないのかということです。単に平均寿命がのびるだけで、後半生は体の機能が衰えて生きているだけ、というのでは制限食の持つ意味が薄れるからです。そこで、研究の中から、二、三の例を示します。 まず、自由食と制限食のラットに「記憶力試験」をした結果を示します。
■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット ▲:25月齢ラット(老い) 左図は少しややこしいグラフですが、何を示しているかというと、自由食のラットは歳をとり、二五月齢になると頭がボケてきて覚えられなくなり、間違いが多くなることを示しています。上のグラフで黒三角の上の線が他の線と離れて上にあるのがそれを示しています。ラットの二五月齢というと人間では七〇歳程度ですので、すこし頭がボケて、間違いが増えるのも当然かもしれません。それに対して制限食のラットは二五月齢になっても記憶力は若い頃とほとんど同じです。
■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット ▲:25月齢ラット(老い)
このように、食事を制限すると頭の衰えも少なくなるとともに、体の抵抗力も衰えないようです。その実験として免疫力を測定した例を一二五頁に示しました。自由食ラットでは三月齢が免疫力のピークですぐに低下し、一四月齢ではすでに免疫力はピーク時の半分になっています。人間でいえば四〇歳にあたります。このように自由食ラットが早く免疫力が低下する のに対して、制限食ラットは免疫力の低下が少なく、ピークを打つのも一〇月齢と約三倍、免疫力が半分になるのは三〇月齢以上と延びることが判ります。免疫力が高いということは普通の感染性の病気も抑えますが、ガンなどのように異物を見つけ、それを除去する能力も高いことを意味しています。 このように、制限食のラットが長生きをするのは体は衰えているのに寿命だけ長いというのではなく、頭もはっきりしているし、免疫力なども若々しく体の機能が低下していないことに起因しているのです。これらの結果を総合的に考えると、あまりに栄養が少なければ寿命が低下しますが、ある程度栄養が獲得できると平均寿命が延び、さらに行き過ぎて「食べたいだけ食べる」ような状態になると逆に平均寿命が短くなることが判ります(松尾光芳編著『老化と環境因子』(学界出版センター)を参考にさせていただきました)。

『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231108 123

左図下にはマウスの栄養と生存曲線を示しましたが、栄養を普通に与えているマウスに対して、カロリーを制限したマウスの生存率は明らかに長いことがよく判ります。人間でいえば普通の人が八〇歳の寿命なら一二〇歳も生きることができるということになるのですから、本当にすごい差があるものだと駕きます。 実は、栄養を制限するとマ ウスの寿命がのびることが発見されたのはかなり前のことで、アメリカ人のマッケイ博士が今から六五年前に見いだしました。その後、多くの実験が行われて、今では様々な動物に対する「制限食」の効果がはっきりと認められています。ところで、一口に「制限食」といっても餌のやり方は難しいようです。人間と違ってマウスやラットは口をききませんし、体が小さく活動が活発、代謝も盛んであることもあって、あまり食事を制限すると弱ってしまいます。毎食、キチンと食事の量を制限するのはとても大変です。そこで、制限食の実験のなかでは単に餌をやる頻度を減らしたりするような相当、乱暴な実験も目につきます。 そのような難しさはありますが、かなり精密な制限食の実験では、自由食の約八〇パーセント程度の食事を与えているときが一番良い成績を収めています。まさに、「腹八分目」ということでしょうか。 この研究では平均寿命の他に重要な研究テーマがあります。それは、制限食の動物が単に平均寿命がのびるだけなのか、体の機能や頭も老化しないのかということです。単に平均寿命がのびるだけで、後半生は体の機能が衰えて生きているだけ、というのでは制限食の持つ意味が薄れるからです。そこで、研究の中から、二、三の例を示します。 まず、自由食と制限食のラットに「記憶力試験」をした結果を示します。

■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット ▲:25月齢ラット(老い) 左図は少しややこしいグラフですが、何を示しているかというと、自由食のラットは歳をとり、二五月齢になると頭がボケてきて覚えられなくなり、間違いが多くなることを示しています。上のグラフで黒三角の上の線が他の線と離れて上にあるのがそれを示しています。ラットの二五月齢というと人間では七〇歳程度ですので、すこし頭がボケて、間違いが増えるのも当然かもしれません。それに対して制限食のラットは二五月齢になっても記憶力は若い頃とほとんど同じです。

■::3月齢ラット(若い) □:11月齢ラット ▲:25月齢ラット(老い)

このように、食事を制限すると頭の衰えも少なくなるとともに、体の抵抗力も衰えないようです。その実験として免疫力を測定した例を一二五頁に示しました。自由食ラットでは三月齢が免疫力のピークですぐに低下し、一四月齢ではすでに免疫力はピーク時の半分になっています。人間でいえば四〇歳にあたります。このように自由食ラットが早く免疫力が低下する のに対して、制限食ラットは免疫力の低下が少なく、ピークを打つのも一〇月齢と約三倍、免疫力が半分になるのは三〇月齢以上と延びることが判ります。免疫力が高いということは普通の感染性の病気も抑えますが、ガンなどのように異物を見つけ、それを除去する能力も高いことを意味しています。 このように、制限食のラットが長生きをするのは体は衰えているのに寿命だけ長いというのではなく、頭もはっきりしているし、免疫力なども若々しく体の機能が低下していないことに起因しているのです。これらの結果を総合的に考えると、あまりに栄養が少なければ寿命が低下しますが、ある程度栄養が獲得できると平均寿命が延び、さらに行き過ぎて「食べたいだけ食べる」ような状態になると逆に平均寿命が短くなることが判ります(松尾光芳編著『老化と環境因子』(学界出版センター)を参考にさせていただきました)。


『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231108 123
2023年11月7日火曜日
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