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2023年10月26日木曜日

エネルギーはお金である

エネルギーはお金である 最後に、「お金がかかることとエネルギーの使用品とは同じ」ということについて追加します。 エネルギーの基礎となる石油はリットルあたり三〇円程度です。これをもとに、「お金とエネルギー」の関係を具体的に調べてみます。 まず、材料としてよく使われるプラスチックですが、石油から作るときには、反応させたり、加工したりするのに石油を使うので、できあがったプラスチックは一五〇円程度になります。つまり、一キログラムのプラスチックを作るのには、材料そのものとしての石油が約一リットル、製造するときに使う石油が四リットルと考えたらよいかと思います。 次に「鉄」です。「鉄」は石油に並ぶ主な資源で、地下に眠る鉄鉱石から作られますが、鉄が地下に眠っているときは、環境に何も影響を与えませんし、値段もタダとしてよいでしょう。 いよいよ、鉄鉱石を地下から掘りだし、選別し、船で太平洋をわたり、そして溶鉱炉で還元するには、石油が必要です。山元では掘削機を動かす燃料、船で運ぶときは重油や軽油が使われ、溶鉱炉では酸化鉄を還元するのに石炭も使われるからです。このように鉄を作る工程で使われるものは石油か、石油で換算できるものだということが判ります。 生産工程を分析し、そこで使ったものを石油に換算しても、石油の価格を一定とすれば、お金で計算しても同じというわけです。 先ほどの省エネ自動車の場合、自動車一台作るのにかかる石油は平均して約六六キロリットルです。それに対して、六年間で節約できる石油は六キロリットルと計算されます。つまり、環境に与える影響は、お金で計算しても、石油で計算しても、ほとんど同じことが判るのです。 「省エネ」というのは「ガソリンだけで考えれば省エネ」というのではその目的を達しません。太陽電池と同じで、一台の自動車が誕生してから廃棄されるまでの一生にわたって使うエネルギーが少なくならなければ意味がないのです。それは取りもなおさず「一番、お金がかからない方法」ということになります。 最近では「お金がかかっても環境に良ければ」という人は少なくなりましたが、今後はますます「お金」と「環境」は関係が深くなると考えられます。昔は、工場から煙を出して生産することも許されましたし、少しぐらいの毒物を排出しても問題にはされませんでした。しかし、現在ではそんな工場は許されません。きちんと環境を守って運転されています。喋境への投資も含んで商品の価格が決まっているのですから、ますます「お金」と「環境」が比例するようになって きました。また「手間がかかる」という意味でお金がかかる商品もありますが、それも同じです。どのような理由でお金がかかっても、それは結局のところ「ものやエネルギー」を使うからです。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231026    79

シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」①地球温暖化の科学

シリーズ「脱炭素の正体をトコトン語る」①地球温暖化の科学 脱炭素資料

2023年10月25日水曜日

「省エネ製品」が省エネにならない仕組み

「省エネ製品」が省エネにならない仕組み 「省エネ製品」と呼ばれる一群の製品があります。この製品を買う目的は二つあります。 まず、第一に環境のために少しくらい損をしてもよいと考えるとき。そして第二には、電気代やガソリン代が安くなるのならその方が「お得」と思う場合です。 この節のテーマは「省エネ製品」を勉強し、その上で何を買うと環境に良いか、わたしたちは何を錯覚しているのか、です。 具体的な例からスタートします。 「省エネテレビ」を買い替えるときの計算です。 六年間使った古いテレビの消費電力が一二〇ワットで、新しい「省エネテレビ 」は電気を二割、倹約できるとします。買うときの値段は一〇万円。そして、省エネテレビを一日三時間ほどつけて六年間使ったとします。日本はテレビの平均使用年数が六年ですので、それを基準にします。そうすると、その六年間で、倹約できるお金(電気代)は三〇〇〇円ちょっとです。一方、テレビの平均耐用年数は一二年程度ですので、「古いテレビ」を我慢してそのまま一二年使ったとすると、新しく買うための一〇万円が必要なくなりますので、省エネテレビを買うより、古いテレビを使った方が、九万七〇〇〇円も倹約できます。 当たり前のことかも知れませんが、いくら「省エネ」といっても、新しく買うほうが、ずいぶんお金を使うことが判ります。まして、最近、家電リサイクル法が施行されたので、テレビを捨てるときに、さらに六〇〇〇円程度かかり、ますます、この差は拡がり、できるだけ古いテレビを使う方が環境に良いということになります。 それでも「省エネ」テレビは電気という貴重なエネルギーを節約できるので、環境のためには一〇万円損しても省エネテレビに買い換えた方が良いと思う人もおられるでしょう。この問題は、「省エネ自動車」の話のあと、まとめて整理をします。まず先に省エネ自動車。 今、使っている家の自動車の燃費がリットルあたり一五キロメートルとします。最近、リットルあたり二〇キロメートルも走ることができる「画期的な省エネ自動車」が開発されたと聞き、購入することにしました。この場合も、テレビと同様に六年間使い、購入価額は二〇〇万円で足行距離は六年間で一〇万キロメートルとします。 省エネ自動車を使うことによって、六年間に倹約できるガソリン代は約一七万円。さすがに自動車だけあって倹約できるお金は相当なものです。 それでも、今、使っている自動車をそのまま一二年間使うのに比較すると一八三万円の損になります。つまり、燃費がずいぶん良くなった省エネ自動車を買っても、購入したときのお金を取り返すには、七〇年ほど使わなければならないことが判ります。 省エネテレビと同じですが、まず、「お金」という点では「今、使っているものをできるだけ長く使う」ということが、一番の倹約になること、第二に、「省エネで倹約したお金が買うものの代金を補うまでには五〇年程度は必要」ということが判ります。 それは古いものを使うのが一番良いのは当たり前だよ、と誰でも思うでしょう。でも、省エネでテレビの電気代が二割倹約できたり、ガソリン一リットルあたり五キロメートルも余計に走れれば、結構、倹約できるので、購入する代金くらいはすぐ取り戻せると錯覚している人もおられるのではないでしょうか。

その程度ではダメなのです。この点をすっきりさせるために、さらに、極端な場合を計算します。もし、「電気のいらないテレビ」を一〇万円で買った場合は、三七年間使えば「もとがとれる」ことになります。「ガソリンがなくても走る自動車」ができたとしても、もとがとれるまで二四年かかります。

このように「省エネ製品を買った代金を省エネで倹約した分のお金でもとをとる」ことができない理由は、現代の高度な工業社会に求めることができます。この原理はリサイクルがかえって環境を汚す原理と同じです。 高度な社会での生産では「作るときの労力」がきわめて大きいのが特徴です。例えば、鉄やプラスチックなどの原料はおおよそ、一キログラムあたり数百円です。それに対して自動車、テレビ、パソコン、そして携帯電話など、わたしたちが日常的に使う工業製品を、重さあたりの値段に直しますと、おおよそ一キログラムあたり一万円から一〇万円の範囲に入ります。 つまり、高度な工業製品とはそのものの持つ材料の価値の一〇〇倍から一〇〇〇倍も高いのです。それに対して、その製品を動かすガソリンや電気は、比べられないほど少ない。それは、ガスコンロや電球のように「加工度」が低い製品の場合と大きく違います。ガスコンロなどは、購入するときの価格が安く、それに対して毎月かなりの量のガスを使いますが、現代の日本のように高度に工業化した社会では、このような製品は少ないのです。なお、本著の計算は金利など購 入代金を調達する負担を入れていません。それを入れると、さらに「省エネ」は難しくなります。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231025   77

東京郷友連盟で陸上自衛隊久里浜駐屯地研修に行ってきました

東京郷友連盟で陸上自衛隊久里浜駐屯地研修に行ってきました。事前に、久里浜駐屯地の総務に連絡すれば、一般の方も研修可能とのことでした。資料館では、ニイタカヤマノボレの電文の原本に触れることができたり、最新の電子戦の内容を垣間見ることができて、少し安心することができました。

詳細は別途、お知らせいたします。 久里浜駐屯地見学問い合わせ先

2023年10月24日火曜日

「すねかじりの論理」

「すねかじりの論理」 まれには、太陽電池をコストや補助金をもらおうというのではなく、純粋な環境問題としてとらえている人もいます。 その一つの理由は、石油が無くなったとき太陽電池で電気を作らなければならないと考えているからです。しかし、それは単なる「希望」であって、「現実」にはなりえません。なぜなら、「太陽電池のシステムを作るために必要なエネルギーは、太陽電池から得られる電気より多い」からです。 つまり、屋根に据えた太陽電池は、据えつけてから廃棄されるまで「太陽電池の寿命が尽きるうちに」、その太陽電池を作るためのエネルギーを作りだせないのです。 その結果、「もし日本に石油が輸入できなくなったら」ということを考えると、最初に発電ができなくなるのは、石油を使う石油火力発電ではなく、石油を使わない太陽電池という皮肉な結果になるのです。 少し、言い方が悪いのですが、これは「すねかじりの論理」と言えるものです。 親のすねをかじっている息子は何でも親が買ってくれると信じています。例えば、車を買ってもらうときでも、息子の関心は車の性能やスタイル、そしてガソリンの燃喪です。車そのものは親が買ってくれるので、むしろ購入代金は高い方が良いくらいです。 ところが、その息子も自分が親になり、家計を心配しながら車を買うときは別です。ガソリン代も問題ですが、購入代金、寿命、税金、保険などを全部考えて車を買います。もし、セールスマンが「ガソリン代だけ考えればよいでしょう」と言ったとしたら、むしろあきれるか怒るのではないかと思います。 環境問題を複雑にしているものにこの「すねかじりの論理」がはばをきかせます。それは「目に見えるものだけを注目する」ということでもあり、また「全体を考えずに、自分に関係することだけを重視する」ということでもあります。 すでに何回か指摘しましたが、環境とは「全体」であり、決して「個別」や「部分」ではありません。そして「わたしには全体は判らないので、部分的にでも貢献できれば」という善意がかえって環境を悪化させることが多い、その一つの例なのです。 また、「将来、太陽電池の効率が上がって、石油火力よりよくなるかもしれない」、「大量生産しなければコストが下がらない。下がらなければ実用化しない」などの説明を信じている人もおられると思います。 すでに太陽電池の研究はかなり進んでおり、大きな会社が取り組んでいることもあって、将来見通しや大量生産して採算に合うかについては、太陽電池のメーカーの重役はよく判っています。それに、本当に太陽電池に見込みがあれば、何も税金で応援しなくても日本の電力会社が太陽電池の発電所をつくりだすでしょう。日本の電力会社は電気の安定供給に全力をあげています。経営も良心的です。もし、太陽電池が「無料、無限、無公害」で国民のためになるなら、電力会社は何も好きこのんで、外国から石油を買って電気をおこすことはしません。ただちに、太陽電池に切り替えるはずだからです。 太陽の光はタダですが、「タダより高いものはない」ということでしょうか。 ずいぶん長い間、太陽電池の研究や実用化には税金が投入されてきました。もう、このへんで 太陽電池を開発する方も税金に頼るのをやめて、本当に日本のために役立つ太陽電池を自分の力.で開発をしてほしいと思います。もともと「環境」と「税金」はなじまないのです。そして、そのように決意をすれば、「太陽電池が良い」と主張しなくても、自ずから太陽電池が使われるようになるでしょう。 良いことを行ってる人でも、「わたしは良いことをやっています」と言った途端、その人の善行はすっかり色があせるのと同じように、「環境」とは、人にたいして「わたしは現境に貢献しています」と宣伝するものでもなく、また、「わたしだけが税金をもらって環境を守っています」というものでもありません。すっきりいきたいものです。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231024   73

R5 10/24 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第231回

R5 10/24 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第231回 金の力に負けた現自民党政権から日本の真の保守を訴える「日本保守党」の応援をよろしくお願いいたします。

2023年10月23日月曜日

R5 10/23 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第230回

R5 10/23 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第230回