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2023年10月14日土曜日

「自民党にいるべきではない!」故・安倍元首相は予言していた!トンデモ条例を押し進めていた自民党 埼玉県議会議員の正体と、公明党が賛成に進んだ理由とは!?

「自民党にいるべきではない!」故・安倍元首相は予言していた!トンデモ条例を押し進めていた自民党 埼玉県議会議員の正体と、公明党が賛成に進んだ理由とは!?

マンションという空中で寝ているわたしたち

マンションという空中で寝ているわたしたち わたしたちは、「架空」と「部分」をキーワードとした狭い、変な環境のなかで生活をしているのではないか? そういう疑問がふつふつと湧いてきます。 この節ではその疑問を解く一つの鍵として、「人工的な住環境」のなかに住むわたしたちということに焦点をあててみました。

夜、マンションの玄関を入り、わたしはエレ ベーターに乗って十一階の自分の部屋にたどり着きます。食事をして風呂に入り、テレビを見る。普段となんにも変わらない時間をすごし、一日の無事を感謝してベッドにもぐります。 深夜、ふと目が覚めると、どうも落ち着きません。夜が深いこともあり、自分の感覚はとぎすまされ、ベッドのきしみとわずかに下のほうから聞こえてくる車の音がわたしの耳をうちます。突然、わたしは、自分が空中で寝ていることに気がつくのです。もし、自分のマンションが透明の材料でスケルトンにできていたら、十一階で寝ている自分はさぞ滑稽でしょう。まるで空中で枕をならべているさなぎのように感じられます。 でも、空中で寝ているのはわたしやわたしの家族だけではありません。マンションのすべての人が空中に浮いています。そしてその隣のマンションも、また隣も、みんな空中で寝ているのです。 わたしの目はしだいに上空に昇り、港区の風景が目に入ります。深夜というのにまだ眠らない都会。二本の光が蛇のようにくねっている高速道路。そのなかに無数のマンションが並び、人間が空中で枕をならべて寝ているのです。 それでも、空中に浮いて寝ること、それはまさに人間の二〇世紀の希望と夢の一つの形でもあったのです。 このような変な夢、人工的住環境はいつ頃から生まれてきたのでしょうか? ホイットニーが工業部品の標準化という着想を考えだし、同じ規格で同じ品質の部品を作ることに成功したのは、今から二〇〇年前、一八世紀の終わりでした。そして、それは自動車王、フォードにベルトコンベアーのアイディアを生みださせ、T型という新しいコンセプトの自動車として結実したのです。 T型フォードと呼ばれた、この大量生産の車は、 「フォードの車を追い越すことはできない。T型を追い越せば、その先はまたT型だ」 といわれるほど普及しました。前にのろのろと走るT型フォードがいるのでイライラして、やっとそれを追い抜くと、またその先にT型フォードがいる、何台追い越しても同じ車が走っているというわけです。 T型フォードの大量生産方式は、やがて多くの産業に拡がり、石油化学、鉄鋼、内燃機関の発達とともに、桁違いの工業製品が作りだされました。人類の誕生以来、二〇世紀の初めまで、常に物不足に悩まされてきた人間にとって、生活に困ることのないほどの物質の供給という人類の夢がかなえられたのです。 今や先進国では物質があふれ、コンクリートで作られた人工的環境が町を支配しています。東京都の北方、大宮市の高いビルの上から、はるか南の方に目をこらすと、東京のビル群を越えて横浜の「みなとみらい」の高いランドマークタワーが見える気もします。 そこまで直線で約五〇キロメートル。ほぽ人間の視界の限界です。そして、その視界の限界まで、アスファルトの道路、ビッシリと立ち並んだビル。緑の木々はほんの少しで、土を見つけることができません。完全な人工的空間、人工的な自然環境です。もちろん他の生物との共存はまったく拒否しています。僅かに、視界の途中にある上野動物園のオリの中に閉じこめられた動物たちの悲鳴が聞こえるような錯覚にとらわれます。 「空中で寝ること」はわたしたちから何を奪っているのでしょうか。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231014  39

【第191回】有本 香Channel生放送 【ゲスト:井川意高】

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羽田空港が更に便利に

羽田空港アクセス線はなぜ今になって着工し始めたのか?【ゆっくり解説】 羽田空港が更に便利に

【本当は教えたくない】和の匠の旨すぎて箸が止まらなくなる“とろっとろのカレーうどん“の作り方【日本橋ゆかり・野永喜三夫】

【本当は教えたくない】和の匠の旨すぎて箸が止まらなくなる“とろっとろのカレーうどん“の作り方【日本橋ゆかり・野永喜三夫】 二人前 うどん 冷凍 200g 二玉 豚バラスライス 200g 長ねぎ  1本 併せ調味料 カレールウ 二種類以上 全体で 60g 麺つゆ(三倍希釈)   160ml 水    800ml 片栗粉  大1 調理法 ① うどんは、購入した冷凍うどんの解凍方法によりゆでて、湯切りしておく ② フライパンに併せ調味料をいれ、混ぜ合わせる ③ 長ねぎは、根元を切り落とし、白い部分と青い部分に分けておく。白い部分は、縦に四等分し、5センチ幅で、切って①フライパンに入れる。 ④ ネギの青い部分は、縦4等分に切り、5センチ幅で切っておく。 ⑤ 豚バラ肉も、5センチ幅で切っておく ⑥ ②に⑤を入れ中火にかけて、混ぜながらカレールウを溶かす。 ⑦ 一煮立ちして、豚バラに火が通りとろみがついたら④の青いネギを入れ中火にして、ネギの青い部分が鮮やかな緑色になったら火を止める。 ⑧ 器にうどん、⑦を盛り付けて、完成です。

レシピメモ 【生姜の保存】冷凍でムダなくスグ使える方法。生姜の冷凍保存の決定版♪

レシピメモ 【生姜の保存】冷凍でムダなくスグ使える方法。生姜の冷凍保存の決定版♪ ⓪ 生姜の掃除 切り口は、新たに包丁を入れ、切りとっておく。包丁の刃で、皮をこそげる様に剥ぎ取り、軽く水洗いし、水気を取っておく。 ① 生姜は皮をむいて、すりおろしておく ② すりおろした生姜の中には、長い繊維が入っているので、其の儘冷凍してもよいが、箸などでできるだけ取り除いておいた方が、口当たりがよい。取り除いた繊維にも周囲に身がついているので、それも絞っておく。繊維は捨てる。 ③ ビニール袋に小分けして入れておくが、コツは、手で押し付けて、出来るだけ空気を抜いておく。観た感じは、スライスチーズみたい。 ④ 冷凍庫のなかで一度凍らせてから、より風味を保つために、ジプロックなどに入れ替えて、冷凍庫に戻す。 ⑤ 必ず保存した日時をわかるようにしておく。紙などに書いて、一緒に同封しておく。 この状態で、2,3か月は余裕で使える。この動画の作者は半年程度は使っていると動画の中で語っている。 ⑥ 使い方は、ビニール袋の中の生姜を少しずつ割って、小皿などに出して、自然解凍させる。 ポイントは、空気を抜くこと。酸化を防ぐ工夫が大切のようです。⑥の使い終わって、少し残った生姜のすりおろしたものを格納するときも、出来るだけ空気を抜いておくことがポイント。

2023年10月13日金曜日

◎脳以外は人間の器官のブタ

◎脳以外は人間の器官のブタ

それなら、ということで、人間の欲望はしだいに拡がります。 いっそのこと、人間肝臓ブタが作れるなら、人間腎臓ブタ、人間心臓ブタ、人間皮膚ブタなども役立つかもしれません。そうすれば肝臓も、腎臓も、心臓も、やけどしたときの皮膚も飼育しているブタから提供を受けることができます。さらに「人間足ブタ」を作れば、何かのケガで脚を切断したとき、人間足ブタから脚ももらえます。 要求はさらにエスカレートします。 そのうちには「えい、面倒だ!」ということになり、肝臓だけブタとか皮膚だけブタとか区別をすると病院に飼育しておくブタの数が多くなるので「脳だけブタで体は全部人間」というブタを作っておいた方が能率的だと誰かが提案をするでしょう。何しろ効率一辺倒ですから、飼育するブタの数を減らせばよいのであり、全体的なことは考えもしません。 かくして二本足で歩き人間の体を持ったプタが出現、病院の横に大きなオリを作りそこに「人間からだブタ」が大量に飼育されることになります。 そうなるとオリのなかのブタの体は人間と同じなので、意外に面倒なことが予想されます。例えばブタのメスは人間の女性と同じ体をしているので裸で飼育しておくのも風紀を乱す、着物を着せておかなければならない、オスのブタとメスのブタを同じオリに飼っておくと白昼公然と猥褻行為をしてもらっても困る、ということになり、「おとこブタ」の豚舎と「おんなブタ」の豚舎が用意されるでしょう。 さらに、いったいこの「人間からだブタ」は人間として扱うべきであろうか? それともブタか? 体はすっかり人間なのだから、どのように取り扱えばよいのだろうか? 人間の欲求を巧みに隠した議論は止まるところを知らず、そして、人間の欲望はブタで止まることもないでしょう。 人間肝臓ブタは、「部分的な正しさ」と「全体としての正しさ」の間の矛盾という意味でも示唆を与えてくれます。 「肝臓が必要なのだから人間肝臓プタを飼育して何が悪い」、「命の尊厳は判るけれど、現実に目の前の病人はどうするのだ」ということを個別に判断すると、それは「正しい」ということになります。 地球は丸く、美しいものです。そこに太陽が暖かい環境を提供し、海が柔らかい水蒸気をもやもやと立ち上らせ、雲を作ります。雲は青い空を悠然と泳ぎ、日陰と雨の恵みを地上にもたらします。地上には緑の草が一面に生え、森は風でそよぎます。小さな動物も大きなゾウもともに自然のなかで生き、遊び、そしてその命を終わります。 そんな美しい地球は「実体を持った顔境」です。そのなかで、人間だけが特別な生きものに見えます。草原を壊し、木々をなぎ倒し、そこに汚いコンクリートの林を作ります。 地面は石油からとれた真っ黒なアスファルトで固めますが、アスファルトの下には小さな、目に見えない生物がうめいています。おそらくは、アスファルトの熱で土の表面に棲んでいた小さな虫は全滅したでしょう。 そして、時とともに酸素も水も来なくなった土には、生命の影は消えてしまいます。 舗装工事をする人にも、それを計画する人にも、アスファルトの下に閉じこめられる虫の叫びは聞こえません。それこそが、かけがえのない命なのに。 かくして、「架空の環境」が誕生します わたしたちの生きたこれまでの時代は、「少しでも能率良くする」ということが大切だったので、「部分的な正しさ」を主張し続けてきました。 それを「遠元主義」ということもあります。 それは、ものごとを、できるだけ細かくして、その細かいことを改善したり、その善悪を判断するという方法です。たしかに、生産を大切にし、できるだけ多く作る、ということが目的なら、この還元主義は力を発揮します。個別のものが良ければ、その足し算である全体は、それだけでは良い方向に進むからです。 「道路の舗装」もその例です。道路を舗装するのは良い。ホコリが立たなくなりますし、車が走っても泥を跳ね上げなくなります。 部分的には正しいのです。同時に、道路を舗装するということは、それまで道路の土のなかで生活をしていた小さな虫や微生物は皆殺しになります。それでも、一本の道路を舗装しただけでは、殺された虫の数は全体から見れば無視できるでしょう。 しかし、日本の国土の多くをコンクリートで覆うほどになったら、人間は、それによって大きな打眼を受ける危険にさらされます。それは、あるいは急激なアレルギー患者の増加となって現れるかもしれませんし、精神的な圧迫感を感じ、不愉快な生活が待っているかもしれません。 ただ、判ることは、「泥を跳ね上げないように」という「部分的な正しさ」が、「人間は本来、自然の豊かな環境のなかで、他の生物と共存しなければこころの豊かさを感じられない」という「全体としての正しさ」を破壊してしまうことは間違いないのです。環境の時代は全体の調和を考えますから、還元主義は力を失います。 『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊) 20231013 33