何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
このブログを検索
2023年10月12日木曜日
R5 10/11【ゲスト:加藤 康子】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第222回
R5 10/11【ゲスト:加藤 康子】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第222回
00:00:00 準備画面
00:01:10 番組開始
00:09:50 本日のニュース項目一覧
00:11:35 岸田首相、イスラエル・パレスチナに停戦呼びかけへ&欧米5カ国の首脳が共同声明 イスラエルへ「揺るぎない結束した支持」
00:35:20 EV「技術力では決して遅れていない」トヨタ豊田会長&吉村知事 大阪府は外国人材の受入促進で官民連携、移民社会へ
01:27:22 日本のGDPは世界13位から27位に転落
01:41:53 青森で計画の大規模風力発電、地元反発で事業者が撤回
02:00:09 締め挨拶
2023年10月11日水曜日
◎食べ物を「実感」できた時代
◎食べ物を「実感」できた時代
狩猟時代ほど昔ではなくても、著者の子供の頃は食べものを「実感」することができました。茶碗のなかにあたたかいご飯がよそってあります。のぞき込むとご飯粒が見えます。そして、その白く小さく半透明のご飯粒に、農家の人の姿が映ったものです。
腰を曲げて田植えをする姿、夏の灼熱の太陽の下での草取り、滴る汗をふきとる緻だらけの手と黒光りした額、そして秋には収穫の喜びに顔がほころんでいる一家、さらに冬には囲炉裏の周りで藁(わら)をなう老人‥‥そんな農家の四季が茶碗の中のご飯粒に見えるのです。
そして、茶碗のなかのご飯粒をすこしでも残そうものなら「お米を作った人に申し訳がないでしょ!全部、食べなさい!」と叱られて、最後の一粒までお箸で拾ったものです。
魚でも野菜でもそうでした。台所に運ばれた魚は、頭を切りとり、内臓を取りだし、何枚かにおろして初めて食べることができました。魚をさばくあいだには、充血して真っ赤になった目ににらまれたり、ウロコで手をケガすることもありました。
「日の輝く春の朝、大人は男も女も、子供らまで加わって海藻を採集し、砂浜に広げて干す。漁師のむすめたちが脛(すね)を丸出しにして浜辺を歩き回る。藍色の木綿の布きれをあねさんかぶりにし、背中に籠をしよっている。子供らは泡立つ白波に立ち向かったりして戯れ、幼児は砂の上で楽しそうにころげ回る。(中略)婦人たちは海草の山を選別したり、ぬれねずみになったご亭主に時々、ご馳走を差し入れる。あたたかいお茶とご飯。そしておかずは細かにむしった魚ある。こうした光景すべてが陽気で美しい。だれもかれも心浮き浮きとうれしそうだ」。
(渡辺京二「逝きし世の面影」。幕末の日本を描写した女流旅行家イライザ・シッドモアの記録から)自分が田畑を耕したこともなく、漁船に乗ったことがなくても、生活のまわりには自然がありましたから、魚をとってくれる人たちの生活を頭に浮かべることが容易だったのです。そして、目の前の食料が自然からとれたものであること、それが、生物のかけがえのない命をいただいていることを確実に感じることができました。
もちろん、一見、美しく楽しく見える、このような生活には苦しみはありました。恒常的に不足する食糧、病気、貧困、子沢山などがつきまとっていましたし、この本に引用した昔の情景のなかには、美しさや躍動感とともに、登場人物の役割分担がきびしく感じられます。
昔というものが、美しく、それと同時に哀しさを持っていたことをうかがわせるのです。現代社会は冷凍食品に代表されるような、架空で実感のないものに取り囲まれています。食事の準備、頭や内臓をさばかなければならない魚、とりたての野菜すべてやっかいなものです。
これらはいずれも「効率」を第一にする社会では嫌われます。かくして、食料は四角くきざまれ、ときに「チン」するだけで食べられるようになってきました。
そのなかで人間はどのようにして「実物」を感じることができるのでしょうか?一度も見たこともなく、一度も経験したことがないもの、形も味も全くちがうものを人間は想像することができません。架空のなかで食事をし、生活をするようになります。
すでに都会の子供の大半が、架空の食事をしています。小さい頃、少しでも自然の恵み、自然からの食事を経験していれば、それが原体験となって、こころに残りますが、一度も稲を刈りとったこともなく、海から魚を釣ったこともなく、両親が、豪快に生きものを調理する姿を見たこともないその子供は、自分の目の前のお皿にのっている「物体」が命あるものであり、自分が生きるためには命をいただかなければならないこと、それをとってくれた人の額の汗を感じることはできません。
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
20231011 29
2023年10月10日火曜日
◎ニワトリを絞める いのちをいただく
◎ニワトリを絞める いのちをいただく
ひと昔前、まだ家がまばらに立っている頃、家の周りに塀が巡らされていることも少なく、家の裏には小高い丘があり、竹藪や背の低いブッシュが生えていました。
その頃、どこの家庭でも、家で食べる「ニワトリ」を絞めるのは父親と決まっていました。場所は裏庭。今夜はニワトリ のごちそうとなると、父親がニワトリを絞めに裏庭に行きます。子供たちは物陰に隠れて、こわごわと父親の様子を見るのです。そうして、ニワトリが「ギャー」という断末魔の鳴き声をあげると子供たちは耳をふさいで震えます。
それからしばらくすると、舞台は台所に移ります。ふだんは、あんなに優しい母親が包丁をもって、あのニワトリを血だらけでさばいているではありませんか! その様子を物陰から子供たちがおそるおそる見ます。その一つ一つが感受性の高い子供のこころに深く焼きつき、命の尊さ、その生命をいただいて生きる人間というものをおぽろげながら知るのです。
やがて、あのニワトリがホカホカの肉片となって食卓に上がります。子供はそれを複雑な面もちで見て、口にします。もごもごと口を動かしながら、子供はあの断末魔の声、毛の抜けたボッボツの肌、血だらけの肉を思い起こしているに相違ありません。
自然との共存、人間と自然との関係はニワトリを裏庭で絞め、血だらけでさばく一連の行動とともにその子供たちに理解されるのです。
最近はニワトリを裏庭で絞めることはなくなりました。かつて、血だらけのニワトリをさばいていた親は居間のソフアに座ってテレビを見ています。子供が「お腹が減った」と言いますと「冷凍庫の〇〇をチンしなさい」と言うだけです。そして、たちまちのうちに四角い肉片が皿の上にホカホカになって出てくる。子供は、その四角い肉片がかつて生きていた動物の一部である、まして、生まれてこのかた、都会に住み、ニワトリという動物すらほとんど間近に見たことがない子供にとっては、チンをした肉片が、生きものの一部であり、自分が、命をいただいて食べているという実感を得ることは難しいでしょう。
かくして、子供は冷凍食品をほおばり、テキストを小脇に抱えて塾へと走りだし、現実を喪失した世界へと旅立つのです。
かつて人類は食糧を得ることを最大の目的として家族を維持してきました。親は、弓矢を持って狩りにでかけ、畑を耕し、菜を育て、豆を煎りました。子供は少し大きくなると親の手伝いをしたり、あるいは田畑で両親が働いているまわりを飛びはねていました。
そうして一日が過ぎ、家族全員で夕飴の食卓を囲むのです。収穫と、その日一日の安全を神に感謝し、そして遠慮がちに糧(かて)を口に運びます。目に見るもの、手に触るもの、そして口の中で感じられるものは、昼間のあの「もの」なのです。
『日本社会を不幸にするエコロジー幻想』 武田邦彦著 (青春出版社 平成13(2001)年刊)
20231010
R5 10/10 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第221回
R5 10/10 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第221回
00:00:00 準備画面
00:01:25 番組開始
00:08:22 本日のニュース項目一覧
00:12:42 自民党情勢調査で「自民41減」「公明10減」
00:29:39 独女性、ハマスに拘束 中国系も、外国人巻き添え / イスラエルに近い東地中海に最新鋭の原子力空母展開 米政権
01:02:27 「突破口開き 懸け橋も維持してくれた」北方領土の元島民 鈴木宗男議員のロシア訪問を"評価"―日本維新の会は10日にも処分
01:31:42 クルド人排斥デモ、市民抗議で中止 川口市、差別団体のヘイト激化
01:36:13 バイデン政権“メキシコ国境沿いの壁”方針転換し建設認める
01:44:16 虐待防止条例改正案に「危機感」あらわ PTA協議会が反対署名活動
01:56:18 万博警備費、200億円を国負担で最終調整へ 費用膨らみ別枠確保
02:15:16 締め挨拶
登録:
投稿 (Atom)