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2023年6月6日火曜日

靖國 R0506 第815号

靖國 R0506 第815号 靖國 R0506 第815号 調べれば調べるほど、日本が包囲され、ズタズタにされようとしていると思われることばかりが起こります。これに対抗するには、本来の日本人の精神的支柱を取り戻すことが必要だと思います。 陰謀論ではなく、陰謀です。

2023年6月5日月曜日

「魚離れ」はなぜ起きた?

「魚離れ」はなぜ起きた? 何事も、原因がつかめていなければ方向性が定まらず、それが的外れであれば、いくら頑張っても徒労になってしまう。そもそも、かつては魚食大国ニッポンと世界で呼ばれたわが国が、どのように魚離れを生じたのか。それは戦前から現代に至るまでの国内の食の変遷を辿ると見えてくる。 戦前から戦後にかけて、国民は飢えつつも一様に魚を食べていた時代があった。基本的には肉は手に入らず、魚、米、野菜が食の主軸であったが、ここから昭和の高度経済成長期に入り、新たな食材と食習慣が国内外からもたらされた。それは小麦粉、油、乳製品、そして若干の肉である。これにより戦後の飢えた状態から一気に日本人の栄旋バランスが向上する。米国のシンクタンクが調査したところによると、日本の昭和30~40年代の食事は、世界で最も健康に良い食であるとの報告があるし、生活習恨病患者100人にこの頃の食を1か月摂取させたところ、ほぽ快癒した東北大学での実証結果を見ても、その優秀さは歴然としている。 ところが、この時期に導入され定着していった海外からの新しい食習慣がエスカレートし現代に向かうと、 食の多様性を享受する反面、それは洵外からの輸入に頼ることとなり、相対的に肉と小麦粉の消費量が増え魚と米の消費量が減っていった。そして時期を同じくして生活習慣病が増えていったのは無関係とはいえない。

国民の年齢層で見ると、今の魚食を支えている主力は、かつて昭和期を経た60代以上の年配層であり、30~60歳の働き手たちは、幼少の頃の味は覚えているので食べたくても食べ方がわからない場合が多い。したがって外食で魚を食べることとなり、これが今の魚食を支えている。そしてそれより若い枇代となると、家庭での魚の味を覚えているとは限らず、魚はメインから外れ、常食のオカズ(日常=ケ)から嗜好品(非日常=ハレ)へと変わりつつあるのが実情である。ここから未来を予測すると、このまま放放置すれば、そのような世代の成長と同時に魚をよく食べる世代が寿命を迎え、魚離れはさらに進行することが見込まれるわけだが、その核は実は家庭内の魚食にあるということが、この一連の流れから絞り込めてくるのである。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える  上田勝彦氏より R050605

【続:虎ノ門サイエンス】日本の技術は大丈夫!?「MRJ」「H3ロケット」の失敗から見えた日本の欠陥とは?

【続:虎ノ門サイエンス】日本の技術は大丈夫!?「MRJ」「H3ロケット」の失敗から見えた日本の欠陥とは? 武田邦彦先生の解説は実際の現場に立脚しており、よく理解できます。国の関与が研究に与える悪影響を放置することは、日本の技術力を削ぐ方向での施策が優先されていることなのでしょう。右を見ても、左を見ても、大きな障壁に囲まれていますが、果たして、この環境から抜け出すことは可能なのでしょうか?

2023年6月4日日曜日

進む魚離れと魚食普及の取り組み

進む魚離れと魚食普及の取り組み 我が国の水産物消費量は、この40年の間に上下を繰り返しながら盛時の5分の1まで減少し、ここ数年は低水準のまま横ばい傾向、かつ少しずつ減少が続くという状況となっている。 この「魚離れ」という衰退一途に見える状況への対策として生まれた言菓が「魚食普及」であった。この取り組みについて、水産業界が決して怠けてきたわけではないことは、30年間関わってきた箪者の経験からも断言できる。業界と行政、官民一丸となって、原因を探し、魚食普及に従事する組織を立て、関わる人々がそれぞれに自分たちが考える魚食普及に取り組んできたことは事実である。にもかかわらず、なかなか功を奏する施策が見いだせないでいるのはなぜだろう。 たとえば魚食普及に取り組む母体のひとつの主力として、漁業協同組合の女性部がある。魚離れと共に歩んできた魚食普及の歴史は40年にわたり、それだけのベテランも揃っているわけであるが、尋ねてみると、効果がいまひとつ感じられないとの返答が多い。自分の亭主が捕ってくる魚を少しでも高く多く売りたいという願いから、おいしく食べてほしいという食べ方提案が始まり、さばき方教室や各所で展示会、祭りのふるまいも好評、であるにもかかわらず、期待する効果が得られないまま、この40年間を繰り返して頑張ってきたのはなぜだろう。 思い当たることが二つある。ひとつは、効果が上がっていないと感じながらも、行動や思考に結果をフィードバックせずそのままのスタイルで続けてしまったこと。そして、魚に対する想いが強いゆえに、また、活動結果が好評だったゆえに、「伝える」ことがそのまま「伝わってい る」とかんちがいしてしまったことだ。この二点が重なると、結果がど うあれやり続けるという肉弾戦になってしまう。この状況は、浜の母さんたちに限らず、実は魚食普及そのものにみられる傾向で、それが魚というものに関わる人間の特異性でもある。ここにまず自ら気づき、変化する消費者に寄り添い乗り越えていくことが今後のカギとなる。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える  上田勝彦氏より R050604

2023年6月3日土曜日

日本人が魚を食べる意味

日本人が魚を食べる意味 わたしたち日本人は、どこの何をどのように食べて生きていくのがいいのだろうか。ある人は地産地消だと言い、ある人はグローバル化の時代に国際分業なのだと言う。地産地消は地域経済の循環という意味では理解できるが、後者の場合、本当にそのような形が実現するのかどうか、昨今のウクライナ紛争や中国の情勢による物資・流通の停滞などを鑑みれば、そこまで世界は成熟していないように見える。端的に言えば、食を他国に依存していると、戦争をしなくても言いなりにならざるを得ない国となり、はたしてそのような自立できない民の集合体が、そもそも国と言えるのであろうかとの疑問に突き当たる。つまり、食のありようは、国そのものの姿なのではないだろうか。

日本は東西南北に長く、約7000個(ブログ作者注)の島から成る弧状列島であり、その真の姿は、世界地図を逆さにしてみるとわかりやすい。面積は世界で61位と小さいが、その海岸線の長さは世界で6位。これは島の多さと岬と浜が緻密に交互に入り組む海岸地形に由来し、この総海岸線の長さは、米国や豪州よりも長いのである。 ここに生息する魚類は約1400種、うち食用となりえるものが約300魚種。甲殻類や海藻・貝類を含めると、およそ500種程度の魚介類を我々は享受している。片や陸地に目を注ぐと、面積の割には山が深く、森林が旺盛であり、そこから土の栄養に満ちた無数の川が流れて海に注ぐ。結果として下流には肥沃な扇状地が広がり、米や多くの野菜を産じ、陸の栄養は最終的に海に入る。この広大な三次元の生産力維持システムが凝縮しているのが、日本の地則的条件であり、食環境を生み、風土と命を育む。 国として立つ限り、自国の国民を自国で養うことが前提であるとするならば、このような立地条件において、そこに住む人間すなわち日本人は、どのような食べ方をすれば、持続的に生きていけるのかを考えてみると、必然としてその答えが浮かび上がる。 たとえば米国は、特定の品種を大量集約的に生産する技術に長けており、自給体制を整えている。英国から持ち込まれた牛肉食を効率化し牧畜を盛んにし、自国民のタンパク質と輸出による外貨を確保する。一方、中国は、椅子の脚以外は何でも食べるというほどに食の可能性を拡大し、それを容易においしくする技術を構築・伝承し、膨大な国民を養おうとしてきた。またインドや中近東では、 牧畜に牛を用いれば貧栄養の国土を枯らしてしまうためこれを禁じ、雑穀や雑草でも育つ鶏、ヤギやヒツジをたんばく源とし、更に土地に空気中の窒素分を固定しタンパク化する豆類を多用する料理が発達した。 このように各国とも、自国民をどのように養うかを真剣に考え、その施策の根底には風土に鍛えられた哲学や宗教を垣間見ることができる。では振り返り、日本の場合はどう だろうか。これまで述べてきた地理的探境から考えると、まずタンパク質としては魚、そして米、野菜、あとは狭い国土でも少ない労力で生産できる鶏、豚、若千の牛、ということになる。すなわち「魚、米、野菜、時々肉」という食のかたちこそが、日本の風土に根差したいわば国民食であり、この生産基盤となる環境を壊さず、その季節その年に手に 入る動植物をまんべんなく食べていけるなら、わが国は、他国に依存せず食っていけるの ではないかとの結論に至るのは、理想というよりむしろ必然ではないかと思えるのである。 日本人が魚を食べる意味、そして魚を食べることから離れてはいけないわけは、ここにある。島国が魚食から離れるということは、それは国の自活の道を捨てることにほかならず、国としてのアイデンティティを失うことになりかねないのではないか。昨今の日本に起こっている国民の「魚離れ」という現象は、ここに大きな危機を内包している。 うえだ・かつひこ/ウエカツ水産代表、魚食普及活動家 1964年島根県出雲市生まれ。長崎大学水産学部在学中にシイラ漁師として1動き始めて以降、日本の漁村を行脚。1991年水産庁に入り、漁業取締・調整、加工流通、漁村振興、調査捕鯨、マグロ漁場開拓等に従事。2015年水産庁を退職し、魚食文化の普及を独自に行う「ウエカツ水産」を起業。テレビ、雑誌、ラジオなどのメディアをはじめ、料理教室でも魚食の魅力を伝え、日本の水産業を支える「魚食力」の再興を訴える。著書に「ウエカツの目からウロコの魚料理J(東京書籍)など。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「魚離れの実相」事実の理解とその対策・展望を考える  上田勝彦氏より R050603 注:国道交通省が2022年に電子国土基本図を用いて、縞の数を数えなおした結果、14.125島となっています。したがって、日本の最新の海岸線を示した最新データはまだなく、以前の島数から導かれた、約36000Kmが総延長として良いのでしょう。因みに、一位はカナダの202,000Km、二位はノルウエイで83,000Km、三位はインドネシアで57,000Km、となっています。(ウイキペディア調べ)

2023年6月2日金曜日

IWCは脱退したけれど‥‥

IWCは脱退したけれど‥‥ 2019年6月30日、日本はついにIWCを脱退。持続可能な捕鯨を行ってきた日本の文化を、反捕鯨国に札束で抱き込まれた国々が多数を占めて否定するような組織に、拘泥し続ける必要はない。とかく事なかれ対応が目立つ日本も、やるときはやるものだと、脱退の知らせに快哉を叫んだものだった。31年ぶりとなる商業捕鯨再開に、「また安くて美味しい鯨肉が食べられるようになる」と期待したのは、私だけではなかっただろう。 ところがその後も、市場に出回る鯨肉はいっこうに増えなかった。不思議に思っていたところに、衝撃のニュースが飛び込んできた。政府は脱退に伴う海外からの厳しい視線に配慮して、自ら捕獲枠を制限その結果、捕獲可能頭数の上限を調査捕鯨時の6割に減らしたというのだ。これではIWCを脱退した意味がわからない。「圧力に屈して、自ら手足を縛る日本」は、残念なことに健在だった。 それまでの調査結果から、例えばクロミンククジラは南氷洋に51万頭もいると椎定され、むしろ増えすぎで餌となるオキアミや魚が減るなどの影響が出ている。鯨類研究所によれば、全世界の鯨類が食す海洋資源の量は、漁獲量の3~5倍にあたる。 鯨を過度に保護すれば魚の量が減り、海の生態系のバランスが崩れていくのは明らかだ。 このまま策を講じなければ、古事記の時代から続いてきた日本の鯨食文化が、衰退・絶滅してしまうのではないか。「もはや鯨肉の需要がない」という声も聞かれるが、目の前にないものは手に取りようもないし、あまりに高価であれば手は出せない。かつてのように給食で、鯨肉の竜田揚げや大和煮、鯨カレーなどを出す地域や機会を増やし、身近な食材としての認識を広めることも一案だ。 免疫力を高めるビタミンAや血液をつくる鉄分を多く含み、高タンパク、低カロリー、脂が冷えても固まらない不飽和脂肪酸、認知症予防にも効果があるとされるバレニンが豊富と、鯨肉は優れた食材でもある。そうした知識もぜひ広めたいものだ。 海の生態系と日本文化を守るためにも、国には捕鯨枠の再考を強く求めたい。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より R050602

2023年6月1日木曜日

『 ビハインド・ザ・コーヴ』が暴いた捕鯨問題の舞台裏

『 ビハインド・ザ・コーヴ』が暴いた捕鯨問題の舞台裏 「映像の借りは映像で返す」と敢然と立ち上がり、『ザ・コーヴ』の舞台である和歌山県太地町に乗り込んだのが八木景子監督だ。 一筋縄ではいかない撮影だったが、淡々と疑問を追い、捕鯨支持派のみならず反捕鯨団体幹部にもひるまずインタビューを敢行。2015年、映両「ビハインド・ザ・コーヴ」を 発表し、この問題の裏にある冊を見事に浮かびあがらせた。 特に衝撃的だったのは、アメリカが日本の捕鯨をやり玉にあげ始めたきっかけが、ベトナム戦争中の1972年、ストックホルムでの国連人間環境会議であったという内容。そのまま環境会議に突入すれば、ベトナムに枯菓剤を撒きまくつている自国が糾弾されることが明らかだったアメリカは、そこから目を背けさせるために日本の捕鯨を急遽、議題に追加し、スケープゴートにした。ご丁寧に、アメリカは同年、海洋哺乳類保護法を施行している。その裏で、ミサイルや衛星の潤滑油として使用するマッコウクジラの頭油を日本から輸入していたというから、ご都合主義に開いた口が塞がらない。 『Renaisance Vol.13』ダイレクト出版 「消えゆく日本の伝統食」野生肉の復活を 葛城奈海氏より R050601