何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2022年10月4日火曜日
金儲けのための地震予知
金儲けのための地震予知
何とも驚くべきことですが、ではなぜ、こんないい加減な地震予知が行なわれたのでしょうか。
現在は特にそういう傾向が強まっていますが、研究というものは結局、「お金」なのです。
どれだけ「お金」をぶんどってこられるか。地震予知はまさに、「金のなる木」だったのです。で、この「金のなる木」を確保したのが、東大の地震研を中心にしたグループだったというわけです。東大が主導したからこそ、東海地方や関東地方に地震が来る必要があったのです。
もし、予算を確保したのが東北大学だったら、「三陸沖に 地震が来る!」と言ったでしょう。実際、今回の東日本大震災もそうです が、歴史的にも三陸沖には大きな地震が襲っています。「三陸沖に地震が来る!」と言っても間違いじゃない。大阪大学や京都大学が予算を取れば、「阪神に大震災が来る!」と言ったかもしれません。
どういうことかと言いますと、地震予知なんて確立されていないのですから、「●●に来る!」なんて、言えるわけがないのです。お金を確保するために、「東海大地震が来る!」と触れ回ったというわけです。「空気」を形成し、あたかもそうであるかのように、国民に思わせたのです。予算を取ってくるための手段だったのです。
これを私なりの言葉で説明すると「ウソの慣性力」と言います。
現場の学者はわかっていたでしょうが、「東海大地震が来る!」というのはウソ―――あくまで予算を取る方便です。しかしその方便が、あたかも現実のことであるように錯覚し、政府も自治体も動き出してしまった。慣性力ですから、走り出したら滅多なことでは止まりません。もちろん、さまざまなところに震度計を置いて、地震を観測する、そのことに意味はあるでしょう。地震予知の研究が無駄と言っているわけでもありません。しかし日本の地震予知研究の功罪は、「東海地方」にだけ、目を向けさせてしまったことなのです。
日本は地震国なのだから日頃から地震に備えよう、ならばいいんです。でもそうではありませんでした。阪神淡路大震災でも、今回の東日本大震災でも、結果として「不意打ち」を喰った格好になってしまったのです。「東海」「東海」としか言わないものですから、どこかで「自分たちのところには地震が来ない」という「空気」になってしまったのです。
地震予知の研究も、東海地方にばかり重点が置かれてしまい、他の地方は十分とは言えない状況だったのです。東海以外の地域の地震対策が遅れてしまったのです。「空気」によって、本来の「正しさ」を踏み外してしまったというわけです。
これが「ウソの慣性力」の行き着いた先です。
2つの大きな震災によって、ようやくこの「空気」が検証されようとしています。
『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より
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