何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2022年10月27日木曜日
東京の都心
東京の都心
山手線を思い浮かべましょう(東京の地理になじみの薄い読者は、ネット検索してください)。山手線が囲む都心の面積は、ほぼ六五平方キロメートルです。五割ほど外側へ拡げた一〇〇平方キロメートルを考えます。新宿や渋谷、池袋、銀座などエネルギー消費の多い商業地区もだいたい含むエリアです。
昼間の一二時間(六時~一八時)に注目した場合、東京都が公表しているデータから、一〇〇平方キロメートル域の消費電力がわかります。また、東京都が保有する車両(約三二〇万台)のごく一部にあたる一五万台が平均時速三〇キロで常時走行し、燃費はリッター一〇キロとしましょう。以上のことから、消費電力とクルマの排熱を、共通のエネルギー単位ではじき出せます(こまかい計算は省略)。
次に、底面積が一〇〇平方キロメートル、高さが五〇〇メートルの大空間(体積五〇立方キロメートル)をご想像ください。空気の熱容量(比熱。温度を一℃上げるエネルギー)はわかっています。さほど面倒でもない計算をしてみた結果、先ほどの発生エネルギー(電力+クルマ排熱 )は、いま考えている空間が含む空気の温度を一〇℃も上げるパワーがあるとわかるのです。そして、東京都心の特徴でしょうけれど、ほぼ半分(五℃)を電力が暖め、あと半分(五℃)はクルマ排熱が暖めます。
もちろんその一〇℃は、「発生エネルギー(熱)が一瞬で大空間のすみずみに伝わる」という、現実にはありえない状況を考えた計算の結果です。熱はゆっくり伝わるし、ふつうは風があるためエリア外にも散らばっていく。また、屋内で出た熱が外気にたちまち伝わるはずもありません。とはいえ、電力消費もクルマ排熱もない「江戸時代までの東京エリア」に比べ、空気は二℃や三℃くらい余分に暖まってきたでしょう。
気象庁の実測データを見ると東京の気温は、観測開始の一八七六年(明治九年)から二〇二〇年まで、三・五℃ほど単調に上がってきました。CO2の排出が急増する高度成長期に昇温が加速した気配はないため、三・五℃の大半は都市化のせいだと思えます。
同じ都心でも空気の暖まりかたにはローカル性があり、ビルが密集した地区やクルマの往来が激しい場所は、そうでない場所より気温上昇が激しいでしょう。じつはそのことも、気象庁がらみの出来事が教えてくれます。
東京の気温は、明治九年から長らく、都心にある気象庁の構内に置かれた温度計一本の読みでした。古い写真を見ると明治時代はスカスカの景観だったところ、やがて周囲にビルが続々と建ち、クルマの往来も激しくなっていきます。通風が減るかたわら、そばで増える消費電力とクルマの排熱が、一〇〇年あたり約二・五℃(気象庁の表現)の温度上昇をもたらしたのでしょう。くどいようですがその主因は、人間の出すCO2ではありません。
部外者に理由は不明ながら、二〇一四年の一二月に気象庁は気温の観測点を、構内から一キロメートル足らず先、北の丸公園にある林の中に移設しました。ほぼ一年後の気象庁発表によると、移設に伴って平均気温が約一・四℃も低下しています。一・四℃は、IPCC報告書の気温グラフでいうと、過去一七〇年間の上昇幅より大きいのです。都市化のパワーはそれほどに強いのですね。
『「気候変動・脱炭素」14のウソ』渡辺正著(丸善出版株式会社)
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