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2022年10月6日木曜日

「正しい」ことがわかったその後―――

「正しい」ことがわかったその後――― 仮に、何が「正しい」かがわかっても、現実に「正しい」ことを実施できなければ意味がありません。といってソクラテスのように毒杯を飲んで自殺するというのは、私たちには少し辛い感じがします。 では、「正しい」ことが何なのかわかった場合、人はどうするのでしょうか? その後の行動には、3つのパターンが見られます。 ● 言い訳のスキルを磨く 1番目は、言い訳のスキルを磨くということです。これは、多くの日本の企業が迷い込んだ道です。企業の社会的責任を守ろうとして、言い訳の技術を築いてしまったのです。つまり正しい言動をしようとするのではなく、間違ったことをしても、それを正しいと言い抜ける方法を身につけることによって、我が身を守る方法です。これは「利己的正義」をヨーロッパ流の論理によって「利他的正義」に 見せかける方法です。「CSR(企業の社会的責任)」と呼ばれる倫理の考え方がありますが、これはこの方法に分類されます。 ● 人格を磨く 2番目は、教育や学問によって人格を高め、高い判断力と精神力によって「正義」を守るという方法です。いわば正攻法です。現在の日本人ではあまり見かけません。どちらかというと指導層に少なく、現場の人のほうがむしろ、このような意味での「正義感」を持っています。ただし、持続しない場合も多く見受けられ、現場の人間でも、出世したり、チャンスを得て偉くなったりすると、自分の名誉やお金に執着し始めます。特に政治家などを見ていると、当選していないときのほうが「正義感」があり、当選すると視野も広がり、判断も複雑になるせいなのか、どうしても正義から離れていきます。 ● 心で動く 3番目の方法は「心で動く」ということです。 例えば、地震が起きてビルの下敷きとなり若い命を落とす人、まだ幼い子どもを残して死んでも死にきれないときにこの世を去る人――こうした人の心の苦しみを理解することです。それがわかれば、自然と心の動きで「正義」を大切にします。つまりは人間らしい心、他人の苦しみのわかる心を持つということです。かつてならそれを「良心」と言いました。正義に反することに直面すると、良心に耐えられずに、正義を守るために、自分の名誉やお金を捨てる。それらがもっとも単純に正しいことを守る方法ではないかと、私は考えています。 ヨーロッパ流の「利己的正しさ」を「理性」で「利他的正しさ」に 転換するのは論外ですし、「自分が正しいと思うことは正しいとは限らない」ということを知っておくことも重要です。またこの本で、具体例を示しながら進んできた、慣性力の正しさ、空気的事実による間違った正しさ、専門家が求められる制限された正しさ、役割による仮の正しさ、親子の正しさの違いがもたらすもの………それらを反復して頭に入れておくことは人生を送る上で大切ですし、幸せでトラブルの少ない暮らしを送ることができます。 でももっとも大切なもの、それは「他人の苦しみ」がわかる心なのでしょう。人間が頭で考えるものは何かの間違いを含んでいますが、素直な心が持つ正しさはそれを超えるものがあるからです。私たちは自然の中ではなく、自然にはない四角いビルに囲まれて毎日を送っています。その私たちが失いやすい「素直な心」が多くの争いを解決することになると思います。 『「正しい」とは何か?』武田邦彦著 小学館より

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