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2025年8月31日日曜日

「自国語に翻訳する」という画期的な行動 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

「自国語に翻訳する」という画期的な行動 このような特殊な日本社会がヨーロッパ文明と接したとき、他のアジア諸国と違い、日本の有識者は積極的にヨーロッパの学問や文化を「日本語に翻訳する」いう画期的な行動に出ました。 ほとんどの国民は外国語を読めなかったのですから、日本の常識では外国の書物を翻訳するのは当然だと思うでしょうが、当然と思うこと自体が「日本人が特殊である」ということを証明しています。 日本以外のアジア諸国は、ヨーロッパの学問や文化を吸収するために、英語やドイツ語を自国語に翻訳せず、そのまま外国語で読んでいました。その理由は、国の支配層しか外国語を読めませんので、彼らが欧米の学問や文化を独占しようとしていたからです。 日本以外の国で「国家」という意識が全然ないとも言えませんが、かなり弱いのです。 もともと幕末の日本では「開成所」と呼ばれる学問の中心があり、その中で物理、化学の重要性が議論されていました。しかし、実際には欧米の書物を読んだり、中国の翻訳書を参考にする程度で、江戸時代にはまだ日本人が自ら書いた本や翻訳書を作ることはできませんでした。明治維新の直後に、福澤諭吉が日本で最初の科学入門書『窮理(きゅうり)図解』を書いたときは、まだそのような状態でした。 江戸時代の翻訳書では杉田玄白の『解体新書』が有名ですが、当時は自然科学と言えば数学と医学だけでした。明治の初期になっても医学の著書や翻訳が盛んで、たとえば、明治元年には松山棟庵(まつやまとうあん)の『窒扶斯(ちぶす)新論』、大坂医学校発行のアントニウス・ボードインの講義録『日講記聞』や海軍病院刊行の『講延筆記』などがあって、その数も多かったのです。 医学や数学分野以外の書物が出てくるのは江戸開成所が大阪に移転し、神田孝平(かんだたかひらみ)や箕作麟祥(みつくりりんしょう)、田中芳男らの主カメンバーが大阪に行き、大阪府管轄の舎密局(せいみきょく)ができてからでした。 そこで、竹原平次郎が『化学入門』を翻訳し、大阪開成学校ではリッテルが教えたことを『理化日記』にまとめ、造幣関係で同じく大阪開成学校で教えていたオランダ人ハラマタの講義から『金銀成分』が出版されていました。石黒忠應が『化学訓蒙』の第二版を出したのもこの頃でした。現在の日本では、学問の中心が東京にあるので、明治の初期には大阪が化学などの中心だったということにビックリしますが、当時の日本は今より一極集中ではありませんでした。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250831

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消されるかもしれませんが、小池百合子とエジプト政府のヤバすぎる関係について話します

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2025年8月30日土曜日

活き活きとしていた、日本の農民・漁師・職人たち 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

活き活きとしていた、日本の農民・漁師・職人たち さらに、彼らの書いたものをもう数例紹介します。 「火を求めて農家の玄関先に立ちよると、すぐ男の子か女の子が慌(あわ)てて火鉢を持ってきてくれた。私が家の中に入るやいなや、父親は私に腰をかけるように勧め、母親は丁寧(ていねい)に挨拶をして、お茶を出してくれる。 家族全員が私の周りに集まり、子供っぽい好奇心で私をジロジロ見るのだった。子供にお土産をあげると、『ありがとう』とそろって何度も繰り返してくれた。そして可愛い頭を下げて優しくほほえんだが、社会の下層階級の中でそんな態度に出会うのは、ほんとうに驚きだった。 そして、しばらくして家を出て私が遠ざかって行くと、道のはずれまで送ってくれ、ほとんど見えなくなってもまだ『さようなら、またあした』と叫んでいる。あの友情のこもった声が今でも聞こえる」(『スイス領事の見た幕末日本』ルドルフ・リンダウ著/1858/より長崎の農村について)————ここの記述は歴史家・渡辺京二さんの書籍からご本人の了解を得て使っています) この文章からも当時の日本の農村がいかにゆったりし、友情にあふれていたかがわかります。でもそれは、農村だけに限りませんでした。 女流旅行家、イライザ・シッドモアは、日本の漁村をこう描写しています。 「日の輝く春の朝、大人の男も女も、子供らまで加わって海藻を採集し浜砂に拡げて干す。漁師のむすめたちが脛(すね)をまるだしにして浜辺を歩きまわる。藍色の木綿の布切れをあねさんかぶりにし、背中にカゴを背負っている。 子供らは泡立つ白波に立ち向かったりして戯れ、幼児は楽しそうに砂のうえで転げ回る。婦人たちは海草の山を選別したり、ぬれねずみになったご亭主にときどき、ご馳走を差し入れる。暖かいお茶とご飯。そして、おかずは細かくむしった魚である。こうした光景総(すべ)てが陽気で美しい。誰も彼もこころ浮き浮きと嬉しそうだ」 さらに、江戸の職人はどうだったでしょう。 「若干の大商人だけは、莫大な富を持っているのにさらに金儲けに夢中になっている。しかし、普通の人々は生活に必要な範囲で働き、生活を楽しむために生きていた。労働それ自体がもっとも純粋で激しい情熱をかきたてる楽しみだった。職人は自分の作るものに情熱を傾け、その仕事にどれくらいの日数を要したかではなく、作品が満足できるようになったときに、仕事を止めるのである」(スイスの遣日使節団長アンベール の記述から) これらの江戸末期の描写は、鎖国が解かれ来日した欧米人たちの感想のごく一部です。本当はもっと多くを紹介したいと思いますが、ページの制約上このくらいにしておきましょう。読者のみなさんも機会があったら、ぜひ、江戸時代に日本に来た外国の人が書いた本をお読みいただきたいと思います。日本がいかに、世界の国々と違っていたかを実感できます。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250830

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