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2026年6月11日木曜日

第四章・覚醒の時代 連載第九十五話 いくいくにっさんごーごー

第四章・覚醒の時代 連載第九十五話 いくいくにっさんごーごー
至誠の覚醒
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
連載第九十五話
いくいくにっさんごーごー

彼が、福岡を、好きになったのは、移り住んでから、だけでは、なかった。

この街とは、暮らす前から、深い縁が、あった。

話は、日産時代に、さかのぼる。

国内営業の、直納部にいた頃。彼は、ひとつの、車両の開発に、携わった。高規格救急車、である。

救急救命士が、乗務する。専用の機材を、積む。それまでの救急車とは、規格の、まるで違う、新しい救急車だった。自治省消防庁の、監修のもと、開発が、進められた。そして、日産側の、開発責任者の、一人が——彼、だった。

後にも、先にも、彼が、歴史に残るような車両の開発に、関わったのは、このときだけだった。今でも、ひそかな、誇りである。

その、高規格救急車を、彼は、全国に、売り歩いた。

売り先の、ひとつに、福岡が、あった。

福岡日産の、若いセールスマンと、彼は、タッグを、組んだ。そして、福岡市の、入札に、臨んだ。

その、入札価格を、彼は、今でも、はっきりと、覚えている。

19,192,355円

「いくいくにっさんごーごー」と、読む。

原価を、下回る、値だった。部長には、断っていなかった。けれど、福岡日産の彼と、二人で、相談して、この値で、勝負に、出た。退路を断つのは、このときも、同じだった。

——落札した。

その日から、彼は、先頭を切って、トヨタの直納部と、張り合うことになる。救急車の入札の、現場で。五分五分の、勝負が、続いた。負けられない、戦いだった。

後から、思えば——消防庁で、ともに、規格を作っていた官吏が、その後、市に戻り、管理職に、なっていた。そのことも、あるいは、落札に、幸いしたのかもしれない。人の縁とは、そういうものだ。

落札した、その夜。

彼は、福岡日産の、彼と、中洲で、祝杯を、挙げた。

あの夜のことを、彼は、今も、忘れることが、できない。原価を割って、刺し違える覚悟で、勝ちにいって、勝った。若い二人の、その高ぶりを、中洲の灯が、包んでいた。

だから、福岡は、彼にとって、ただの、移住先では、なかった。

日産のサラリーマンとして、最も、熱く、戦った、街。トヨタと、刺し違える覚悟で、勝ちにいった、街。中洲の夜の、祝杯の、街。

その街に、彼は、今度は、家族とともに、暮らすことに、なった。縁とは、不思議なものだ。一度、深く関わった土地が、巡り巡って、人生の、次の舞台になる。

四十年後の今、振り返って、思う。

表では、サラリーマンとして、これだけの、戦いを、していた。裏では、うらないの世界へ、心を、傾けていた。その二つが、福岡という、ひとつの街で、重なっていく。日産で福岡と縁を結び、やがて、その日産を捨てて、同じ福岡へ、向かう。人生は、伏線を、自分で、知らぬうちに、張っていく。

生かされて、今を、存在する。

福岡日産の彼と、原価を割って福岡市の入札を勝ちにいった、あの「いくいくにっさんごーごー」の数字と、中洲で挙げた祝杯を、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。

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