
この一連の出来事の中で、彼は、ひとつのことを、密かに、心に決めていた。
牧先生の、予測の技術を、学ぼう、と。
声には、出さなかった。誰にも、打ち明けなかった。ただ、心の奥に、その火を、灯した。
表向き、彼は、日産の、社員だった。職制には、なろう、と思っていた。同期と、肩を並べ、いずれは、その上を、目指す。それが、当時の、当たり前の道だった。彼も、その道を、歩こうとしていた。
けれども、その歩みは、遅れた。
妻を失った。悲しみを、仕事に、ぶつけた。その間に、様々な、事件が、重なった。同期に比べて、彼は、何年か、遅れた。
それでも——課長職には、到達した。
仕事は、面白かった。輸出の現場も、国内の営業も、彼を、鍛えた。組織の中で、責任を負い、人を動かす。それは、確かに、やりがいの、ある仕事だった。
けれども。
彼の心の、本当の重心は、そこには、なかった。
誰もが、考えもしない世界。口に出せば、荒唐無稽だ、と、一蹴される世界。いわゆる「うらない」の、世界。
牧先生の、姓名科学。円相場の、予測。人の生涯の、波を、読む技術。世間が、迷信と、片づけるもの。けれども、彼は、その目で、その的中を、見てきた。だから、笑えなかった。
その世界に、彼は、足を、突っ込もうと、していた。課長の椅子に、座りながら。表では、サラリーマンの、顔をして。心の奥では、別の道を、見つめていた。
四十年後の今、振り返って、思う。
あれは、エポックだった。人生の、向きが、変わる、その分かれ目。表の道と、裏の道。多くの人なら、表の道を、選ぶ。安定した、職制の道を。彼も、その椅子を、手にしていた。
けれども、彼は、心の奥で、もう、決めていた。荒唐無稽と、笑われる、その世界へ。
生かされて、今を、存在する。
課長の椅子に座りながら、心の奥で、別の道を見つめていた、あの頃の自分を、四十年後の今、自分は、確かに、覚えている。
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