何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年2月28日金曜日
人それぞれに幸福論は存在する
人それぞれに幸福論は存在する
お釈迦様になるとどちらかというと、お釈迦様自身は王様のところに生まれた皇子様ですから、言ってみればお金持ちの方で幸福の方の分布に居る人なんですけれど、だいたい教えとしては、やはりちょっとインテリ的というか、ちょっと金持ち的かもしれませんね。例えば一切世の中はうまくいかないとか‥‥‥だってお釈迦様の言う「一切うまくいかない」「諸行無常である」それから「因果関係がある」といった基本的な教えというのはどちらかといえば余裕があって、食うに困らないからですよね。食うに困ったらもう「もともと世の中は思うようにいかないよ」ということになるわけですよね。
ですから、確率的にどこを論じているのかということがハッキリしなきゃいけないわけです。
例えば、幸福論を述べるときに、「今から話す幸福論は、5歳のときに不運にして重い肺の病気になり、それによって片方の肺が使えない人の幸福論です」とかね‥‥‥。それから、「今から述べる幸福論は非常に運動神経があり、プロ野球で名声を博して一生悠々自適に過ごした人の幸福論です」とか、こういう幸福論。ところが普通はですね‥‥‥標準的な人というとまた難しいですが、例えば幸福論の論文の最初に「今から述べる幸福論はかくかくしかじかの人間を想定して幸福論をしゃべっている」と書いてあるとか、極端に言えば「生まれてすぐに、お亡くなりになる赤ちゃんの幸福論」だと、そのわずか一年とか半年の間の幸福を論じなきゃいけないわけですから、なかなか全然言っている幸福論が話にならないわけですね。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 2025028
2025年2月27日木曜日
幸福論は総多胎的なも
幸福論は総多胎的なも
ここで、あの確率的であると言ったのは、実は幸福論を述べるときに1億2700万の人間の内、真ん中、中心を取るのか、どちらかの端を取るかで幸福論が全く違ってきちゃうんですよ。
つまり、言ってみれば平均的な日本人。小さい頃から普通に風邪なんか引きながらお母さんとかお婆さんとかのもとで育って、小学校から高校ぐらいまで行って、高校も県立高校にやっと入るか、もしくは私立に行くか‥‥‥まぁ大学もそこそこの大学に行くか行かないか‥‥‥。そして、男性でしたら就職をして結婚して家庭を持って‥‥‥といった人。女性だったら、例えば結婚して‥‥‥「結婚して」というのはこれも難しくて、女性で結婚する人は、だいたい今80%ぐらいなんですが、80%の人の幸福を論じる場合は「結婚して」と言って幸福論を述べればいいんですけれども、20%の結婚していない人や結婚しても子供のいない人というのが必ずある割合でいるんですよ。幸福論はどっちなんだと思いましたね。
それで幸福はどっちなんだと思ってみますと、なかなか面白いんですけれども、まず非常に極端なのは宗教的幸福論の場合ですね。
お釈迦さまはちょっと違うんですけれども、宗教的幸福論の場合、例えばイエスキリストなどはそうなんですが、非常に分布の確率的に運の悪い人に焦点が当たっているんですよ。運の悪い人も、「神の国に行けるから、あなたも幸福だよ」となっているわけですね。逆に今度はすごく幸福な人へは「あなたは金持ちだから天国に行けないよ」となっているわけです。
すると真ん中は? と言われると、いや、真ん中の人は‥‥‥って感じなんですよ。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 2025027
【ドジャース・スネルが移籍後初登板で好投!】マリナーズvsドジャース 試合ハイライト MLB2025スプリングトレーニング 2.26
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2025年2月26日水曜日
多数の集団は分布がある
多数の集団は分布がある
例えば物理的に言うと多数の集団は確率的に動きます。抽象的なことを言うとわかリにくいので具体的なことで言いますと、日本人1億700万人いますと、そのうち必ず不幸にも早く亡くなる方がどうしてもいるんですよ。不幸にも早く‥‥すぐなくなる方がどうしてもいるんですよ。それから病気になる人もいるんですね。それから120歳ぐらいまで生きられる方もおられるんですね。それからインフルエンザが非常に流行した場合でも、そのインフルエンザにかかる人とかからない人がまたこれも、どうしてもいるんです。
この多数の集団というのは非常に面白い性質を持っておリまして、十人程度ですと十人全員が例えば背が高いとかそういうことはあるんですけれども、多数になリますと背の低い人もいれば、背が高い人もいるというようにどうしてもなるんですね。
では、背の高い人であれば、その背の高い人がいなくなるとどうなるかというと、やっばリまた背の高い人が、一人出てくるんですよね。そういう多数の集団は常に確率的なんですよ。
私は、もともと統計物理学というか、そっちの方が専門なものですから、どうしても人間の集団とか動物の集団、それから宇宙ですね。宇宙でも、小さい星もあれば、大きい星もある。なぜ、小さい星と大きい星があるのかと‥‥‥星というのはだいたい似たようなものでできていますし、似たような作リ方でできるから同じような大きさになると思ったら、全然違うわけですよね。
これを、普通には『分布』というんです。「分布がある」と言ったほうがいいですね。
多数の集団は分布がある‥‥‥。
『幸福とは何か』武田邦彦(武田邦彦先生音声ブログKindle版大島久幸氏編 より)(雲雀電子出版) 2025026
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