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2025年8月9日土曜日

イギリスの「王室」と日本の「皇室」は大違い! 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

イギリスの「王室」と日本の「皇室」は大違い! もう―つは、イギリスの「王室」と日本の「皇室」の違いです。 もともとのイギリスの王室は、イングランド、スコットランド、アイルランドの王であったスチュアート朝です。スチュアート朝の最後の王様はアン女王です。彼女は子供をたくさん産んだのですが、すべて早世して跡継ぎがいませんでした。 イギリスに適当な王位継承者がいなくなったので、当時の神聖ローマ帝国、現在のドイツの有力な貴族だったハノーバー家のジョージ一世がイギリスに来て即位し、現在のハノーバー朝となりました(その後、イギリス流の名前が良いと言うことで「ウィンザー朝」と名前だけは変わっています)。 王様が絶対的な権限を持つのではなく、王権が制限される「立憲君主制」はイギリス発祥ですが、それはドイツから来たジョージ一世が英語をほとんど話せなかったことによると言われています。言葉が通じないので王としての統治ができず、その結果、議会が実権を握って、立憲君主制が始まったというわけです。 一方、日本で天皇の跡継ぎがいないときに、大陸(たとえば朝鮮や支那)から天皇がやって来るということは「日本の常識」で考えられるでしょうか。そんなことはあり得ません。日本語を話せない外国の王族が日本を統治するなど考えられないことでしょう。 天皇は「日本民族」を象徴する存在ですから、「日本の中の皇族」を天皇に立てること以外はとうてい受け入れられないのです。 この二つの例からわかるように、世界の島の中で古くから「国」があったのは日本とイギリスですが、実はイギリスは日本のように「―つの国」というよりも、西ヨーロッパという地域にある諸国の王室が支配する「―つの地域」でした。 現在、「EU」と呼ばれるヨーロッパ共同体が生まれるのも、このような歴史的背景があるからです。もともとヨーロッパ、特に西ヨーロッパの民族はアーリア人で、ドイツのゲルマン、イギリスのアングロ・サクソン、そしてスウェーデンやノルウェーなどのノルマン系の人たちはほとんど同じ民族です。フランス革命前のヨーロッパに、日本の常識で考えるハッキリとした―つの「国」というものがなかったことは、次頁の地図(図1) を見てもわかります。 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250809

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2025年8月8日金曜日

ウナギの完全養殖 実用化への挑戦|ガリレオX第295回

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【公式】武田邦彦の「ホントの話。」第192回 オバマ、ヒラリー国家反逆罪? G7の分裂は近い? 今は、氷河期の間氷期。ロシアのミサイル配備完了。

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<今回の話題> トランプ氏、オバマ元大統領を「追い詰める時が来た」 ロシア、中距離ミサイル配備凍結解除 対ウクライナで既に実戦使用 イスラエル首相「ガザ全面制圧」検討 トランプ氏、インド関税「大幅に」引き上げへ 「15対0の完敗」EUは安全保障を米国に依存する日本のように振る舞った 石油メジャー5社、4〜6月24%減益 化石燃料開発に回帰 世界の石炭需要、中国鈍化でも過去最高へ トランプ減税の恩恵、大企業に表れ始めた 円相場 値上がり 米FRBが利下げ行うのでは? 最低賃金1,118円、副作用に懸念… 6月の実質賃金 1.3%減で6カ月連続マイナス 日本人90万人減。 外国人は35万人増え過去最多367万人 広島80回目の原爆の日 松井市長「核兵器廃絶を市民社会の総意に」 「現場に向き合う農政を」コメ増産方針受け、秋田県内の農家求める コメ不足解消の鍵握る北海道の稲作 mRNAワクチンへの投資中止「予防効果なし」と主張 米厚生長官 海水と淡水の塩分濃度差を利用「浸透圧発電」 深宇宙展 ~人類はどこへ向かうのか 4万年前の氷河期に生きた動物と人類が目の前に! 「人々の心に大きな感動を届けたい」

【拳銃は俺のパスポート】居島一平・坂本頼光の暗黒迷画座 第206回【映画紹介】

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イギリスとフランスは戦争ばかりしていた 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

イギリスとフランスは戦争ばかりしていた それでは、14世紀から19世紀までの、イギリスとフランスの主な戦いを挙げてみましょう。 1337ー1453年 百年戦争 1508ー1516年 カンブレー同盟戦争 1522ー1526年 第一次イタリア戦争 1542ー1546年 第四次イタリア戦争 1618ー1648年 三十年戦争 1666ー1667年 第二次英蘭戦争 1688ー1697年 九年戦争 1701ー1714年 スペイン継承戦争 1740ー1748年 オーストリア継承戦争 1756ー1763年 七年戦争 1775ー1783年 アメリカ独立戦争 1792ー1802年 フランス革命戦争 1808ー1814年 ナポレオン戦争(半島戦争) 1815年 ナポレオン戦争(第七次対仏大同盟) このように、1337年に百年戦争が起こってから、「イギリスとフランスは戦争ばかりしていた」と言えます。イギリスとフランスはドーバー海峡を隔てて対峙(たいじ)しているのですが、その距離は約34キロメートル。 それに対して、日本と朝鮮半島の間の対馬(っしま)海峡は約200キロメートルです。ちなみに、「津軽海峡冬景色」の歌で有名な、本州と北海道の間の津軽海峡は約20キロメートルです。 つまり、同じ海峡を挟んだ国同士と言っても、フランスとイギリスの距離は日本と朝鮮の6分の1程度で、どちらかというと本州と北海道のほうが距離感としては似ています。そのため、日本と朝鮮、日本と中国の間でも2000年間で少しのいざこざはありましたが、その回数はイギリス、フランスと比べて圧倒的に少ないのです。 日本側が朝鮮に出て行ったのは、「白村江の戦い(はくすきのえ)」(まだ日本が西日本と南朝鮮で構成さ れていた時期でもありますが)と「豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)」「日露戦争」、朝鮮側から日本を攻めてきたのが「元寇」で、どれも短期間で終結していますから、先ほどの一覧でわかるようにイギリスとフランスの間の戦争の数とは比較になりません。 また、イギリスはたびたびフランスや周辺国の領土を占領しています。日本では1910年から1945年までの35年間、日本が朝鮮を占領していたことで、韓国からは「この怨みは、千年は忘れない」と言われていますが、そんなことを言えば、イギリスとフランスは、1万年以上は憎しみ合わなくてはならないでしょう。 もっとも、ヨーロッパ、.さらにはアーリア人の世界では侵略は日常的なことで、アジア民族、特にアジア海洋民族とヨーロッパの人たちとは戦争に関する考え方がそうとう違うことも原因しています。 つまり、感覚としてはイギリスとヨーロッパ大陸はほぼ一体でしたが、日本と支那大陸は別のものだったのです。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250808

大東亜戦争を侵略戦争と書き換えられた歴史を見直そう「コミンテルンの謀略と日本の敗戦」江崎道朗 倉山満 秋吉聡子【チャンネルくらら】

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