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2026年6月5日金曜日

第四章・覚醒の時代 連載第八十九話 ランドセルを蹴った日

第四章・覚醒の時代 連載第八十九話 ランドセルを蹴った日
至誠の覚醒
第 四 章 ・ 覚 醒 の 時 代
連載第八十九話
ランドセルを蹴った日

息子は、小学校に上がると、サッカーを始めた。

クラブ活動で、サッカーを選んだ。それを、若い夫は、嬉しく、思った。母を、四歳で失った息子に、何をしてやれるだろうか、と、ずっと、考えていた。その答えのひとつが、見えた気がした。

小学生の息子に、父が、ぴったりと、寄り添うには、どうすればよいか。家にいるだけでは、足りない。仕事から帰って、夕食を一緒に食べるだけでは、足りない。息子の世界に、父も、入っていく必要がある。サッカーの練習に、同行する。試合に、付き添う。それが、一番、よい方法だ、と、若い夫は、思った。

日曜日になると、若い夫は、息子と一緒に、グラウンドへ、出かけた。最初は、保護者として、横で見ているだけだった。けれども、すぐに、自分も、子供たちの中に、入っていった。気がつくと、少年サッカーチームの、コーチに、なっていた。

日曜日のたびに、試合のたびに、若い夫は、子供たちと一緒に、グラウンドを、駆け回った。サッカーの審判資格も、取った。仕事の悲しみとは、別のところで、息子と、息子の仲間たちと、汗を流す時間が、若い夫の中に、できていった。

けれども、コーチとして、子供たちと、一緒にいる時間が増えていくにつれ、若い夫は、ひとつのことに、気がついた。

息子が、サッカーチームの中で、少し、浮いていた。

仲間たちの輪の、中心にいない。みんなが、楽しそうにふざけ合っている、その輪の、少し外側に、いる。練習中の表情が、時々、暗い。試合のとき、声が、出ていない。父として、コーチとして、息子の姿を、近くで、見ていると、それが、わかった。

家では、何も、言わなかった。父母には、何も、話していない様子だった。けれども、息子の中に、何かが、ある。仲間との関係で、何かが、起きている。若い夫は、そう、感じた。

小学校四年生のときだったと、思う。

ある日、若い夫は、会社を、休んだ。誰にも、何も言わずに、息子の小学校の近くまで、行った。下校時刻に合わせて、少し離れた場所から、息子の姿を、見つめていた。

息子が、ランドセルを背負って、校門から、出てきた。何人かの仲間と、一緒だった。けれども、その「一緒」が、楽しそうな「一緒」では、なかった。息子は、仲間たちの少し後ろを、ついて歩いていた。仲間たちは、振り返って、息子に、何か言っていた。息子の表情が、強張っていた。

若い夫は、少し距離を置いて、後を、つけた。

仲間たちが、息子に、何かを、しかけ始めた。からかうような声が、聞こえた。息子のランドセルを、軽く、突いた。息子は、何も、言い返さなかった。されるがまま、歩いていた。

若い夫の中で、何かが、決まった。

早足で、追いついた。仲間たちが、若い夫に、気がついた。子供たちが、若い夫の方を、見た。息子も、振り返った。

若い夫は、息子の背後に、回り込んだ。そして、自分の息子の、ランドセルを、思いっきり、蹴った。

息子が、つんのめった。ランドセルが、ぐらりと、揺れた。

「やられたら、やり返せ」

若い夫は、叫んだ。

仲間たちが、びっくりして、若い夫を、見つめた。誰も、動かなかった。息子も、ランドセルを背負ったまま、若い夫を、見ていた。

夕方の、子供たちの帰り道。普段なら、わいわいと、賑やかなはずの時間。それが、その瞬間、しんと、静まり返った。

仲間たちは、何も言わずに、それぞれの方向へ、帰っていった。若い夫の姿を、ちらちらと、振り返りながら、家路へと、消えていった。

息子と、若い夫だけが、その場に、残った。

何を、話したか、もう、覚えていない。たぶん、若い夫は、多くは、言わなかった。ただ、二人で、家まで、歩いて帰った。それだけだった、と思う。

その日以降、そのグループからのいじめは、なくなった。

仲間たちは、若い夫を見た。父親が、自分の息子のランドセルを、蹴った。「やられたら、やり返せ」と、叫んだ。あの父親は、ただの父親では、ない。何か、覚悟のある人だ。そういう種類のものが、子供たちにも、伝わったのだろう。

四十年が経って、振り返って、思う。

あの日、若い夫は、自分の息子の、ランドセルを、蹴った。一番、守るべき相手を、自分の足で、蹴った。それは、矛盾しているように見える。けれども、そうするしか、なかった。母を失った息子に、世界の中で、自分の力で、立ってもらわなければならなかった。父が、いつまでも、守ってやれるわけでは、ない。父も、いつかは、いなくなる。だから、自分の足で、立つことを、教えなければならなかった。

ランドセルを蹴ったのは、息子を、痛めつけるためでは、なかった。仲間たちに、見せるためだった。父親が、自分の息子に、これだけのことをする。だから、お前たちが、これ以上のことを、息子にすることは、許さない。そういう、無言の宣言だった。

そして、息子にも、伝えたかった。やられたら、やり返せ。世界の中で、自分の足で、立て。母は、もう、いない。けれども、父は、ここにいる。父が、お前の背中を、こうやって、押している。

息子は、その日、何を、感じただろうか。父に、ランドセルを蹴られた、その衝撃。仲間たちの前で、父が叫んだ、その声。それを、四十年経った今、息子が、どう、覚えているか、若い夫だった自分は、わからない。

けれども、あの日以降、いじめは、なくなった。それだけは、確かだった。

生かされて、今を、存在する。

あの夕方の帰り道で、自分の息子のランドセルを蹴り、「やられたらやり返せ」と叫んだ若い夫と、ランドセルを背負ったまま、父を見つめていた小学校四年生の息子を、四十年経った今、自分は、確かに、覚えている。

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