『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250731
何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年7月31日木曜日
アジアを欧米列強から解放した日本 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
アジアを欧米列強から解放した日本
彼らインド兵やマレー兵は、イギリスの植民地下で日々苦しんでいるのに、前線で同じ有色人種の日本軍と戦うわけですから、大きな矛盾を感じたことでしょう。「アジア解放」を目指す日本軍と対決したインド兵は、「占領されている私たちが、なぜアジアを解放しようとしている日本人と戦わなければいけないのだ。そもそもイギリス人はどこにいるんだ!」と疑問を持ったのです。この意識が、スバス・チャンドラ・ボースの
インド独立臨時政府の礎(いしずえ)となりました。
さらに、島伝いに戦いが行われた太平洋方面でも同じでした。日本軍と激しい戦いをしたのは、真っ先に島に上陸するアメリカ海兵隊でしたが、その先頭は黒人兵だったのです。
日本軍と戦うアメリカ軍の先頭は人種差別をされている黒人、その相手は人種差別撤廃を目的としていた日本なのですから、誰もが「これはおかしい」と思うでしょう。
第一次世界大戦後の「パリ講和会議」で日本は「人種差別撤廃」を唱えますが、ほとんどの有力国は反対しました。そのとき、講和会議では日本の提案に拒否の態度を示したアメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領に対して、同じアメリカの黒人団体は、「人種差別撤廃」に賛成のメッセージを出しています。
日露戦争でロシア、第一次世界大戦でドイツを破った日本は、大東亜戦争緒戦のフィリピンでアメリカを、シンガポールでイギリスを、インドネシアでオランダを駆逐し、ほぼすべての白人主要国に勝利しました。
日本人的感覚では、これがすごいこととはあまり思っていないのですが、ロシアに痛め続けられていたトルコ、モンゴル、フィンランド、ポーランド、ルーマニア、ウクライナなどは、日露戦争での日本の勝利を聞き、心の中で「やった!」と叫んだのです。
現在のトルコ人が親日であるという理由として、「日露戦争での日本の勝利」と「トルコの軍艦が和歌山沖で沈没したときの日本人の救助」(1890年の「エルトゥールル号遭難事件」)の二つが挙げられるのもそのことを示しています。
戦争に敗れるというのは大きなショックですから、日露戦争の後、ロシアは占領していた満洲とモンゴルから撤退して、それまで執拗に求めてきた「東洋での不凍港の確保」の野望を捨て、二度と回復はできなかったのです。また、第一次世界大戦で日本に敗北したドイツは、支那の遼東(りょうとう)半島や太平洋の島々の信託統治などの利権をすべて放棄し、それ以後、アジアヘの進出をあきらめました。
一方、第二次世界大戦で、少なくとも形のうえではアジアで戦勝国になったイギリスとオランダは、勝ったとは言えその打撃が大きく、アジアの利権をほとんど放棄しました。さらに、フランスなどを含むヨーロッパ諸国も第一次世界大戦の後、利権をむさぼっていた中東地域やアフリカの利権も、戦争から20年ほど経った1960年代には徐々に手放さざるを得なかったのです。
日本は第二次世界大戦で苦杯をなめたのですが、具体的に戦闘に敗れた相手はアメリ力だけでした。でも、そのアメリカですら緒戦では日本に敗れて、フィリピンを追い出され、その回復には日本に原爆を投下せざるを得ないところまで押し込まれたこともあって、その後の世界の大勢に従って、戦後にフィリピンの独立を認めざるを得ませんでした。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
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『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)
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R070731【ニッポンジャーナル】杉田水脈&内藤陽介&井上和彦が最新ニュースを解説!午前9時50分配信開始
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2025年7月30日水曜日
近現代史は「人種差別撤廃」の歴史である 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
近現代史は「人種差別撤廃」の歴史である
近現代史を冷静に判断すれば、「人種差別を撤廃する」という歴史的役割を果たした明治以来の日本の政治、軍事の経緯は、フランス革命ほど残虐でもなく、失敗も少なかったように見えます。
フランス革命後のナポレオンが連戦連勝したように、日露戦争では乃木希典将軍率いる第三軍が旅順戦で世界最強と言われたロシア軍を破り、東郷平八郎が指揮した連合艦隊がロシア艦隊を全滅させたのも畔歴史クのなせる技とも考えられます。
初期の戦争におけるナポレオン(フランス)軍の強さは、確かにナポレオン自身の才能や砲兵を使った新しい戦術にありました。でもそれ以上に、それまでの傭兵(ようへい:お金で雇われた兵隊)に代わる「フランス軍」という「国民軍」が誕生したこと、そして、革命歌「ラ・マルセイエーズ」に示される「血湧き肉躍(にくおど)る愛国心」に、ナポレオンは支えられていたのです。日露戦争も同じでした。たとえば日本海海戦の勝因は、日本連合艦隊の索敵(さくてき)活動、敵前大回転作戦、海軍の激しい訓練、そして新技術の導入(下瀬(しもせ)火薬、伊集院(いじゅういん)信管)など多くありますが、やはり「人種差別はおかしい」「本来の世界は平等であるべきだ」という歴史の転換点における潜在的な意識が日本側にあったものと思われます。
それは、大東亜戦争のシンガポール攻略戦などになるとさらにハッキリしてきます。
山下奉文将軍麾下(きか)の日本軍将兵がアジアの開放を目指してマレーに進撃したとき、これに対するイギリス軍の先鋒はインドから徴用されたインド兵でした。イギリス兵は前線に出ず、インド兵やマレー兵という有色人種の兵士を前線に出したのです。
ナポレオンと東條英機 理系博士が整理する真・近現代史 (ベスト新書)
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