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2025年5月20日火曜日

美禰子は廿えるこどができない女 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より

美禰子は廿えるこどができない女 空はまた変わって‘風は遠くから吹いてくる。寒いほど淋しい。体は冷えていた。気が付けば、三四郎はこんな草の上によく今までべっとリと座っていたものだと思う。しかし、美禰子はこんな所に座る女かも知れない。三四郎が、 「少し寒くなったから、とにかく立ちましょう。冷えると毒だから。気分はすっかリ直リましたか」 と言ったら、 「ええ、すっかリ直リました」 と美禰子は立ち上がった。その時、また美禰子は独リ言のように 「迷える子」 と長く引っ張って言った。二人は唐辛子の前を通リ藁茸屋根の後ろの路を通リながら帰る。途中で三四郎は、 「よし子さんは、あなたの所に来ることに決まったんですか」 と聞いた。女は笑いながら、 「何故、お聞きになるの」 三四郎が何か言おうとすると前に泥沼があった。その中に石があったが、三四郎は石を踏まずに向こうへ飛んだ。 「おつかまリなさい」 と三四郎は手を出した。 「いえ、大丈夫」 と女は笑って、石に片足をかけて調子を取っている。三四郎が出す手を引っ込めた。するとひらリとこちらに渡った。しかし勢い余ってのめリそうになリ、美禰子の両手が、三四郎の両腕に落ちた。 「迷える子(ストレイシーブ)」と美禰子は口の中で言った。三四郎はその呼吸を感ずることができた。 美禰子は三四郎に対して甘える姿は見せたくない。姉のように振舞う女である。しかし、三四郎の腕に落ちた時は、のめりそうに見せかけて、本心は 「自分は迷える子。あなたの腕でしっかり受け留めて!」 と口の中で言って、自ら飛び込んだのだ。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250520

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2025年5月19日月曜日

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ストレイシープ 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より

ストレイシープ 三四郎は上げかけた腰を再び下ろした。その時、三四郎はこの女にはとても叶わないような気がした。同時に自分の腹を見抜かれたような一種の屈辱をかすかに感じた。女は、三四郎に 「迷子の英訳を知っていらしって」 と聞いたが、三四郎は知るとも、知らぬとも言えないで黙っていた。美禰子は、 「教えて上げましょうか。迷える子羊 (ストレイシープ)わかって?」 と、言った。 三四郎は、迷える子羊という言葉はわかったようでもある。しかし、言葉の意味よリも、何故、女がこの言葉を使ったのかその意味がわからなかった。すると女は急に真面目になって 「私そんなに生意気に見えますか」 とちょっと悪かったかなという弁解の気持ちが見えた。この言葉で三四郎の気持ちは晴れた。しかし、もう少し前のような意味ある態度に戻したかった。 女は卒然として 「じゃ、もう帰リましょう」 と言った。嫌味ある言い方ではないが、自分は三四郎にとって興味のない女てはないかと諦めるような静かな口調であった。 せっかく美禰子は気分を直して三四郎ともう少しゅっくりしたいと思っていた。美禰子は 「迷える羊(ストレイシープ)!わかって? 」 と、聖書の言葉を発した。美禰子は詩人である。言葉を短く切ってしまう。 「私達二人はお互いに迷える羊(ストレイシープ)、同じ境遇ですよね」 と親しみの言築を伝えたかったのだ。三四郎はこういう場合になると挨拶に困る男である。美禰子は 「ストレイシープ」 という言葉を使って、三四郎の気分を害したのかとすまなく思った。しかし、三四郎が早く帰りたがるので、美禰子は止むなく腰を上げて、 「じゃ、もう帰りましょう」 と言った。美禰子は、自分三四郎にとって興味のない女なのかと諦めの気持ちであった。だが、三四郎はむしろ精一杯美禰子のことを気遣ったつもりである。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250519