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2025年8月19日火曜日

R070819(火)午前9時50分配信開始 【ニッポンジャーナル】ナザレンコ・アンドリーと西田亮介が最新ニュースを解説!

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R070819(火)午前9時15分配信開始 【大谷翔平出場】【ドジャース】ドジャース対ロッキーズ 山本由伸先発【ラジオ調実況】

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2025年8月18日月曜日

パドレスのシルト監督にだけ挨拶なし!大谷のまさかの行動に名将ベイカーが衝撃本音、恐らく許せない行為をしたシルトに対する【大谷翔平】の回答だろう

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「今日は新しいことを学びました!」――マチャドが3連敗の後、大谷に思わず笑顔で感謝

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焚書アーカイブス ダイレクト出版社制作 動画集

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映画『雪風 YUKIKAZE』公開に際して 上島嘉郎 FBより転載

映画『雪風 YUKIKAZE』公開に際して 上島嘉郎 FBより転載

8月15日から映画「雪風 YUKIKAZE」が公開される。 〈生きて帰る 生きて還す〉 との副題が付され、主役は竹野内豊さんだ。 雪風は、大東亜戦争時の主力駆逐艦だった 甲型駆逐艦38隻の中で唯一戦後まで、 ほぼ無傷で生き残った艦である。 駆逐艦は激戦の海に投入され、 戦艦や空母の盾となって損耗率が非常に高かったが、 雪風は昭和17年2月のスラバヤ沖海戦から 同20年4月の坊ノ岬沖海戦 (戦艦大和以下第一遊撃部隊の沖縄特攻)まで 十数度の作戦に参加し、果敢に戦った。 乗員の練度高く、特筆すべきはその間一度も 大きな損傷を受けなかったことで、 「奇跡の幸運艦」と呼ばれた。 映画は、生き残った艦として、 大破、沈没艦の戦友を救出すること、 それに挺身する雪風と その乗組将兵の姿を主題に描くようだ。 雪風は戦後は復員輸送のために働き、 日本海軍解体に伴って除籍後は、〝賠償艦〟として 中華民国に引き渡された。 「丹陽」と艦名を改められ、 同国海軍の主力として 中共軍とも戦った。 その後、1971年に解体されたという。 海軍記者の大御所だった伊藤正徳は、 『連合艦隊の栄光』で 〈軍艦としての武運長久などの形容詞より、  幸運(好運)という平凡な表現の中に  雪風の偉大さを求めたい〉 と綴ったが、さて、 映画はどんな偉大さを、 戦前の日本と日本人の姿を見せてくれるのか。 史実に基づくフィクションであることを 承知していても、「ゴジラ-1.0」を観たときのような、 ある種の落胆を予感してしまう私は 余っ程つむじ曲がりなのかも知れない。 近年のNHK大河ドラマ然り、 終戦の日前後に放送されるテレビ各局の ドラマ、報道番組然り、 祖国の歴史に対する敬意と畏れに欠け、 平気で現代の価値観や評価軸を持ち込むような 作劇、演出がなされている。 その眼差しは、現代の日本人による 父祖の苦闘への容赦ない審判の如くだ。 私はそれにとても共感出来ない。 ともあれ、「雪風 YUKIKAZE」も そういう作品であろうという予断はいけない。 楽しみに劇場に足を運ぼうと思っている。 戦艦大和の沖縄特攻に随伴した 第二水雷戦隊の編制は、 軽巡洋艦矢矧、駆逐艦磯風、浜風、雪風、 初霜、霞、朝霜、冬月、涼月の9隻。 航空支援のないわずか10隻が、 我が海軍最後の水上部隊だった。 雪風と並んで「幸運艦」と 呼ばれていたのが涼月だ。 ただし、涼月は、ほぼ無傷だった雪風とは違い、 戦闘で3度も艦首を吹き飛ばされ、 沈没寸前まで大破しながらも 都度帰還した傷だらけの奇跡の艦でもある。 特攻作戦の中止が下令され、 生存者の救出後、佐世保港に帰投出来たのは 雪風、初霜。冬月、涼月の4隻。 雪風の戦後は先に触れたが、 涼月はどうなったか。 実は除籍後、艦上構造物を取り除かれ、 福岡県北九州市の若松港の防波堤に転用された。 僚艦冬月もまた、戦後工作艦となり、 門司港の機雷除去任務に従事したのち、 涼月の隣に防波堤として今も働いている。 この「軍艦防波堤」にはもう一隻、 第一世界大戦中に日英同盟の要請にしたがって出撃、 第二特務艦隊に属して 地中海でドイツの潜水艦と戦った 駆逐艦柳も並んでお務めを続けている。 涼月、冬月はコンクリートに埋没して その姿を見ることは出来ないが、 柳はかろうじて艦の姿を偲ぶことが出来る。 銃砲弾の飛び交う戦場でのお役目を終えた彼らは、 その後長く波浪に立ち向かって 港の安全に尽くしている…。 7月初旬、涼月、冬月、柳の三艦に逢いに 若松港に行ってきた。 案内板があって、艦の位置を うかがい知ることは出来る。 柳は腐食が進んでいた。 我が国で現在、実際に見て、 感じることの出来る旧海軍の艦は、 横須賀の戦艦三笠と 東京・お台場の船の科学館に 係留されている南極観測船宗谷(海軍特務艦)、 横浜山下公園埠頭の氷川丸 (元は貨客船。大東亜戦争開戦後に海軍特設病院船) くらいしかないのではないか。 そうだ、呉市の大和ミュージアムに 「十分の一戦艦大和」があるのを忘れてはいけない。 戦後の私たちは、父祖の苦闘を知る 手がかりを如何に失ったか…。 「戦争の記憶を風化させてはいけない」と語る 人々、メディアは多いが、 その視点は著しく平衡を欠いている、 と私には思える。

フランス国家の誕生 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より

フランス国家の誕生 行こう祖国の子らよ 栄光のときは来た! 祖国への神聖な愛よ みちびき支えよこらしめのわれらの腕を! 自由よ最愛の自由よ たたかえわれらのその守り手とともに! 突然、沸いてきた感激の中で、ルジェ大尉の手は動き続け、歴史的な曲作りを終えたのは、夜明けを迎えた光がストラスブールの町を照らし始めた頃でした。ルジェ大尉は自分の体から興奮が消えて、そのまま深い眠りについたと伝承されています。 その日の夕方、市長の家で市長夫人同席の中で新しいこの行進曲が披露されました。 歴史的な多くの場面がそうであったように、その場に居合わせた人々は、まさかこの曲が未来のフランスの国歌になるなど誰も想像もしていませんでした。 「お集まりのみなさんは大変満足してくださいました」 記録に残っている市長夫人の手紙にはそう書いてあります。 不滅のメロディーが普通のほめ言葉でそのデビューを飾るのも、仕方のないことです。 そしてルジェ大尉の作曲したその歌はそのまま忘れ去られ、軍歌として作られたのに、行軍のときに演奏されることもなく、歴史の中に消え去ろうとしていました。 でも、これも歴史が証明するように、作品に宿っている本来的な力はやがて目を覚ますもので、そのまま消え去ることはありませんでした。しばらくすると、この歌は再び どこからともなく歌われ始め、新しい歌「ラ・マルセイエーズ」は革命さなかのフランス全土に爆発的に拡がっていきました。 「なんという素晴らしい、心を奪う歌なのか!」 不思議な力を秘めたこの歌は、瞬く間にフランスのあらゆる戦場で唱われ、自由になった感激を味わいながら多くの兵士が死んで行ったのです。 ところで、ルジェ大尉は一夜の作曲で大作曲家になりましたが、もともとはそれほど才能がある男ではなかったので、再び優れた曲を作曲することはありませんでした。むしろルジェの晩年は、罪を犯して監獄に入ったり、ナポレオンの誘いを断って毒づいたりという偏屈な老人になり、片田舎でその一生を終わります。 なぜ、ルジェが「一夜だけ天才」になったのでしょうか。世界の歴史の大転換点にあって、軍靴の響く夜に彼は霊感を受けたのでしょう。歴史はナポレオンのような巨大な人物を作り出すばかりではなく、ルジェ大尉のような人を「一夜だけ天才」にさせたりもするのです。 日本でも幕末から明治維新にかけて、吉田松陰(よしだしょういん)、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟など多くの傑物(けつぶつ)を一気に生んだことを連想させます。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250818