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2024年10月14日月曜日

R6 10/14 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第477回

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【ニッポンジャーナル】第555回 多田将&岩田清文が最新ニュースを特別解説

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【大谷翔平】【ドジャース】ドジャース対メッツ リーグ優勝決定シリーズ 10/14 【野球実況】

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2024年10月13日日曜日

日本人には「差別意識」がほとんどない

日本人には「差別意識」がほとんどない 男性と女性ということに限らず、「差別」というもの全般について少し考えてみましょう。 たとえば、日本に奴隷制はありませんでした。政情は穏やかで、革命もなく、皇室が途切れることなく続いてきました。 今日の歴史研究によれば、江戸時代の「士農工商」は身分制ではなく職業区分でしかなかったとされています。フィクシ ョンの映画やドラマでは武士が威張りちらして農民や町人を支配している姿が面白おかしく描かれることもありますが、武士にそんな力はありません。 武士(武器を携えて社会秩序を守る人)はたいへん謙虚でした。それでいて、間違いを犯すと自ら責任をとって切腹します。武士が携行する武器、つまり刀は社会に対して自らが責任をとるために使う道具でした。 西洋の兵士の歴史は、傭兵(金品で雇われて戦う人)の歴史です。傭兵に、社会に対する責任感はありません。 「支配と被支配」「統治と被統治」という関係は、西洋社会の歴史研究から出てきた概念に過ぎません。日本の歴史には当てはまらないのです。 日本人は、職業を別にする人それぞれ、お互いをかけがえのないものとして尊重することで社会を成り立たせ、安定させてきたのです。 かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R051221 65  R061013

ジャックアタリ先生と故筒田芳博先生・故牧正人史先生

ジャックアタリ先生と故筒田芳博先生・故牧正人史先生 浅野ありさ様(筒田先生のご長女)より、筒田先生がジャックアタリ先生を勉強しろとおっしゃっていたことを伺い、早々に図書館より数冊借りて読んでみました。そのうちの一冊から、これは私も先生がジャックアタリ先生にたどり着いた責任もあると思い、その一部を抜粋してみます。 『アタリ文明論講義 未来は予測できるか』 ジャック・アタリ 林昌宏訳 (ちくま学芸文庫)より 日本語版への序文 著書が日本語で出版されるのは大変名脊なことだ。本瞥の日本語版の刊行も、私はとても誇りに思っている。これまで多岐にわたる分野の未来を予測した著書を執筆してきたが、本書では、私の未来予測の方法そのものを公開する。それが読者にとって大いに役立つと考えるからだ。 未来予測の方法は数多くあり、本書でもそれらを紹介しているが、本書の最大のメッセージは、自分自身で自己の未来を予測することの重要性だ。予言や予測を他人まかせにしてはならない。他人まかせは、自分自身を単なる統計の対象に貶めることを意味する。 自分自身で予測すべきという原則は、われわれ個人、家族、企業、国家のすべてに当てはまる。自分自身で予測できなければ自由になれない。自由になるとは、自分自身で予測することなのだ。 その前提になるのは、次の五つの単純な問いの答えを見つけることである。 一、変わらないも のとは何だろうか 二、自分の友人たちは、どう行動するだろうか 三、自分の敵はどんな態度を示すだろうか 四、確実なことは何だろうか 五、自分にはどんな計画があるだろうか これらの問いに答えが見つかれば、すべてが可能になる。 とくに日本にとって、自分自身で予測することはきわめて重要と言っていい。それは、日本がサバイバルするための不可欠な条件だ。 今日、未来予測は、行動を促すのではなく、逆に活動を押しとどめ、停滞させているかのように思える。たとえば、日本での今後の大地震の発生確率を見ても、国家的自殺行為ともいえる急激な人口減少の見通しを見ても、この国は、ほぽ確実に起きる大惨事を甘受するつもりなのだろうかと考えさせられる。あるいは、震災を予期した上で、人口が減少すれば被災者も減ることになって好ましいとでも思っているのかと邪推すらしたくなる。 いずれにせよ重要なのは、自分たちの未来を自ら熟考し、それについて自由に討議することだ。まずは思い切って未来を予測するのだ。そして生きる勇気を取り戻すのだ。 2016年7月21日 ジャック・アタリ 『アタリ文明論講義 未来は予測できるか』 ジャック・アタリ 林昌宏訳 (ちくま学芸文庫) 結論 怠惰は予見の最大の敵だ。予測は自由の最良の味方だ。われわれ各人にとっても人類全体にとっても、予測は、暗黒のシナリオが現実になるのを避ける帷一の手段でさえある。 したがって、勇気をふるって予測しなければならない。予測に必要な時間を確保すべきだ。すぐに、それは思ったより難しくないと気づくだろう。そして他者の立楊に身をゆだねることで、自分についても他者についても大いに学べるとわかるはずだ。予測の過程では、最古のものから最も奇妙なものまでを含め、あらゆる種類のテク ニックを使えるし、積極的に使うべきでもある。たしかに、私は手相占いや占星術をまったくの不条理だと考えているし、これらの予想を真に受けることはない。また、木の葉の落ちる様子やコーヒーを飲んだ後のコップに残る模様、さらには鳥の飛翔の観察が何かを予測する際の手助けになるとも信じない。逆に、本書で紹介した、とくに予測の最新テクニックからは、たとえ非常に間接的であっても、天体が気象学や人間の気分におよぼす影響が理解できる。また、誘惑したり説得したりする能力に肉体がおよぼす影響や、偶然が運命におよぼす影響も理解できる。また、夢という微弱な兆候の具体的な機能や、一部の芸術家、音楽家、作家、詩人などに見られる、直感力、全体を把握する力、予感、予知なども、おそらくまだ完全にはわからないだろう。だが反対に、誰でも予測しようと努めれば、自己の創造力や芸術力を開発できるのだ。 したがって、われわれの誰もがこの天賦の才能を開発できるのである。それが前述の練習の目的だ。訓練によって、未来を予測するようになると、同時に現在の重苦しさから逃れられる。それは、夢見るためであり、思い切って挑戦するためであり、創造するためだ。 誰もがこの練習をする世界を思い浮かべてほしい。それによってもたらされる明敏さは、個人と共同体の未来を根本的に変えるだろう。必要な物事を先延ばしにしたり、無分別な態度をとったりする者は誰もいなくなる。コンピュータという独裁者に身をゆだねたり、自分自身のエゴイズムに甘んじたりする者は誰もいなくなる。あきらめてしまったり、他人が決めた人生のトンネルに 閉じこもったりする者は誰もいなくなるだろう。 この得難い普遍的な明敏さを手に入れようと願い、これらのテクニックを苦労して学ぼうとする者たちはすぐに、自分たちの人生に、自分たちの創造力に、そして他者との関係に、大きな変化を見出すだろう。そして、あらゆる未来予測は行動を促すこと、無知のヴェールがいったん取り除かれるとすべてが変化することを、目の当たりにするに違いない。そのとき、不安さえも行動の原動力になる。悲しみさえも喜びの障害ではなくなる。なぜなら、予測することにより、いずれ自分がこの世から消え去るときであっても、自己を超えて思考するようになるからだ。 私自身、この練習を積み重ねてきた。私は、これらのテクニックによって並外れた創造力と自分自身で自己の才能を開花させる力を手に入れられると証言できる。これらのテクニックを未来の不思議な出現に何らかの形で結びつけるには、これらのテクニックを本気で信じればよいのだ。予測を信じれば、その予測が非現実に見えても、実現に結びつけられる。 人生は大聖堂のようなものだ。どちらも享受する前に、それを夢見なければならない。それを享受するために、それを夢見るのだ。たとえ自分の存命中にそれを完成させる時間がなくても、われわれは最後に必ず自己の作品の中に 生きる。予測することが生命をもたらすのだ 。 『アタリ文明論講義 未来は予測できるか』 ジャック・アタリ 林昌宏訳 (ちくま学芸文庫) ジャックアタリ先生は、未来を自分なりに予測しろ、と仰っています。実は、私自身も、以前はそのようなことは、荒唐無稽と考え、距離を置いていたのですが、身内に様々な事件が起こるたびに、そういった予測、方位、四柱推命といった分野に引き込まれていきました。そのうち、ある先生に出会います。私自身、生涯で大きな影響を受けた三師のうちのおひとりです。筒田先生も当然大きな影響を与えてくださったその三師のおひとりです)。すでに他界されてしまいましたが、牧正人史(まきまさとし)先生です。戦後、満州から引き揚げてくるときに、四柱推命の大家から指南を受け、本土に戻ってくると、自民党保守本流の方々に、政治、経済の動向を指南されていらっしゃいました。その方法は、実はコンピューターを用いて、動きをグラフ化するものでした。その精度は明らかに占いの域を超えて、「予測」というべきものでした。なぜなら、そのグラフが出た後で、大勢の人の目で、その動きをなぞることができたからです。その故牧正人史先生のことを筒田先生にお話したことが合って、私も同行して、九州まで出かけたことがございました。筒田先生は、当時為替相場をグラフ化したものをご覧になられ、時期とその為替相場の数値の動きがほぼ一致していることをご覧になられ、驚嘆されたことを思い出します。ジャックアタリ先生を勉強しろ、と筒田先生がお話しされたのは、ここら辺のご経験も絡んでいるのかと、私は思いました。当時、AIなどは、まだ開発途上だったと思いますが、筒田先生は、株式の予測データなどを取り寄せて、最近の予測技術はかなり進んでいる、と仰っていたことを思い出します。

2024年10月12日土曜日

「グローバル・ジェンダー・ギャップ」の順位に、一喜一憂することなかれ(国連に騙されるな)

「グローバル・ジェンダー・ギャップ」の順位に、一喜一憂することなかれ(国連に騙されるな) 2006年から毎年、世界経済フォーラムというスイスに本部を置く国際機関が「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」(Grobal Gender Gap Report)なるものを報告しています。 2022年度は世界146カ国を対象にジェンダー格差ランキングが発表されましたが、日本は116位で、昨年の120位から4つ順位を上げたものの過去ワースト3の順位でした。 ちなみに、ジェンダー格差の少ないベスト3は「アイスランド」「フィンランド」「ノルウェー」でした。 国際連合(国連)をはじめ、欧米がリーダーシップをとる国際機関はこうした報告を頻繁に行って情報操作をします。「グローバル・ジェンダー・ギャップ報告書」は、性差別が激しい社会システムが西洋において長い間続けられてきた、ということを隠蔽するための小細工に過ぎません。 日本人はなぜか、国連をはじめ国際機関という言葉に弱いようです。すべての正義がそこにあるように誤解しています。 「国際連合」の英語表記「United Nations」は第二次世界大戦の戦勝国側の組織名であり、そもそも「世界各国、地域のすべて」という意味ではありません。 このような真意を隠した権威を背景に、テレビや新聞がそれぞれの意図・思惑に沿ってニュースを解説するので、多くの日本人が「日本の伝統は間違っている。未だにその間違いを引きずっている」と錯覚するのです。 男女の違いは、人間社会の営みにおける役割の違いです。そもそも日本では、男性と女性のどちらが上か、などという考え方をしたことがないのです。 男性と女性を、無理やり同じであると考えること、あるいは、同じでなければいけないと考えることは止めたほうがいいでしょう。 男女の違いは、尊重すべき違いです。それを社会的役割として構造化し、安定した社会生活を営み続けてきたのが日本文明です。差別と呼ばれ、解消が叫ばれているものの多くは、西洋の暗い歴史の反動に過ぎません。 かけがえのない国――誇り高き日本文明』 武田邦彦 ((株)MND令和5年発行)より R051221 64  R061012

鰻にトラウマを持ったフランス人兄に今度こそ「鰻重」を食べてもらった結果

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