
こうした事実を知った学生はショックを受ける。紙のリサイクルをして仮に消費量が減っても、森林の減少は止められないからである。私は次のように言って追い打ちをかける。 「〈自然を守れ〉という運動によって木材の需要が少なくなった。君たちも知っているように太陽の光があれば森林は成長する。だから、毎年の伸びた分だけを手入れをして切ってあげないと森林は正しく育たない。ところが、樹木を使う量が少なくなったので、せっかくモデル的に自然を利用していた北欧の森林が無駄に捨てられている。もちろん日本の森林はほとんど使用されずに、木は腐っていくだけだ」 ここでも環境運動が環境を破壊している。 もしも本当に熱帯雨林や開発途上国の森林を守らなければならなければ、開発途上国の森林の現状とその原因を明らかにして、それを止めなければ何にもならない。 今の日本の紙のリサイクルは「足を怪我しているのに、手に包帯を巻くようなもの」である。傷を直すのに包帯は必要かもしれないけれども、足を怪我しているのに手に包帯を巻いても仕方がない。 熱帯雨林を守りたいのに北方の先進国から来る紙の原料を節約しても、熱帯雨林の減少は止められないのは当たり前なのである。 生意気になったと言われる現代の大学生ではあるが、それでも若者だから心は純粋だ。紙のリサイクルが森林を守るのに何の役にも立たなかったとわかり、少なからずショックを受ける。 しかし、むしろショックを受ける方が人間らしい。リサイクルが環境に役立たないと知って「そんなものだ」と納得するより健全ではないか。 『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』武田邦彦 洋泉社刊 2007年 20230908 173
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