
さらに、ナポレオンの出現で脅威が増したフランスを封じ込めようと、ヨーロッパ諸国はイギリスやオーストリアを中心に、ロシア、オスマン帝国など多くの国が参加して、次々と「対仏大同盟」を結成するようになります。結局、1793年からナポレオンが失脚する1815年までに、七回の同盟が結ばれました。

しかし、ナポレオンが天才だったのか、あるいは歴史がナポレオンを天才にしたのかは判然としませんが、ナポレオンの勢いは衰えず、歴史的に名高いアウステルリッツの「三帝会戦」(皇帝ナポレオン、オーストリア皇帝、ロシア皇帝の三帝が相まみえたことからこの名がついている)など大きな戦いにすべて勝利を収めて、一時はイギリスやロシアを除いてすべてのヨーロッパ諸国を征服するに至ったのです。 歴史家はナポレオンのすごさ、フランス革命後のフランスとヨーロッパ、それにその後のヨーロッパや南アメリカなどの変化があまりに劇的なので、ナポレオン戦争の―つひとつ、ナポレオンが皇帝に上り、権力を得、ロシア遠征で破滅するまでを詳細に研究し、著述しています。 でも、それらは人類の大きな歴史の流れを理解するという点ではあまり重要なことではありません。 文学的には、ナポレオンというある意味での魅力的な人生を知ることは楽しいことです。ですが、一つひとつの詳細より重要なのは、「人はみんな平等だ」という新しい思想と「共和制」という政治形態が出現し、旧守派がつぶしにかかったのに対して、歴史はナポレオンを台頭させ、その中で彼は輝き、しかしやり過ぎ、破壊され、敗北したということです。 それはナポレオン個人の生い立ち、能力、運命などとはそれほど強く関係せず、むしろ作家トルストイが表現したように、「歴史がナポレオンを生んだ」と言うべきか、あるいは歴史的必然でもあったということです。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250820
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