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2025年12月25日木曜日

R7 12/25(木)午前9時配信開始 【ゲスト:島田 洋一】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第758回

R7 12/25(木)午前9時配信開始 【ゲスト:島田 洋一】百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第758回 百田尚樹氏著作物販売所

【兄弟だけで初旅行!】妹が日本から久しぶりに帰ってきたら・・・兄が異変に気づきました

【兄弟だけで初旅行!】妹が日本から久しぶりに帰ってきたら・・・兄が異変に気づきました

2025年12月24日水曜日

AI との会話 貴金属相場で、今、プラチナが上がっています

AI との会話 貴金属相場で、今、プラチナが上がっています

貴金属相場で、今、プラチナが上がっています。私は、金価格と比べると相対的に安価なので、価格が高騰しているとみていますが、あなたはどう考えますか? あなたの考え方を教えていただけますか? 回答 プラチナの価格動向について、鋭い視点をお持ちですね。おっしゃる通り、金(ゴールド)が史上最高値を更新し続ける中で、歴史的に見れば「金よりも高価」だったはずのプラチナが、現在の価格差(金の半分以下)にあることは、投資の観点から非常に興味深い局面です。 2025年現在の市場状況を踏まえた私の考えを整理してお伝えします。 1. 貴金属としての「出遅れ感」と「割安感」 ユーザー様が指摘される通り、現在のプラチナは**「金との相対的な安さ」**が最大の買い材料になっています。 代替投資としての魅力: 金が高値圏で推移し「高すぎて手が出しにくい」と感じる投資家の資金が、比較的安価なプラチナに流入し始めています。2025年に入り、金からプラチナへ投資対象を移す「プラチナ回帰」の動きが、特に中国などの大きな市場で見受けられます。 2. 供給不足の深刻化 金と違い、プラチナは供給元が極端に偏っています(南アフリカが約7割)。 産出国のリスク: 南アフリカでの電力不足やインフラの混乱、洪水被害などが重なり、鉱山生産が不安定になっています。 3年連続の供給赤字: 世界的な需要に対して供給が追いつかない「供給赤字」の状態が数年続いており、これが価格の下値を強く支えています。 3. 「産業用」から「次世代エネルギー」への期待 プラチナは需要の約6割が工業用(特に自動車の排ガス浄化触媒)です。 水素社会のキーデバイス: 脱炭素の流れの中で、水素を作る「水電解装置」や「燃料電池車(FCV)」の触媒としてプラチナは不可欠です。この「未来の需要」が、投資家にとっての長期的な安心感につながっています。 私の個人的な見解:慎重ながらも「強気」 私は、プラチナは**「中長期的に見て、さらなる再評価が進む可能性が高い資産」**だと考えています。 ただし、一点だけ注意が必要なのは、プラチナは金に比べて**「景気に左右されやすい」**という性質です。金は不況のときに買われる「安全資産」ですが、プラチナは工業需要が多いため、世界景気が冷え込むと一時的に売られるリスクがあります。

R071224(水)午前9時50分配信開始 【ニッポンジャーナル】初登場!細川バレンタイン×フィフィ×江崎道朗 最新ニュースを徹底解説!

R071224(水)午前9時50分配信開始 【ニッポンジャーナル】初登場!細川バレンタイン×フィフィ×江崎道朗 最新ニュースを徹底解説!

◎ 自然の正しい利用の仕方 『家庭で行う正しいエコ生活』武田邦彦 平成21(2009)年 講談社刊より

◎ 自然の正しい利用の仕方 自然を「大自然」と呼んでいた頃、ちょうど、人間は、お母さんに抱かれた赤ちゃんのようなものだったのです。何を言っても何を汚しても、みんなお母さんがキレイにしてくれました。「川で洗濯をする」というのもそうで、上流から流れてくるキレイな水でおしめを洗っても、自然はそれを海に流し、海の水が太陽の熱で蒸発して雲となり、雨を降らせてまた川のせせらぎになって、お母さんはもう一度、おしめを洗えたのです。 でも今は違います。人間という名の赤ちゃんも大きくなり、もうお母さんの背丈の3倍にもなりました(イオウの排出量で自然と人間とを比較すると、人間が3倍だから、このように表現しました) 。だから、もう好き勝手はできません。赤ちゃんのときのようにお母さんの背丈の3倍もある息子が、好きなだけ汚したらお母さんは疲れてしまいます。 それが今の自然と人間の関係です。 ですから、節約とか、自然に優しいと言っているだけではお母さんは手に負えないのです。子供がお母さんの面倒を少し見なければならないのです。 それには「半分ぐらいは人間が面倒を見る」というのがよいようです。たとえば森林でも、全部が自然林では人間がそれを破壊してしまいますが、半分は人間が面倒を見る人工林、半分は自然が守る天然林にしておくと、森林を生き生きと守り、そこに住むリスやキツネも喜ぶことになります。 これは、森林だけではなく、農業でも漁業でも同じで、「自然のままの農業、自然のままの漁業」だけではそれを利用する人間の活動があまりにも大きいので、自然が傷んでしまうのです。 田畑では、路地とハウスのような人工的な土地が、50ら叩なら、農業も生き返るでしょう。漁業も内水面(陸地の中に人工的な海がある状態)や、養殖が盛んになれば、自然の魚が泳ぐ海と、人間が使う海の両方が栄えることになるでしょう。 自然を守ること、エコを考えることはとても大切なことですが、そのためには「知識」が必要です。昔、中国の偉人、孔子様は「好直不好學其蔽也絞」と言っておられます。その意味は、「真面目な人は勉強しなければならない。なぜなら、真面目で知識が少ないと、他人を非難し、責めるようになるから」と警告しています。 現代の環境運動家の多くはとても攻撃的です。ゴミを分別しない人を非難し、ときには相手が弱っているのにゴミを突っ返したりします。そんなことは心優しい人にはできないことです。ある市長が私のところにきて「私の市は坂が多いので、膝の痛いお年寄りがゴミを出すのが大変だ。まして分別などさせると、回数が増えてとてもかわいそうだ。どうにかなりませんか」と相談に来られました。 「環境」は人を痛めつけるためのものではありません。丈夫な人で家族4人で過ごしている人は分別もできるし、特別にどこかに買い物に行くこともできますが、それはとても恵まれているからです。独り身の人、連れ合いに先立たれた人、風邪を引いて苦しんでいる人、お金がなくて専用ゴミ袋を買うのも辛い人‥‥‥そのような多くの人でこの社会が成り立っていることを少しは考えてもらいたいと私は思うのです。 『家庭で行う正しいエコ生活』武田邦彦 平成21(2009)年 講談社刊より 20251224

武田邦彦先生著作物取り扱い店

R7 12/24(水)午前9時配信開始 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第757回

R7 12/24(水)午前9時配信開始 百田尚樹・有本香のニュース生放送 あさ8時! 第757回

百田尚樹氏著作物販売所

2025年12月23日火曜日

令和七年の暮れに――「お役御免」を遠くに眺めて



● 令和七年の暮れに――「お役御免」を遠くに眺めて カレンダーが最後の一枚になり、ようやく万年赤字会社の決算と納税を終えた。 もともと私は、器用にいくつもの物事を同時並行で処理できるタイプではない。一つの大きな仕事にケリがつかなければ、次の扉を開けることができない。そんな不器用な脳の持ち主であることを自覚しながら、なんとかここまで辿り着いた。 この会社は、今は亡き恩師との約束を果たすために作ったものだ。今となっては形骸化し、毎年のように赤字が積み重なっていく。それでも続けてきたのは、目に見える数字以上の「重み」がそこにあったからだろう。 それに何より、複雑な数字と格闘する決算作業は、今の私にとって「ボケ防止」に絶大な効果がある。お世辞にも効率的とは言えないが、この脳への刺激こそが、私の生命線を支えているのかもしれない。 そんな折、昨年末にはまた一人、尊敬する先生が逝去された。私を厳しく指導し、導いてくれた存在が次々とこの世を去っていく。その喪失感は、言葉にできるほど軽いものではない。 先日、その先生のご子息へすべての遺産を継承するお手伝いを無事に終えることができた。「これでお役御免」と天を仰ぎたいところだが、人生という問屋はなかなか卸してくれないようだ。七十路を過ぎてもなお、目の前にはやるべきことが山のように積まれている。 ● 奇跡に生かされた秋 心身の疲労とストレスが極限に達していたのかもしれない。 この十月末、雨の日にバイクで転倒し、肋骨にひびを入れた。さらにその直後、八ヶ岳の山荘からの帰り道、大切な仲間を乗せていながら居眠り運転をしてしまった。 あわや大惨事という場面だったが、結果は車の左前輪が大破したのみ。同乗者も私も、かすり傷ひとつ負わなかった。 「幼稚な知能の自分が、よくぞここまでやってこれたものだ」と自嘲することもあるが、あの瞬間だけは、目に見えない大きな力に守られたとしか思えない。まだ死ぬわけにはいかない、何か理由があるのだろう。 ● 未来へつなぐ、最後のご奉仕 年末には、昨年亡くなった先生の遺産である研究所で、事務方として「餅つき」の仕事が待っている。これもまた、私が守るべき大切なバトンの一つだ。これを無事に終えることが、今年を乗り切るための最後の儀式になる。 そして、来年への想い。 私は本来、子供が大好きだ。彼らの未来が少しでも明るくなるような仕事をしたい。その一心で始めた「自習室」を、なんとか軌道に乗せること。それが、今の私に課せられた来年の大きな宿題である。 令和七年。 あまりに多くの出来事と、濃密な思い出が詰まった一年だったが、それもあと数日で幕を閉じる。 日本という国は不思議なもので、新年を迎えると、去年の苦労がまるで水に流されるように淡い思い出の中に包めてしまう。 その前に、あと一つ。年賀状という強敵が残っている。 これをさっさと「やっつけて」、新しい年を迎えたいと思う。