
何だかんだ言っても、やはりみんな幸福な生活を望んでいるのではないでしょうか。そのために、日々生活し、活動し、出逢いなどなど行っています。日常の生活で感じた事、実際に経験したことなど、徒然のままに、記録してみます。
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2025年9月25日木曜日
「私には全く理解できない」スコットを使い続けるロバーツ監督にベイカー元監督が本音激白!術後最長となる6回無失点8奪三振の好投も、またもやスコットが被弾し
「私には全く理解できない」スコットを使い続けるロバーツ監督にベイカー元監督が本音激白!術後最長となる6回無失点8奪三振の好投も、またもやスコットが被弾しサヨナラ負け…【大谷翔平】


2025年9月24日水曜日
「バスティーユ監獄の襲撃」と「二〇三高地の歩兵の突撃」『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
「バスティーユ監獄の襲撃」と「二〇三高地の歩兵の突撃」

ともあれ、巨大な既存勢力に対決して身を捨てて新しい時代を拓くとき、人の集団はどんなことになるのか、フランス革命の「バスティーユ監獄の襲撃」(1789年7月14日@パリ)と、日露戦争の「二〇三高地の歩兵の突撃」を例とし説明します。 上の絵はフランス革命のきっかけとなったバスティーユ監獄の襲撃事件ですが、王様の軍隊が守っているバスティーユ監獄に組織的に攻撃する訓練を受けていない市民が、銃や人によっては農具を持って襲撃しています。 普通なら市民のほうが負けるのですが、時代の流れはそれを超えて市民の勝利に終わったのです。
次に、歴史に残る激戦になった日露戦争の二〇三高地要塞の歩兵戦です。 なにしろ堅固な要塞から機関銃の弾丸が雨あられと降ってくるところを突撃するのですから、兵士はバタバタと死んでいきます。多くの兵士は子を持つ「お父さん」で、日本には家族や両親がいました。家族を必死に救おうと突撃をしたのです。 戦後、乃木希典将軍は兵士に無駄死にをさせたと批判され、将軍自身も二人の子供(二人とも将校だった)をこの戦いで失いました。もともと乃木は二〇三高知への突撃は損害が多くなるということで最後まで大本営に抵抗しますが、中央からの命令を受け、現地司令官として、兵士に「死ぬ」ことを命令することになったのです。 この戦いは、二〇三高地という要衝を奪ったことばかりではなく、いろいろな後日談があります。 その一つが旅順の戦いに続いて起こった奉天の会戦で、乃木の率いる第三軍が来るという噂がロシア軍に広まると、ロシア軍の指揮が急に落ちたと言われています。 戦いは後になったら「どちらの死者(損害)が大きかったか」が関心事ですが、戦っているときには「どちらが勝ったか」だけが問題です。いくら損害が大きくても敵を全滅させたら、させたほうの勝ちです。 事実は勝った日本軍の損害が1万5000人、負けたロシア軍が1万6000人でした。戦後、冷静になって計算したらわずかに日本軍の損害が少ないのですが、ともかく戦闘で死んだ日本兵が多かったので、「大きな犠牲を出した戦い」と思われています。 奉天のロシア軍は乃木の第三軍が到着すると聞いて、「殺しても殺しても突撃して来る。やがて最後は俺が死ぬ」と思って戦意を喪失したのです。
『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250924

ともあれ、巨大な既存勢力に対決して身を捨てて新しい時代を拓くとき、人の集団はどんなことになるのか、フランス革命の「バスティーユ監獄の襲撃」(1789年7月14日@パリ)と、日露戦争の「二〇三高地の歩兵の突撃」を例とし説明します。 上の絵はフランス革命のきっかけとなったバスティーユ監獄の襲撃事件ですが、王様の軍隊が守っているバスティーユ監獄に組織的に攻撃する訓練を受けていない市民が、銃や人によっては農具を持って襲撃しています。 普通なら市民のほうが負けるのですが、時代の流れはそれを超えて市民の勝利に終わったのです。

次に、歴史に残る激戦になった日露戦争の二〇三高地要塞の歩兵戦です。 なにしろ堅固な要塞から機関銃の弾丸が雨あられと降ってくるところを突撃するのですから、兵士はバタバタと死んでいきます。多くの兵士は子を持つ「お父さん」で、日本には家族や両親がいました。家族を必死に救おうと突撃をしたのです。 戦後、乃木希典将軍は兵士に無駄死にをさせたと批判され、将軍自身も二人の子供(二人とも将校だった)をこの戦いで失いました。もともと乃木は二〇三高知への突撃は損害が多くなるということで最後まで大本営に抵抗しますが、中央からの命令を受け、現地司令官として、兵士に「死ぬ」ことを命令することになったのです。 この戦いは、二〇三高地という要衝を奪ったことばかりではなく、いろいろな後日談があります。 その一つが旅順の戦いに続いて起こった奉天の会戦で、乃木の率いる第三軍が来るという噂がロシア軍に広まると、ロシア軍の指揮が急に落ちたと言われています。 戦いは後になったら「どちらの死者(損害)が大きかったか」が関心事ですが、戦っているときには「どちらが勝ったか」だけが問題です。いくら損害が大きくても敵を全滅させたら、させたほうの勝ちです。 事実は勝った日本軍の損害が1万5000人、負けたロシア軍が1万6000人でした。戦後、冷静になって計算したらわずかに日本軍の損害が少ないのですが、ともかく戦闘で死んだ日本兵が多かったので、「大きな犠牲を出した戦い」と思われています。 奉天のロシア軍は乃木の第三軍が到着すると聞いて、「殺しても殺しても突撃して来る。やがて最後は俺が死ぬ」と思って戦意を喪失したのです。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250924
R070924(水)午前9時50分配信開始 【ニッポンジャーナル】「どうなる!?総裁選」内藤陽介と岩田清文が最新ニュースを解説!
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2025年9月23日火曜日
日本は西欧の侵略ということをほとんどしたことがない 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より
日本は西欧の侵略ということをほとんどしたことがない
ところで、ここで重要なことを書いておかなければなりません。それは、ヨーロッパの歴史観を中心にして、日本には「日本侵略論」(日本が他国を侵略した)が一般的ですが、実は日本は歴史的にヨーロッパでいうところの侵略というのをほとんどしたことがありません。この日露戦争もその一つです。
世界地図を広げて見てもらいたいと思いますが、ロシアという国はもともと現在のウクライナのキエフを首都とした白人国家で、後にモスコーに首都を移し、ウラル山脈の西に位置していました。現在のロシアの領土になっているシベリア、中央アジア、満洲の北方、樺太や千島列島などは、有色人種の土地で、モンゴル人、トルコ系民族、漢民族、アイヌ民族、イヌイットなどが居住していました。
ロシアがウラル山脈の西で静かに暮らしていれば、日露戦争も起こらなかったのですが、日本では江戸中期にあたるロシアのピョートル大帝の頃、ロシアは東へ東へと進出し、ついに日本海まで到達したのです。
歴史に「もし」はありませんが、もしロシアが日本と同じように「自分の土地で暮らす」という思想だったら、もちろん日露戦争は起こっていません。それどころか、ロシアが領土を拡大するにしてもバイカル湖ぐらいで止まるとか、ウラジオストクで満足しても、またさらに支那の清王朝が普通の国で、ロシアに無抵抗に満洲鉄道の敷設や旅順に軍港を造ることを認めなかったり、さらに李氏朝鮮も普通の国で、ロシア軍の領土内
通過を認めなければ、日露戦争は起こっていません。
日露戦争が起こるためには、ロシアがウラル山脈を越えて東方を侵略すること、それが日本海までに及ぶこと、さらには清王朝や李氏朝鮮が自国民を守らないという特別な国であったこと、などの”偶然”が必要でした。
これだけハッキリしているのに、日本の歴史家はヨーロッパ史観によっているので、日本を「軍事国家」と呼び、その中に日露戦争も入っているのは驚きです。ここまで事実を曲げて解釈して学校で教えると、日本国民が錯覚するのは当然のことです。
モスコーに首都を置くロシアがウラジオストクまで来てさらに東方を伺うということは、言いかえれば日本が支那、チベット、パキスタン、インド、イランなどを占領してトルコ付近まで進出することを意味していますから、ロシアの東方進出こそが世界の秩序を乱すものとして糾弾されるべきなのです。

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250923

『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016) 『ナポレオンと東条英機』武田邦彦 ベスト新書(2016)より R0720250923
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