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2025年6月22日日曜日

美禰子の疲れた顔と三四郎の心の声

美禰子の疲れた顔と三四郎の心の声 三四郎は、この機会に美禰子の傍に近寄った。美禰子は疲れたせいか少し投げやリの姿である。三四郎は懐に三十円を持って、 「里見さん」 と言った。 「なに」 と美禰子は三四郎を正面に見た。女は多少疲れている。 「ちょうどついでだから、ここで返しましょう」 と三四郎は言った。 「なに」 と女は繰リ返した。 「この間のお金です」 「この間のお金です」 「今くだすっても仕方がないわ」 美禰子は手も出さない。三四郎は、美禰子の言う意味がわからなかった。美禰子は、三四郎に金を貸していることを原口に知られたくなかった。原口は女は偉くなりすぎると困るという話をしていたが、当時は、独身の女が、男に金を貸すということはあり得なかった。あと一時間ばかリ掛かるということで、美禰子はまた元のモデルの姿勢に戻った。 三四郎は、画工(えかき)が毎日々々描いているのに、描かれる人の眼の表情がいつも変わらないのは何故だろうかと不思議に思った。原口さんは、描く人と、描かれる人は日常では毎日の気分や眼の表情は変化するが、アトリエに入って一定の気分になれば同じ表情になると説明していた。 「そこで、この里見さんの眼もね。里見さんの心を写すつもリで描いているのじゃない。ただ、眼として描いている。この眼が気に入ったから描いている。この眼の格好だの、ニ重瞼の影だの、眸の深さだの、何でも僕に見える所だけを残リなく描いていく。すると偶然の結果として、一種の表情が出てくる‥‥」 原口さんはこの時、二歩ばかリ下がって美禰子と画を見比べた。 「どうも、今日はどうかしているね。疲れたんでしょう。もうよしましょうか———疲れましたか」 「いいえ」 と美禰子は意地を張った。原口さんはまた始めた。 「それで、僕が何故里見さんの眼を選んだかというとね。ー西洋画の女の顔を見ると誰の描いた美人でも、きっと大きな眼をしている。ところが日本では観音様を始め、お多福、能の面、浮世絵の美人、ことごとく細い。これは国柄だからしょうがない。審美眼も違う。しかしいくら日本的でも西洋画を描くにはあまリ細くてはみっともないので、里見さんを煩わすことになったのさ」 三四郎は原口さんの話を面白く感じた。しかし、三四郎の気持ちは美禰子に集中している。描かれている美禰子の姿を見つめていた。美禰子の姿勢は、自然の動作の途中で、もっとも美しい刹那を虜にして動けなくしたようである。変わらないところに永い慰藉(いしゃ)がある。 しかし、移ろいやすい美を、そのまま据えておく限界が来たのだろうか。そう思ってみると色艶がよくない。目じりにも堪えがたい物憂さがある。 三四郎は思った。もしやこの美禰子の物憂い表情の変化は、自分が原因ではないか。自分に大きな影響をもたらすのではないか思った。けれどもその影響が自分にとってプラスと出るのか、マイナスと出るのかはわからない 。実は、美禰子は、さっきの兄の結婚話から、急に気分が重くなっていた。三四郎に自分の結婚のことは言えない。なんとか我慢して、モデルの姿勢を続けていたが、顔色に疲れが見えてきた。三四郎に言えない苦しさである。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250622

緊急配信:とうとう米国がイランを攻撃しました。

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TSD研究所のご案内

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多磨学院のページは、順次、「TSD研究所」に統合されていきます。「TSD研究所」は、故筒田芳博先生が、奥様を亡くされた後、多磨塾の最後の生徒を送り出した後に立ち上げられた、「自習」のための組織です。この研究所は、これからの世界において何が最も大切かを問いかける場として設立されました。 この場は、学歴や経歴にとらわれることなく、人生を深く探求し、より実りあるものとすることを目指す求道者(菩薩)の集団であると考えています。それこそ、真のユニヴァーサリストの理念に通じるものだと思います。 なお、本稿は筆者自身の独断と判断に基づいて執筆されたものであり、内容については個人的な見解も含まれています。ただし、その大筋において誤りはないと確信しています。 この考えに賛同いただける方々には、引き続きご支援をお願い申し上げます。

【大谷翔平出場】【ドジャース】ドジャース対ナショナルズ 6/22 【ラジオ調実況】

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2025年6月21日土曜日

第10章 原口画伯のアトリエ あらすじ 広田先生を訪問

第10章 原口画伯のアトリエ あらすじ 広田先生を訪問 広田先生が病気だというから、三四郎は見舞いに行った。門を入ると‘玄関に靴が一足揃えてある。医者かなと思った。三四郎は樽柿を手土産に持ってきた。客は先生の友人のようである。先生の体を押さえ込んで柔術で関節などをほぐしている。男は、地方の中学教師を辞職して、職探しをしているらしい。さかんに生活難のことなどを話していた。三四郎は先生から一巻の古い書物を借リた。「ハイドリオタフィア」という題である(解説 参照)。なんだか難しそうだ。 「寂寞(じゃくまく)のケシを散らすや頻(しき)リなリ。人の記念に対しては、永劫に値すると否とを問うことなし」 という句が目についた。 先生と柔術士の話は続いている。現在の社会世相についてであるが、新聞を読めば九割が悲劇である。死亡記事や、泥棒記事などがあるけれとこの気の毒な事実の背後にある人の悲しみなど情操は切リ離してしまう。悲劇をただ報道として読むだけである。それほど世間は切迫していて余裕がない。 三四郎は広田先生の家を出て、借リた書物を読みながら白山(はくさん)の方へ歩いた。 三四郎はこれから曙町の原口の所に行く。 途中で、子供の葬式が来た。悲しいはずのものを、三四郎は美しい葬式だと思った。しかし、所詮は他人事(ひとごと)である。 だが、若しこれが美禰子のことなら、三四郎はとても他人事にはなれない。他人の死に対しては美しい穏やかな味わいがあるが、生きている美禰子に対しては美しい享楽の底に、一種の苦悶がある。三四郎はこの苦悶を払おうとして真っ直ぐに進んでいく。進んでいけば苦悶が除かれるように思う。 原口は、また三四郎に向かって話を続けた。 一旦結婚したら、離縁しようにも、どうにもならないという原口の友人の話であった。 「それから、どうなリました」 と三四郎が聞いた。 「どうにもならないのさ。だから結婚は考え物だよ。離合集散‘共に自由にならない。広田先生を見給え。野々宮さんを見給え。里見恭助君を見給え、ついでに僕を見給え。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こういう独身ものが沢山出てくる。だから社会の原則は、独身者が出てこない程度において、女が偉くならなくちゃ駄目たね」 と原口は答えた。すると横から、美禰子が突然言った。 「でも、兄は近々結婚しますよ」 美禰子は、思わず口を滑らせてしまった。兄・恭助の縁談が纏まったので、美禰子も、仕方なく恭助の友人との見合いで、結婚を承諾してしまったのだ。 「おや、そうですか。するとあなたはどうなリます?」 と原口が聞く。美禰子は 「存じません‥‥」 と答えた。美礁子は、まだ三四郎には知られたくない。やむなく、とぼけて「存じません」と言うほかなかった。三四郎は、美禰子を見た。美禰子も三四郎を見て笑った。原口だけは絵に向かっている。美禰子の笑いは、三四郎におとぼけを隠す笑いなのか‥‥。 気楽に楽しむ漱石入門「三四郎」』武田邦彦 (文芸社刊 2016年)より  R0720250621